第197話 市民革命 前編
「だからどうした? ヴァルキリーを騙る小娘め。国家反逆罪のデモ隊など、軍と警察で沈黙させられるのだぞ?」
「させないわ、彼のフランソワでそんなことなんか」
私がミッテラン大統領を睨みつけた瞬間、リモートの映像の向こう側で、扉がバンと開いた後、鍵がかかる音がしてきたが、これは?
「お、お前はどうしてここあべし!」
「い、いつの間に! 大統領お逃げぶら!」
「どうして大統領宮殿にうぐぉ!」
フランソワ大統領のボディーガード達が殴られて、倒される音がして、ズンズンと足音がして、リモート映像は足音の主の姿を映し出す。
「よう社長、こんばんは。取り立てに来てやったぞ」
サングラスをしてて、仕立てのいい真っ赤なブレザーに、白のシルクシャツ、白いスラックスに白のローファー履いて、金の極太ネックレスにブレスレットをジャラジャラつけたイワネツさんの姿だった。
「デリンジャーんちに遊びに来たけどよお、あいつとは昔、大戦終わったら遊ぶ約束してたんだよ。野郎、結構いい家に住んでたじゃねえか」
「ヒィッ! ここはフランソワ大統領宮殿だぞ! ど、ど、どうしてここに!?」
「昔な、泥棒してたんだ。俺に忍び込めねえ家はねえ」
狼狽するアリーを尻目に、イワネツさんはフランソワ大統領宮殿の執務室に座る大統領の上に、どかっと腰掛けた。
「すまないが、退いてくれたまえ」
乗っかられても、表情一つ変えない大統領の顔面へ、イワネツさんの無言の後ろ肘打ちがモロに入り、一撃で顔面が陥没して昏倒する。
「うるせえ椅子だ。それになんか座り心地が悪いぞ」
立ち上がると、ミッテラン大統領の襟首を掴んで部屋の隅にポイって放り投げて、また椅子に腰掛けるけど無茶苦茶でしょ。
しかも、勝手に執務机の葉巻とかくすねて、普通に吸い出して机に組んだ足をドンって乗っけてるし。
「で? お前、全てを俺に差し出すか、命を差し出すかどっちだ?」
「ヒィッ、ヒエエエエエエエエエエ!」
あ、イワネツさんがこっちにカメラ目線になった。
「ようマリー、俺が来た。お前の話を聞いてな、居ても立っても居られなくなってなあ」
「イワネツさん……いや勇者イワネツ」
「さっき俺は今のデリンジャーの国を、街並みを確認したんだ。そしたらどうだ? ソ連みてえによ、市民がビクつきまくってて民警共や秘密警察が好き放題してやがる……ムカつくぞ!!」
イワネツさんは、フランソワ市内を見て義憤に駆られたようで、悪を滅ぼす勇者の眼差しになって、アリー社長を見据える。
「でな、ヒンダスで仕事終えた後、二、三確認が終えて、ジッポン行く前にこっち寄ったんだ。ヒンダスの軍事衛星で、こいつがメディアナってところにある自宅から、プライベートジェットに乗って、フランソワに入国して大統領宮殿に行ったってのがわかった。おそらく、フランソワ大統領のこいつを買収して、亡命しやがったんだろう」
そうか、それでヒンダスから彼はフランソワの大統領宮殿にやって来たという事か。
アリーは、カメラに映る私とイワネツさんを交互に見て、その場で土下座し始めた。
「お、お、お金払います。言う通りにしますんで、どうか許していただけませんか!?」
「ダメだな、俺は怒ってる。俺の兄弟であり、友デリンジャーの思いとマリーを否定した。万死に値するクズ共め。人の思いを、生き方を、愛を否定する人でなし。殺すぞクソボケ共!!」
イワネツさんは葉巻の煙を吹き出して、今の虹龍国際公司社長のアリーに恫喝する。
「どうか、許してください。もうナーロッパの商売には関わりません。どうかお許しを。全財産を捧げますのでどうか」
「ダメだ、お前の財産だけじゃなく、会社の権利全部を俺のもんにしろよ。それでお前、会社辞めてさっさと失せろ。目障りだ」
「え゛ぇ゛? そんな、私の会社を」
イワネツさんは、咥え葉巻のまま椅子から立ち上がり、土下座したアリーを蹴りまくる。
「ぎゃああああああああああ!」
「お前俺をなめてんのか! 言ったはずだ! 俺やヴァルキリーマリーをなめてる奴はぶっ殺すとなあ!!」
……怖っ!
