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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第四章 戦乙女は楽に勝利したい
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第152話 漆黒

 私と先生はスカンザに戻り、仮眠を取った後、早朝起床する。


 天界のスーツに着替えて、マジックアイテム乳海攪拌(にゅうかいかくはん)で、お化粧して顔の形を変えてサングラスを装着した。


 なんだろう、まるで女エージェントになった気分がして、これはこれで新鮮な感じがする。


 ていうか、私の今の顔がレディ・ガガみたいな感じになって、なんかちょっとカッコいいかも。


「ぷっ、んだそりゃ。ハリウッドセレブみてえな顔しやがって、マリリン・モンローか?」


 先生も着物姿から黒の背広姿になって、おそらくは私と同じタイプのスーツを着用しているんだろう。


「すいません、お化粧時間かかっちゃって。今用意出来ましたんで、フランソワまで行きましょう」


「おう、今の時刻が朝6時前だから10時演説予定のパリスのフランソワ広場まで行くぜ」


 先生の転移魔法で、フランソワ広場まで到着すると、まだ朝日は登ってなくて、仄暗い感じだった。


「まだデリンジャーも来てねえようだな。よおし、ちょっと待ってろ」


 先生は水晶玉通信し始める。


「おう、俺だ。野郎の動向は? ああ、エルフの(スケ)で誘き寄せて、郊外の森の中に彷徨わせてんだっけか? おう、じゃあよお、そのボケな、フランソワ広場まで来るよう誘導しとけ」


 これで手筈が整った。


 漆黒ことノワールを誘き寄せ、デリンジャーの手で奴を退治させる。


「俺だデリンジャー。ああ、もう準備出来てやがったか? 野郎はフランソワ広場に誘き寄せた。ああ、頼むぜ」


 すると、三本足のカラスが広場に現れた。


「ファーック」


 相変わらず口悪っ。


 一応、神話の八咫烏だよねこれ?


「デリンジャーの野郎、この鳥公の使い方わかったみてえだな。よおし演説前にノワールの野郎迎え撃つぜ」


 朝7時、空が明るくなり始めて職人さんや騎士達が集まってきて壇上とか用意し始め、それを見たパリス市民が集まってくる。


 すると先生の水晶玉が振動して、着信を知らせた。


「俺だ、何!? 見失った!? クソが、なんらかの魔法か能力で聴衆に紛れ込みやがったか。多分入れ知恵したのは白薔薇だろうが、面倒くせえぞ。戦略衛星で野郎探せ!」


 すると、ビシッと背広を来てコートを羽織ったデリンジャーが姿を現す。


「シミーズ、首尾は? あれ、誰だこのキャロル・ロンバードみてえな……マリーか!?」


 なんだろう、私の変装、人によって評価が全然一致してない感じがする。


「すまねえ、見失った。この聴衆に紛れ込んで、おめえ攻撃してくるかもしれねえぞ」


「へっ、リンカーン大統領みてえに演説中ぶっ殺されるなんざごめんだぜ。じゃあ俺の相棒(バディ)の出番だぜ! クロウ!」


「オーケー、マイマスター! ファッキンサーチ!」


 八咫烏が飛び立ち、広場周囲をグルグル警戒飛行を始める。


「アホー! アホー!」


 低空飛行した八咫烏が騒ぎ立て、私達はその先へ視線を向けると、紫髪でゲームキャラのようなジッパーがめっちゃついた黒の革ジャケット着た歪んだ表情の少年が、いきなり現れた。


 おそらくは彼の能力か透明化の魔法で、姿を消してたみたいだけど、八咫烏はごまかせなかったようだ。


「へっ、アホが見つかったぜ」


「はい、厨二丸出しでアホっぽいですね」


 デリンジャーは不敵に口角を上げると、装備していた魔力拳銃を手にしてノワールに向ける。


「よう、てめえがノワールかい? 一人で来るとはいい度胸じゃねえか」


「ヒャハ、イキリチート大統領。おめえは死ぬんだぜ? この国は魔王倒した後で、俺のスーパーハーレムな楽園に変えてやんだからなあ?」


 何それ、頭悪すぎでしょ。


 なんなのスーパーハーレムとか。


 それにイキリはお前だっつーの。


 すると、ノワールの周りの聴衆から、フードを脱ぎ捨てた裸の女の子達が出てきて、ノワールの周りを囲む。


「ケッケッケ、撃てるもんなら撃ってみろよ? 俺のハーレムな肉盾共によお」


 こいつっ! なんて卑劣!


