第33話 魔女エリザベス 前編
「あれ? この城にこんな部屋なんてあった?」
ヴィクトリー王国首都、ロンディニウムのヴィクトリー城で働く侍女が部屋に入ると、カチリと音がして天井が迫ってくるトラップが作動し、急いで部屋から抜けようとしたが、ドアが開かない。
「ちょ、開けて開けて開けてください! なんでどうしてこの城がこんな事に!?」
徐々に迫ってくる天井にへ垂れ込んだ侍女は、あまりの恐怖に小便を漏らす。
「ふえええええええええ」
押しつぶされる寸前となり侍女が死を覚悟した瞬間、トラップが止まり笑い声がした。
「あはははは、いいねその顔! 今の君の表情、グッドだった。面白かったから、これ上げる」
天井が元通りに昇っていき、何者かから侍女に金貨が投げ込まれた。
ただでさえ、迷路のようなヴィクトリー城がトラップ満載の恐ろしい城になり、侍従や侍女たちの悲鳴が、毎日どこかからか悲鳴がこだまする、悪夢のような城となった。
――どうしてこうなった。
暗殺された父ジョージに代わり、ヴィクトリー王国の女王に即位したエリザベスは、世界各国から魔女呼ばわりされ、玉座の間でプルプルと身を震わせて、後悔と苦悶の日々を送っている。
玉座の間にいる自分の膝に座り、椅子になれと命令してきた、気まぐれな神”終える者”によって。
「いやあ、僕が封印される前、人間界は原始人ばっかりだったけど、なかなかどうして面白い奴らが多いじゃないか。ねえ? エリザベスちゃん」
――私は全然面白くない……なんなんだこいつは? いや、逆らうと殺されそうだから我慢しなきゃ。
今日は、機嫌が良いらしく、”終わらせる者”ロキはニコニコしながらエリザベスに、話しかけた。
「久々に、友神に会ったんだ。アースラって言ってね、昔はクソ真面目な奴だったけど、もう神とか何もかも嫌になったみたいで、人間になってはっちゃけてたよ。喧嘩したいって言ってたから、喧嘩したけど、あいつなまっててね、勝ってきた」
――あの、英雄の再来とか騙ってた、元魔王に勝っただと!? とんでもない神だ……。それで、マリーは? あの女は殺したのだろうか?
「それで……あなたは始末したのですか? そのアースラ一行を」
憎きマリーを必ず殺す。
エリザベスの魂は、もはや悪に染まり切っていた。
「あっはっは、あいつは僕のお気に入りだし殺すわけないでしょ? あいつは今となっては、僕の貴重な遊び相手なんだ。僕がねえ、殺したいのはユグドラシルの連中……くそったれのオーディンとその取り巻きの一派と大精霊フレイね。勘違いしちゃだめだよエリザベスちゃん」
壁に寄りかかり、空気椅子の状態になってたエリザベスに、ロキは自身の質量を少し上げて、エリザベスの太ももに負担をかけた。
「それでね、僕の巨人軍なんだけど、君の妹君がこの世界に召喚した、ニブルヘルのモンスターね、3つの軍団に分けて、僕の子供達や部下に任せることにした」
ロキが指を鳴らすと、オオカミの毛皮を羽織り、獣耳に犬の尻尾を生やし、下着のような格好をした青と銀色の髪と服装の美少女が現れ、ロキの前に四つん這いになる。
そして、蛇の鱗の鎧と蛇をかたどったネックレスをして、蛇のような尻尾を生やす、緑髪の美少女が現れ、ロキの前に跪く。
「父上、復活おめでとうございますわん」
「わっちもお待ちしてましたえ、お父様」
エリザべスは、突如現れた異形の美少女たちに恐れおののき、恐慌状態になる。
彼女たちロキの娘は、この世界に先に呼び出され、父親の復活を静かに待っていた。
「うん、ありがとう愛しの娘たち。ヘルは色々と情報収集中で来れないから、フェンリルは獣と鳥モンスターの指揮ね。ミドガルズオルムは、海のモンスターと爬虫類系やドラゴン担当。それで、スルトにはその他の担当させるから。まずは守りを固めなきゃ」
ロキが上機嫌に、自分の眷属神に役割分担を言い渡していた中、黒のベールとローブを着た何者かが、玉座の間に現れる。
「とりあえず、君の考え通りの展開になってる。君は……復讐したいんだよね? 人間の身に堕とした神々と、自分を庇ってすらくれなかった、あのろくでなしのユグドラシルの連中に」
黒ずくめの何者かは、静かにうなずいた。
