赤い髪の男 01
雨の降りしきっていた屋敷で、エメリーを狙っての襲撃をされてから二日。
それによって俺たちは、ひとまず市街での監視活動は休止することに。
ここ最近は被害が出ていないというのもあって、下手に外で動き回るよりも、ここで待ち構えた方が可能性が高いと考えたためであった。
案外すぐにまた現れるかとも考えたが、今のところ"溺れる者"が再度襲撃してくる気配はない。
とはいえ油断してもおれず、普段通りに執事としての役割をこなしながら、俺は屋敷内を警戒し続けていた。
しかしこの日の昼間、突然鳴らされたドアノッカーに反応し、若干の緊張をしながら扉を開くと、そこへ立っていた人物の姿に目を見開いた。
「まさか本当に執事をしているとはね。いや、別におかしいと言ってるわけじゃないんだ」
顔を合わせるなり、軽い口調で話してくる。
俺はその彼、グライアム市警のバリー・ロックウェル警部の姿に、態度には現さないにしても強い動揺を受けた。
「急にどうされたのですか。まさか当家へおいでになるとは……」
「すまないね。ちょっとばかり、先日の件で聞きたいことがあるんだ」
まさかこの屋敷へと、彼が来るなどと思ってもみなかった。
それに彼のすぐ背後にはもう一人、後輩であるコンラッド・ヘニング警部補も同行している。
市警の人間がわざわざ二人も訪ねてくるということは、やはり当人が言うところの"先日の件"、おそらくエメリーが襲撃された時の事について聞きたいということか。
ただドラウ爺さんとも話したように、この件はまだ市警に通報をしていない。
ではいったいどうしてかと思うも、なんのことはない。あの時屋敷の壁が破壊された音、隣家にまで響いてしまっていたようであった。
「昨日お隣が通報してきたんだ。そこで少しだけ面識のある僕らが」
「申し訳ありません。正直なところを言いますと、当家もあまり騒動の渦中に身を置いていると思われたくはないもので」
「郷紳の家だ、あまり大事にしたくないというのは理解できるけれどね」
時期が時期だ。ここで起きた何がしかの騒動が、少年の連続殺人と関連づいていると考えてもおかしくはない。
バリー警部とヘニング警部補もつい最近、エメリーに注意するよう言っていたというものあって、もしやと思い自ら来たようだった。
実際そうであるのだから、なかなかに彼らも勘が働くようだ。
ともあれ屋敷まで来られてしまっては、もう言い逃れも出来やしない。
こうなっては上手く誤魔化すしかないと、俺はイヤな素振りを隠し、警部らを屋敷内へと迎え入れた。
「主は現在執務の最中でして、しばらくお待ちください」
応接間へと案内し、リジーと共に彼らへ茶を出す。
そうしてしばしここで待つよう告げると、俺は断りを入れ一旦退出をした。
リジーはコーデリアを呼びに上階へ。一方の俺は急ぎ使用人棟へと向かい、厨房へ。
そこで緊張の面持ちで立っていたのはシャルマとドラウ爺さん。俺が厨房へ入るなり、シャルマは静かな声で口を開いた。
「それで、あの人たちをどうするの? ……始末する?」
「いきなり物騒だな」
「無論冗談よ。後々そっちの方が厄介になるもの」
口を開くシャルマであるが、彼女は早々に随分と暴力的な方向性を問うた。
当人は後の面倒を理由に冗談であると告げたものの、逆に言えば厄介になる要因さえないなら厭わないとも聞こえてしまう。
流石にそいつは避けてもらいたい。なにせ彼らは、こちらと同じく犯人を追う側なのだから。
「流石に物騒な事態にはならんじゃろうて。ご当主様が上手く追い返してくれるはず」
案外進展せぬ事態に苛立っているせいか、攻撃的な発言をしたシャルマ。
そんな彼女へと宥めるように、ドラウ爺さんは楽観的な考えを口にする。
コーデリアは突発的な状況に対する対処能力が高いだけに、彼が言うように任せておくのが無難かもしれない。
となれば今のところ、俺たちにやれることはないか。
そこでひとまず平静を装うという理由もあって、俺は普段通り屋敷内の仕事を片付けていくことに。
ただ接客はコーデリアに任せ、俺が屋敷で廊下の調度品を磨いていると、応接間から警部らが出てくるのが見えた。
「悪いね、ちょっとばかり屋敷を見学させてもらうよ」
「見学……、ですか?」
「もちろんご当主の許可は頂いた。君たちの邪魔にならないようにするからさ」
バリー警部はヘニング警部補と共に俺の前に立つと、唐突にこの場所の見学を口にした。
さっき彼らが屋敷に現れた時と、同等の困惑に襲われながらもグッと動揺を押し殺す。
そうするに至った理由は置いておくとして、とりあえずコーデリアの許可を得ている以上断ることも出来やしない。
そこで大歓迎といった表情を見せ、案内が必要かを問うも、バリー警部は適当に見て回ると告げ歩き始めた。
