第160話 勇者を継ぐ者
拘束されたジューの上流階級達に降り立つのは、エルフの中でも王の中の王の称号を持つ、渡世名をブロンド、本名をグルゴン・トワ・エルフヘイム。
彼の前には、かつてノルド帝国の女帝だったエルダーエルフのヨハン。
こことは別の異世界で暗黒の軍団と敵対し、勇者ロバートを勝利に導いたシーエルフのラミア。
そしてブロンドに絶対的な忠誠を尽くす極悪組若頭補佐のダークエルフのスルドとエルフ連合や騎士団のハイエルフとダークエルフ達。
ジュー達は、ルーシーランドやシュビーツに現存する、エルフ伝説を描いた絵画のような光景を一目見て、彼が自分達の祖先の起源、偉大なるハイエルフの王であると感じ取った。
しかし、ハイエルフの王はヒトである、勇者ロバートやジロー、そしてデリンジャーの方に跪く。
「これにてアルペス戦線は我ら極悪組勝利となりました。叔父さん方、そしてデリンジャー様、ありがとうございました」
ジュー達は、なぜこの純血のエルフの王がヒトに頭を下げるのか不思議でしょうがなく、成り行きを見守る。
「いや、助けられたのはこっちだぜ」
「そうさー、兄貴ぬ子は我可愛らーさる甥っ子やん。気にするなー」
「それについてはいい。ここは君の男を見せる時だ。いずれ組織を、勇者を継がんとする者よ」
ブロンドは、シュビーツ傭兵団に拘束されたジュー達を一瞥して、傷をエルフ達に手当てさせる。
羊の皮を被せられた一団から、一人の少女にブロンドは跪き、薬物を浄化させる妙薬を飲ませると、少女の死んだような瞳が人間らしい光を帯びて、ブロンドを見つめる。
「もう大丈夫、僕は君達を保護しに来た。君はもう、悪い奴の言うことを聞かなくてもいい。安心して欲しい」
この世界のラテーノ語も、ヒンダス語も、チーノ語もジッポン語も学習し、女神からの祝福で言葉を話せるようになったブロンドに、少女は涙目になって泣き崩れて、ブロンドは紺碧の瞳に怒りを溜めてジュー達を睨みつける。
「お前らは自分たちは耳が長いからヒトに差別され、苦しんできたと言った。だからヒトに自分たちは何をしてもいい! そう言ったな!!」
ダヴォスの村長でもあり、ナーロッパにおけるジューの実質的影響者のクラウスは、ブロンドの前に立ち、全力で首を何度も横に振る。
「め、めっそうもありませぬ。エルフの王よ! 我らは何をしてもいいなどと」
「言ってたじゃないか貴様ら!! 嘘は僕には通じない! 人間の尊厳を、この子のように奪った悪党共!! 貴様らは罪を償い、今すぐにでも生き方を改めるべきだ!」
ジュー達は一斉に目を伏せて、エルフの王の眼差しを直視できず、全員が項垂れて何も言えずにただ耳を傾ける。
「耳が短いから何をしてもいいって言うなら、この中で一番耳が長い僕が、貴様らに死ねと言ったら死ぬのか? どうなんだ!!」
ブロンドの問いに、押し黙るジュー達に侮蔑を込めて睨みつけたダークエルフのスルドは、視線をブロンドに移す。
「自分は、若頭やニコの親分が死ねと命じたら死にますよ。こんな金の事しか頭にないようなボンクラで臆病なゲス共と違って」
「かつて皇帝と呼ばれた私ヨハンも、あなた様のためなら死ねます」
「我らエルフ連合のエルフ達も、若頭と極悪組のためなら死ねます」
「別にいいにゃよ、若頭のためなら一個や二個くらい。僕の特性で、日に8回までは死ねるニャ」
ジュー達は、自分達が持つヒトへの差別心を遥かに超える、絶対的な忠と義の侠気に触れて、金や陰謀などでは覆せないほどの、信義と絆の力を目の当たりにする。
「そんな命令など出すか、お前たちに。僕も、二代目も、マサヨシの親父さんも」
ブロンドは、父代わりとして自分を組織に引き入れた勇者マサヨシと、ある話をした事を思い出す。
かつて仁義なき世界と呼ばれた、異世界救済として勇者であるマサヨシが引退して、自分が二代目若頭に就任した時のことだった。
