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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第四章 戦乙女は楽に勝利したい
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第161話 神社焼き討ち

 300年後のニュートピア後世において、大邪神と呼ばれる存在によって引き起こされたとされし伝説の戦い、世界大戦には謎が多い。


 当時全世界人口の約10分の1が戦乱と悪徳の惨禍の中で命を落としたとされ、人知を超えし悪鬼の類や、魔獣、死の天使、悪魔、巨神、祟神、大邪神が姿を現したと世界各地の伝承に残され、これに対する人類側の希望は、綺羅星のように現れた、英雄、勇者、女神、存在不確かな謎の軍団の存在。


 この世界の後世の人間達、特に歴史学者が首を傾げたくなるほどの馬鹿馬鹿しい単語の羅列に、現代の歴史家は今のところこう結論を出した。


 当時の世界で起きた小氷河期と呼ばれる異常気象や、人口密集地域に隕石群が落下したとされるバブイール王国を始めとする大破局(カタストロフ)、現代では封印されし禁呪法の影響、大戦末期蔓延した、合成麻薬による集団幻覚ではないかという説が有力である。


 しかし、それだけでは説明できない痕跡や伝説がニュートピア世界各地に残されてはいるが、大戦の真相については、シュビーツに本部がある国際機構マリーゴールド財団によって多くを封印されていた。


 それでも後世の歴史家は世界大戦の真相に迫ろうとしており、現在は共和制となったイリア共和国内の学術都市にある、ロマーノ大学の一研究機関が調査を行う。


 過去で起きた出来事の真相を暴き、この世界をさらにより良い世界にするため、過去の検証を通じて二度とこの世界人類が、愚かな過ちを犯さないためでもあったのだ。


 だがシシリー島を起源とする秘密結社らしき者達から妨害がなされ、研究員達の大半がこれ以上の歴史研究を断念する。


 ロマーノ大学長のピエトロ・マッシモも考古学教授や教え子たちに深入りするなと警告を発するも、いつの時代にも探求心に溢れる者はおり、理由もなく上から頭ごなしに言われれば、反発する者も出るのが世の道理である。


 そのうちの一人、ヴィクトリー王国からの留学生、ポローシャツにハーフパンツ姿の、今年で19歳になるマクスウェル男爵家嫡男、アレックス・ロストチャイルド・マクスウェルは、大学内の書物を鞄に入れ、レポートを仕上げるためにロマーノ郊外に借りた安アパートに帰宅すべく、早足で夕闇の中テルミニー駅へ赴いた。


 両親の勧めであったオックシュフォード大学の法学部を拒み、考古学部修士課程を専攻した結果、交換留学制度で、ナーロッパ随一の考古学部を持つロマーノ大学考古学学生客員研究員となる。


 途中の駅前で、情熱的な黒い肌でスタイル抜群なロマーノ女性からの誘いを、適当な返事で返しながら、地元ではテーゲーなどの愛称で呼ばれ、時刻表から15分遅れのモノレールに乗り、ロマーノ郊外の住宅地ロディーオ駅に降り立つ。


 鍵もかからない古びたアパートへ帰宅すると、勝手に自室に転がり込んできた、ロマーノ大学で医学を学ぶ同郷の学友、ジョン・モワイ・スミスがビール瓶片手に、故郷のフットボールチーム、チェルシームの選手が、得点を決めた事にリビングのモニターを見ながら騒ぎたていた。


「ごおおおおおおる!! レスターが2点目の決勝弾だ! ロスタイム踏ん張れよおおおおチェルシーム!! あ、おかえりアレックス」


 先祖代々、医学を学んできたスミス男爵家出身ではあるが、アレックスはジョンをダメ人間の典型であるとため息を吐く。


「ただいま、ジョン」


 このままじゃ、単位足りなくなったこいつは、親から仕送り貰って留学してるくせに、医学部を留年するんじゃなかろうかと思いながら、アレックスはジョンの肩を叩き、冷蔵庫に入った瓶ビールを取り出し二段ベッドに上がる。