彼女は人間になっても魔力を失う事はなく、ある魔法を使ってこの世界で活動している、元女神フレイアその人であった。
ある魔法とは、神界魔法・魂召喚。
魂を自在に操り、元は霊を呼び寄せて予言を受けたり、己の肉体から魂を分離して遠くで起きた事を知ることが目的であったが、この世界を担当するフレイアは、魂を自在に操る事によって、自らが考える理想郷を目指そうとしていた。
彼女は元々、愛の女神。
以前担当していた世界を精霊界に荒らされ、その隙を突くように魔界に侵攻された事で、担当する世界を最悪の世界にしてしまい、後悔の日々を送ってきた。
次に担当したのは、魂に傷がついた地球の人々の魂を癒す目的で作られた、ニュートピアと呼ばれる、マリーが転生した世界である。
フレイアは魂に傷がついた人々を憐れに思い、この魔法を使っては、この世界に転生した”傷を負った者達”に、干渉を行ってきた。
すべては、この世界を愛に包まれた世界にするため、そして魂に傷がついた哀れな魂を救うためでもあったのだが、それこそが魂を冒涜して侮辱するような、悪夢の所業であることも自覚できず、独善的に行ってきたのが、女神フレイアである。
「神界魔法・魂召喚。これを使って魂を自在に操り、君なりにあの世界で頑張ってたって事か。精霊界からの侵攻に対抗するために……けど、これ天界と冥界に喧嘩売るようなもんだよね? よくやるよ君も。それを人間の魂に宿らせたのが召喚魔法とか言う奴か」
これこそが召喚魔法と呼ばれる魔術の源であり、この魂召喚は、現在神界法によって厳しく制限されている。
理由はこの呪文によって、対象の魂が変質する可能性があり、魂の循環を司る冥界神達や、天界にいる創造神直轄の天使達の意に背き、業務を妨害するどころか、喧嘩を売るような所業であるためであった。
「僕としてはむかーし、むかしに、そんな女々しい胸糞悪くなる呪文とか使って、君ら馬鹿じゃないのって、オーディンとその息子達の前で、この呪文の愚かさを罵倒した事もあるけど。……皮肉にもその呪文に助けられたわけか。とりあえず礼は言っておこうか、クソみたいな呪文だけどさ」
ロキは今でもこの魔法を馬鹿にしており、フレイアを下に見るような態度をとる。
フレイアは、ロキに特大の舌打ちをした後、陰謀を巡らせる。
彼女は、神と自分を貶めた勇者への復讐を考えていた。
そして、自分の世界に侵攻してきた精霊界の兄のフレイにも。
そのためにも、利用価値があると考え、かつて神界を焼き討ちした破滅神ロキを復活させたのだ。
「まあ、そんな感じでエリザベスちゃんは、このクソ女に利用されたわけだけど……僕は別に人間界をどうこうとか思ってないから。理由はどうあれ、僕をあの牢獄のような世界から出してくれたのは、君なわけだしね。約束通り、僕がこの国を守ってやろう」
エリザベスが瀕死状態になりながら、HPとMPと大量の自身の血液を使って召喚したのが、ニブルヘルと呼ばれる、極悪神専用の世界にいた、自分を椅子代わりにしているロキである。
ロキは極悪で邪な悪神だが、恩義を感じた相手を無碍にする事はしない。
彼なりに、この哀れな人間の娘、エリザベスの状況を救ってやろうとも考えていた。
そして、言葉巧みにエリザベスを誘導し、情報を吹き込んだのもこのフレイアである。
「さあて、エリザベスちゃんとその部下は、フレイの手下の亜人国家を、同盟って形で引き入れたんだっけ? まずはそいつらを泳がせて、フレイの居場所を探ろうかな。あいつ、僕の殺すリストの上位だからね、あはははははは」
自分はとんでもない神を召喚してしまったと、エリザベスは怯えながら冷や汗を流し、エリザベスを空気椅子にして座りながら、無邪気にロキは笑った。
一方、バブイール王国の皇太子アヴドゥルは、妻の一人を抱いた後で巨大な寝室で眠りにつく。
夢の中で、自分は砂漠の海の自国ではない、見渡す限りの広大な水の世界にいた。
湖ではなく、塩の香りがするアヴドゥルが見たことがない光景だった。
「ここは? 私は一体何を?」
傍らにいるのは、華やかな衣装を着た、美しい黒髪の妻と、英雄として育ちつつある自分の息子。
わからない、自分は何をしているのだ?