「いいかい、ブロンド。若衆の頭、若頭ってポジションは組の要で馬鹿じゃ務まらねえ。物を知らねえ三下や若中らが、自分も出世して若頭になって、いつかは組を継ぎたいなんて野心抱いてるが、それは考えが甘いとしか言えねえ」
勇者自身も、転生前ヤクザなチンピラとしての最初のスタートは、その物を知らない三下ヤクザの一人だったんだけどとは言わずに、若頭という地位と仕事とは何かを説明する。
「転生前、俺も何度か務め上げたが、この若頭という地位は親分に次ぐナンバー2、ここまではわかるな? つまり極悪組二代目って看板がニコで、若頭のおめえが組織の事実上の責任者でもあり、組を仕切る顔役なんだ。看板役と顔役ってのはわかるかい?」
看板役である親分と、実質的な責任者である顔役、若頭の違い、そして自分が今後求められる役割に、ゴクリとブロンドは唾を飲み込む。
自分が組の全て、内政、外政、経済、そして喧嘩の指揮命令に携わる、重大な仕事であった。
自信があるかと問われると、正直やってみなくてはわからないし、不安な点が多々あった事を思い出す。
そして人種対立の恐ろしさも。
「おめえもこの先、上に立つ男なんだからよく覚えとけ。組織ってのは、所詮は他人の寄せ集めよ。だが俺達は種族を超え、血よりも固い絆で結ばれた親兄弟、そうだろ?」
「はい!」
力強いブロンドの返事にマサヨシはうなずく。
しかし、このブロンドが寿命が長いエルフであり、思慮深い性格だからこそ、マサヨシは伝えておきたい事があった。
「だがなブロンド、これから先エルフのおめえは喧嘩や暗殺で命を落とさねえ限り、おそらく千年以上の長い間、多くの種族を使っていくだろう。だがその間に、絶対に起きると言っていい問題がある。派閥争いと種族間の足の引っ張りあいだ」
マサヨシは、ブロンドに語る。
地球世界でも仁義なき異世界でも行われてきた、種族間での争いの歴史。
文化の違いからくる誤解や、人間同士の争いの醜さ、そして種族間での民族的優位性を証明するためだけの、くだらない戦争の歴史。
「いいかい、ブロンド。いくら俺達が種族を超えて、血よりも濃い絆で結ばれていても、そうした種族間での派閥争いや、嫉妬ってのはこの先もついて回る。おめえが目指すべき道はなんだ?」
「任侠道です! 弱き人々を助けて強き悪しきを挫く。その為にとるのは、自分と他の人の手と手を繋ぐ、種族を超えた信頼の力! 僕はこの世界の未来の為、極悪組でそれをしていきたいです」
迷わず答えた筋道こそが、ブロンドが目指す信頼の力。
かつて、多種族を見下し利己的で排他的だったエルフ達が目指す道筋。
ブロンドはさらにその先、自分が目指す勇者への道を思い浮かべる。
親であるマサヨシのように、勇者を目指すならば、人を救う道筋を、目の前のジュー達に見せなければならないと、決意を持って彼らと向き合った。
「お前達の首魁、アレクセイに連絡をつけろ。話したい事がある」
クラウスは、ヒトのジローと肩を組む息子のシュミットを見やると、この非道を生み出した父である自分を、もはや親でもなんでもないと言わんばかりの形相で睨み返された。
「わかりました……しばしお待ちを」
ヴィクトリーへの通信規制が、一時的に解除された。
一方、アレクセイはエムと自称する存在より、悪意を増幅させ、ヒトであるエリザベスに屈服させられた事で、更に憎しみを増強させ、全てを憎む男へと変貌しつつある。
すると通信が遮断された水晶玉から、シュビーツのクラウスより着信が唐突に入り、嫌な予感がしながらも、アレクセイは通話に応じた。
「貴殿か、私だ。家臣のクラウスよ、我が親族にして、シュビーツにいる大公ハプスブルングは息災か?」
「すみませぬ殿下、殿下とお話があると、さるお方から」
ブロンドは通信班に命じて、テレビ電話のようにアレクセイと自身の姿を互いに写し合う。
「!? き、貴殿はエルフ!?」
すると、ブロンドは右掌を上に向け、中腰の姿勢となり、水晶玉を睨みつける。
「お控ぇなすって!」
