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ハウンド・ヘイズ “霧の都の暗殺者”  作者: フライング時計
Target 05 要塞塔の白カラス
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死肉食いの要塞 01


 翌日の夜、再び俺はエイリーンのもとへと訪れ、彼女の返事を聞いた。

 一晩をかけて考え続けたであろう彼女の目は、寝不足から赤く充血していたが、それでも色よい返事にはなってくれたようだ。

 かつての親交が功を奏してくれたか、結果俺たちに協力してくれることに。


 たださすがにそのまま要塞塔へ向かうとはいかない。

 その日は返事だけを聞いて撤収。エイリーンには十分な休養を摂ってもらう。

 そしてさらに翌日、シャルマと共にエイリーンを迎えに行ってから、小舟に乗り川を遡っていた。



「でも本当のところ、あの場所へ行くのには辟易していたんです」



 いつものように顔をすっぽり隠す姿で、小舟に揺られるエイリーン。

 彼女は対面に座るシャルマへと、今まさに向かいつつある要塞塔について正直な想いを呟いた。


 グライアム要塞塔へと収監されている、セオドリック・ワイザースの愛妾である彼女は、あそこへ行く度に相当額を与えられていたとのこと。

 それによって豊かな生活を送れてはいるが、実のところ本心では行くのを嫌がっていたらしい。

 その物言いが微妙に気になったようで、シャルマは怪訝そうに問う。



「辟易と言うと、それはワイザースに問題があって?」


「そうではないのですが……。あの、笑わないで聞いてもらえますか?」



 エイリーンの穏やかな気性が功を奏したか、言葉を交わすシャルマは普段の毒がすっかり鳴りを潜めている。

 そんな彼女へと、顔を突き合わせ言葉を交わすエイリーンは、ちょっとだけ気恥ずかしそうに辟易とやらの理由を、ちょっとばかり恥ずかしそうに口にした。



「その……、カラスが少々……」


「カラス? というと、要塞塔に棲んでいるアレのこと?」


「ええ。実はあの中に、少々不気味なのが一羽居まして」



 エイリーンが要塞塔へ行きたくない、最たる理由として話し始めたもの。

 それは意外なことに、相手であるワイザースについてではなく、そこに巣を張るカラスの群れについてであった。


 大昔にグライアム市が疫病で荒廃した時、どこからともなく飛んできたカラスの群れが、要塞塔へ安置されていた死体に群がったと聞く。

 その死体を食らって増えたそいつらは、結局要塞塔に住みついてしまったらしいのだが、どういう訳かそんな縁起の悪い鳥が追い払われず仕舞い。

 それどころか最近では名物的な存在になっており、衛兵たちによって餌付けをされているという話だ。



「群れの中に一羽だけ、真っ白なカラスが混じっているのです」


「私はあまりこの町での暮らしが長くないから、そこら辺をよく知らないのよね。あなたは知ってる?」



 そんなカラスの群れに存在する、純白の一羽。

 グライアム市に来てまだ数か月程度のシャルマは、知らなくて当然。しかし俺は何度か、その話を聞いた事があった。


 カラスの中でも特に真っ黒な羽毛を持つ種の中にあって、白いそいつだけが異彩を放っているとのこと。

 要塞塔の関係者以外は滅多に見られないらしく、縁起の悪いあの群れにあって、そいつだけは幸運のシンボルとすら言われているくらい。

 おそらく蛇や野鹿などにも見られる突然変異の類だろうが、エイリーンはその白カラスを妙に嫌がっているようだ。



「ただでさえ賢いカラスの中で、白いそれは群を抜いているんです。わたしもずっと見張られているような気がして……」


「流石に考えすぎだと思うけど」


「最初はそう考えるようにしていたんです。でもどうにも気味が悪くて」



 俺自身は見たことのないだけに、その白カラスがどういった雰囲気を持っているのかはわからない。

 それとは逆に実際幾度となく間近にしたエイリーンには、かなり不気味というか不穏な存在であるようだった。


 とはいえ今更カラスが怖いから嫌だと言うつもりもないようで、エイリーンは意を決する。

 それならば安心だと、俺は彼女らを乗せた小舟を漕いでいくのだが、会話が途切れたせいでもう一つ、俺にとって看過できない事態があるのを思い出してしまう。


 小舟に乗ってからここまで、俺はあえてそいつを口にしないようにしていた。

 しかし道中の暇つぶしも兼ねているのだろうか、シャルマがこちらをジッと見て、その嫌な話題へ触れ始めた。



「ところで。私はそろそろ限界が近いんだけど」


「……一応聞いてあげるよ。君はいったい、何に対しての限界だと言うんだ?」


「言わずともわかるでしょ。今まさにあなたがしている、その恰好についてよ」



 俺を見るなり、耐えがたいと言わんばかりに表情を強張らせるシャルマ。

 演じるという部分に突出した才能を持つ彼女であっても、ポーカーフェイスを維持できぬ原因。それはまさに今の俺にあった。


 普段使っている丈夫さ優先のジャケットではなく、代わりに纏うのは柔らかな質感をした上衣とストール。

