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カワル貴方 01


 王国北部のリゾート地で一週間もの時を過ごし、俺たちはすっかり暇に身体を慣らしてしまっていた。

 異様に高い物価はさて置くとして、涼しさもあって心地良いその土地にも馴染みつつある。


 しかし休暇という楽しい時間ほど、過ぎ去ってしまうのは早いもの。

 瞬きするかの如く過ぎ去った時間は非情で、怠け切ってしまった俺たちを乗せる列車は、黒煙と揺れを共にグライアム市へと一直線。

 そうしてたどり着いた中央駅の人混みや、身体を襲う生温い空気と漂うスモッグを目にし、俺とシャルマは盛大にため息つくのであった。


 とはいえまた列車に乗ってリゾートへ向かうことも出来やしない。

 なにせコーデリアから受け取った旅費はきっちり一週間分。あのようなリゾート地、滞在するだけですぐ干上がってしまう。

 過酷な役割を考えれば、もうちょっと給金が多くても良い気はするなどという欲が、珍しく口をついてしまった。


 そんなことを話しながら、駅馬車に揺られ都市郊外の住宅地へ。

 ブラックストン邸の敷地へ入り、帰宅の挨拶と軽口がてらコーデリアと給金について話してみようと、屋敷の扉を開いた。



「おかえりなさい」



 扉を開いた俺たちに発せられたのは、コーデリアの素っ気ない言葉。

 偶然ロビーを通りかかっていたであろう彼女は、感情の起伏が少ない簡潔な言葉で俺たちを迎えた。



「た、ただいま戻りました……」


「長旅で疲れたでしょう。今日のところはゆっくり休んで、また明日からお願いね」



 予想だにしていなかった突然の接触に声を詰まらせながら、帰宅の報告をする。

 いつもの彼女であればここで微笑み、旅の話でも聞こうと茶を用意させるところだ。

 しかしこの日のコーデリアは、非常に淡々とした様子で用件だけを伝え、そのまま上階に上がっていってしまう。


 あとに残された俺たち三人は、そんなコーデリアの様子に呆気にとられる。

 どうにも態度がおかしい。決して帰宅を嫌がってはいないと思うが、こちらと顔を合わせたがってもいないような……。

 コーデリアの様子のおかしいことへ、俺たちが顔を見合わせ言葉もなく首を傾げていると、そこへ丁度洗濯物を抱えたリジーが通りかかった。



「リジー、ご当主様に何かあったの?」



 慌てて呼び止めるシャルマ。

 普段は平静な彼女にしても、あまりに突然なコーデリアの変貌っぷりに驚きを隠せないようだ。



「えっと、実は……」



 シャルマに腕を掴まれ、リジーは困ったような表情に。

 話してよいのかを判断しかねているようだが、俺たち三人に囲まれ、観念し口を開く。


 リジー曰く、俺たちが高原のリゾートに旅立ってからの一週間、ずっとこうであるらしい。

 最初こそ忙しさのため同行できなかったのを拗ねていると考え、リジーも微笑ましく思っていたようだ。

 しかし二日、三日と経つ頃には、ただ拗ねているのではないと考えるようになったと。



「ずっと何かを思い詰めてらっしゃるようで……。お仕事も今は一段落されていますから、そちらの問題ではないと思うんですけれど」


「参ったな。あの様子じゃ話しかけるどころでは」



 かなり悩ましい状況であるようで、リジーもどこか沈み気味。

 帰って早々に、今回の休暇に関する礼をするつもりでいたのだが、さっきのコーデリアを見る限り取り付く島はなさそうだ。


 けれどコーデリアがああなっているのも、理解できなくはない。

 きっと彼女はまだ気にしているのだ。俺にロイドを討つよう命じたことを。

 暗殺などという後ろ暗い稼業だ、コーデリアとて当主となる時点で覚悟は済ませていたろうけれど、俺の身内をとなるとまた心情も違うらしい。


 そんなコーデリアに気にせぬよう告げたくも、さっきの調子では部屋の扉さえ開けてくれるかどうか。

 ただそんな状況にあっても、取っ掛かりくらいは残されていたらしい。

 すぐ後ろに立っていたシャルマが、とある案を口にするのだった。



「ちょっと外に連れ出してあげたら?」


「と言われてもな……。見ただろう、余程の理由でもないと取り合ってはくれそうもない」


「帰る途中にポスターが見えたけど、郊外にサーカスが来てる。確かあの辺りでしょ、新規出店する店があるのって」



 シャルマが告げたのは、現在グライアム市に来ているという巡業サーカス団について。

 そういえば確かに、中央駅のホームにそんなポスターが貼ってあった。

 個人的には別に行く機会もないと考えていたため、そこまで注視はしていなかったのだが。


 現在ブラックストン家の表の顔である、一実業家としての活動によって、市内へいくつかの店を設けている。

 そのうちの一つが来月には開店予定であり、そこがサーカスの開いている場所からほど近いため、気分転換と視察がてら連れ出せとシャルマは言っているのだ。

 そして彼女が告げたその案に、真っ先に反応したのはエイリーンとリジーだ。



「それでしたら、ご当主様も乗ってくれるかもしれません。わたしたちが旅に出る前、ずっとその件に掛かりきりのご様子でしたし」


「ご当主様もたまには遊びに行きたいと思います。この中で一番気を許すのはフィルさんでしょうし」



 なかなかに悪くないアイデアなのかもしれない。