記者会見の記者達がめっちゃ怯え出してる。
相変わらず、容赦ないよこの人。
「それにお前の会社じゃねえ! 俺の仲間が作った会社だ!! 俺はこの会社が生まれた瞬間にも立ち会った! 空にかかる虹を生む、空飛ぶ龍のような会社にするとあいつは言っていた!!」
蹴られて咽び泣くアリーの頭を掴んで、顔を引き寄せると、イワネツさんは恐ろしい形相でアリーを睨みつける。
「お前の何が許せねえかって言うとなっ! 俺の友の心を否定したっ! お前達は俺の仲間の意思を否定したんだ! 人間としての生き方も! それに俺の仲間の会社で子汚えビジネスしてるのも腹が立つ! 金があれば俺を思い通りにできると思った事もっ! 殺すぞ人でなしが!」
「許して……もう……勘弁して下さい……言う通りにしますんで命だけは……」
「ふん」
ボロボロになったアリーを、イワネツさんは執務室の片隅へ放り投げると、今度は画面の前にフランソワ大統領を引きずってくる。
「起きろぉっ! クソ野郎!」
仰向けにした大統領を蹴飛ばして、咽せる彼の頭を掴んで、片手だけで持ち上げる。
「や、ヤメロ、オマエは一体」
「なんかこの野郎重てえな。やめてくださいお願いしますだよな? お゛う!?」
するとフランソワ大統領を、イワネツさんはアイアンクローしながら今度は壁に叩きつけると、漆喰の壁にフランソワ大統領がめり込む。
「お前、マリーを似非だとか詐欺師って言って、デリンジャーを売国奴と罵った! お前なめてるだろ? 死ぬか?」
「そ、それはパリスに本部を置く、優秀な国際刑事機構が判断した事だ! 彼らの捜査に間違いはない!」
「じゃあその認定したおまわり出せよオラァ!」
イワネツさんが、今度は床に大統領を叩きつけて、蹴りを入れまくると、大統領が火花を上げて燃え始める。
「ヤメテ……ピー、ガガガガガガ」
「うぉ、なんだこりゃ!? こいつ……重いと思ったらやっぱ機械でできてやがる。人間じゃねえぞロボだ」
ロボット!?
遠隔操作? それとも純粋なAI式?
けどおそらくは。
「勇者イワネツ、おそらく、こいつは大統領とは名ばかりで、実権とかがないやっぱロボットだと思う。フランソワの政治を動かしている勢力は多分別にいる」
すると、このやりとりを監視されてたのか、青に金のラインが入った制服を着た、いかにも警察のお偉いさんの映像が、画面に割り込まれる。
若い、年齢にして30前後?
いやヒゲを生やしてて老けて見えるけど、20代でも通じるような顔ね、それにどことなく彼に似てる。
「傍若無人な行いだ。優雅さというものが感じられない」
いや、声も彼そのもの、デリンジャーに……こいつは一体誰だ!?