 顔にはほんのりと化粧を施し、頭へかぶるのは長い髪のウィッグ。

 そして腰から下には、風でめくれ上がってしまいそうになるスカート……。



「言い出したのは私だもの、笑うのが無礼だとわかってはいるわよ。でも……、ぅくくっ」



 シャルマは俺の姿を眺め、謝罪のように思えなくもない言葉を吐きかけるも、すぐに噴き出して笑った。


 俺がしているのは、明確に女であると主張せんばかりな格好。

 というのもただでさえ警戒厳重な要塞塔であるだけに、忍び込むのは容易ではないため。

 エイリーンが普段出入りしている水路も、あの奥ではかなりの警備が立っているそうで、普通に入っていくのは不可能。


 そこで出て来た案が、全員で娼婦を演じるというものだ。

 本職であるエイリーンや、演技の面で強力な才能を持つシャルマはいい。

 ただ問題となるのが男である俺の存在。そいつを解決するための手段など、説明するまでもなかった。


 エイリーンによって化粧を施された俺は、いつの間にかシャルマが用意した女性用の服に着替えさせられる。

 シャルマの提案によって行われたこの変装もどきだというのに、言い出した本人がこのザマだ。



「本っ当に失礼な。これでも上手く変装した方だと自負してるってのに」


「だからよ。似合い過ぎてて逆におかしい」



 櫂を動かしながら不満を口にするも、シャルマはその不満こそが笑いの収まらぬ原因であると告げる。

 娼婦であるエイリーンの指導によって着飾り化粧をしたものの、正直自分でも驚くほどに上手く変装できていた。

 しかしそれこそがシャルマから笑いを引き起こす要因となっていたらしい。



「エイリーンはどう思う?」


「ええ、とてもよく……。よく、お似合いで」



 エイリーンの方にも問うてみるが、彼女もまた限界が近いようだ。

 俺を宥めようとするも所々で口元がヒクついており、今にも笑いだしそうな様子がありありとしていた。



「えっと、おそらく元の姿を知っているからこそ笑ってしまうと言いますか。正体を知らなければ、女性にしか見えませんよ」


「だといいんだけど……」



 一応変装そのものは完璧であるらしく、身体の線さえ露わとしなければ、十分女に成りすませているらしい。

 声の方は流石に誤魔化しようがないため、基本口を開かないようにするのだが。



 己の変装に対する自信と、ほんのちょっとだけ抱く虚しさを感じつつ要塞塔に向かう。

 会話をしている間に近づいた水路から入り、暗いそこを通って仮設の船着き場へ。

 そこにはエイリーンが言っていたように、数人の衛兵が見張りに立っていた。



「よし、止まれ」



 本来であれば、脱走者への備えとして配置されていたであろう衛兵。

 しかし実際にはワイザースの手下と化しているそいつらは、小舟から降りた俺たちに一旦の停止を指示する。



「珍しいな、今日は三人で来たのか?」


「ワイザース様のご指示で、同業の者を連れて参りました。確認して頂ければわかりますわ」



 こちらを留める衛兵の、不審気な態度。

 それに動じた様子もないエイリーン。彼女は笑顔を浮かべ、行った手引きの内容を口にした。


 どうやら標的であるセオドリック・ワイザースという男、かなりの好色家であるようだ。

 そのためエイリーンが「娼婦仲間に新しく若い娘が加わった」と告げるや否や、顔を見てみたいと漏らしたそうであった。



「そういえば通達があったか。よし、通るといい」



 どうやら失念していたであろう衛兵は、エイリーンの言葉によって思い出し納得する。

 そして通路の奥を指さし、早く向かうよう言い放つのだった。


 俺は衛兵の横を通りながら、連中が身に着けた武器を確認する。

 持っているのは古い形式のライフルに警棒。監獄の警備をする役割としては事足りるが、直接斬り合う装備としては心許ないといったところか。


 ワイザースの配下に成り下がった連中というのもあって、ここで始末してしまえば簡単なのかもしれない。

 しかし女にはだらしなくとも、警戒心が強いらしき標的に近づくのだ。衣服に着いた僅かな血液や、臭いに勘づく恐れもあった。

 となるとやはりここは、大人しく娼婦のフリをして通過する必要がありそうだ。



「それにしても、なかなかの上玉を連れてきたな」


「ああ。たまにはオレたちもお零れに預かりたいもんだ」



 通り過ぎようとする俺たちに、衛兵は好色めいた視線を向ける。

 エイリーンはいつも通りだが、シャルマなどは特異な容姿ながら眉目秀麗。かなり男の目を引くのは確か。

 俺に関しては変装が上手くいっているという証拠ではあるが、舐めるような視線が不快でしかなかった。



「どうだ、ワイザース様の前に俺らと……」



 遂には欲が顔を出したか、衛兵の一人がニヤつき手を伸ばす。

 俺はその手をやんわり払いのけると、無言ながら満面の笑顔を向けた。


 それだけで拒絶の意思としては十分であったようで、衛兵たちは肩を竦める。

 易々と諦めてくれた衛兵連中に安堵した俺は、通路の奥へ歩くのだった。


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