溺れる者 06
ドラウ爺さんと情報屋のもとへ行き、今後についてを相談しながら屋敷へ。
得られた情報というか、推測をコーデリアとシャルマに伝え、さらに今後の方針についてを話し合う。
とはいえ結論は同じ。市警内部に連続殺人犯の協力者、あるいは犯人そのものが居ると仮定し、捜すということに。
もっともその手段については意見が分かれ、コーデリアの書斎に入って小一時間、全員でただ頭を捻るばかり。
そんな中でも小さな卓を囲み、具体的な手段を相談する。
そうしてようやく挙がったのは、これまでもよくやってきた手段、対象の近くへと潜入するというものであった。
「市警への潜入は難しいですね。なにせ俺の顔は既に知られています」
しかし俺はその手段を否定する。
理由は簡単。素性を偽った状態ではあるが、俺は顔を隠すことなく市警本部に行ったことがあるため。
そこに詰めている人間の幾人かは俺を覚えている可能性がある以上、警察に成りすますというのはまず危険性が高い。
シャルマもまた特異な容姿を持つため、こういった役割には不向きであると思う。
「懐柔もダメ、潜入もダメとなるとあとは……」
「監視、しかありませんな。現状採れる手段となればそれしか」
コーデリアはたどり着いた結論に嘆息。
そしてドラウ爺さんは彼女が口にしかけていた内容を肯定する。
市警の人間に取り入って情報を集める、あるいはさっき挙がったように潜入をする。そのどちらもが厳しいとなれば、自ずと選択はここへ行きついてしまう。
世闇に乗じて市街を周り、市警を監視するという非常に地道かつ消極的な手段に。
とはいえ結局はそれしかないのかもしれない。
そこで俺は軽く前傾姿勢となって、コーデリアに具体的な部分を問う。
「では手分けをして、ということですか?」
「いいえ、今回も市中にある拠点を使用してもらうわ。交代で深夜の警戒に当たって頂戴」
てっきり俺とシャルマ、それにドラウ爺さんの三人で、市警の監視に当たると思っていた。
しかしコーデリアは首を横に振ると、三人で順に休息を摂るようにと告げる。
少年を狙った件の連続殺人犯が行動するのは、基本的に深夜。
なので昼間を休息に充て、夜間に監視を行うというサイクルであれば問題はないと思うのだが。
「事務方を除いて、グライアム市警に属する警官は約三千人。全員ではないけれど、その多くが深夜の警邏に出ているわ」
「……無理、ですね。確かに交代しながら地道に探した方が良さそうで」
「そういうこと。ほぼ間違いなく長期戦になる」
実際コーデリアは俺よりも深く考えていたようだ。
彼女の言う通り膨大な人数を有する市警を、深夜という限られた時間で、それも市中に散らばった中で監視するというのは流石に無理というもの。
ここはより体力の消耗を抑えながら、時間をかけて探るしかなさそうだった。
とはいえ長期に及ぶと、それだけ被害者が増えるということに。
そのことには全員が考え及んでおり、どうしたものかと頭を悩ませる。
「とりあえず行動を起こすしかありませんな。では早速今夜から始めると致しましょう」
なにか、なにか打開の一手が欲しい。
しかしそいつを今すぐ提案することはできず、立ち上がり告げたドラウ爺さんに倣って退出していく。
書斎に残ったコーデリア以外、今回実際に行動を担う俺たち三人は、早速市街へ向かう準備に取り掛かった。
ドラウ爺さんなどは、「ついさっき戻ったばかりなんじゃがの」と腰をさすっている。
それでも昔取った杵柄というか、若い頃の血が騒ぐのだろうか。いそいそと準備を進めていた。
屋敷に置かれた簡素な荷馬車を使い、三人で中心部へ。
向かうは主に子供たちの被害が多い区域の、アパートの一室を用いた拠点。
そこへ移動するべく馬車に揺られる最中、御者台で隣へ腰かけるドラウ爺さんを見た俺は小さく呟く。
「随分と武器を持ってきたもんだ……」
歳相応に腰を丸めたドラウ爺さんの、夏にしては若干厚手な上着を横目に見る。
一見して寒がりな老人。けれど実際彼が身に着けた上着の下には、かなり物騒な物が仕込まれているというのが直感的にわかる。
「ワシはこういった物が得意でな。機会が来れば腕前を見せてやるぞ」
「別にいいよ。昔散々見せられたんだ、爺さんの技量は知っている」
「そいつは残念だ。久方振りで腕がなるというのに」
そう言って爺さんが上着をめくって見せるのはナイフ。
しかも十本やそこらではない。三十ほどの小さなナイフが、ギラリと凶暴な気配を纏い裏地にぶら下がっていた。
形状からして投擲用。普段庭師として好々爺然とした姿を見せるこの人物、投げナイフの名手でもあるのだ。
「私は是非拝見したいわね。あなたの師匠なんでしょう?」
