憩いの夜 02
王国の北部。最北に在る自治領との境界にほど近いそこは、この島国の中において比較的珍しい高地だ。
そのおかげもあって、昨今では高原の避暑地として開発が進められ、これまで人の少なかった地が一変。
夏が近づけば国中から上流階級の人間が集まり、暑さ凌ぎと社交を目的とした一大リゾートへと変貌するのだった。
そんな金持ちばかりが集まる地に着くなり、俺たちは駅舎前に並んだ客待ちの馬車に乗り込む。
告げた行き先は、この地においても特に豪勢な建物が並ぶ通り。
そこに先代当主アーネストが購入した、別荘が建っているとのこと。
ただ乗った馬車の御者は俺たちの格好を見て、富裕層相手の商売をしに来た人間と考えたらしい。
行き先を聞くなり、どんな手段で金持ちを騙くらかすのかと笑いながら問うてきたのだった。
「あの御者め……。私たちへ向けた視線を見た?」
「でも確かに、この姿ではそう思うのも無理はないかもしれません……」
そこに建つ屋敷を使うために来たと告げるなり、御者はこれでもかと言わんばかりに目を丸くする。
シャルマにはそいつが少々気に食わなかったようで、目的地に着き屋敷の門を押し開けながら、憤慨を声に表していた。
気持ちとしてはわからないでもない。
けれどエイリーンが言うように、自分たちの平々凡々とした服装を思えば、間違われるのも無理からぬこと。
とはいえそこを突っ込んでも、感情的な側面が表に来てしまったシャルマには効果がないだろうと、俺は黙っていることに。
そんなことを考えながら、別荘の敷地内へ入り歩く。
流石にグライアム市のブラックストン邸とまではいかないものの、なかなかの広さを誇る敷地の中央には、そこそこ大きな建物が。
「それにしても、どうしてここまで大きな屋敷を建てたんだか。前のご主人様は随分と見栄っ張りだったみたいね」
その建物を見上げるシャルマは、多分に呆れが混じった言葉を吐いた。
確かに豪勢な建物だ。外観は非常にシンプルなのだが、見たところ外壁も定期的に塗り替えられているようだし、塗料にしても安物ではなさそう。
普段から使うのであればともかく、別荘に対してかける費用としては高額に過ぎるようだ。
「俺も十年ほどブラックストン家に仕えているが、実際にここに来たのは初めてだ。噂には聞いていたけれど」
呆れるシャルマと、ポカンとし見上げるエイリーン。
彼女らの横へと立ち、周囲を見回しながら告げる。
確か俺が屋敷に引き取られた時期より、かなり前に購入したと聞くこの別荘だが、実際にここを使ったのは一度か二度だけであると聞く。
ドラウ爺さんは前当主アーネストと共に来たことがあるようだが、コーデリアは物心つく前であるため覚えていないとのこと。
なので他に来たことがあるのはおそらく、アーネストと共に旅へ出た執事長や、とっくの昔に引退した一部の使用人たちくらいか。
その普段まるで使うことのない別荘だが、ちゃんと今も手入れされているのがわかる。
当然誰かがここに留まっているという証であり、それをしているであろう人物が、屋敷へたどり着いた俺たちを出迎えるため現れた。
「ようこそいらっしゃいました。さあさあ、お荷物をお預かりいたします」
現れたのは中年の男。
高地であるが故に強い日差しによって、非常によく日焼けをした大柄な男だ。
ずっと待ち構えていたであろう彼は、シャルマとエイリーンから荷物を引き受ける。
そして別荘の建物へ歩きながら、浮足立った様子で話をした。
「ずっと楽しみにお待ちしておりました。なにせ十五年も使われてはおりませんでしたからね」
「それはまた……。流石に暇だったのでは」
「楽と言えば楽なのですが……。ただ他のお屋敷が家人を迎えているのを見て、少々羨ましく思ってはおりましたね」
ほとんど使っていないとは聞いていたが、まさか前回使ったのがそんなにも前とは思いもしなかった。
前当主アーネストは、こういった場所に興味が無かったようなので、その時に使ったのは息子夫婦。つまりコーデリアの両親であるようだった。
ただその後で事故によって他界しており、結果この豪勢な別荘は使う者が居なくなったということになる。
「ただ一つ残念なのは、お嬢様のお顔を拝見出来なかったことでしょうか……」
「どうしても外せない仕事があるそうで。それと現在はご当主様です、アーネスト様が引退なされたので」
「おっと、そうでしたな。ではまた次の機会を楽しみにすると致しましょう」
