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溺れる者 05


「これはこれは……。まさかこのように美しい女性が待ち構えているとは」



 扉を開いたドラウ爺さんの、簡単混じりの声。

 それによって、窓の一つもない真っ暗な部屋の中に居た人物は、くすりと笑んだ声と共にランプへ明かりを灯す。


 小さなランプによって照らされたのは、俺よりも幾分か若く見える娘。

 むしろ少女と言っても通用しそうなその人は、確かにドラウ爺さんが言うように、とても整った容姿を持っていた。

 おそらくこの人物が、ドラウ爺さんが探していた情報屋。

 年齢からして爺さんの知る人物と同じということはあるまい。どうやらこちらの方もしっかり代替わりをしていたようだ。



「まさかあのドラウ翁から、出会い頭にそんな素敵な誉め言葉をくれるとは思ってもみなかったわ」



 その彼女はドラウ爺さんからの誉め言葉に苦笑する。

 仮の名前すら口にはしない。あくまでも商売人と客という関係のみで、それ以上を求めていないというスタンスだ。


 ただ少しだけ話してくれたことによると、この若い情報屋はどうやら、爺さんのしっている先代情報屋の孫にあたる女性らしい。

 初対面であるはずな彼の名前を知っていたのもそれが理由のようだ。

 この点ではコーデリアと同じであり、こちらも裏家業であるというのもあって、妙な親近感を持ってしまいそうになる。



「それで今日はどんな御用?」


「うむ。少々素性の知りたい相手が居ってな」



 もっともその僅かな親近感、抱いたのは俺だけであるようだ。爺さんと情報屋は早速本題へ入る。

 小さなランプの明かりのみで照らされた部屋で、ドラウ爺さんは情報を欲している対象、世を騒がす殺人鬼についてを告げると、情報屋はアッサリと首を横に振った。



「生憎と、ヤツの素性に関する情報はまだ無いわ」



 当然彼女も件の殺人鬼については知っている。

 しかしその素性までは定かでないと言う。もちろん情報の収集は続けているようだが、それでも現状では手ごたえが無いようだった。

 もっとも彼女はが言うところの情報というのは、確実性のあるものという意味であったらしい。



「ただ、ある程度の推測は立てられる」



 情報屋としての勘や経験から、それなりにヤツの正体へ迫ることは可能。

 ではいったいどういった輩が犯人であるのか、情報屋の口が続きを吐き出すのを今か今かと緊張し待つ。

 だが彼女は意味深気な視線を送るばかりで、口を開く様子が無かった。



「まったく、そういう交渉術は先代譲りか」


「なにせ情報屋も商売人ですもの。僅かでも利益を欲するのは当然」


「ここまでの案内で、かなり財布も軽くなっているんじゃがの……」



 嘆息するドラウ爺さんは、渋々懐から財布を取り出す。

 部屋に入った時点で爺さんはいくらかの金を渡していたのだが、情報屋は無言によって追加料金の催促をしていたようだった。


 爺さんが言っている通り、ここまでを含めかなりの出費だ。

 後で屋敷に戻ってから、それ用の経費として精算するつもりではある。

 それでも金庫の管理も仕事のうちな執事としては、ちょっとばかり口を出したくなってしまうのだった。



「ここまで払ったんだ、相応に信用のできる"推測"なんだろうな」



 ここまで黙っていた俺だが、どうしても確認したく情報屋へと口を開く。

 すると彼女は口元だけで微笑み、軽く肩を竦めた。



「情報屋にも相応のプライドってものがある。だから一応信用してもらっていいと思う、あなた次第だけど」



 別段気分を害した様子もなく、アッサリと言い放つ情報屋。

 彼女の態度を見て視線だけで隣を窺うと、爺さんが静かに頷くのが見えた。

 ということはたぶん大丈夫なのだろう。


 その様子を見て俺が納得したと受け取ったらしく、情報屋は置かれていた椅子へ適当に腰かけると、独白するように推測を話し始めた。



「犠牲者が子供ばかりというのもあって、市警は躍起になって探し回っているわ」


「新聞では批判の声一色だ、いい加減払拭したいだろうしな。だがそれがどう関係している」


「急かすんじゃないわよボウヤ。ともあれそんな市警の捜索も、ヤツはまるで霧を掴むようにすり抜けていくってわけ」



 あまり齢は変わらないだろうに、俺の言葉をボウヤという呼び方で軽くあしらう情報屋。


 どうやら彼女、市警の動きをかなり正確に把握しているようだ。

 そんな市警の犯人捜索であっても、件の殺人鬼は見事なまでに逃げ切っている。

 だからこそか、情報屋にはある程度推測する材料となっていた。



「単純に神の祝福に恵まれた、幸運な輩である可能性はある。ただ基本的にはこう考えた方がいいでしょうね、ヤツは"市警の動きを把握している"と。さて、これはどういうことかしらボウヤ?」