 知能も残虐性もゴブリンみたいな感じ。


 こいつ女を女とも思ってないクズだわ。


 私は先生の方を見ると、怒りを押し殺してノワールの隙をじっと伺っているようだった。


「なるほど、こいつは一本取られたぜ? クレイジーな野郎め。女子供を撃つハジキは持ち合わせてねえ」


 デリンジャーは、装備した銃をポイっと放り投げる。


「それにおめえやるのに、ハジキなんざいらねえ。ヘイ、ガールズ? もう大丈夫だぜ。おめえらを守るヒーロー、大統領ならここにいる!!」


「なんだイキリ野郎調子乗って! オラいけA子! 人間ミサイルだ! 突っ込め!」


 裸の女の子の一人が声を上げながら、デリンジャーに突っ込んで行って、ノワールが叫ぶ女の子に魔法で火をつけた。


 こいつっ!


「野郎!」

「させない!」


 私と先生が同時に飛び出すが、デリンジャーは演壇から前に出て、裸の女の子を抱きしめた。


「オーライ、怖かったな可愛いお嬢さん。もう大丈夫だ……精霊ウンディーネよ、俺に力を」


 デリンジャーの体から水の精霊魔法が溢れ出して、火だるまになった女の子を消化して、癒しの力で女の子を一瞬で治療する。


 すると女の子は目から涙が溢れ出て、声を上げてデリンジャーを抱きしめ、彼も優しげに女の子の肩を抱く。


「カッコいい……まさしく」


「ああ、男の中の男、かっこいいよな、水も滴るいい男っぷりだぜ」


 先生は呟くと、私と目配せして時間停止の魔法を発動させて、最低男から裸の女の子達を急いで救出する。


「ちくしょう、リア充ぶりやがってクソが! B子にC子、あのイキリ野郎に飛び込め……あれ?」


 時間が元通りになり、私達は女の子をデリンジャーの親衛隊騎士団に身柄を引き渡した。


「よう、俺は不器用でな、一度に女の子何人も抱けねえんだ。女は好きな女一人で十分よ」


 デリンジャーは抱きしめた女の子を、サッと私の方に突き飛ばし、女の子全員を救出する事ができた。


「Fuck You!! Asshole‼︎」


「な!?」


 上空を飛んでた八咫烏が、鋭い爪でノワールの背中を掴んで一気に上空を飛び、デリンジャーの前に物凄い勢いで放り投げた。


「てめえごときにハジキなんざいらねえっ!」


 デリンジャーはすっ飛んできたノワールの顔面にストレートパンチして、壇上から叩き落とす。


「なあ俺の胸に飛び込んで来た子? 名前なんて言うんだい?」


「……ッミ……ミシェール」


「……ミシェルか、いい名だ」


 デリンジャーは、石畳に横たわったノワールに馬乗りになり、怒りの形相で両拳を叩きつける。


「……クソ野郎! 人間を! 女を! ABCの歌みてえに適当に呼びやがって! この子にはミシェルって名前が、生き方があった! 人間の生き方だ!! 俺は……お前を許さねえ!! 人殺しのクソ野郎が!!」


 ノワールは馬乗りにされながらも魔力を発動し、デリンジャーは炎に包まれる。


「ヒャッハァ!! 俺以外の人間なんざ、俺のために生きてる有象無象の記号に過ぎねえ! 死にやがれイキリ大統領A!!」


 ノワールの発動した炎に包まれながら、デリンジャーは不敵な笑みを浮かべる。


魔法付与(エンチャント)炎大精霊(サラマンダー)!」


 一気に炎の魔力が増して、ノワールの炎の力を無効化してしまった。


「俺の体は炎だ!! 炎じゃ俺を燃やせねえぞ!」


「炎魔法無効化だと!? ちくしょう、チート野郎め!! じゃあこの広場にいる奴ら全部燃やしてやらあ! ヒャッハアアアアアア! どうする大統領? 俺におとなしく殺されるか周りの奴が死ぬか選……」