「私は、国際刑事機構長官ジャン・オルレア・フランソワ・ブルボンヌ・ザグゼンブルー・デュポーン。テロリストと詐欺師の女に告ぐ。大統領宮殿でのテロ行為を中止し、拘束中のアリー社長を解放せよ」
ていうかこの長官名前長い。
よく、自分の名前噛まないわねこいつ。
「ヴァルキリー様、こやつが実質的なフランソワの指導者です。国際刑事機構のジャン長官。一見して若造に見える容姿ですが、ワシの若い頃から変わらない姿をして、長年フランソワを牛耳っていた男ですじゃ。おそらくは……奴こそ財団最古参理事」
なるほど、フランソワで復活した旧貴族を仕切ってるのがこいつか。
「ジャン長官、先程そちらのロボット大統領から詐欺師呼ばわりされました。どうやらあなたの組織が、私を詐欺師認定したようですけど」
「それが何か?」
「親からどんな教育を受けてきたのかしら? 一応私も昔は王族だったんですけどね、ヴィクトリーの」
すると彼は親という単語に反応して、一瞬顔をしかめる。
「ふん、親などから教えられたことなど何もない。私にとっては、フランソワの国家と治安が全てだ。私のフランソワを脅かす者共よ」
「あんたのフランソワじゃない。フランソワ市民みんなのフランソワ共和国でしょ。デリンジャーが何のためにこの国を共和制にしたと思ってんのよ」
すると、目の前のジャンは鼻で笑う。
「アンリ・シャルル・ド・フランソワことデリンジャー初代大統領か。三百年前にホランドに負けた、敗北主義者の売国奴で負け犬だろうが」
「……なんですって」
すると大統領宮殿のイワネツさんが、寒気がするような光を失った黒くて暗くて深い穴のような瞳の色に変わる。
「今、俺の兄弟を、仲間をなんて言いやがった?」
こんな彼の瞳の色、初めて見る。
まるでブラックホールじみて、光が一切ない極黒。
「それで脅しをかけてる気か? 勇者という名のテロリスト。我がフランソワはナーロッパで国力が1、2を争う超大国。ヒンダス帝国ごとき蹂躙した程度でいい気になるな」
一瞬、こいつのデリンジャーに対する侮辱に、一瞬血が昇ったけど我慢だ。
こいつの挑発になんかのっちゃだめだ私。
逆にこいつの正体を看破しなきゃ。
「なるほど、もしかしてあなたエムの協力者かしら? 世界を破滅させようとした大邪神エムね。マリーゴールド財団とかいうのが、この世界でできたらしいけど?」
彼は、仏頂面で私のカマ掛けに表情を変えずにいた。
「それにあなた、その姿がまるで歳を取らないようなって言われてますが、あなたは何者かしら? そういえばフランソワで王政復古を企てる者がいるとか。名をマリーゴールド財団理事、ロワ」
「……」
彼の沈黙から察するに、おそらくは私のそばに居るマリーオ王よりも前に、財団理事になったエムの側近であると私も推測する。
それに虹龍国際公司の、元と言ったほうがいいかもしれないけど、アリー元社長は顔色が変化し、ジャン長官の映像を見つめる。
「お、お前がロワか。財団最古参理事の……エム会長に絶対的な忠誠を誓う。頼む、助けてくれ、同じ理事のよしみじゃないか」
「ふん、思慮が足らぬ若造め。マハラジャもマフィーオもそうだが、忠誠心もなく無様を晒しおって」
語るに落ちたとはこの事ね。
「やはりか、あなたはマリーゴールド財団理事ロワ」
「ふ、やはり本物のヴァルキリー様、であるか。機械を大統領と認識する、愚民共とは違いますな。我が財団は世界を形成するなくてはならない組織。そして私は王。ブルボンヌ家正統当主です」
そして彼はおそらく、デリンジャーの直系子孫。
彼女、アンナの転生体だったルイーズとの。
「あなたは私を詐欺師認定し、シシリーに対しても犯罪者認定しましたね。それは財団の意思ですか? それとも」