画面のアレクセイは、ポカーンと口が半開きになり、画面の向こうのエルフを見つめた。
「お控ぇくださりありがとうございます。手前、仁愛の世界トワの大森林、暗闇の原生林で産声を上げ、姓はエルフヘイム、中間をトワ、名をグルゴンと発します! 極悪組初代にして勇者マサヨシ親分より親子盃を頂戴し、渡世の名をブロンドと改めました。現在はかつての兄貴分、ニコ・マサト・ササキを親として、二代目極悪組若頭を務めております。ですが、まだまだ手前が目指す勇者の道も、任侠道も道半ば。渡世において半端ものではございますが、お見知りおき願います!」
自分と同じ、光り輝く金髪に、容姿端麗にして両方の瞳が青いエルフを、アレクセイは只者ではないと、画面の向こうから発するエルフの侠気に圧倒される。
「……私はヴィクトリー王国護国卿エドワード・マクスウェルと申しますが、貴殿は別の世界のエルフ……」
「おい!!」
すると、名乗りを上げたアレクセイに、ブロンドは気迫を込めて睨みつけた。
「貴様、こちらが仁義を切っているのに嘘偽りの姓名を名乗るとはどう言う事だ。無礼にもほどがあるぞ貴様」
素性がバレている。
アレクセイは、画面の向こうにいるエルフの少年が、やはり只者ではないと認識して、頭を下げた。
「失礼した。エドワード改めアレクセイ・イゴール・ルーシー、キエーブ王国の王子でございます。貴殿は極悪組若頭と申しましたが、一体何者……!?」
ブロンドの傍に、様々なエルフ達が跪く中で、自分に対して、雑種などと不遜な態度を取ったかつてのノルド帝国の皇帝ヨハンの姿を見る。
「き、貴殿は一体!? エルフの皇帝までもが跪いて……まるで全てのエルフを統べる王のような……」
「その通りだ。渡世上ブロンドの名で組の仕事はしているが、本来の僕はエルフの正統なる王、貴様もエルフを祖とする王族だったな?」
アレクセイは、自分よりも歳ゆかぬ見た目をしたエルフの少年王に、本能から畏敬の念を抱く。
「貴様らジューの歴史を聞いた。悲惨で悲しき歴史、エルフである僕も哀悼の念を禁じ得ない。が、貴様らが現在、この世界の人々にしていることは何だ? 自分達と違い、耳が短いからヒトに何をしてもいい、なぜなら自分達は道徳的な優位がある。そんな事をこいつらは言っていた」
アレクセイは思った。
ヒトを虐げ、自分達民族の優位性を認めさせて何が悪いと。
現に100年も前、自分の愛する妹が、ヒトやエルフから差別されこの世を去り、神オーディンに利用されて道具扱いされる自分達の何がわかると。
「ふん、そこまで知りながらエルフの王よ。貴様らは、差別を知らぬからそんな事を言えるのだ。ヒトとしてもエルフとしても生きていけなかった私達の民族は……」
「甘えるなよ貴様!!」
少年とは思えない覇気に、通信先のアレクセイはブロンドに圧倒された。
「僕が差別を受けてこなかっただと!? かつて下等生物と僕らを呼んだ魔族によって、闇の世界で生まれた。精霊の王から呪いと差別を受けて、ヒト種からも亜人と差別され、同じ精霊種のドワーフ達が耳長と蔑み、憎しみあって千年にも及ぶ戦乱で殺し合いをしてきた。体格が小さく非力だからと、ホビットと呼ばれる人々を差別して殺してきたのが、罪深き我らが世界のエルフだ。貴様、我らが世界の民族の、苦難の歴史を何と心得る!!」
アレクセイも、通話を聞いていたジューも、このエルフが筆舌に尽くしがたい地獄のような世界で生まれたと絶句する。
「そこのスルド、僕と同胞の彼もそうだ。ホビットの科学者が支配する大陸から、差別され、奴隷にされて殺されるため、千年間隠れ住んで耐え忍んだ一族だ! だが僕らにはもう、他種族への恨みなど、もはや一片たりともない。恨んでも死んだ者は帰ってこない!」
「じゃあこの怒りをどうすれば良い! ヒト種もノルドの連中も、等しく死ぬべきだ! 滅ぶべきである!! 一匹たりとも生かしておけない! 我が親族と民族以外の薄汚いヒトも、エルフ達多種族も全部皆殺しだ!!」
ヒトを本気で滅ぼす?