「ようするに市警内部に、犯人と通じている人間が存在するということだな。あるいは……」


「わたし個人としては、"あるいは"の方を推したい。その方がずっとスキャンダラスだもの」



 今度は俺に考えを問うてきたため、彼女が話す中で浮かんだことを口にする。

 すると情報屋はそれが正解であると言わんばかりに、またもや肩を竦めるのであった。


 浮かんだ考えは二つ。その内片方は、市警の人間が例の殺人鬼の共犯者であるということ。

 金を積まれてか、あるいはそういった性向であるのか。市警の捜査情報を流しているというもの。

 そしてもう一つ。情報屋はこちらを推したいようだ。



「市警内部に殺人鬼が居ると、そう言いたいのか?」


「そうおかしな発想でもないでしょう? なにせこんな犯罪多発都市で、常日頃から異常者どもを相手しているのだもの。中には歪んだ情欲を抱くに至る者が居てもおかしくは」



 この考えは、なにも突飛なものではないと思う。もちろん市警は否定すると思うが。

 むしろこのどちらかであると考えれば、色々と納得がいくのは事実だった。


 意外にも生真面目さが前面にきているような人の方が、妙に捻じれた性癖を持っているものだとは、情報屋が可笑しそうに語った内容。

 そんな彼女の言葉を聞き、俺は頭にバリー警部のことを思い浮かべる。

 彼がそうであるとは言わないが、まだ違うと断じるのも危険か。



「とはいえ現状これは推測の範疇。真偽はそっちで確かめて頂戴」


「そうするよ。それはそれとして、情報が不確かな分を割り引いてくれると助かるんだが」


「あまりケチ臭いことを言ってると、そちらのお嬢様に呆れられるわよ」



 現状話せるのはそこまでであったらしく、俺は最後に冗談半分本気半分、情報量の値下げを要求してみる。

 すると情報屋は小さく微笑み、コーデリアについてを口にした。


 確信はない。だがこの様子からして、こちらについてかなりの事を知っているのではないか。

 横に立つドラウ爺さんを見ると、何も言っていないとばかりに首を横に振る。

 ということはこの情報屋、独力でブラックストン家がなにを行っているかを探ったということになる。

 逆に言えばそれを突き止めるほどの情報網を持つ人物が正体を掴めぬほど、件の殺人鬼が慎重であるということか。



「もしこの推測が不正解だったなら、情報量の半額は返してあげる」


「思いのほか良心的になったな」


「今後長い付き合いになるかもしれないもの。ちょっとくらいはサービスをしておかないと」



 彼女はそう言ってウインクをし、柔らかな仕草で扉を指す。

 ここで取引は終了、どうぞお引き取りをという意味だ。

 追い出そうとしているというよりも、単純に話せることは全て話したという意味なのだと思う。


 俺とドラウ爺さんはそそくさと部屋を出ると、無言のままでアパートの一階へ。

 来た時とは異なり表側から出ると、適当に大通りを歩いてから、通りかかった駅馬車へと乗り込んだ。



「さて、どうする気かの」



 大きな駅馬車の上席へと座り、屋敷へ向けしばし揺られる。

 そうしていると隣に座るドラウ爺さんが、小さな声で話しかけて来た。



「なかなかに有益そうな話を聞けたし、そちらの可能性で調べてみようかなとは」


「そうじゃのぅ……、今の時点で他に手段もなさそうだ」



 駅馬車には他にも客が乗っているため、傍目にはどういった内容かわからないように話す。


 揺れる車上で、俺とドラウ爺さんは静かに今後の方針を話していく。

 そういえば暗殺者稼業を始めてから、この人とはあまり話す時間が取れていない気がする。

 俺が執事役を担うようになってからは特に、屋敷の外を担うドラウ爺さんとは接する時間が減っていた。


 俺がふと思い出したそのことについて口にすると、爺さんは目を丸くする。

 そして一瞬だけ黙り込むと、懐かし気に俺の背を叩いた。



「たまには悪くない。しばらくはワシも、お前の相棒に加えてもらうとしよう」


「それじゃあ数年ぶりに、爺さんのお手並みを拝見するとするかな」


「まったく小生意気になりおって。齢は食っても、まだまだ若造には負けぬわ」



 風を受け走る駅馬車の上、俺とドラウ爺さんは軽口を叩く。

 俺にとって暗殺者としての師匠の一人である彼が、共に行動してくれる。

 それは当人が言うように歳を経ていたとしても、非情に心強く思えるものであった。


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