「私の指示です。だが、あなたがこの時代に帰っているとまずいお方がいるのですよ。だからあなたを偽のヴァルキリーとして認定しなくてはならなかった。結局バレましたが」
「なるほど、やはりあなたはあのエムと、ミクトランと通じていたのか。残念だったわね、あなたの目論見通りにならずに。それとあなたが圧政を敷くフランソワを、本来の手に取り戻す」
「……本来のフランソワか。ヴァルキリー様はフランソワの歴史をご存知か?」
「ジークフリード帝国傍系から分離独立したフランソワ・ブルボンヌ公から、フランソワ王国となり、今の共和国に至る歴史かしら?」
彼は口元を歪め、デリンジャーと全然違う、邪悪な口角を釣り上げる笑みを浮かべる。
「然り。かつて400年前の最盛期の王、ルイ・シャルル・ド・フランソワの残した言葉、朕は国家なり。かつて女神フレイアを崇めた我が国は、最盛期のルイ王の元、国家として絶頂期を迎えた。ブルボンヌ家こそが国家なのです。そして我が親戚、配下の門閥貴族とグランゴール出の国家官僚が地方を治め、民が我らを仰ぎ見る。当然のことでしょう?」
「いや全然違うでしょ、彼はそういった不条理を憎んでいた。人は生まれながら平等であるという権利がある。その権利を形にしたのがフランソワのパリス憲章のはず」
すると彼は声を立てて笑いはじめ、イワネツさんがめっちゃ恐ろし気な顔に変わって、財団理事ロワを睨みつけた。
「お前、俺がデリンジャー達と決めた法律馬鹿にしてんのかよ?」
「ふふ失敬、それはあの王子が勝手に解釈して国の在り方を変えた法律です。今のフランソワではなんの意味もありません」
人権がないって言い切ったわこいつ。
私達が残した思いを全否定された。
「なんだとこの野郎。ぶち殺すぞお前!!」
「ふん、意味がなくなったんですよ。結局、この国の愚民共はそんな理念など求めてはいなかった。奴隷根性が染み付き、自分の頭で物を考えられない愚民共。私こそが国家そのものになることで、この国を導いてきた。もう250年以上前の話です」
250年以上前?
こいつ、一体いつから生きてきたんだ?
あの大戦が300年前だから、まさか!?
「愚かな父は、戦争に負け勝手に命を落として、家臣であった貴族達を蔑ろにし、母は私を産んですぐに急逝。祖父ザグゼンブルーより帝王学を授けられ、この国の民主主義とやらを見てきた。だが愚民共が選んだ平民出の7代大統領ピエールは、結局物事を元首として決めることも出来ず、我々門閥貴族を頼るようになったのですよ」
「お前……デリンジャーの子か」
イワネツさんの顔も悲し気に変わり、呟くように一言言った。
「親と思ったことは一度もありませんがね。あなたが破壊したそこの機械人形は、かつての私の姿を虹龍国際公司に作らせたのです」
やはり……目の前のこいつはデリンジャーの息子。
世の不条理を嫌うギャングだった彼から生まれた子が、警察トップになり、裏でフランソワの政治を握り、王を名乗るようになって、人々を抑圧してきたなんて……皮肉な。
「つまりはこの国の愚民共が、民主主義を否定したのです。友愛? 平等? 博愛? 弱者思想には反吐が出ます。そしてこの国に根付いた愚父の生み出した民主主義を、私の色に変えるまで長い年月が必要だった」
「そのあなたに、手を貸したのが財団か」
「然り。かの財団は元は私の母が立案し、ヴィクトリーの騎士共と、虹龍国際公司が慈善団体として運営していました。だが、150年前に財政赤字に陥り、運営不能になったのを私が手に入れ、今の会長と共に世界を運営してきたのです」
なるほど、あの財団が生まれたわけも、それがいつしか変節して、今の世界になったのも理解出来た。
つまり目の前の彼こそが、世界変節の元凶の一人にしてエムの最側近の一人という事ね。
