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ハウンド・ヘイズ “霧の都の暗殺者”  作者: フライング時計
Target 05 要塞塔の白カラス
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死肉食いの要塞 04


 力を失い、ドサリと崩れ落ちる身体。

 酒臭い息を途切れさせたワイザースは、充血させた目を剥き高価な絨毯に身体を横たえた。

 首には細い絞殺痕が刻まれており、そいつは俺の手にしている金属線によるものだ。



「まったく、これでようやく解放される」



 その金属線のもう一端を持っていたシャルマは、やれやれと言わんばかりにそいつを放り出す。

 声を出せぬ俺に代わって、彼女は今日も孤軍奮闘ワイザースとやり取りをしていた。

 表面上は上手く隠せていても、その実いい加減辟易していたようで、ワイザースから押し付けられた指輪をヤツの死体に放り投げる。



「もうこんな役割は懲り懲り。またしばらく休みを貰わないと割に合わない」


「案外この愛妾生活も、割り切ってしまえば悪くないかもよ。かなりの小遣いを貰ったんだろう?」


「冗談じゃないわよ、こんな気持ちの悪い男は御免被る。……ただあえて未練を言うなら」



 シャルマは幾度となく撫でられたであろう肩や太ももを、イヤそうに払いながら悪態を口にする。

 さきほど投げ捨てた指輪だけでなく、そこそこの額も小遣いと称して押し付けられているのだが、それを差し引いても不愉快極まりなかったらしい。


 とはいえこの時間も、まったく良い点がなかったとは言い難いようだ。

 彼女はニヤリと笑むと、こちらを指さして挑発的に告げた。



「貴方のその恰好が見られなくなるってのは、若干心残りかもしれない」



 シャルマが指さしているのは俺の胴体。というよりも全身だろうか。

 本来の性別を隠すためにした変装、つまり肌に服にと手を加えてきた姿に対して。


 ここまでで幾度となくからかわれ続けている格好だが、今日で終わりとなるや否や、からかい収めをしようという魂胆か。

 普段であれば最後くらい好きにやらせてやっても良いと思えるのだが、対象が俺にとっても好ましくない姿だけに受け入れかねる。

 そこで俺は口元を拭って紅を落とすと、胸元へ入れていた布の塊を放り捨てる。



「さて、身軽になったところで……」


「頭のそいつは被ったままでいいの?」


「いいんだよ、むしろこいつを外した方が悪目立ちする。それより早くこいつを運ぼう」



 まだウィッグは被ったままだが、こいつまで脱いでしまえば逆に目立ってしまう。

 そこで不本意ではあるがこのままで、俺はワイザースの足首を掴んだ。


 そいつを引っ張り適度な大きさのラグの上へ移動。

 転がして全身が隠れるように包むと、勢いを付けて肩に担ぐ。



「って、随分と重いな……」


「そりゃあこんな限られた空間で、不摂生の限りを尽くしているのだもの。どれだけの脂肪で覆われていることか」


「チクショウ、ゆったりした服のせいで騙された。それよりも手伝ってくれ、まさか俺一人に運ばせる気じゃないんだろ」



 ある程度の重量は覚悟していたのだが、ワイザースは想像していたよりずっと重い。

 理由はシャルマが言った通り。数年に及ぶ不摂生は、一人で運ぶのを困難とするだけの成果になり果てていた。

 もちろん、豪勢な作りをしたラグの重みもあるのだが。


 俺はシャルマに加勢を頼むと、彼女と共に扉へ向かう。

 そこでこっそり扉を開けて外の様子を窺うと、衛兵が居ないのを確認して"荷物"を運び出した。



「それで、どこに運ぶ気?」


「ここで一番目立つ場所と言えば、やっぱり塔の上だろうな。そこにでも吊り下げておけば、夜が明けてからさぞ目立つはず」


「……なんというか、相変わらず悪趣味ね。あなたたちの晒し方は」



 向かうはここグライアム要塞塔において、外から最もよく見える一点。

 つまり大きな通りに面した、塔の天辺だ。

 そこにこいつの死体を吊るしでもすれば、かなり目立つため多くの人の話題に上ってくれるはず。


 そもそもが世間に悪党の死を周知させるというのが、ブラックストン家の暗殺稼業における最重要な部分。

 なのでこいつが最良かと思うも、シャルマにはあまりお気に召さなかったと見える。


 とはいえ彼女の趣味へと興じてやる気もなく、俺たちは重い荷物を運んでいく。

 時折遭遇しそうになる衛兵をやりすごし、建物から出て塔の真下へ。

 そこで空を見上げた俺は、聞こえてくる羽音に対し呟いた。



「あまり派手に鳴かないでくれよ……」



 頭上では数十羽ものカラスが飛び、城壁へと降り立っていく。

 普段であれば今頃は巣に戻っているだろうに、今日は夜も遅いこの時間に外で活動しているようで、それが不気味に思えて仕方ない。


 暗殺を行ったこちらを監視しているのか。あるいは運んでいる死体を漁るべく狙っているのか。