そんな話は聞いてないと、ジュー達は一斉に動揺し始めた。
この世界のジューと呼ばれる民族は、人間社会が生み出す社会経済の中で己の財産を築いているのが大半を占めており、社会から切り離されれば生きていく術はない。
しかし民族の無念を果たし、ヒトに自分たちの存在を認めさせ、自分達民族がこの世界の支配者となるというアレクセイの復讐に乗り、ついでに自身らの富を戦争経済で富を得ようと画策したのが、この戦乱の真相。
ヒトを滅ぼすなど、ただのキエーブと本家のアレクセイからのお題目、士気高揚であると高を括っていたのだが、それが本気だと知り、一斉に首を横に振り始める。
この瞬間、ジューの民族救済の救世主アレクセイという構造が崩れ去り、私怨で復讐を企てる暗君であるとジュー達は評価した。
「我らを迫害し、家族を殺された恨みを!! この世界は我々を差別する! 薄汚い奴らが、寄ってたかって!!」
アレクセイの反論に、ブロンドは思う。
確かに彼らの、民族としての苦難の歴史があったのは事実ではある。
しかし、元々は排他的でプライドと知能が高く、長命種であるため、適切な教育を受けなければ他者を見下すのが、エルフの民族的な特性だとブロンドは理解していた。
そして彼らの持つ被害者意識も、他者を虐げるための自己正当化、詭弁であるとも彼は見抜いていた。
「……貴様らは、自分達が被害者だと弱者のふりをして……世を憎んで人々を戦いに駆り立て、悪を成す愚か者だ!! 加害者が被害者ぶるな! そういうのを外道と呼ぶのだ、この卑怯者め!!」
「黙れ小僧!! それが何だと言うんだ! ヒトは我らの先祖を差別し、奴隷にした挙句、私達の先祖の地は、塩を撒かれて森も間引かれた! ヒトさえいなければ、私の家族は、エカチェリーナも父上も……」
お互いの通信に沈黙が生まれ、本音と本音のぶつかり合いに、聞いていたジュー達も息を呑み通信を見守っている。
「その僕らを救ってくれたのはヒトだった。人間としての道理を示して、父も知らぬ僕に父とは何であるかを教えてくれたのがヒトだ。お前達は悪しき神から道具にされている。それはわかったが、だが……」
「わ、わかるものか!! 私の家族も、この世界の我らが民族の苦難が……よその世界から来たような者達になど」
ブロンドがその言い分に対しては頷いた。
「確かにその苦悩は僕にはわからない。だがそれ以前に、貴様らは、社会からの繋がりと愛を否定している。貴様だってヒト種から世話になった事は無かったのか?」
「……っ!?」
「ヒトを愛していた事は? 親愛の情を抱いた事は? お前の魂はそれを否定し切れるのか?」
アレクセイの脳裏にマリーの姿が浮かぶが、通信の向こうから、ブロンドは少女の歌声が聞こえて来る環境音を感じ取る。
言語はわからなかったが、その歌は単語を羅列したような、強烈な呪詛の呟きで、彼を背後から操る存在をブロンドは認識し、アレクセイが映る水晶玉から視線をジューに向ける。
その目は、憤怒や哀しみを通り越し、慈愛の瞳で彼らを見つめた。
「今のやり取りを聞いて、己が過ちを認め、悔い改める者は? まだ……お前達は間に合う。魂が、外道に堕ちる前に問う。お前達の中にヒトと接点を持ち、友愛の情を持った者は?」
すると、ジローのそばにいたシュミットがブロンドの方を見る。
「私は、先祖が奴隷に貶められた元凶のロマーノに金で雇われ、共に暮らしてきました。だが私は……私の魂は、先祖の歴史がどうであれ、今の彼らと、人間社会と共にありたい。過去の憎しみよりも現在と未来を。互いに手を取り合う明日の世界を」