 本当は、ベースボールが見たいのだけどとも思いながら。


 同居人の騒ぐ音を遮断するかのように、水晶玉にアクセスした大型ヘッドホンを、自身の尖った耳に装着した。


 かつてスカンザともノルドとも呼ばれた北ナーロッパの、スーデン王国内にて製作された森と湖の鳥達の曲というヒーリングミュージックを聴きながら、ビールを一気に飲み干すと、ベッドに横たわり読みかけの本への読書に耽る。


 本の内容は、アレックスが研究対象にしていた世界大戦における最激戦期間、死の一か月を生き延びた、ロマーノ連合王国時代のヒスパニア大公、軍人にして外交大使でもあったアントニオ・デ・ラツィーオの著書、東方見聞録。


 同書において、ジッポン史上最大の英雄にして邪神すらも恐怖した存在、勇者威悪涅津(イワネツ)こと織部憲長についてこう書き記している。


 彼はジッポン人の中でもやや色白で中くらいの背丈なるも、無類無敵の肉体を誇る人知を超えた力があり、ヒゲがやや濃く、はなはだ声は快調で、極度に戦を好み、軍事的修練にいそしみ、当時のナーロッパ諸国よりも、強大で近代化された常備軍事組織、織部武士集団を率いた織部国の王であると書かれていた。


 彼は、ジッポン南北戦争で初陣を飾り、近隣諸国より悪鬼または魔王とも畏怖され、うつけなどと称されたが、主君にして英雄、ジロー・ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロと交流後、名誉心に富み、正義において厳格な男に変わり、ジッポン66国を統べる天下人と称される。


 形だけは、女神黒瑠(ヘル)に属しているような態度を示したが、基本的には尊大に全ての偶像を見下げ、ジッポンにおける如流頭教大社焼き討ち事件後は、同国に置いて一切の慣習法、宗教法を廃止かつ否定し、パリス人権宣言に基づき、東方ナージアで初めての近代憲法を提唱した。


 彼は善き理性と明晰な判断力を有し、如流頭教の一切の礼拝、尊崇、並びにあらゆる異教的占卜や迷信的慣習の軽蔑者であったためである。


 彼はわずかしか、またはほとんど全く家臣の忠言に従わず、一同からきわめて畏敬されており、ジッポンすべての王侯貴族を軽蔑し、下僚に対するように肩の上から彼らに話し、自らに加えられた侮辱に対しては懲罰せずにはおかなかったが、いくつかの事では人情味と慈愛を示した。


 彼はしばしば激昂するも、平素においてはそうではなく、物憂げな面立ちで時折物思いに耽り、困難な企てに着手するに当たっては甚だ大胆不敵で、万事において人々は彼の言葉に服従した。


 彼の睡眠時間は短く早朝に起床し、自邸においてきわめて神経質なほど清潔で、酒を嗜むが乱れる事はなく、平素は質素倹約であり、食事も粗雑な蕎麦粥(そばがゆ)と、濃い味付けの汁物(スープ)を好む。


 自己のあらゆることをすこぶる丹念に仕上げ、対談の際、遷延することや、だらだらした前置きを嫌い、ごく卑賎出身の家来とも親しく話し、城下町においては散策を趣味とし、気が向いたときに町人たちに話しかけ、彼らが望むことを聞き回る事もあれば、時折彼らを笑わせるため、下品な冗談を口にする事もあり、領民への慈悲深さがうかがえる。

 

 などと記され、異国人でも大使あったアントニオから見た織部憲長の人物像は、奇しくも後世ジッポン人が思い描いた勇者伝説と一致を示す、重要な歴史資料である。


 アレックスはナーロッパから遠く離れたジッポンの地に思いを馳せる。


「極東の大ジッポン帝国か。レポートを終わらせ、もう少しバイト代を稼いだら行ってみたいな。虹龍国際公司のエアジャンボジェットに乗り、ハカダエアポートから、まずは八州島で古戦場巡りとサイクリングを楽しむ。その後ナージア最大の環門大橋を通り、中京や大坂を経て、名護矢の最先端技術の工場見学とかして、東洋一の繁華街、大榎戸(おおえど)のラーメン巡りもしたいものだ」