 どちらにせよ好ましい視線であるとは思えず、俺たちはそそくさと塔の中へ運び入れた。

 そこで階段を使い上に向かうのだが、狭い階段の中ほどで背後から声が。



「どうしたお前たち、こんな場所で」



 ゆっくり振り返ると、そこには衛兵の姿が。

 なにか用でもあったのか、軽く息を弾ませたそいつは、大きなラグを運ぶ俺たちの姿に怪訝そうな表情を浮かべていた。

 そこで咄嗟にこのような物を運んでいる理由を考える。



「ワイザース様からのご指示で。どうやら夜涼みをしながらお飲みになりたいそうです」


「このような春先にか?」


「かなりお酒をお飲みでしたので、身体が火照ってしまわれたのでしょう」



 我ながら咄嗟に考えたにしては、比較的マシな言い訳が出てきたものだ。

 本来なら前もって考えておくべきなのだろう。そいつを失念してしまったのは、やはりこの格好から少しでも早く脱したい一念のせいか。


 しかしマシと思われた言い訳に、衛兵は眉を顰める。

 そして階段を一段上に踏み出すと、荷物を包んだラグを指さす。



「担いでいるそれを、検めさせてもらおうか」


「ですがこの中には、ワイザース様の私的な物が包まれておりますので……」


「そのワイザース様は、あのカラスどもをあまり好まれない。そのような方が、酔っているとはいえわざわざ外で酒を飲もうとするとは思えん」



 俺が咄嗟に考えた言い訳。上手く出せたと思っていたそいつは、困ったことに裏目となってしまう。

 衛兵連中が餌付けまでしているというのに、まさか標的がそのカラスを好んでいないとは思いもしなかった。

 ともあれそこを知らなかったために墓穴を掘り、衛兵は鋭い視線と共に腰の警棒へ手を伸ばす。



「ったく、もうちょっと穏便に済むと思ったってのに!」



 俺は担いでいた荷物をシャルマに預けると、衛兵に向かって飛び掛かる。

 ドレスを纏った"女"が、このような行動に出るとは思っていなかったらしく、驚きに目を見開いた衛兵の顔面へ拳を見舞った。


 吹っ飛ばされ、狭い階段を勢いよく転がり落ちていく衛兵。

 見事に下まで落ちたであろうそいつから視線を逸らすと、重そうに荷物を抱えたシャルマの背を押す。



「急ごう、すぐに気づかれる」


「まったく、あなたと行動しているとスリルには事欠かないわね!」



 シャルマは呆れたように、けれどどこか愉快そうに声を上げる。

 そして担ぎ直し大急ぎで階段を走り上っていくと、下の方から甲高い音が聞こえてきた。


 あの音は警笛か。

 ということはさっき突き落とした衛兵が、意外に軽傷であったか、あるいは他の衛兵が見つけたか。

 どちらにせよこの音が他の衛兵を呼び寄せるのは確かで、俺とシャルマはその場で立ち止まってしまう。



「どうするの、ここに居ては逃げ場がないわよ。今ならまだギリギリ撤退も出来る」


「……いや、このまま上に行こう。ひとまずはこいつを吊るすのを優先する」



 もっともな懸念を口にするシャルマに、俺は撤退を行わないという決断を下した。


 この要塞塔に居る衛兵は、その全てがワイザースの配下であるのは確か。

 なので極端な話、全滅させても問題はない。あえて逃げの一手を打つ必要はなかった。


 もちろん多勢に無勢である以上困難ではあるが、外部からの増援がないのは救いだろうか。

 外部に協力を要請すれば、ワイザースのために娼婦を引き入れたというのが明らかとなってしまうためだ。

 それに塔の階段が狭く曲がっている故に、連中の持っているライフルを有効に使えないという点で有利。

 こちらにも碌な武器もありはしないけれど、各個撃破できれば戦いようはある。



「尻尾を巻いて逃げないのは、"彼女"が居るから?」


「正直に言えば。放って逃げるというのは、やっぱり気が引ける」



 ただもう一つ、俺には逃走を選ばない理由が存在し、そいつはすぐさまシャルマに看破されてしまう。

 今現在彼女、エイリーンは要塞塔の敷地内に居るはずだけれど、探すとなればどうしても時間が必要。

 すぐに逃げるとなれば、ここにエイリーンを置いて行く必要に迫られるが、流石にその選択をするのは出来そうもなかった。



「なんにせよ今はこっちが優先だ。衛兵が来るまでに、こいつを片付けよう」



 エイリーンのことが気になるのは確か。

 とはいえまずは任務優先。この荷物を塔の上から吊り下げ、迫る衛兵連中を片付ける必要が。

 そう考え急いで階段を駆け上り、最上部に出たところで担いだラグを置き、転がして死体を露わとする。


 しかしラグからワイザースの死体が転がり出たその時。すぐ背後から、呆気にとられたような声が響いた。



「ぼ、坊ちゃん?」



 ハッとし振り返ると、そこに居たのはエイリーン。

 見張り塔の最上階。石造りの床に腰を下ろしていた彼女が、死体を運んできた俺とシャルマに、動揺の滲んだ視線を向けていた。


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