ブロンドは頷き、クラウスを見やる。
「貴様は? 過去に囚われ他種族と殺し合い滅びの道を選ぶか? 僕の一族はそれで滅びの道を歩んだ。僕の世界にハイエルフの若い男は……もはや僕しかいなくなった」
クラウスは、人種対立の先のおぞましい未来を、目の前のエルフの少年を見て、背後にいるエルフの乙女達の涙に真実を見出す。
「我らも……ヒトの、社会経済が無ければ生きていけません。私は憎しみ合う事の愚かさを今、身を持って知り、本音を申せば……。本音ではヒトの社会と対立して、我らも我らの子孫も生きていけないと、私めは気が付いてました」
「クラウスと言ったか? お前のいう通りだ。アレクセイなる者よ、今一度問う。お前はそれでもヒトを、他種族を滅ぼそうとするのか? 弱者を踏み躙るオーディンのような最低の神の命令で! お前もその無意味さに気づいているはずだ。もう、矛を収めてはどうか?」
アレクセイは、ブロンドの気迫が籠る雄弁さと、瞳を見て、自分よりも確固たる信念を持ち聡明な男を相手にしていると徐々に気圧され始めていた。
これではブロンドのペースに乗せられると悟り、憎しみに歪んだ矛先を、ブロンドの傍らにいるヨハンに向ける。
「私は……あそこにいるノルド帝国の皇帝エルフに! 父上と共に、病に伏せる妹をどうか助けて欲しいと懇願した。だが、奴らから返って来た答えが、雑種が身の程を弁えろと……差別を受けて妹が死んだ。私は、ヒトもエルフも全てが憎い!!」
ブロンドは、元ノルド帝国皇帝ヨハンを、ジッと見据えるとヨハンは怯えた目で体が小刻みに震え出し、ある出来事を思い出していた。
ヨハンは、3年前このアレクセイと出会ったとばかり思っていたが、もっと前に彼の存在を知っていたと、今になって思い出す。
皇帝に即位したばかりの100年前。
まだ公務にも慣れず、摂政の長老からルーシーランドの王と王子、そしてハーンの部族長が、精霊の力を借りたいと申し出た記憶。
水晶玉の音声通話で、何かを懇願するルーシーランドの王に対して、面倒だと思った当時のヨハンはこう言い捨てた。
雑種が身の程を弁えろと。
アレクセイに、人種対立の愚かさを説いて大戦を終結をさせようとしたブロンドは、形勢が逆転されたと感じる。
まさか身内にした者に、アレクセイが悪に堕ちた元凶がいたとは思っても見なかったが、それを表情に出さず、ヨハンに事の真相を問いただそうと思った。
「どういう事だ、ヨハン」
「そんな、そんな事。まさか、あの時、わたくしが旧帝国時代に即位して、何もわからず、何も知らずに……ただ家臣が雑種共が何やら申し立てているとだけ。わ、わたくしがこの世界で起きた大戦の原因に!? そ、そんなあああああああ」
ブロンドは、自身が部下にしたヨハンを見下ろして無表情に見つめる。
旧ノルド帝国は、自分達極悪組が縄張りにする前、フレイによって操られ、精霊界を頂点とし、エルフが第一種族、他の種族に第二、第三と階級をつけて全てを見下す精霊種の国家だった。
彼女達旧ノルドも、神オーディンの陰謀の手足となった精霊神フレイに利用され、道具にされてきたのだが、それがアレクセイの身内を奪ってしまった原因ともなっている。
内心ブロンドは心拍数が上昇して冷や汗をかくも、相手に悟られるなどといった無様を晒さないよう、我慢を強いられた。
掛け合いの場面が相手の有利となった場合、細心の注意を払い、決して不利になったと顔や態度で示してはならないと、親であるマサヨシから習っていた。