 考古学者を志す彼にとって、ジッポンは最先端の娯楽に溢れながらも、古き先史時代の痕跡を残すまさに夢の国であり、ナーロッパの騎士文化とも微妙に異なる武士の歴史に憧れた。


「それに広大なエルゾ島の自然にグルメ、エルゾ文化も悪くないか。西洋ではフレイア教、ジーク教の神殿の類はもはや残されてないが、先史時代の歴史ある寺院が数多くあるらしい。だがこの如流頭大社が燃やされた歴史的事件は悲しいな。現代のジッポン人にとっては良かったかもしれんが、貴重な文化財を焼いてしまうとは……この勇者と言う存在、とんでもなく野蛮だよ」


 独り言ちながら、東方見聞録をアレックスは読み進め、生まれ持ったスキルを彼は発動する。


追憶(リード)


 ロマーノ大学に保存されていた東方見聞録の初版から、当時の世界情勢の痕跡を読み取ろうとしたのだ。


 これは彼の本来生まれ持ったスキルによるもので、文化財に遺された人の記憶を読み取れる能力を持ち、書物には当時のナーロッパ情勢についても記されており、主君であるロマーノ王に振り回されつつも、様々な出会いを通じ、運命を切り拓いたアントニオの思いが宿っていた。


「やはりな、当時の初版本にはアントニオ卿の想いが遺されていたか。さあ、見せてくれ歴史よ。僕に真実を、野蛮な中世から人権を重んじる近現代に移行した記憶を僕に」


 東方見聞録にて勇者威悪涅津伝説の一つ、如流頭大社焼き討ち事件についてこう記している。


 その日は大戦の戦火にあえぐ世界が救いを待ち望み、人々を守るために立ち上がった主君ジロー様の他、数多の英雄達と麗しのマリー姫により、次々と悪しき存在が討ち果たされた記念すべき奇跡の日々の始まりであったと。


「この本にも彼女の記載があるな。我が祖国ヴィクトリー救国の姫君マリーか。彼女は一体何者だったんだろうか? 彼女の日記は私も読んだことあるが、後世で改変されすぎて真実像が見えてこない。それにヴァルキリーとは一体……」


 東方見聞録にはこう記されている。


 ヴァルキリーに導かれし英雄達の中でも、最強の強さを誇った極東ナージアの勇者イワネツが、如流頭教を滅ぼした事で、北ジッポンを手中に収め、悪の大帝国ハーンにその蛮勇振りと強大国ジッポンの存在を広く全世界に知らしめた、世界救済の第一歩であったとも。


 だがしかし、如流頭大社焼き討ち事件で何が行われていたかは、後世の人々に正確に伝わる事はなかった。


――300年前ジッポン


 北ジッポン首都、中京政治の中心にあたる如流頭大社は目下大炎上中。


 神、ニョルズを祀る如流頭大社の頭領にして、南北ジッポンのフィクサーである大僧正賢如は、歴史ある神社が燃え盛るさまを見て絶望し、放心状態になる。


「早くお逃げを! 大僧正様!」


 内心ほくそ笑みながら、放火犯の明知十兵衛は、賢如を神社から避難させ、庭園を抜けて鳥居の前まで辿り着くと、賢如は徐々に冷静さを取り戻し、共に避難した僧や神官たちに命令を下す。


 アントニオ侯爵の東方見聞録では、明知十兵衛光秀についても記述がある。

 

 勇者イワネツの腹心となる明知十兵衛ついてはタコ、悪魔の魚のニックネームを持ち、性格は冷酷で残忍、表面を飾るのが上手い一方忍耐強く、人を欺あざむく手法を七十二も持つとされる銃の達人。


 彼は裏切りや密会を好み、刑を科するに残酷で、独裁的でもあったが、己を偽装するのに抜け目がなく、戦争においては謀略を得意とし、忍耐力に富み、計略と策謀の男であったという。