「この世界の有り様は、英雄と呼ばれし愚か者達から、本来の姿になる事を望んでいるのです。そして私こそがフランソワ国家、フランソワ国王だ!」
「そんなもの私が認めるわけないでしょ」
「いいや承認を、ヴァルキリー様。あなたから私が承認されれば、伝説のヴァルキリーから神権を授与された真のフランソワとなる」
こいつは、人々の権利が抑圧され、悲しい人達を生み出して、デリンジャーが命懸けで変えた共和制から、私の信任を経て絶対王政フランソワ王国に戻す気なのだろう。
だが。
「……あんたは悪だ。英雄を否定する独裁者。あんたには彼に感じた気高い精神も、人殺しを憎んだ正しい心を、全く受け継いでない哀れな男」
「……残念です。この世界の我々の安寧のため、やはりあなたには会長の意向通り消えてもらうしかないな」
すると、世界各局のテレビ局がフランソワ市内の様相を映し始めた。
「お前が消えろ独裁者!!」
「私達の生活を抑圧して、歴史を歪める貴族勢力!!」
「あんたに貶められた初代大統領こそが、フランソワ市民の真の英雄よ! 私達は英雄の記録を信じるわ」
元凶の男ジャンは、フランソワ市民を見て、彼のように口角を上げる不敵な笑みを浮かべる。
「愚民共め、我らフランソワを支配するブルボンヌを否定するか。機械仕掛けのロボット大統領にも気が付かぬ愚民めが。共和国統合参謀総長よ、国家反逆罪の者どもを国際刑事機構の機動部隊と連携して国家憲兵と共に蹴散らせ」
「させるかよ、人でなしが。この国は人間として生きる術をソ連のように奪われちまってる! 夢も! 希望も! 土地も! 財産も! 思いも! 人間としての光も心も魂も! お前の親父でもある俺の兄弟の国がだ!! 取り戻してやる、全てを。俺をなめるなよ……勇者をなめるなああああああ!」
私も、イワネツさんの画面に映るオーラを確認し、ヘイムダルの力を解放して、黄金の鎧姿になる。
「おお、ヴァルキリー様が」
「伝承の大邪神を倒したような身姿に」
「悪が……倒されるんだ」
私は、画面の向こうのイワネツさんに頷いた。
「フランソワ市民の皆さん。私は、フランソワ初代大統領の思いを取り戻しに、あなた達を救いに行く。勇者イワネツよ、私もフランソワへ!!」
「ああ、勇者マリー! 俺のヴァルキリーよ! ニュートピアを今度こそ生まれ変わった魂達の楽園へ!!」
私はマリーオ王を伴い、シシリー宮殿から外に出て、今の弱体化したレベルでギリギリ使えそうな移動魔法を唱える。
「サポートをお願いします、マリーオ王。この世界を二度と悲しい世界にしないためも」
「ははー!! 現地のマフィーオ達にあなた様をサポートさせますじゃ」
精神を統一させ、私の体が光と同化する。
「懐かしいわね。シシリーからフランソワのパリスまで、囚われたデリンジャーを助けに、ジローと一緒に行ったっけか。方角はあっちだったわね……光速移動」
私は、フランソワパリスまでヘイムダルの光と、電子の魔法を組み合わせて光速移動する。
空間ごと転移する転移魔法ほどではないが、光速移動を可能とする最上級魔法で、一瞬でフランソワパリスの上空まで到着した。
以前より衛生状態は改善されたっぽいし、前世のパリみたいにライトアップされてて綺麗な街並みだけど、ジャン長官が武装警察や軍隊を出す前に、イワネツさんを探し出さないと。
空には大量のヘリコプターや、パリス広場に武装警察が金属盾とライフル持って集結している状況。
「させないわ」
私は武装警察の前に降り立って、市民達の前に現れる。
「おお、ヴァルキリー様だ」
「我らが戦乙女」
「まるで伝承にあるような……」
まずは市民に私の姿を見せる事で安心させたが、警官隊の指揮官はどこだ?