そうしなければ、相手から揚げ足を取られ、表情や、所作の一つ取っても、相手の都合の良いよう落ち度をとられる最悪の状況になると、教えられていた。
ブロンドはまず、掛け合いの最中で暴かれた、自身の身内、ヨハンの不始末をまずは払拭しようと、思考を切り替える。
「僕の部下ならば、何をすべきかがわかるな? ヨハン」
ブロンドは人間としてまず何をすべきか彼女に問う。
「謝罪を、申し訳ありませぬ。申し訳……」
ブロンドに対して頭を下げたヨハンに、ブロンドは怒りを示した。
「違うだろ!! 僕にじゃない、彼だ!!」
ブロンドの冷静さが徐々に奪われていき、指さす先の、アレクセイが映る水晶玉に対して、土下座をしながら涙を流す。
「申し訳ありませんでした。私の責任です、どうかお許しを」
部下のヨハンを庇うように、ブロンドは水晶玉の前に立つ。
「このヨハンは、今では僕の部下だ。彼女は神と崇めたフレイと、背後のオーディンに操られていただけに過ぎないが、部下の過ちは僕の過ち。君の家族にまことに申し訳ない事をした。すまない」
「っ!?」
若頭補佐のスルドは思った。
これはまずい事になったぞと。
なぜなら理由や過程がどうであれ、組の実質的な責任者が謝罪を述べてしまったという事は、極悪組の組織全体がアレクセイへ過ちを認めてしまったという事。
さっきまで、ジューとアレクセイの落ち度と、非道をこき下ろしていた状況から一変、相手側が勢いづいてしまうと彼は思い、叔祖父分であるロバートの方を見る。
だがロバートは、静かに頷き成り行きを見守っており、スルドにジタバタするなと無言の圧をかけてきた。
「そんな謝罪で、私の家族が戻ってくるか。謝罪などいらん、その女の命を寄越せ」
難しい選択を迫られたと、ブロンドは頭を悩ませる。
配下にしたヨハンは、まだ旧ノルド帝国圏に影響力がある状態。
これに加えて、旧皇帝だったヨハンの尽力がなければ、異世界から転移して来た軍勢を支える事が出来ず、何よりブロンドの信頼に応えていたため、彼女を無下にする事はできないとブロンドは考える。
自分の部下の命を欲する相手に、人と世界を救うため、自分の親である勇者マサヨシならばどうすると考え、親分でもあり、兄貴分でもあり友でもある、救世主たる二代目組長ならどうするか考えた末、ブロンドが至った答えは一つしかなかった。
「そうか、ならば彼女の命の代わりに僕の誠意を示そう」
信義を重んずるブロンドは、地面に小指以外の指を握った左手を置き、右手にダガーを持ち逆手で地面に刺す。
ロバートは無言で首を横に振り、その選択は誤りであると伝えたが、ブロンドはもう決心を固めていた。
「若頭!!」
「やめてください!」
「それはダメだニャ若頭」
「エルフの弓使いにとって命よりも重要な指を!」
地面に刺したダガーを、テコの原理で一気に引き切り、第二関節から先の小指を切断した。
同席した勇者ロバートも、これがヤクザのやる指詰めかと、息を呑む。
「何やってんだよ! おい、ロバート、ジローこれは……」
手当てしようと駆け寄るデリンジャーを、ジローが止めた。
「指詰めさぁ。俺ぁが前世、本土ぬムショに留学した時ぃ、本土ぬ組織にならいー沖縄でも取り入れたさぁ。命で責任取るより、指でぃ男ぬケジメつけ丸く収まるならーすりでぃ、ええやんってぃなー」
激痛に耐え、右手で落とした小指を摘み、アレクセイが映る水晶玉に見せつける。
「僕の命よりも大事な指だ。どうか、これでこのヨハンの過ちを許してやって欲しい。そしてどうか、ヒトを許す心を、どうか……」
ブロンドは、アレクセイに残された人間性に賭けていた。
