死肉食いの要塞 05
工場や民家の排煙によって星の一つも見えぬ空に、春にしては寒い空気。
川沿いに建つグライアム要塞塔の最上部。そこで立つ俺は、先客の視線を浴び身体を硬直させていた。
この場に居るのは俺とシャルマ、既に死体となったワイザース。
そしてどういう訳かこの場に居り、腰を下ろしていたエイリーン。
いや何故彼女がここに居るかなどわかっている。さっきワイザースによって追い出され、気を落ち着けるために人が寄り付かぬ場所に来たのだ。
結果俺たちの目的とする場所と、エイリーンが逃げ込んだ場所が重なってしまったのはただの不運。
とはいえ不運の一言で片付けてしまうには、かなり問題のある状況であるのも確か。
「そ、そんな。どうして死んで……」
エイリーンは俺たちが来たこともだが、足元に転がるワイザースに視線を落とす。
彼女にとって別段情の向く相手ではないとしても、さっきまで普通に生き卑猥な言葉を吐いていた男が、目を剥き息をしていない状態で運ばれてきたのだ。
こちらに意識が向き混乱するのも致し方ない。
「先にコイツをどうにかするわよ! 衛兵が下から来ている」
俺は混乱するエイリーンに手を伸ばそうとする。
しかしそれどころではないとシャルマが叱咤。落ちていた適当なロープを握り、固定されたブロックにとワイザースを繋いでいく。
確かに今はそちらが優先だ。どうやら下には衛兵が集まりつつあるようだし、あまり時間がない。
「坊ちゃん、これはいったいどういう!?」
「すまない、後にしてくれ。ちゃんと説明はするから」
オロオロとし、こちらを見るエイリーンは後回し。
ロープで巻かれたワイザースの死体を担ぐと、シャルマと共に塔の縁から外に放り出した。
上手く体重を支えたロープは強く張り、揺れながらワイザースを吊るす。
今はまだ暗いため見えないだろうが、夜が明ければ要塞塔の外からでもさぞ目立つことだろう。
とりあえず人の目に付かせる状況は整った。あとはこちらが脱出するために、迫る衛兵をどうにかしなくては。
「シャルマ、なにか武器は転がっていないか」
「残念ながら、あるのは角材くらいね……。拳一つで戦って見せるしかない」
塔には衛兵が駆けつけ、既に登って来つつある。
連中が塔の最上部に達するのは時間の問題だが、生憎とこちらの手元に武器はなし。
コーデリアからもらった、刃の仕込まれたステッキでもあれば楽だけれど、流石に変装した状態であれを持ち込むのは叶わなかった。
やはりシャルマが言うように、己の身体をもって撃退するしかないか。
俺は意を決してスカートの裾を掴むと、大きく破いて布を拳に巻き付ける。
「あら、随分と艶めかしい姿を見せてくれるじゃない」
「喧しい。いいからこいつを使ってくれ」
二枚に分けて裂いた布のもう片方をシャルマに渡し、殴り合い上等という体勢を取る。
本職の拳闘屋とまではいかないが、格闘戦には少しばかり心得がある。
「下がっていてくれエイリーン」
「……わかりました」
迎え撃つ準備を整え、エイリーンに隅で動かぬように頼む。
てっきり彼女は混乱しているものとばかり思っていたのだが、すぐこちらの言葉へ頷くと、置かれていた木箱の陰へソッと身を潜めた。
彼女の意外な反応を怪訝に思うも、今はそれを気にしている余裕はないようだ。
拳を握ったところで、衛兵が階段を駆け登ってくるのが見える。
警棒を握り、問答無用とばかりに振り下ろそうとするそいつの腕を掴むと、容赦なく顔面に拳を見舞った。
仰向けに倒れ、すぐ後ろについていた衛兵を巻き込んで転がり落ちる。
それでも狭い階段で上手く避けた連中も居り、そいつらは接近戦が危険と察したか、すぐさま腰のライフルを構えようとする。
しかし突如飛来したナイフが腕を貫き、痛みに苦悶の表情を浮かべながら蹲る。
「……手癖の悪いヤツだな」
「助けてもらったんだから、もっと言うべき言葉があるんじゃない?」
ナイフの正体は俺が殴り倒した衛兵から、いつの間にかシャルマが抜き取っていた物。
彼女はライフルを見るや否や、迷うことなくそれを投げつけたらしい。
いつの間にと思うも、彼女の言うように助かったのは事実。