まずはそいつを抑えないと、市民と警官隊との間で武力衝突が起き、大勢の市民にも警官隊にも犠牲者が出る大暴動に発展するおそれがある。
私は先生の教えを思い出す。
「マリー、警察機動隊っていう奴らの話をしようか? まあ色んな世界にも似たような部隊がいるが、奴らは警察の中でも徹底的に鍛えられてて、年齢層も大半が若いマシーンみてえなおまわり共だ」
「マシーンですか?」
「おう、警察や軍隊にも特殊部隊ってのがあるが、機動隊の奴らは別に戦闘専門部隊じゃないし、少数精鋭ってわけでもねえ。奴ら圧倒的な統率力と集団力で、暴徒や集団犯罪を鎮圧するために動く、治安専門の警備隊よ。俺たちヤクザも、奴らからよくしめられたわ」
先生は、武装警察や機動隊の特色として戦闘専門の集まりではなく、集団力で治安維持を目的とする警備専門の集団だと言っていた。
「奴らはおまわり共の中でも、上位下達ってのが一番しっかりしてる。そいつらは上官の命令で右向けって言ったら一斉に右向くし、対象をパクれって命令出したら完全武装したおまわり共が、大挙して一斉にパクりに行くわけだ。じゃあ、そいつらと対峙した場合、ヤクザな転生前の俺はどうするかって話になるよな?」
「ええ、まあ」
そんな怖いおまわりさん達なんか、絶対に相手にしたくないって、その時の私は思ったっけ。
「前世で、いくら俺が金ピカの筋金入りな極道でも、子分共がいても、正面切ってドンパチしたら奴らにゃ勝てん。組織力や数と戦闘力が違うからな。じゃあどうするかって言ったら、そうなる前に現場の指揮官クラスのデコ助に話をつけるんだ。対抗策としてはまずこの手に限るね」
そう、この手に限る。
現場で一番えらい指揮官を見つけ出し、矛を収めさせるのが一番いい。
ただしこれが通じない場合は悲惨、それが暴動。
この大陸における大戦末期の時だった。
戦神オーディンと、武神ヴィーザルは凶悪な手を打つ。
私達がヴィクトリー王国を攻略し、敵の中心だった黒騎士エドワードことアレクセイを倒した同時期、弱者救済を目的とする先生達は最悪の戦いを強いられる。
ハーンの皇帝、アルスランの子弟一族にウルス、モンケル、フラクという凄腕の軍団長達がいて、元は一般人だった各地の麻薬中毒者を暴徒のようにしてナーロッパに侵攻。
この暴徒達を囮にして、武将ヴィーザルとウルスハーンの一派が旧バブイール王国を踏破し、大戦で疲弊したロレーヌ皇国に進軍。
ナーロッパの騎士達では戦闘慣れしたハーンの軍勢に勝てず、私達は各地で起きた騒乱で戦力を分散され、疲弊していった。
しかしハーンの本拠地モンゴリーのチャガディ家や、支配地域だった旧チーノ大皇国南方で、ロキの娘達が反主流派の一族から信仰を得て反乱状態となり、暴徒化されたヒンダス帝国も含めて、東ナージアでも大戦争となったんだ。
そこで私が学んだことは、統率がある集団ならば指揮官を交渉の場に引き込むこともできるし、場合によっては統率者を倒せば相手を敗北させられる。
だが、暴徒集団を抑えるのは正攻法では難しい。
いや、正確にいうと勇者として活動している以上、暴動を起こした市民集団を力を持って制するのは、私達勇者の大義名分が奪われてしまう。
私達勇者は人々を救うため、弱者を守るために活動しているから。
だから市民運動が統制のとれない暴動になる前に、全てに片をつけなきゃいけないんだけど……こういう時には。
「私があなたたち市民の盾に、市民の代弁者になる! 市民達を抑圧する者の責任者、出てきなさい!」
私が警官隊の前に立つと、市民達から歓声が湧く。
「うおおおおおおおおお!」
「我々はヴァルキリー様から選ばれし市民だ」
「責任者出てこい!」
まずは私が統制が取れない群衆のリーダーになる。
群集は言い方は悪いけど烏合の衆の集まりだから、冷静な判断力を群衆が失った時、不安や攻撃性と言った負の感情が伝播しやすく、統制がとれなければ群衆はパニックを起こす。
こうしたパニックが起きた場合、人々はヒステリーを起こして正常な判断ができにくくなるから、群衆を落ち着かせる意味で、リーダーが必要。
だから私が、デモ隊のリーダーになる。
警察隊が困惑する中、空が光り閃光が地上に降りてきて、広場にあったデリンジャーの銅像が吹き飛ばされた。
「困りますなあ、ヴァルキリー様。愚民共のリーダーとして統制を取ろうとしたようですが、私にはそれは通じません」
ジャン国際刑事機構長官自らが、この地に現れる。
そしてジャンは右手を上げて指を鳴らした。
その瞬間、市街地で爆発音や火の手が上がり群衆から悲鳴が上がる。
「おやおや、広場に集まった市民を騙るテロリスト集団がフランソワ首都パリスでテロ行為を行い、フランソワ大統領を暗殺。我が警察機構はナーロッパの治安維持かつ秩序維持のため、ナーロッパ議会議長国として多国籍軍に暴徒鎮圧を要請。ナーロッパ治安維持部隊が、あなたと自称勇者イワネツをテロリストとして処断せねばならなくなりました」
嵌められた!