「させるか! 魔法付与(エンチャント)風の精霊(カラドリウス)


 デリンジャーは、ノワールの襟首を掴みながら風の精霊の力で一気に上空に舞い上がった。


「シィィット、おめえのせいで俺のお気に入りの帽子が風で飛んじまった。そういやお前、空飛べるか?」


「空なんか飛べるわけねえだろチート野郎! 離せ! いや離すな! お前頭イカれてやがるのか!!」


「ヘイ、ボーイ! クレイジーは俺への褒め言葉さ。お前ちょっと鳥の真似してみせろ」


 上空から優雅にデリンジャーが着地し、八咫烏がデリンジャーの頭に帽子を被せ、手足をばたつかせて、悲鳴を上げながらノワールが先生の足元に落ちてくる。


「くっそ、痛えけどステータスマックスで転生した俺にとっちゃかすり傷みたいなもんだ!」


 ステータスMAX? ふーん、どれどれ。


 ノワール LV100 クラス 魔法使い


 HP9890/9999 MP900/999


 総攻撃力999 総防御力999 


 スキル 封印監禁(リストレン) 絶対回復 炎魔法マスター


 あーうん、強いっちゃ強い。


 けど人間の限界とか超えたり、やばい装備とかすると、ステータスバグって見えなくなるから大した事ないわね。


 しいて言えば、見た目と裏腹に、防御力が硬いくらいか。


 先生は、足元のノワールの頭を思いっきり殴りつけると、奴の首が思いっきり捻じ曲がって脳震盪起こしたみたいで、こいつのHPが一気に半分以下の4500まで落ちて白目を剥いた。