 彼は誰にも増して、絶えず憲長公に贈与することを怠らず、その親愛の情を得るためには彼を喜ばせることは万時につけて調べているほどであり、彼の嗜好や希望に関しては、いささかもこれに逆らうことがないように心掛け、彼の働きぶりに同情する憲長公の前や、一部の者がその奉仕に不熱心であるのを目撃して、自らはそうでないと装う必要がある場合などは涙を流し、それは本心からの涙に見えるほどであったと、アントニオ大公の東方見聞録で記されていた。


「はよう消せ! 何をもたついとんねん!!」


 神官達が祈祷し、上空に雨雲を作り出して局地的な集中豪雨で消火しようとした瞬間、神社が大爆発、花火が燃えるように白熱化して火花が飛び、更なる炎上を起こす。


「な、なんやこれ……なんやこれなんやこれなんやこれえええええ」


 絶叫する賢如の前に、深紅の特攻服を纏い咥えタバコの男が現れる。


「あーそれだが、火災の時に粉末マグネシウムなんか大量に作って置いておくとよ、熱反応中のマグネシウムに水分が触れた瞬間……ボン! 工場火災なんかで良くあるアレだよ」


 勇者イワネツであった。


 賢如を誘き寄せ、自身に屈服させる為の策である。


 すると賢如の目の前にいた明知は、イワネツに一礼し懐から小型の魔力銃、多根が島を賢如に向け始めた。


「じゅ、十兵衛! そなた一体!?」


 困惑する賢如に、無言で十兵衛は多根が島の引き金を引くと、腹に当たった賢如は崩れ落ちるように神社の沿道に膝をついた。


「上様、ご命令の通り如流頭大社に放火し、賢如を御前に」


「ご苦労、タコ野郎。お前なかなか使えるな、褒めてやる」


 明知十兵衛は思った。


 前の主君は自らが剃髪した頭を金柑と呼んだが、生まれ変わった世界の主君は自分を毛が無い蛸と呼び、自分は生まれ変わっても主君に頭を弄られるのだなと、己の宿命を笑い戦場を愉しむ。


「ははー! この十兵衛、お褒めに預かり恐悦至極!」


 イワネツは咥えていた火の付いた煙草を、大鳥居に放り投げて、膝をつく賢如に詰め寄るとおもいっきり蹴飛ばす。


「よう、ハゲ野郎。俺様が織部の憲長、またの名を勇者イワネツだ」


「う、う、うつけがあああああああ」


 ジッポン一の大魔道士でもある賢如は、溢れんばかりの魔力を放出して体を起こし、イワネツを睨みつける。


「なんだ馬鹿野郎(イージオット)。人を見るなり馬鹿呼ばわりとは、どういうわけだハゲ!!」


 体を起こした賢如の懐に、さっとイワネツが飛び込むとワンツー、鼻とみぞおちに拳が叩き込まれ、前蹴りで賢如は吹き飛ばされた。


「もう、ジッポンにはこんなもん必要ねえ! しかし良く燃えるぜ。シベリアのマガダンの収容所(むしょ)から出所した後、所長の家に火をつけてやったのを思い出す」


「はは、上様。それがしめも、前の世で農民を憐れな一向宗に仕立て上げる、邪悪な生臭坊主共の比叡山に火をつけてやったのを思い出しますぞ。なんとも痛快、なんとも愉快」


 笑う二人に、鼻から血を流した賢如は憤怒の表情で起き上がり、憎しみの魔力を増大させ、僧兵達が集まってくる。


「この不信心者あああああ! 如流頭様の大社をよくも!! 建造800年の神様のお社をおどれらああああああ!!」


「ああ゛? 800年もお前らがこのジッポンを、悲しき人々を戦いに駆り立て、不幸を生み出してたんだろうが!! 如流頭とかいう神ならいねえよ。おめえの髪みてえに綺麗さっぱり無くなった」


