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赤い髪の男 02


 エメリーが襲われかけた二日後に、事情聴取の名目で屋敷を訪れたバリー警部ら。

 その彼らは帰る前に屋敷内の美術品などを見学したいと申し出、一通り見終わったのは夕刻の少し前であった。


 丁寧に礼を言い、屋敷の外へ停めてあった簡素な馬車へと乗り込む、バリー警部とヘニング警部補。

 門の外で二人を見送った俺は、屋敷の中へ入りしっかりと扉を閉めたところで、小さく声を発した。



「ご当主様、少々お話が」



 そう密かに告げると、コーデリアの返答も聞かず屋敷の上階へ。

 これから彼女に確認したいことは、出来ればまだここに住む誰にも聞かれたくはなかった。


 そこでなにもない風を装って移動すると、少ししてコーデリアも階段を上がってくる気配に気づく。

 どうやら彼女も、こちらの意図を察してくれたようだ。

 他に誰も上がってこないのを確認すると、彼女と共に書斎へ入り、即用件を切り出した。



「実は少々、調べて頂きたいことが」


「どっちを? 警部と警部補、あの二人のことでしょう」



 頼みごとを口にすると、彼女はすぐさまその対象を大雑把に問い返した。

 俺はついさっき、エメリーのしたヘニング警部補への反応が不審に思え、念のため彼に対する調査を頼もうとしていたのだ。

 しかしコーデリアもまた、なにかしらエメリーの異変に気付いていたのかもしれない。



「ではコンラッド・ヘニング警部補を」


「そっちが怪しいと?」


「まだ何とも言えません。なにせ根拠が希薄なもので」



 正直エメリーが怯えていたというだけで、彼がどうこうという根拠を持っているわけではない。

 あの時対峙した"溺れる者"は中肉中背。体型などはヘニング警部補とよく似ていたが、あのような体型はそれこそ吐いて捨てるほどに居る。

 目深にかぶったフードのせいで、多少の明かりはあっても顔や髪などもまるで窺えなかった。


 ただ今現在、"溺れる者"に関する情報はあまりに少ない。

 エメリーが強い緊張をしていたという、根拠と言うには僅かに過ぎるモノであっても、懇願するように縋るしか道はなかった。



「なるほどね。わかった、調べておく……、と言いたいところだけれど」


「なにか問題が?」



 コーデリアは了承をしようとするのだが、すぐに肩を竦める。

 俺もすべてを把握している訳ではないけれど、彼女が使う情報収集の人員というのは、なかなかに粒ぞろいと言うか優秀な人間が多いようだ。

 そんな彼女の手勢であっても、もしやこの調査は難しいというのだろうか。



「そうじゃないの。実を言うとね」



 彼女はちょっとばかり苦笑しながら、書斎に在る棚へと歩く。

 そして一枚の封書を取り出すと、まだ開いていないであろうそれにペーパーナイフを当てて開いた。



「一応この屋敷に住む住人と、一定の接触をした相手は調査をすることにしているの。もちろん少し前に貴方と接触した、ヘニング警部補に対しても」



 そう言ってコーデリアは中身を取り出し、デスクの上に置く。

 つまり以前から彼については調査を始めており、それがつい最近、おそらく今朝あたりにでも届いたということか。

 なんとも用意周到なことで。


 妙なところに感嘆していると、コーデリアは置いた資料を眺め始める。

 俺もまた覗き込んで読み進めていくのだが、ある程度のところで顔を上げると、揃って険しい表情となった。



「経歴におかしな部分はありませんね。……不審なほどに」



 その資料はヘニング警部補の、生まれてからこれまでの大まかな出来事を纏めたもの。

 こいつはどうやら役場に在る公的な書類の他、市警の内部文章、それに近隣住民から聞いた話まで様々なものが元となっているようだ。


 ただ大抵の人であれば、なにかその中に汚点となるような出来事が存在している。

 例えば同僚のバリー警部にしても、少年時代に近所にあった果樹園で、友人たちと果物を一つ拝借し、罰として納屋に閉じ込められたことがあるようだった。

 とはいえその程度ならばこれといって特筆することもない。すべての人がとは言わないものの、これくらいなら子供の悪戯の範疇として扱われる。


 特筆すべきは、そんな部分まで調べてしまっている、コーデリアの使う情報要員。

 しかしそんな人間であっても、ヘニング警部補を調べど、何一つとしてそういった過去が出て来なかったという。

 全ての人間が悪さをした経験があるとも限らないが、こうも記録がないというのは不自然。



「市警内の書類に関して、改竄された痕跡があったみたいね。上手く隠しているようだけれど」