彼らが廊下を歩き、置かれている調度品などを眺め始めたのを見て、応接間から出て来たコーデリアへと小さな声で呟く。
「いったいどういうことですか?」
「どうやら屋敷内の諸々に興味があるみたい。……仕方ないでしょう、下手に拒絶すると怪しまれるもの」
基本的にバリー警部らがここに来たのは、ただの事情聴取というか状況把握のためであったらしい。
そこでコーデリアは上手く誤魔化したそうなのだが、問題はその後。
捜査のついでというか気まぐれというか、丁度これから非番となるらしきバリー警部らは、屋敷内の見学を願い出たそうであった。
巷ではブラックストン邸には、そこそこ立派な美術品が置かれているという噂が存在する。一応事実なのだけれど。
そのため稀にではあるが、近隣の住人がそういった物を見学させて欲しいと、屋敷を訪ねてくることがあるくらい。
その際にはリジーなどが客人に同行し、見せても良い範疇を案内しているのだ。
しかし問題は今回の希望者が警察であるという点。
後ろ暗い一面を持つブラックストン家だけに、コーデリアも本心では跳ね除けたかったようだが、当人が言うように下手に断ると勘繰られてしまう。
「では仕方ありません、極力自然体で居るとしましょう」
「エメリーは?」
「今はエイリーンと一緒に居るはずです。使用人棟に居るので、顔を合わすことはないはず」
誤魔化すのはたぶん何とかなる。ただ問題は、被害に遭いかけた当人か。
エメリーはブラックストン家の黒い側面について知っている訳ではないが、普段の屋敷での話などを切っ掛けに、警部らがどう不信感を抱くかわかったものでは。
一応被害者であるというのもあって、警部らはエメリーから話を聞きたがっていたらしい。
しかしまだ混乱しているという理由によって、コーデリアが面会を許さなかったようだ。
なのでバリー警部らには大人しく見学だけしてもらい、エメリーと接触しないよう退散してもらうとしよう。
俺は素早くコーデリアと示し合わせ、急ぎ使用人棟へと向かう。
そこでシャルマらにこの件を話そうとするのだが、今日はゆくゆく思い通りにはいかないらしい。
バタバタと激しい足音を響かせて、厨房に血相を抱えたエイリーンが飛び込んできた。
「誰か、エメリーを見ませんでしたか!?」
厨房へ入って来るなり、普段とは異なり平静さのない声を発するエイリーン。
さっきまでエメリーのおもりをしていたはずの彼女だが、こんな発言をする辺り状況は明らか。
「急に姿が見えなくなって……。さっきまで一緒に居たんですけれど」
「まずいな。警部らと出くわしたらちょっとばかり面倒だ」
ついさきほどまで、エイリーンと一緒に大人しくしていたはずのエメリー。
だというのに、ほんの少し彼女が用を足しに行った隙に部屋から出て、どこかへ姿を消してしまったというのだ。
屋敷の敷地から出る、というのはたぶん無い。
しかし警部らと遭遇するのは困るし、もしも万が一また"溺れる者"が現れたとすれば一大事。
「手分けをして探そう。使用人棟から出ていないといいんだけど……」
珍しく動揺するエイリーンを宥め、ひとまず行動することに。
リジーは使用人棟を探し、エイリーンとドラウ爺さんは屋敷の一階、そしてシャルマと俺は二階へ。
ただ階段を駆け登ってすぐ、シャルマと手分けするために分かれたところで、すぐエメリーの姿を見つけることが出来た。
しかしその小さな姿の横には、もう一人の人物が。
スーツを着た赤毛で中肉中背の人物。それはバリー警部と共に訪ねて来た、コンラッド・ヘニング警部補の姿であった。
しまったという感想を抱くも、そのようなものをおくびにも出さず、地味なスーツの背に声をかける。
「これは失礼を。屋敷の子供が出歩いてしまいまして」
そう言って彼らの側へ移動し、それとなくエメリーを自身の背後に。
するとヘニング警部補は一瞬だけ目を見開くも、すぐに柔和な表情となった。
「構いませんよ。折角なので話をと思いましたが……」
「当家の主の意向でして。申し訳ありませんが、本日は子供への聴取をご遠慮いただければと」
聞けばバリー警部とは別に、屋敷内へ飾られた絵画などを見ていたところ、偶然ここでエメリーと出くわしたようだ。
そのエメリーを見るとオドオドとしており、普段以上に所在なさげな様子を見せている。
元来が若干人見知りをする子ではあるが、以前にヘニング警部補と会った時は、ここまでの態度ではなかった。
案外屋敷内の空気がおかしくなったため、不安に駆られているのかもしれない。しかし……
「エメリー、どうした?」
先日の一件によって神経質となり、ヘニング警部補に対する反応がおかしくなったのもわかる。
とはいえそれにしても、俺にはこの幼い少年の挙動が、不審というか妙に落ち着きがないと思えてならなかった。