「な!? なにいうてんねん。おどれイカレとんのか……神が消えたって……」


 如流頭は、時折意識が繋がった如流頭に祈りを捧げるも、脳内からイメージされるのは、銀髪で見たこともない黒い服を着た、精一杯セクシーなポーズをとる少女の映像が浮かび上がる。


「な!? なんやこれ!? 神が、けったいな女の童に代わって……ど、ど、どないなっとんじゃあああ」


 イワネツは大爆笑した後、賢如を取り囲む僧兵達を睨みつける。


「言っただろ? ニョルズとかいう奴はもういねえって。俺がぶっ殺してやった」


 十兵衛はほくそ笑み、二丁の銃を僧兵たちに向けた。


「は?」

「何言うとんねんこいつ」

「アホちゃうか?」

「神様を(いわ)す?」


 イワネツは特攻服と着物を一気に脱ぎ捨て、筋肥大化した裸体を晒し、バサラの姿に変わる。


「お、お、鬼じゃああああああ」

「鬼が出おった」

「悪魔じゃあああああ」


 賢如が恐怖に震え、集まった僧兵達が恐慌状態に陥り、明知はイワネツの前に跪き頭を垂れた。


「上様の身姿、まさしく金剛像……美しい、御仏の化身がこの世界に現れてござる……」


「みほとけ? 俺はブッダなんざよくわからんが、そうだな……」


 イワネツは、賢如達を睨みつけながら、煙草をふんどしから取り出して咥え、火をつけ煙を吐き出した。


「もういねえ神なんざに拝んでも、なんの得にもならねえぞクソ共(カーカ)。このジッポンで行われる戦乱の歴史も対立も、全部終わらせるため、この世界に勇者として生まれ変わったあああああ。俺に平伏しろ戦乱を生み出すゴミクズ(ムラ―シ)共おおおおおお!」


 十兵衛は前世の主君と同様思う。


 主君は悪しき慣習と神仏の一切を信奉せず、弱き民達の希望となるため正義を果たさんとしていると。


「滅べ悪徳よ、福知山の領地にて悟った民の想いと、日の本の民が永遠の安寧を得る為、私が忠を尽くす主君の前に。戦で犠牲になる民たちの想いも私が代弁し、神の如く輝く我が上様にひれ伏せ」


 イワネツの魔力と体内のオーラが増大し、燃え盛る如流頭大社以上の輝きを発すると、賢如と僧兵は口々に呟く。


「ま、魔王や」

「神に叛逆する悪鬼の頭領」

「魔王ノリナガ」


 賢如はバサラの姿に恐れおののくも、黒い瞳が金色に輝き、魔力が増大し、ジッポン一の大魔導士に相応しい魔力を発すると、神社の砂利や砂が大量に宙に浮かび始めて、爆発炎上する如流頭大社を覆い、鎮火させる。


「このうつけがあああああああああ、ワシを誰やとおもっとんねん悪鬼が!! ワシはジッポン全てを統べる神社宗家当主、大僧正なる賢如やああああああ! オドレがひれ伏せあほんだらあああああああああ!!」


「うるせんだよ!! クソッタレ(イジーナフイ)!! このジッポンの戦乱も迷信も悲しみの世界も終わりだ!! 俺にひれ伏せ大僧正賢如がああああああああ!」


 膨大な魔力に突風が吹き、イワネツが両拳を握り締めてボクシングのオーソドックススタイルの構えをとり、賢如に飛びかかろうとした。


 すると空から公家の狩衣を纏い、烏帽子を被り刀を持つ、お白いを塗りたくった眉化粧と、白目が見えないくらい大きさな瞳とやや尖った耳、歯にお歯黒を塗った小柄な老人が姿を現す。


「ほっほっほ、京の都に鬼でおじゃるか?」


 ジッポン中京の公家であるのは間違いないが、イワネツは先ほどまで忠誠を誓わせていた公家たちに、この老人の姿はなかったと首をひねる。


「なんだこのオカマみてえなジジイ?」


 公家の老人は賢如の前に立ち、イワネツに対して正眼の構えをとった。


「か、関白……近衛はん!!」


 賢如は老人の名を呼ぶ。

 