 調査を行うに当たって最適な、特別と言える"才能"を持つ人々。

 そちらからの報告によると、案の定その情報には作為的な部分が存在したようだ。


 一応ヘニング警部補の、出生地や出身の学校などに関しては、偽りがないというのがハッキリしている。

 しかし細かな部分、特に幼年期や少年時代に関する情報に、自然を装った抜けが存在するのだという。

 ……そう、"溺れる者"の被害に遭っている、少年たちと同じ頃の情報が。



「中流家庭に生まれるも、両親は既に他界。とはいえこうなると、どこまで本当の情報か判別がつかないわね」


「そもそもの素性すら怪しくなってきたか……。これはますますもって、エメリーの直感に真実味が出てきました」



 もちろんまだ現状は、不信感が募るという状況に過ぎない。

 けれどこれによって一躍、ヘニング警部補が溺れる者の候補に名乗りを上げた。


 子供が持つ、ある種の審美眼とも言える直感は侮れない。

 直にヤツと対面し、その悪意を身に受けたエメリーだからこそ、感覚的に恐怖を抱いたとも言える。

 となれば今後は、彼を調べるというのが無難かもしれない。



「このこと、全員に話しておきますか?」



 ひとまずはヘニング警部補が、最有力の容疑者であるのはわかった。

 今後は彼を中心に監視をしていくという事だが、ひとまず問題となるのはこの話をどこまで知らせるか。


 実際に監視を行う、シャルマとドラウ爺さんは少なくとも知っておいた方がいい。

 けれどリジーとエイリーンについては、どこまで知らせた方がよいのやら。

 今後の警戒という点を見れば、知らせた方が良いのかもしれない。だがもし次に接触した場合、知っているが故の反応が、彼女らを危険に追いやる可能性も捨てきれなかった。



「ドラウとシャルマには教えておいた方が良いわね。リジーとエイリーンには……、まだ黙っておくとしましょう」


「後々になってリジーが怒りそうですが……」


「そこは仕方がない。事が片付いたら、二人揃ってお説教を食らいましょ」



 その危険性は、コーデリアも認識。

 ひとまず彼女らには告げぬこととし、後に待つであろうリジーの怒声を想像しながら苦笑すると、俺はそのまま書斎を出た。


 廊下を歩いて屋敷の裏手へ向かい、ひとまず執事としての役割に戻ることに。

 通用門を入ってすぐのところで、出入り業者の配達してきた諸々を荷車に積み替えながら小さく息を吐く。


 それにしても本当に市警の内部に、それもバリー警部の近しい同僚が最も疑わしくなるとは。

 しかしコーデリアには話していないが、俺はヘニング警部補について、少しばかり気になる事があった。



「あの時の言葉、どうにも嘘には思えないんだよな……」



 市警の監視を行っていた深夜、町で出くわしたヘニング警部補。

 あの時隣を歩く彼が話していた、犯人を決して許せはしないという言葉を思い出す。


 もちろん自身への疑いを逸らすために発したもので、俺はそいつにまんまと騙されたという可能性は十分ある。

 けれどこれまた自身の直感であるのだが、あの時の言葉に偽りの気配を微塵も感じられなかった。

 それほどまでにヘニング警部補の言葉は重く、底冷えするほどに響いてくるような気がしたのだ。



「お疲れ。彼女といったい何の話をしたの?」



 荷物を運ぶ俺の正面から、屋敷内での仕事を片付けたであろうシャルマが近づいてくる。

 彼女は俺がコーデリアとなにかを話していたと気付いているらしく、運んでいる荷物を眺めつつその内容を問うてきた。


 このシャルマのように、"演じる"ことに才能を持つ人間もいる。

 公にヘニング警部補の才能は、何の変哲もないものではあるが、それが本当であるとは限らなかった。

 彼がシャルマと同じような才能を有す可能性がある以上、やはり騙されている可能性は捨てるべきではない。


 そこで一旦ヘニング警部補へ抱いた印象を取り払い、シャルマに書斎で話した内容を口にした。



「情報もなく手探りな状況に比べれば、遥かにマシか」


「明日から交代で一人ずつ監視に出る。残る二人は念のため、屋敷に残って警戒だ」


「寝不足の日々は当分続くわけね……」



 告げた内容から想像する状況に、面倒そうな様子で嘆息するシャルマ。

 とはいえ致し方なしと、使用人棟の方へ戻っていこうとするシャルマであったが、俺はふと思い立ち彼女を呼び止める。

 そして荷物を屋敷へ運ぶのを無理やり手伝わせた後、シャルマを連れ屋敷の地下へと脚を向けるのであった。


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