俺は苦笑しながら階段を駆け、ナイフに貫かれた衛兵らに飛び蹴りを食らわせつつ、シャルマを見習うかのようにライフルを奪う。
迷うことなく間近の衛兵に向けぶっ放すと、血をまき散らし転げ落ちていく姿に慄いたか、下の衛兵たちが歩を止めるのが見えた。
「あなたも手癖では人のことを言えないみたいだけど」
「君のを参考にしたんだよ。むしろ誇ってくれてもいいだろうに」
あまり余裕がないのは自覚しながらも、あえて軽口を叩き続ける俺とシャルマ。
彼女は果敢にも上がってきた衛兵の一人を、身体捌きの上手さで体勢を崩させ、そのまま塔の縁から落とす。
銃声と共に落下していく衛兵。その光景に戦意を失ったかに見えた連中だが、中には恐れを知らぬ輩も居るようだ。
あるいは正確に実力差を把握出来ていないのかもしれないが、自ら次の犠牲者となるべく、ライフルを手に突っ込んでくる。
当然そのような存在、こちらにとっては武器を得るための機会になり果ててしまう。
奪い、撃ち、殴り、投げ落とす。
そうしていると元々十数人しか居なかった衛兵のうち、戦えるのが半分以下にまで数を減らしていた。
階段を転げ落ちた者は重症で済むかもしれないが、シャルマが外へ放り投げたヤツは間違いなく死んでいるだろう。
当然そこまで来れば、いくらなんでも自分たちにはどうしようもないと悟る。
残り半分ほどとなってしまった衛兵たちは、積みあがりつつある仲間の死体に恐怖し、悲鳴を上げて階段を走り降りていくのだった。
「しまった、一人も逃すわけにはいかないってのに」
「わかっている、追うわよ!」
戦わずに済むのであれば楽ではあるが、事今の状況にあってはそうもいかない。
俺などは一応変装しているからいいが、シャルマに関しては困ったことになる。
グライアム市にはシャルマのような、遠く属領出身者もそれなりには居るが、彼女ほどの容姿を持つ者はそうはいない。
そもそも全員がワイザースの配下であると知っていたからこそ、生かして返す気など最初からない。
シャルマにしても化粧や服など相応の変装はしているが、やはり報告されないに越したことは。
エイリーンについてはひとまず後だ。
逃走を計る連中を全て仕留めるべく、シャルマと共に急ぎ衛兵を追いかける。
ただ塔の一階部分まで降り外へ飛び出したところで、俺たちは目の前にあった光景に絶句した。
「おい……、なんだよこれ!?」
そう叫んだのは、俺でもなければシャルマでもない。
声を荒げ動揺を口にしたのは衛兵の一人。ヤツは逃走を計る新路上に立ち塞がる、無数の黒い影に身体を震わせていた。
そこに居たのは、群がっていたのはここグライアム要塞塔に棲むカラス。
普段今頃であれば巣に居るはずのそいつらが、今はどういう訳か地面に降り立ち、塔から出てきた衛兵たちに黒い視線を向けていた。
……そういえば塔に上がった時、こいつらの姿が無かった。
だがどうしてだろうかと考えるも、俺はすぐさまその理由に察しがついた。
「こいつら……、衛兵が死ぬのを待っているのか」
「どういう意味?」
「エイリーンから聞いたろう、ここのカラスの逸話を。小癪にもこいつらは、俺たちを餌の供給に利用しようって魂胆だよ」
ここグライアム要塞塔のカラスは元々、伝染病による大量の死者を食らったのを機にここへ棲みついたと言われる。
そんな人間すら喰らうこいつらにとって、死体が積み上がりつつある今の状況はさぞ待ち遠しいだろう。
どういう訳かこのカラスという存在。鳥の中でも恐ろしく賢い。
つまりこのカラスたちは、衛兵が逃げ出すのを妨害することで、より多くの死体を得ようとしているようだ。
落下した衛兵の死体をまだ啄んでいないのは、程よく腐り始めるのを待っているせいだろうか。
「気味が悪い。今更ながら寒気のするヤツらね……」
「だとしてもこっちにとってはチャンスだ。今のうちに畳みかける!」
無数の黒い群体を前に、さしものシャルマも腰が引けている。
だがカラスのせいで混乱を始めている衛兵を仕留めるのは今しかない。
強い動揺のせいで、喚きながらカラスにライフルを向けようとする衛兵。
そいつの背後から近づきライフルを取り上げると、俺はその後頭部に向け引き金を引いた。