「てめえみてえなチンピラが、こいつに勝てるわけねえだろボケ」


 うえ……今の一撃で失神させちゃったんだ。


 本気状態の先生マジ怖い。


「よう、デリンジャー。こいつ俺がさらっとくわ。おめえさん、演説の発声練習でもしててくれや。全世界注目の、世界を救いに導く男の演説だからよお」


「オーライ、シミーズ! おめえに任せたぜ」


 私は、先生と一緒に気を失ったノワールと一緒に、転移の魔法でスカンザの基地地下の、仄暗い石造りの地下室に場所を移す。


 気を失ったノワールの懐から魔法の水晶玉を奪い取って、なんかのリモコンを先生は取り出して、操作し始めた後に水晶玉をノワールに戻してやった。


「さあてと、マリーよう。手筈通り、俺様の水晶玉でこいつの動画配信だ」


 私は頷き、先生の水晶玉で動画の録画を開始した。


「よお、漆黒チャンネルのみんなぁ? 元気ぃ? 調子どうよクソ共! 特別ゲストな俺様が、ちょっと漆黒ことノワール君と遊ぼうと思ってよお、応援よろしくな!」


 うわぁ、ノワールの水晶玉通信をハッキングかなんかして乗っ取っちゃったんだ。


 録画放送してたら、こいつの視聴者なのか露悪趣味全開の奴らが、ニコ動や、つべのチャットみたく非難轟々の大炎上してる。


「んだよ、ゲストの俺様がせっかく出演してやってんのに、この野郎寝たままかコラ? 起きろチンピラこの野郎!!」


 先生が横たわるノワールの脇腹辺りを、思いっきり爪先蹴りすると、威力が強すぎるのか、変な音がして宙に浮いたノワールが吐血する。


「ゲフッ! イキリ大統領!? お前は!?」


「貴方様だろうが、チンピラゴラァ!!」


 あ、今度は顔面にヤクザキック決まった。


 同時に先生の体が突然燃え出す。


「ヒャッハアアアアアア魔王見ーっけ! 白薔薇のやつの言う通りだったぜ。手下を突けば本命が出るってよお」


 部屋全体が光り輝き、グニャリと周囲が歪んだような、異次元空間みたいになる。


「ケッケッケ、俺のスキル封印でここを閉鎖したぜ。もう逃げられねえぞ魔王! 俺はお前殺して勇者になって、大金手に入れてチートハーレム築いてやるんだ! カッカッカ」


 私は思わず、水晶玉を手に持ちながら、クッソでかいため息つくと、先生に魔法を発動中のノワールと目が合う。


「お、なんかパリス・ヒルトンみてえな女、ハッケーン! この魔王倒したら、服脱がせて俺様のオ●ンポミルク、でけえ胸にぶっかけた後で飲ましてやるから、待ってろよお」


 きっしょ、こいつマジキモい。


 でもそんな事態には、間違ってもならないけどね。


「クックック、フッフッフ、ハアッハッハッハッハ、燃えろ魔王! 灰になっちまえ!!」


 先生は1分くらい燃えるけど、私は先生のHPが全く減らないのを見てわかってる。


 幼稚な想像力しかなく、魔力を活かしきれてない、このアホの子ノワールの魔力が尽きかけているのも、部屋が酸欠にならないように先生の魔力で空気が満たされているのも、全部私はわかっていた。


「おい、チンピラこの野郎。人様をボーボー燃やしやがって今ので終わりか?」


 先生は火傷も全く負う事も無く、怯えた顔になるノワールにゆっくり歩を進め、懐から白鞘の短めのドスを取り出して、鞘から刀身を抜く。


「ひっ! 魔王がヤクザみたいな短刀出したっ!!」


「あ? ヤクザみたいな? 俺様は極道だよ小僧」


 ドスを手にした先生の威圧感と言うか、殺気とか迫力とかで私も怖くなって、漆黒なんか名乗ってるコイツよりも、真っ黒い先生の殺意に充てられてプルプル水晶玉が震え出す。


「ご、極道!? 反社じゃん! 反社なんか怖くないぜ、ばーーーか! ばーーーか! 馬鹿反社!! 知ってるぜ、一般人も殴れなくて、半グレからも逃げ回ってるカス! クソ雑魚!! 警察とかにチビリやがってる馬鹿ジジイの集まり! 魔王界隈のイキリ暴力団の反社集団的な何かか? 怖くねえぞ、お前なんか怖くねえ、俺の最強魔法だ!!」


 うわぁ、私が動画とって放送してるのに気が付いて、精一杯イキってるつもりだけど震え声だし、やっぱこいつ日本からの転生者なんだろうな。


 何も知らなくて、ヤクザを暴力団とか反社とか思いっきり馬鹿にしてるし。


「ルナティック・クリムゾン・カタルシス・クロスファイヤー」


 うわぁ、ださっ!


 なにその長い厨二くさい単語並べた魔法。


 ただ炎の演出を派手にしただけの、さっきと同じ炎魔法だし。


 あ、傷が一つもついてない先生が無表情で腰を落として、刃を水平にして両手で抱えながら、一直線にノワールのお腹を思いっきり体当たりするように突き刺す。


「ヤクザが怖くねえ? てめえ実際にヤクザに会った事ねえのに怖くねえとか、物を知らねえガキはこれだから困るよな」


「ぎゃあああああああああああああ!!」


 脇腹を刺されて床をノワールが転げ回った。


「はーい、注目ぅ。ヤクザな俺から、視聴者のみんなにレッスンしようか。まず刃物を使った殺しかたからなー」


 うわぁ、多分私の戦闘向けやこの放送見てるノワールの視聴者に、先生からヤクザなレッスン始まっちゃったわ。


「今みたいに刺すと、短い刃渡りでも全体重が乗って相手の肋骨も抜けて刃が深く刺さるんだ。で、上に押し上げながら手首の捻りを加えてやると、肝臓もズタズタに破壊して、確実に相手をぶっ殺せます」


 先生がドスを引き抜くと、赤黒い血がノワールの体から伝って床に流れて倒れ込み、悶絶しながら床をのたうち回る。


「こんな感じでどろどろの黒い血が流れたら、成功でーす! わかったかなー視聴者のみんなー? 相手を背中から突いても腎臓エグれて瞬殺出来るんでおすすめ。ほれ、早く回復しねえとおめえ数分以内に死ぬぞ?」


 いや、あんまりわかりたくないし。


 ていうかなんでそんな知識知ってるんだろう。


 まるで見てきたみたいに、淡々と説明するけどまさか……実際にこの人やった事ある?