こいつは私や市民達もろとも、治安維持を目的とするナーロッパ諸国連合軍で抹殺し、自分の正当性を無理矢理にでも認めさせる気ね。
「さあ、どうします? ヴァルキリー様。我がフランソワを統べる私を王として信任するか、この場でテロリストとして、ナーロッパ諸国連合から処断されるか」
上空にフランソワを象徴する、銀の百合のマークを入れた航空機だけでなく双頭の鷲のロレーヌ帝国、今は東西に分かれたという、フランソワ隣国のライヒ帝国のマークを入れた航空機も現れた。
「やり方が……卑劣だ。あんたはそこまでして市民を抑圧して……自己正当化して」
「ふ、ナーロッパは東西ライヒもヴィクトリーもそうですが、王侯貴族を脅かす存在を恐れておるのです。共和国制度や人民平等などという思想は、この世界では受け入れられないのです」
不敵に笑うジャン長官の笑みに私は嫌悪感を示す。
「その笑みで、その顔で私の好きだった人の声で、人々を抑圧してイジメる悪め。ならば……私はあなたをこの場で倒す!」
私の言葉に市民達から、フランソワやナーロッパを支配する王侯貴族達へ怒号が飛び交う。
「もう俺たちは搾取されるのは嫌だ」
「大邪神の手先め! 俺達を、市民をなんだと思ってる」
「私達は独裁者や圧政にはもう屈しない」
ジャン長官は、ポーカーフェイスだったのが顔色を一気に変え、苛立った顔をして私や群衆達を指差す。
「鎮圧せよ、そして殺せ。我ら支配層に反旗を翻す愚民共を。国防軍参謀総長、首都パリスを脅かす暴徒共を攻撃せよ」
警官隊が一気に私達に雪崩れ込もうとした時、都市型迷彩服を着た一団が、私達を守るように間に入った。
大きなスピーカー音の起動音が聞こえ、間に入った軍隊達が、ジャン長官含む警官隊に一斉にライフルを向ける。
「私は、フランソワ国軍参謀本部長、クレール・デ・ナポレオーネである。フランソワ国軍最高指揮官が命ずる! このフランソワにヴァルキリー様が降臨なされ、フランソワに正義が果たされんことをここに祈念する! 市民と国軍よ、今こそ自由のためにフランソワを解放しよう!! 圧政者から本当のフランソワを取り戻すのだ!」
しわがれた声のフランソワ国軍の総司令官の宣言で、上空に集まったライヒの航空機に国防軍機は威嚇飛行を行い、国軍兵士は市民達を守るために、戦車も現れる。
「どういう事だ参謀本部長」
「我ら国防軍はヴァルキリー様にお味方する。お前たち上級貴族は、我々を、軍の士官を、事あるごとに下級貴族と呼び馬鹿にして! 私は待っていた……門閥貴族共から下級貴族の出自だと馬鹿にされながらも……この時を! 市民達と共に革命だ圧政者!!」
私の独白は、市民だけでなく軍も動かしたようだった。
市民を守るために、フランソワ国軍は立ち上がってくれた。
「貴様ぁ」
そして、光り輝くオーラを纏ったもう一人の勇者が、私の傍に立つ。
「ハハ、まるで、Августовский путч 。東ドイツの壁が崩壊してモスクワに集まった市民達を思い出す。おまわり共! 降伏しろ、自由と民衆達の前に! このフランソワは自由だああああああああ!」
勇者イワネツは、溢れるばかりのオーラを解放して、私もギャラルホルンを手にする。
「もうあんた達の思い通りなんかにさせない! 悪は滅びるべきだ。この世界の未来を夢見た英雄達の思いを、今こそ!!」
次回は最終章中ボス戦です