同じナイフ使いとしての興味が向いたようで、荷台からシャルマが覗き込んでくる。
いったいいつの間に話したのか、ドラウ爺さんが俺の師匠たちの一人であると知り、いつか実力を見たいと目論んでいたようだ。
「では隠れ家にこの小童が居ない時、二人きりになったらお見せするとしよう」
「爺さん、もしかしてシャルマを口説いてるんじゃないだろうな……?」
若干軟派な気配を発しながら、シャルマへと嬉しそうに告げるドラウ爺さん。
そういえば以前に執事長から聞いた話だと、爺さんはかつて相当にモテていたらしく、かなりの女性たちを泣かせてきたとのこと。
もちろんそれはブラックストン家の担う暗殺稼業の一環で。
とはいえ意外にも当時は軟派な気質であったらしく、現にシャルマに対し口説くような素振りが。
よくよく見れば爺さんのニヤリとした表情からは、かなり荒々しい格好良さが滲み出ていた。
「やれやれ……。近所の屋敷に住む婆さんでも口説き落とすのがお似合いな齢になってしまったか」
「爺さんの年齢からしたら、シャルマなんて幼子も同然だろうに。ちょっとは自重してくれよ」
もちろんこれはただの軽口。
これからしばしの期間、共に作戦を担う新たな相棒とのちょっとしたコミュニケーションだ。
ただそんな俺と爺さんのやり取りに、後ろから聞いていたシャルマも割って入る。
「私は別に悪い気はしなかったけど。なにせこの美貌に臆したのか、言い寄ってくる男の少ない事といったら」
こちらはこちらでなかなかにアクの強い言葉を吐いてくるものだ。
確かに俺も認めるところではあるが、己の容姿に相当な自身を持っているであろうシャルマが、ふんぞり返らんばかりの態度で言い放つ。
もちろん多分に、場を和ますためという意図が含まれているはずだけれど。
俺とドラウ爺さんはそんな彼女の言葉に苦笑しながら、裏通りに面したアパートの前へ馬車を止めて降りる。
荷物を持って階段を上り、市内へ幾つもある拠点の一つへと入ると、荷物を下ろして窓を開けた。
既に陽が随分と傾いている。そろそろ道路に沿ったガス灯へ火が灯る頃で、人通りも徐々にまばらとなりつつある。
もう少しすれば件の殺人鬼、"溺れる者"と呼ばれる存在が罪なき少年たちを襲い始める頃だ。
「それで、どの順番で休息を摂るの?」
部屋の換気を行う俺の背後から、さっき荷解きを始めていたシャルマの声が。
彼女は真っ先に毛布を取り出すと、椅子代わりとするべく床に敷いて腰を下ろしていた。
とりあえず当初から考えていた通り、まずドラウ爺さんから休んでもらうことに。
普段野良仕事で動き回っているとはいえ、今日は早朝から珍しく屋敷外を歩き回っている。相応に疲れもあるはず。
年寄り扱いされたことに不満そうにする爺さんだが、渋々腰を下ろして小さな酒瓶を取り出し、寝酒と称し一口含む。
一人で小規模の酒盛りを始めた爺さんを置いて、俺とシャルマはアパートを降りていく。
ただ階下に降りて外を眺めてみると、殺人鬼の現れる時間には少々早く思え、俺たちは適当な店へ入ることに。
そこで腰かけ、軽食を食べながら時間の経過を待つのだが、そろそろ行こうかと考えたところでシャルマが嘆息した。
「若い女を狙う類の変質者なら、まだおびき寄せようもあるってのに」
「まさか自分から囮役をしてくれるつもりだったのか?」
「冗談。私よりももっと男心がわかる人間が居るでしょ」
そう言って俺を見るシャルマ。
彼女が何を言いたいのかくらいはわかる。以前標的を仕留めるために潜入をした際、女装をした時の事を言っているのだ。
甚だ不本意なものではあったが、彼女にはそれが非常に愉快であったらしい。
いったいどこまで本気なのか知れぬシャルマに肩を竦め、会計を済ませて店を出る。
「市警に見つからないようにしてくれよ。保護された君を迎えに行くのは少し厄介だ」
さっきの意趣返しとばかりに、別れ際シャルマへと警告を口にする。
俺のように大の男であればともかく、女性であるシャルマが深夜に出歩いていれば、きっと市警に見咎められる。
娼婦であると言い訳したとしても、この状況ではどのみち警察署まで連れていかれてしまいそうだ。
「ならそっちは精々犯人に間違われないようにすることね。もしあなたが逮捕されても、私は他人のフリをするから」
意趣返しをしたつもりであったが、彼女はそれに対しさらに反撃を仕掛けて来た。
表情からは余裕すら感じられ、このまま俺が何か追加で言ったところで、きっと別の反撃を口にしてくると思える。
どうやら口での応酬では、シャルマの方に一日の長があるらしい。
俺は敗色濃厚な気配をひしひしと感じながら、降参を現わす挙手をし、夜の町へと入り込んでいくのだった。