 脇腹をスキルで回復するノワールに、ドスを右手に持ってお腹をサクッと刺す。


「あっああああああああああ!」


「はーい、注目。今みたいに片手で腹とか刺すと、相手の筋肉で止まって致命傷とかになりませーん。人間腹ぶっ刺されて腸とかはみ出したくらいじゃ死なないって、よくわかったかなー? こういう時には両手で柄握り締め、えいやと、一思いに体重掛けながら刃を横に胸を突いてやると、胸骨すり抜けて、心臓を突けてぶっ殺せるわけよ。覚えてくれたかなみんな―」


「ぎゃあああああ、死ぬ、死ぬ、助けて、回復スキルは日に一度しか使えないっ! 死にたくない!!」


「これくれえじゃ死なねえって言ってんだろチンピラァ!! ゴラァ!!」


 そこから先生の殴る蹴るの暴力が始まった。


 あまりの怖さに、ノワールの水晶玉チャンネルの退会者が続出していき、泣き叫ぶ声で私も気が動転しそうになり、水晶玉を持つ手が震える。


「お、おかしいよお。ヤクザは一般人に手を出さない、カタギは手を出さないって」


「あ? てめえのどこがカタギだよ。カタギはよお、まず人なんか殺さねえし暴力なんて選択肢は許されねえんだ社会も世間様も」


 先生は、ノワールが死なない程度に殴り飛ばし、痛めつける目的の暴力に変わっていく。


「それで小僧、ヤクザはてめえみたいに、趣味で殺しや暴力を振るうなんて、生産性がねえ事はしねえんだ。暴力はあくまで仕事で使う選択肢の一つに過ぎねえわけだ。仕事の一環なんだよ!」


 そう、ヤクザは暴力のプロ。


 それを社会が認知せずに許さなかったから、地球世界では衰退していた。


 けど、彼らを取り締まる法なんかなくて、世界や社会、人々から望まれた暴力であったら……それは警察や軍隊と同様の、暴力を伴う一種の社会装置になる、だっけか。


 それが先生が転生後に得た世界を救う、ヤクザとしての生き方。


 すると、先生のスペアの水晶玉が振動する。


「おう、俺だ。ああ、手筈通りだ。ん? おう、いいぜ。ちょっと水晶玉一旦切れ」


 私は水晶玉の画像配信を停止して、先生は、恐怖でうずくまってしまってるノワールに、水晶玉を掲げる。


「漆黒、今どうだ?」


 あ、その声は。


「そ、その声は蒼魔! 助けろ、クソ雑魚!! 魔王に俺はやられてる!! お前の分身の術で」


「ク、クックック。兄弟(フラテッロ)、こいつは俺がやりたかったが、代わりに対応してくれてすまない」


「……え?」


 ノワールは、希望から絶望に堕とされたって感じで、絶句してしまう。


「兄弟、こいつは俺が処理しておく。おめえは例の作戦を頼んだぜ」


 通信が切れてシーンとした沈黙の後、ノワールが歯を鳴らしながら涙目になる。


「ああああああああああ、信じてたのにクソ雑魚! 俺の役に立たねえゴミ! こんなはずじゃないのにいいいいいいいい」


 哀れだ。


 水晶玉の通信の繋がりでしかない存在を信じて、面と向かって話した事がない人物を信じたこいつが。


 彼は心が折れたのか、両掌を石畳につけて項垂れて放心状態みたいな感じになった。


「よう、そういうわけだからよお。てめえに味方する奴なんざ最初からいねえ。白薔薇だっけか? てめえ洗いざらい吐けこの野郎」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ」