ヒトに情を抱いた事はなかったのかとの問いに、アレクセイの表情が僅かにだが揺れ動いたのを感じたからだ。
「どうか、この指で……僕が部下にしたヨハンに代わり、責任を取る。憎しみを忘れろとは言わないが、どうか考え直してくれないか? 呑んでくれたなら、僕の信義を指と共にそちらに捧げる」
長い沈黙の中、ヨハンやエルフ達は、何が何でも自分達身内を守ってくれるブロンドに、絶対の忠誠を誓い、全員がアレクセイを映す水晶玉に頭を下げて、ヒトに赦しをと口にする。
だがアレクセイは歪んだ顔つきで、ブロンドやエルフ達を嘲笑した。
「クク、そんなもので私がヒトへの恨みを、エルフを許すとでも思ったか? 滅べ、貴様らなど。たかが指一本で私の家族が元に戻る事は……」
「この野郎!!」
ブロンドは誠意を込めた想いが通じず絶望し、アレクセイの頑なな返答に、ジローが怒り通信に割り込んだ。
「てーげーにしぇー外道! 男の誠意をコケなしやがってぃ!! 俺ぁの甥ぬ覚悟とぅ謝罪、無碍なするぬが!? 何様やん、たっ殺さりんどおおお!」
ジローの怒りに釣られて、ロバートも殺意を全開にして、アレクセイを睨みつけた。
「黙って聞いてればいい加減にしろよ。男か貴様? 女々しいマザーファッカーが。ブロンド、もういい。君がこれ以上このファック野郎にする事は何もない。もはや力を持ってこの悪と対峙せねばならぬだろう」
デリンジャーは、二人を押し除けて水晶玉の画面と向き合う。
「なあ? ここから先は行き着くとこまで行かなきゃならねえぞ? キエーブの王子。行く道引かねえんなら、俺はてめえの道を塞ぐために全力を尽くす。てめえの後ろで気味悪い歌を歌ってる野郎もだ」
デリンジャーは、ブロンドとアレクセイが沈黙した時、通信の途中で気づいていた。
アレクセイの背後から、憎しみと悪意と呪詛を歌う、何者かの存在を。
「よく聞けクソ野郎共。俺や、俺の仲間達は、これ以上悲しい世の中にしねえために、人権ってやつを唱えた。そこのキエーブ王子に吹き込みやがってる野郎、よく聞けよ? オーディンの手先かは知らねえが、人を弄び、自分勝手な悪意を振りまく野郎を俺は許せねえ」
デリンジャーは、腰から抜き出した黄金銃ヴァジュラを構えて、水晶玉を木っ端微塵に粉砕する。
ブロンドは、デリンジャーに視線を向けると、男同士、言葉を発さずともお互いの意思を確認し合い、ジュー達を見やる。
「先程は不細工なさまを晒し申し訳なかった。けど君達には、ヒトを、世界を許せるであろうと僕の魂は……」
「はい、もはや我らはキエーブには従いませぬ。あんな狭量な男など、我らが主君として願い下げる。このシュビーツと、ジューの資本家貴族は、これよりこのシュミットが仕切ります。この世界で我らの同族がまた非道を行うなら、私の傭兵団が滅ぼす。銭金損得抜きで! 父上、よろしいか?」
傭兵団のシュミットは、ハプスブルング亡きあと、世界中のジューの国際金融を掌握すると宣言した。
息子の宣言にダヴォス村の村長にして、ジュー達の影の首魁クラウスは、肩を落として力なく頷く。
「オーライ、もう憎しみ合いはやめだ。お互い過去を忘れろとは言わねえ。だが、人は来た道ばかりを気にするが、これからどこへ向かうかが大切だ。この世界を紡ぎ直そう!!」
デリンジャーに賛同する、傭兵団のシュミットも大きく頷いた。
「あとは最後の後始末だな。ブロンド、左手を」
指を落としたブロンドの小指を拾ったロバートは、創造の神に祈りを捧げて彼の左手を引っ張り、切断面同士をくっつけて神霊魔法で回復させる。