 彼は北ジッポン関白、近衛先久。


 幼き天帝光如を賢如と共に支える、北ジッポンの事実上の意思決定者。


 従一位の位階を持ち齢300を迎える、魔族の血が入った高齢の大貴族である。


「ほほう、その姿……まさしく鬼。250年前、京と釜倉を襲った鬼共と、ツノは生えとらんが少し似ておじゃる。その方、名を名乗られよ」


「織部憲長こと勇者イワネツよ。ジジイこの野郎、上からものを言いやがって殺すぞ?」


 イワネツが悪態をつくと賢如が憤慨する。


「おどれ誰にもの言うとんねん! 関白はんはジッポンにおける天帝家とワシら神社を長年支える権威そのもの!! 公家の中の公家、大貴族にして長老様をジジイ呼ばわりとは……ほんま殺すでこいつ」


 鼻で笑ったイワネツは右手を上げると、燃え盛る如流頭大社から金属バットのようなアマノムラクモが飛び出して、イワネツは右手でキャッチした。


「あっちぃ、手のひら焦げたクソっ!」


 燃え盛る炎の中にあったため、イワネツは手のひらに火傷を負い、顔をしかめる。


「おお、これは伝説のアマノムラクモ? 初代天帝家発足の三種の神器でおじゃるか。そのほう、なにゆえこの神器を?」


「あ? 俺は盗賊(ヴォール)らしくニョルズぶっ殺して奪ってやったのよ」


 イワネツが応えた瞬間、目の前から近衛の姿が消え、背後から風切り音がした。


 瞬間、イワネツは殺気を感じて右肩に担いだアマノムラクモを背中に垂らし、衝撃と共に金属音が響く。


 近衛が瞬間移動の如く転移の魔法を用いて、イワネツの背中から斬りかかったのだ。


「ジジイ!!」


 イワネツが振り返りながら、自分よりも頭ひとつ低い近衛に、左ストレートパンチを繰り出すが、今度は鎖骨から腹まで斬られ、間合いを離された。


「ほっほっほ、250年以上前の京に襲来した百鬼夜行の鬼共との戦を思い出すでおじゃるのう」


 近衛先久はジッポン随一の剣の達人である。


 武芸は武士の仕事、剣術兵法は野蛮であると忌避する公家が多い中、この近衛は様々な剣法、兵法を修めて鍛錬をかかさず、百鬼夜行に備えていた。


 南アスティカ大陸から攻め込んできた、闇の精霊テスカポリトカ配下の精霊種と魔獣、そしてメヒカと呼ばれるヒトと魔族が交配された、神造人間達との戦争で、ジッポンの総人口が半数以下になる地獄のような戦場を経験していたためだ。


「者共であえええええ! 朝敵やあああああ! このうつけをいてまええええ!!」


 馬や騎獣に乗った僧兵たちが槍と刀を持って、近衛と一騎打ちするイワネツに襲い掛かるも、十兵衛が舞うように魔力銃を二丁持ちにして僧兵たちに撃ち始め、前世の戦いを思い出す。


「上様御自らの戦いに横槍を入れる愚か共めが! 相手が騎馬や徒歩(かち)ならば、動きをまず止めるべし! 馬柵(ませ)!!」


 十兵衛は自分やノリナガに襲い掛かる僧兵たちの足元に、土の魔法を用いて次々と檻のような金属柵が飛び出し、柵の隙間から魔力銃を乱射する。


「長篠の戦訓じゃ!! 兵共が足を止め火力を持って制圧よ」


 賢如は怒りに震え、飛んでくる魔力弾を風の魔力で止め、如流頭大社に振りかけた土砂を、魔力で東洋竜に形成して竜の頭に跨ると、土石竜の口から砂利を金属でコーティングし、空気銃の原理の如く、土砂の散弾を次々と放つ。