「待ってくださいだろガキ!!」


 先生から蹴飛ばされたノワールは、自分の水晶玉をめっちゃ焦った感じで、取り出して操作するも、冷や汗かき始めて涙目になってベソかいて、おかしい、おかしいって呟く。


「無い、さっきやり取りした白薔薇からの通信が、記録が……指示してくれたんだけど白薔薇」


 先生は、私にアゴで放送再開しろって示してきて、私はまた放送を再開する。


「このガキャア! てめえの親分誰だ!? 白薔薇ってのは、どこのどいつだこのボケェ!!」


 先生が思いっきりノワールを足蹴にしまくっておそらくは見せしめ的な意味と、冥界の魔法で、弱らしたこいつの記憶を読み取ろうとしてるんだ。


「ぎゃああああああああ! 何も知らないんです。助けてください、お願いですからあああ」


「知らねえだとこの野郎!? 小指(エンコ)詰めるか!? おう!?」


 そして先生の暴力で小指を切り落とされ、脱糞して啜り泣く事しかできなくなったこいつは、私の方に駆け寄り、足に縋りついてきた。


「た、助けて、お助け。さっきの言い方は悪かったよう。ごめんなさい、ごめんなさい、イジメないで」


 先生は舌打ちしながら、ノワールの鼻先に居合で抜いたドスの切先を振り、鼻を一瞬で削ぎ落とす。


「ああああああああああ!」


「汚ねえ手で俺の弟子に触れるなヨゴレ野郎」


 悲鳴をあげるノワールに対して、私はアースラの記憶盗掘(メモリスチール)で、こいつの前世の記憶を盗み取る。


 ノワールの前世は、日本のどこかの団地で過ごした両親から虐待を受けて育った子だった。


 酷い虐待、タバコの火とか熱したフライパンを体に押し付けられて毎日が拷問みたいで、小学生に上がった彼は、学校にも行けずにその地獄のような家だけが彼の世界になった。


 成長して中学に上がる頃、親すら信じられずに人生を諦めてた彼に友達ができた。


 彼は、暴力に対する忌避感とかなくて、その友達と信じてた男の子の言われるまま、無軌道な暴力とか盗みを繰り返していき、家にも帰らず友達だと信じた男の子の家に寝泊まりして、家に帰らなくなった。


 ある日、彼は友達だと思ってた男の子と、その両親との会話を耳にする。


「タクちゃん、黒須君だけど評判悪いって言ってPTAからもっぱらの評判よ! そろそろうちからあの子の家に帰らせてちょうだい」


「ダメだよお母さん、あいつは俺の言う事聞いて、めっちゃ俺と親友してくれるんだ。だからさ、もうちょっと家にいさせてやってよ」


 ノワールは親友だから、このタクちゃんが庇ってくれてるんだと信じ切っていた。


 彼はタクって子に居場所を見出していた。


 そして、学校に行かない時は、タクって子のゲームする画面を見たり、彼の漫画を読む生活を続ける。


「異世界っていいよなあ、カッコいい勇者になって可愛いヒロインとかいてさ。憧れちゃうよね黒須」


「そうだねタクちゃん! いいよね異世界。俺も転生してさ、タクちゃんと一緒に冒険とかやりてえよね」


 そんな会話してる時、タクとか言う子のスマホに着信があって、彼はゲーム画面のファンタジーなRPGの世界を眺めてると、なかなかタクって子が部屋に戻って来ないのに気がつく。


 気になって、ベランダの窓に聞き耳を立てるノワール。


「ああ、先輩そんな感じでお願いしゃす。一週間以内に黒須のやつにそいつボコさせるんで。ええ、あいつ俺の言う事ならなんでも聞く馬鹿なんです。あいつ俺の言う事聞いて、万引きとか喧嘩とか簡単にやっちゃうんすよ、マジやばいっすよね。ああ、その件終わったらあいつ用済みなんで、何も喋らさず警察に行けって言いますよ。うちらには類は及ばねえですから。あいつ俺の親友兼ロボットなんで、言う事聞くと思います。あはは、マジ先輩も酷い人っすね。じゃあ、そう言う事で」