 かなり無理やりだとは思うが、視察という名目が立つ以上コーデリアも無下には断るまい。


 ジッと俺を凝視する女性陣。

 三方から同じような、「早く決断しろ」と言わんばかりの意図が込められた視線を受け、俺は酷くいたたまれない気分になる。

 どうやらここに至って、拒絶は許されないらしい。



「……了解だ。明日にでも行くとする」



 俺は女性陣の圧へ早々に屈し、コーデリアを連れ出すと告げる。

 今日すぐにでないことにはご不満らしいが、流石に戻ってすぐというのは流石に勘弁してくれるようであった。


 しかし誘うのは今であると言わんばかりに、女性陣は揃って上階への道を開ける。

 まるで示し合わせたかのような動きに、もしや以前からこの事態を想定し、練習でも重ねていたのではという疑いを抱いてしまう。


 ともあれ旅の荷物を玄関に置いた俺は、彼女らの誘導に従い上階へと移動。

 コーデリアの書斎間に立ち、扉を軽くノック。

 すると固い声で返事をしてきたので、中へ入り彼女の前に歩き、デスクの上に小さな木箱を置いた。



「これは?」


「お土産です。どうやら町の外れに職人たちが居を構えていたそうで」



 置いた木箱を手にしたコーデリアが、ソッと蓋を開く。

 すると軽い金属の跳ねる音が聞こえ、それは軽やかな音楽を奏で始めた。


 上流階級の集う高原のリゾート地には、当然それらを相手とし商売を営む者たちが居る。

 その中には高価な品を作る職人たちも含まれ、数人の時計職人や彫金師などが工房を構えていた。

 彼らが制作した商品は土産物として販売されており、俺はその内の一つであるオルゴールを、コーデリアへの土産として選んだのであった。



「もしかして、全員にこれを?」


「残念ながらそうはいきませんでした。なにせ値が張りますので」



 小首を傾げるコーデリアの問いに、俺は懐から薄くなった財布を取り出して告げる。

 やはり土地が土地であるだけに、あの地に居る職人たちが作った品はどうしても値が張る。

 コーデリアに似合いそうな懐中時計を見つけたのだが、こちらは予算が二桁ほど足りず、早々に断念したのだった。


 そこで代わりに見つけたのが、このオルゴール。

 以前コーデリアと共に外出した時、どこからともなく聞こえてきた曲に、彼女が微笑んでいたのを思い出す。

 よく公園などで子供相手に営業している、人形劇などで流れている曲であり、偶然見つけたのもあってこれを彼女の土産として選んだのだった。



「リジーと彼女の弟には飴の詰め合わせを。ドラウには酒を買ってきました」



 オルゴールもかなりの値がしたため、財布の中はすっからかん。

 もっともリジーは甘いものが好きであるし、ドラウ爺さんには寝酒としてちょっと良い酒を持ち帰った。

 結果的に適当になってはしまったものの、それぞれの好きそうな物が手に入ったため、一安心といったところ。



「私なんかにお金を使わずに、屋敷の皆の機嫌を取っておけばいいのに」



 しかしコーデリアは、自身よりも他の人間を優先するべきだったと告げる。

 とはいえその言葉はどことなく投げやりで、機嫌の悪さを露骨に感じられてならない。

 それに言葉遣いもずっと固く、親しみどころか突き放すような雰囲気が。



「ご当主様、今は人前ではありませんので、普通に話していただいても」


「そう言う貴方こそ、ずっと気まずそうね」



 なんとかこの空気を打開しようとするも、コーデリアもまた俺に対し不満を持っていた。

 どうやら知らず知らずのうち、こちらも緊張感から強張っていたらしい。

 そこで俺は大きく息を吐いて力を抜き、昔を思い出しながらさっきの話を口にした。



「コーデリア、明日にでも少し出かけないか?」



 幼い頃のような、自身の立場を忘れた物言い。

 主従である以上、このような言葉は本来であれば許されず。今は旅の空であろう執事長が聞けば、髪を逆立て怒りかねない。

 けれど今のコーデリアには、こちらの方が機嫌を取りやすいように思えた。



「今度新規で出店する場所があるだろう。そこの下見にでも」


「……皆に誘うよう言われたの?」


「そこは否定しない。知っているかもしれないが、あの近くにサーカスが来ているんだ。どうだろうか?」



 俺はあえて正直に、これが自分自身の案ではないと打ち明ける。

 するとコーデリアは一瞬驚いたように数度瞬きをし、口元へ手を当て思案した。

 どうやらコーデリアはこの町にサーカスが来ていること自体は知っているらしい。



「……悪く、ないかも。小さい頃にお爺様に連れて行ってもらって以来ね」


「なら決まりだ。明日の朝から出るとしよう」



 俺はそう言って一礼すると、執事らしい口調に戻って退出を告げる。

 コーデリアの書斎を出て、扉を閉め廊下を歩き、角を曲がったところで停止。

 そこで振り返って耳を澄ませると、壁越しにコツコツとコーデリアの歩く音が聞こえて来た。


 しばしウロウロと移動し、そこから軋むような音。おそらくソファーに座ったのだろう。

 この様子だと、コーデリアは思いのほか平静な状態で居るようだ。

 俺はそんな彼女の様子に安堵し、足音を潜め階段を下りるのだった。


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