「叔父さん、これは自分のケジメですんで……治療はいいです」
「ダメだ。君のオヤブンのニコも、私の兄弟マサヨシも、私と同じ事をするだろう。君は組織の責任者として、学んだ筈だ。どんなに誠意を込めて思いを伝えても、届かぬ悪がいる事を。そして、君がこの先、勇者としての道を歩むならば、やすやすと指は落とすな。指が何本あっても足りぬぞ? たとえファミリーを守るためでもな」
「はい……」
「お前、頑固さー兄貴とぅそっくりさー。やしが、うぬ心根っし、くぬ世界ぬ差別とぅ対立ぬ歴史ー終わたんさ。勇者ぬ道、我も目指そう思っちょーん。さあ、次ぬ戦やん! 次は……」
「ああジロー、次はルーシーランド本土だ。オーディンとかいうクソ野郎の本拠地。行こう、俺たちローズ・デリンジャーギャング団が世界を救うぜ!!」
「おう!」
全員がデリンジャーに応えた後、彼はロバートを呼ぶ。
ロバートは、デリンジャーに細巻き葉巻を咥えさせて火をつけ、自分も葉巻を咥えて火をつけると、お互い煙を吐く。
先程ブロンドとアレクセイとのやり取りの違和感を、ロバートにデリンジャーは率直に伝えた。
「あの野郎、アレクセイの背後にやべえのが多分控えてる。シミーズに連絡を。多分、俺達が本気で対策立てねえと、足元を掬われるかもわかんねえ」
「了解したミスター、私に心当たりがある。多分それは私達の時代の地球世界で知ってる、最低最悪のアウトロー……エムかもしれん」
ジョンデリンジャーデイ作戦は、キエーブを除く大戦を企てた、シュビーツに集うジューの首魁達を改めさせ、ロマーノを奪還し、フランソワの戦線を沈静化し、ロレーヌ皇国改め、蘇ったジークフリード帝国及びルーシーランド本土への攻略戦へと移る。
一方もう一人、勇者を継ぐと決意する、召喚術師マリーは、師のマサヨシと共に、騎士団と海賊団を引き連れ、ジークフリード帝国上空を飛ぶ。
ヴィクトリー王国攻略は、ロキとエリザベスが呼び出した原初にして災厄の女神ティアマトの存在により、神界の神々より攻撃中止命令が下されたからである。
また、バブイールで命を亡くした一人の騎士の想いを、家族を救いたいと願った男との約束を果たすため、マリーはかつて英雄ジークフリードと呼ばれ、地球世界で恐怖の大王アッティラと呼ばれた男の野望を挫くため、ジークフリード帝国本土攻略戦へ赴く。
が、オーディン率いるユグドラシルの軍勢とエムと呼ばれる謎の存在が暗躍する中、また一つ陰謀を企てる存在。
同時刻、ルーシーランド城塞都市ロスドフで、それは起こった。
ロキはルーシーランド古都にして、ネール湖畔の城塞都市で仲間のセトを待つ。
「なるほど、奴は、オーディンはルーシーランドってとこのエルフの子孫共に働きかけてたんだっけ? セトのやつはどこかなっと」
周囲を鼻歌混じりで見回すロキへ、背後から何者かが心臓目掛けて突き刺した。
「え? なんでお前……」
振り返ったロキに、覆面から歪んだ狂気の目を細めて、セトが神杖を次々にロキに振り下ろす。
エリザベスが創設した反逆神含む半グレ、チート7で裏切り行為が発生したのだ。
「ワレの家族ごっこに反吐が出そうじゃあ。何が家族と一緒に面白おかしくじゃ日和おって、たぃぎぃんじゃボケェ。ワシャ、オーディンにつくけぇのう。戦乱と戦士達の楽園、心躍るわい……」
ロキは、セトの神杖ウアスに体をバラバラにされ、セトが作り出した風魔法の巨大な竜巻で、バラバラになった体が巻き上げられ、付近のネール湖畔に肉片をぶち撒けられた。
次回はジッポンの話の後で、主人公の視点に戻ります