皆、私が聞いたことがない言葉を使って、前に現れた巨大な船団を指さして……。
「父上、私も父上のような立派な男に、英雄になるんだ!」
少年の声がしてアヴドゥルは、ハッとなって起き上がる。
自分が身慣れた寝室だった。
「おかしいぞ……最近、この夢ばかり見る。何なんだこの夢は……それに私の息子は、ムラートはこの世にはもう……」
アヴドゥルは、幼くして急逝した自身の息子の顔を思い出し、静かに涙を流す。
そしてアンリの言葉を思い出していた。
――お前の魂は、なんて言ってるんだ? なあ、アヴドゥルの中にいる誰か。人間の尊厳を、想いを、生き方を、誰かを愛する気持ちは止められねえ、そう言ってるはずだ我が友よ。
「私は、アヴドゥル・ビン・カリーフだ。西方を支配し、お前とマリー姫を我が手にし、大英雄になることが目的だ! そして、西方を支配した後は、目障りな東のヒンダス帝国とチーノ大皇国、そして東の果ての黄金郷ジッポンをも手中にし、我とその子孫こそが大陸の覇王とならん! 幼くして死んだ我が子ムラートの為にも」
アヴドゥルが己の野心を再確認し、再び床に就く。
しかし、次に彼が見たのは夢の内容は覚えていないが悪夢であった。
一方、ロレーヌ皇国に実権を奪われたフランソワ王国は大混乱に陥っていた。
首都パリスは、屈強な大男ばかりの、ロレーヌの騎士たちに占拠され、首都にいた貴族は顔色をうかがいながら生活をしていたが、市民達は自分達を抑圧していたフランソワ貴族と王家から解放したロレーヌを歓迎し、歓喜に沸く。
そして、亜人の血が入った見眼麗しいフランソワ女性たちに、ロレーヌの若い騎士は声をかけ、ダンスの誘いを申し込むが、貴族も市民達も、そんなセンスの欠片もないような野暮ったい服装で、我が国の女が振り向くわねないだろう、ジャガイモ野郎共と、内心子馬鹿にする。
「うむ、この国の平民たちは僕を受け入れてくれているようだな。フェルデナント、あの平民達妙な服を着ているが、あれが最近の流行り服なのか? あと、お前は僕の後ろに立つな。僕の背が低く見えるだろ」
2メートル以上あるスキンヘッドの長身、ジークフリード騎士団長兼皇国大公ヨハン・ベルン・フォン・フェルデナント(38歳)よりも、1メートル近く低い身長の、皇太子フレドリッヒ・ジーク・フォン・ロレーヌは、パリス市民達の流行りの服について、質問する。
「は、パリス市民の間で最近流行のスタイルで、セビーロという綿やシルクで出来たコートの一種と聞き及んでます。フランソワのパリスは流行最先端ゆえ、今後のトレンドとなるやもしれませぬな。なかなかに動きやすく、ポケットも多く機能的ですな」
「ほう、そうか。あのコートとズボン、お前の言う通りなかなかに動きやすく機能的で面白いデザインだ。我が宮廷テーラーや、ベルンの職人たちに作らせ、ロレーヌでも試作させよう」
フェルデナントは言えなかった。
5日前突如現れた、貴族達に押し込み強盗や、王立銀行へ強盗を繰り返す無頼の徒の集団、ローズ・デリンジャー・ギャング団という名の、強盗団が着ている服が、流行の火付け役である事を。
市民達が彼らを英雄視し、流行に敏感なパリスっ子が、情報をいち早く手に入れ、真似して着ているなどと、フレドリッヒには口が裂けても言えなかった。
それと魔法の水晶玉に映った、主犯格の画像を、とてもじゃないが皇太子には絶対見せれないと。
「ところで、国王のルイから聞いたのだが……最近フランソワの貴族たちを中心に荒らし回る、無頼の徒がいるようだな? 貴族の風上にも置けぬクズ共を成敗し、平民たちに金をばらまき、フランソワ全土を荒らし回ってるそうだが、頭目は女だそうだ。何か情報は掴んでいるか?」
余計な事を皇太子殿下に吹き込むんじゃねえよ、あのガキとフェルデナントは心の中で毒ずく。
兄であるアンリが逝去し、ジャン王がフレドリッヒに暗殺されて王位に就いた、若干10歳のルイ18世の事である。
「その目は、何か掴んでるようだな? 教えろ、さもなければ殺すぞ?」
いくら西方最強の騎士団とも言われる、ジークフリード騎士団長であっても、一国の軍事力に匹敵するほどの強さを持つ、このフレドリッヒには勝てないし、この皇太子に目を付けられたが最後、女帝マリアにどんな目に遭わせられるか、わかったものではない。
「かしこまりました、殿下……画像を見てショックを受けぬよう心してください」
フレドリッヒは鼻で笑い、水晶玉の映像を覗き込む。
「〇✕△□くぁwせdrftgyふじこlp」
映像を見たフレドリッヒは、顔が真っ赤になり、鼻血が流れて膝をついた。
「殿下! しっかりしてください!」
もはや、フェルデナントの声が聞こえないほどフレドリッヒは血圧が上昇し、めまいがして立ち上がることが出来ず、目を閉じると先程の映像が、脳裏に焼き付いて離れない。
映像に映っていたのは、自身が思いを寄せるマリー姫の、白く豊満な二つのふくらみと、ピンクの二つの突起がモロに映った画像であった。
「くそがああああああああああああ! あの英雄もどきめえええええええ! よくも僕のマリー姫にこんな破廉恥な姿にいいいいいいいいい! 殺してやる、絶対に殺してやるぞおおおおおおお!」
ナーロッパの中心と言われるパリスで、フレドリッヒは哀を叫んだ。
あくまでで例え話ですが
好きだったアイドルがAV女優堕ちするとやるせないですよね。
皇太子殿下は今そんな気持ちです