もっとも本来の持ち主である、コーデリアが来ないことは残念であったようだ。
もしやコーデリアがここに来させたのは、あまりに暇を持て余しているこの管理人のためではないかという気すらしてくる。
そんな久方振りの管理人によって出迎えられた俺たちは、小ぢんまりとしてはいるが豪勢な屋敷へと案内される。
一人に一つずつ割り振られた部屋に入り、荷物を置いてからリビングへ。
しかし女性陣は荷物を広げるのに忙しいのか、リビングに来ているのはまだ俺だけ。
俺が管理人に薦められソファーへ腰を下ろすと、目の前には温かなお茶が置かれた。
「申し訳ございません。手に入る茶葉の質は、グライアム市には遠く及ばないもので」
「構いませんよ。むしろ普段自分たちが飲んでいる物より、ずっと上等だ」
恐縮する管理人が淹れてくれた茶を飲み、正直な感想を口にする。
彼は茶葉の質についてへりくだるものの、実際のところこいつはなかなかの代物だ。
グライアム市から遠く離れたこの地で、こんな物が手に入るというのは少々驚きではあるが、夏ともなれば貴族や郷紳が多く集まる土地、質の良い茶葉を売っていても別段不思議ではないか。
良い品と言えば、今腰かけているソファーもそうだ。
綿を詰め込んだばかりのような弾力で、縫製もほつれた様子がまるでなく、まるで新品のよう。
……いや、これは新品なのか?
「実を申しますと、こちらはつい先日購入した物でして。流石にお屋敷を建てた当時の物は、かなり古くなってしまいました」
案の定、腰かけたこいつは実際に新しかったようだ。
流石に二十年もの時を経て、頑丈で高価なはずのソファーもヘタってしまったらしい。
むしろ使う者が居なかったというのが、余計にダメになってしまう理由だったか。
「この町の店もなかなかの品揃えですよ。流石に自分のような者が使うには高価に過ぎますが」
「なら彼女らを連れて、ちょっとばかり見学してきますかね。陽が沈むにはまだ少し時間がありますし」
「それがよろしいかと。涼しく天候も穏やかな土地ではありますが、退屈を凌ぐには少々難しいもので」
夜間に出発した列車が駅に着いたのは、夜が明けて少しという時間帯。
そのためまだ時刻は昼にもなっておらず、観光をして周るには丁度良い頃合い。
もっともそこまで行楽に関心の強くない俺は、このまま惰眠を貪りたいというのが本音。
だが女性陣はそれを許してはくれないはず。きっと彼女らはこう言うだろう、『リゾートに来てまでそれでは、あまりに勿体ない』と。
そして予想は見事なまでに正解。丁度上階の部屋から降りて来たシャルマが、意気揚々外出を告げてきた。
「さあ、行くわよ。荷物持ちは任せたから」
彼女は旅装から着替え、初夏らしい色合いの軽快な服へ。
珍しくキャスケット帽なども被っており、いかにもリゾートを満喫する気満々といった様子だ。
彼女はこれから市街地に繰り出し、俺の両腕を如何なく活用する腹積もりらしい。
「まさか休暇中、ずっと寝てるつもりじゃないでしょうね?」
「なかなか悪くない案だ。なにせこちとら遊ぶのが苦手でね」
「ドラウが飼ってる亀の方がよっぽど活動的ね。いいから立ちなさいって、エイリーンも楽しみにしてるんだから」
そのシャルマは腰を落ち着けノンビリしていた俺を見るなり大きく嘆息。
なかなかに辛辣な評価を下しながら、俺の腕を掴み立ち上がらせようとした。
口を開かず黙って歩いていれば、遥か異国から訪れた良家のお嬢様といった風体だというのに、実にもったいない事だ。
正直なところ、外出を面倒に思わなくもない。
けれどエイリーンまでも散策に乗り気であると聞いてしまうと、流石に二人だけで行ってこいとは言い出せなかった。
それにシャルマの意図としても、俺に余計な思案をさせぬよう、忙しくさせたがっているように思える。
「お食事でしたら、大通りにある共和国料理の店がよろしいかと」
そして管理人の男も、俺を外に出したがっているようだ。
もっともこちらの理由としては、彼自身があくまでも別荘の管理人であり、食事の面倒までは仕事の範疇外であるというものか。
「さあ、行きますよフィルさん」
次いで降りて来たエイリーンも、笑顔で俺に外出を促す。
彼女の持つ一張羅であるらしい、淑やかさを前面に押し出した夏服。
一目見て彼女の浮足立った様子がよくわかった俺は、抵抗を諦め立ち上がると、テーブルに置いていた帽子を手に取るのだった。