 彼は知ってしまった。


 親友だと思ってた彼が、単に自分を利用してた悪い奴だったって。


 ノワールは馬鹿にされたって思って、タクって最低男を困らせようって、ライターのオイルを部屋に撒き散らして待ち受けてた。


 彼は心の中で、そのタクちゃんを信じてて、自分を警察に売るなんて事しないだろうって信じて。


「ごめん、黒須さあ。城南区に山井って奴いるじゃん? あいつさー、俺と先輩を殺すって言ってめっちゃイキってるらしくてさ、あいつちょっと懲らしめてよ。俺、超怖くてさ……このナイフでサクッと……ていうか俺の部屋臭くね?」


「臭えのはてめえだあああああああ」


 激昂したノワールがライターに火をつけた瞬間、彼の意識は暗転していき、私が知る天使だった彼女との面談が始まった。


「黒須十字君、君は次の人生、魔法使いか勇者に転生を? んー、最近そういうの多いんですよねえ」


「俺、よく覚えてないんだけど、なんかそう言うのカッコいいなってゲームとか本で見たんで。どうか次に生まれ変わったら俺を!」


「ええ、まあ審査基準は満たしてます。これならば、よほどの事がない限り、来世でも何不自由ない生活は、基本的に送れると思います……合格です。ただし、前世の記憶はその……消しておきますので、ご了承ください。それとあなたのスキルですが……」


 彼を転生させたのは、サキエル。


 その正体はワルキューレのブリュンヒルデ。

 

 彼もまた、魂の傷がついて私と同様、同じようにこのニュートピアに転生したんだ。


 そして前世の記憶を取り戻したこいつは、もはや自分以外を信じず、人を蔑み、自分は特別なんだって思い上がって、この世界の人達を……。


「頼むよお、助けてって。お前、魔王の手下なんだろ? なんでもするから俺を……」


 私はノワールの襟首を掴んで立ち上がらせ、思いっきり顔にビンタする。


「あんたは、確かに前の世界で酷い思いして、悲しい一生だったかもしれない。だけど、だけどこの世界の人達があんたに何をした!? 何もしてないのに酷い事をあんたは!!」


 襟首を掴んで、腰を捻転して私はノワールを床に投げ飛ばした。


「前の世界のあんたがされた酷い事を、この世界の人達はしなかったじゃない!! あんたは自分より弱い人を虐げて、尊厳と命を身勝手に奪ったこの最低男だ!! この世界で犯した罪を、責任を取れ卑怯者!!」


 私が吐き捨てるように言うと、ノワールは泣き崩れて、もはや抵抗する気も失せていた。


「先生、どうやらこいつを転生させたのは……」


「ああ、そういう事だな。小僧この野郎、さっきこいつが言った通りだ。てめえを裁くのは俺でもこいつでもねえ、フランソワの法律だ。罪を償い、己と向き合え……それが死刑判決でもな」


 死刑の二文字に、ノワールは絶句する。


 デリンジャーは死刑廃止の方向で改正すらしいけど、フランソワの最高刑は死刑で、ギロチン刑。


「やだよ……死にたくない。俺は……許して」


「あんたは死にたくない、助けて欲しいって言った人達の命を踏み躙った。あなたを処すのはフランソワの法律。私達はあんたを助ける義理も道理も無いし、あんたの被害者の事を思うと、許す気持ちにもなれない」


 彼は聴衆の前で命をもって、自身が犯した罪の責任を取ることになるだろう。


 願わくば、彼がフランソワでの最後の死刑囚になる事を祈る。


「この野郎縛って、身動きできねえようにしたら、俺とおめえは手筈通りに」


「はい、先生。もう、悲しい世界を終わらせましょう。準備が終わり次第、騎士団と共にヴィクトリー王国へ!」


 私達は涙を流して項垂れるノワールを地下室に幽閉し、この世界を救済するための運命の日、デリンジャーデイを迎える。

次回は3人称で話が進みます

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