「十兵衛ええええええ! ワシが目をかけて育てた恩を仇で返しおっておんどりゃあああ!」


 賢如が上空に両手を掲げると、暗雲が立ち込めて天候が一変し、雷雨のようになる。


「ふん、それがしがこの世に再び生まれ変わったのは、また上様に相まみえ、今度こそ忠義を尽くす事。生臭坊主が上様に頭が高いわあああああああああああ」


 イワネツは、転移の魔法と剣術を極めた近衛に苦戦を強いられ、金属バットのようなアマノムラクモを構えながら肩で息をする。


「なんや? それでお仕舞いでおじゃるか? 鬼退治はお侍はんの特権やおじゃらんぞ?」


 近衛は刀を構えながら、周囲の僧兵の持つ刀剣類を取り上げるように魔法で宙に浮かせ、風の魔力でイワネツに投射する。


 超音速で降り注ぐ刀剣類の雨を避けながら肉薄するイワネツに、近衛は転移の魔法を駆使しながら、着実に斬撃を当てていくヒットアンドアウェイの戦法を取った。


「ジジイ、お前見た目によらずやるじゃねえか」


「ほっほっほ、元々公家の分家が武家。総本家たる公家を弱い存在と思ったのが間違いでおじゃる」


 鍔迫り合いとなったイワネツは、このか細い老人のどこにこれ程の力がと驚愕するが、近衛はニタリと笑う。


(まあこのあたりでええじゃろ。力ある者よ、お主が生まれてくるのを、麿は待っていたでおじゃる)


「!?」


 頭の中に、近衛の声が響きイワネツは目を剥いて目の前の老人を見つめる。


(ホレ、もう少し腰に力を入れて鍔迫り合いするのじゃ。賢如めに気付かれまするぞ? 英雄よ)


 イワネツと目が合うと、近衛は片目を静かに瞑る。


(ジジイこの野郎! 人の頭の中に!?)


(100年振りに現れし英雄よ。百鬼夜行が迫ってるのでおじゃる、国家存亡の危機でおじゃるぞ)


 イワネツの脳裏に、ある映像が浮かぶ。


 頭からツノを生やし、入れ墨を体に入れた戦士や、禍々しい仮面を被る異形の軍団が、モンスター達を引き連れて、東の果ての海から多数襲来する映像。


 すると今度は、飛竜のブレスで家々が焼かれて、モンスターに騎乗する仮面の軍団によって石槍で次々と町人達が刺殺され、武士達の首が刎ねられる映像に切り替わる。


 映像の主人は、仮面の鬼達を見つけると雄叫びを上げながら刀で斬りかかり、武士達の号令のもと、あちこちから火矢と魔法が放たれて巨大な龍が空から墜落した。


(ジジイ!? これは!?)


(前回の百鬼夜行の記憶でおじゃる。若き麿は、先祖代々受け継ぐ屋敷も、愛する妻子をも失い、大勢の武家も民草も命を落とした災厄でおじゃる。そして奴らはまた来る)


(な……んだと。シミズのクソ野郎が封印したんじゃねえのかよ)


 ヴァルハラのエネルギーを手にしたオーディンの神通力により、勇者マサヨシと精霊神達の施した封印魔法は解かれ、南アスティカにいる悪意の塊であるエムが活動を始めていた。


 その極悪な波動を感じた近衛は、ジッポンに百鬼夜行が再び迫っていると感じ、イワネツに念を送る。


(麿からジッポン史の真実を、そなたに授けるでおじゃる。ジッポンの神の呪いを解いた英雄、勇者イワネツよ)


(ジッポン史の真実だと?)


(左様、呪いの神を討伐せし勇者よ。麿は、ジッポンを救ってくれる英雄を、そなたを待ち望んでおじゃった)

先にお話ししますとこの世界は救済されます。

前半に出てきたアレックスは何度か出た後、最終章で主要な役割をする予定でございます。


物語は主人公である彼女が、どうやって人種間差別の解決と悪しき存在を打ち倒したのか、英雄と勇者は結局どうなったのかという結末を描く、最終章へと向かう後半戦に移行していきます。


それと話は変わりますが、素晴らしき音楽を綺羅星の如く生み出された「すぎやまこういち様」のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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