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ハウンド・ヘイズ “霧の都の暗殺者”  作者: フライング時計
Target 05 要塞塔の白カラス
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死肉食いの要塞 02


 エイリーンの手引きによって、少々不本意な方法を使い入り込んだグライアム要塞塔。

 見張りの衛兵をあしらい、階段を上って屋外に出る。

 沈みかけた夕日が照らすそこを歩き、標的であるセオドリック・ワイザースが居るという建物へと向かう。


 しかし女性のフリをし淑やかに歩いていると、空から獣の鳴き声が響いたのに気づく。

 見上げてみれば、要塞塔を囲む城壁の上に、十数羽のカラスが留まっているのが見えた。



「ああ、あいつらは夜になると戻って来るんだ」



 一応こちらを見張るためだろうか。後ろをついて来ていた衛兵の一人が、空を見上げた俺に告げる。

 あのカラスこそが、要塞塔に棲むという噂の群れ。

 どうやら昼間は町に散って餌を漁っているようで、夜になるとこうして要塞塔の巣に戻るらしい。

 ここの衛兵連中からも餌をもらっているというのに、食欲旺盛なヤツらだ。



「お、"王様"のお帰りだ」



 頼んでもいないというのに、どこか得意げに説明をしてくる衛兵。

 そいつはカラスたちを指さすと、ちょっとだけ弾んだ調子でそう告げた。


 見れば城壁に止まるカラスの群れに、一羽だけ真っ赤な姿が。

 いや赤いのではない。白い身体へ浴びた夕日で染まっているようで、他の連中が黒々としている中にあって、そいつだけが異彩を放っていた。


 なるほど、あいつがエイリーンの言っていた白カラスか。

 ヤツは甲高く鳴き声を上げ羽ばたくと、黒いカラスを率い塔の頂上にあるという巣へ戻っていく。

 確かに群れを率いているようで、その威容は衛兵が言うように"王"と称されるのが相応しいのかもしれない。



「こちらから手を出さなければ、基本的に害はないわ。さあ、行きましょ」



 どこか異質な気配を発していたようにも見える白カラス。

 塔の上に飛んでいくヤツをつい凝視してしまうと、ソッとエイリーンが俺の背に手を当て呟いた。



 俺は了解の意を込めて頷き、真っすぐに目的の建物に向かうと、別の衛兵によるチェックを済ませる。

 危うくスカートの中まで探られそうになるも、その場は衛兵の不真面目さに救われ事なきを得た。

 そして安堵の息を漏らしそうになりつつ階段を上っていくと、監獄にしては妙に豪勢な造りをしたフロアに辿り着く。



「ここがそうです。彼は基本この部屋に」



 壁沿いの階段を上がってすぐの場所に、豪勢な作りをした扉が。

 エイリーンはその扉の向こうに、ワイザースが居ると告げた。


 ただ建物のこんな位置に扉があるということは、ほぼこのフロア全てがヤツの居室ということになる。

 作りからしてかなり金がかかっているようで、虜囚の身とは思えない好待遇振り。

 それは部屋の中にあってもそうらしく、扉を開いたエイリーンの向こうに見えた内装もまた、同じく贅を尽くしてるのがありありとしていた。



「これは……、スゴイわね」



 勝手知ったるということなのか、それとも立場がそれを許すのか。

 断りもなく部屋へ入っていくエイリーンに続くと、やたら広い室内と豪華な内装を見たシャルマが感嘆の声を漏らす。


 そこにあったのはシャルマの言葉通り、ここが監獄であるというのを忘れさせる、豪奢な調度品やシックな内装に溢れた光景。

 かつて暗殺した成金趣味丸出しの商人とは違い、かなりセンスの良さそうな物ばかり。

 ただそれの持ち主である、ワイザースの姿が見当たらない。虜囚という立場上、流石に外出は叶わないというのに。



「おそらく彼は浴室かと。大抵この時間は、その……」



 エイリーンによると、毎夜ヤツは夕食前に入浴をするのだという。

 おそらく彼女を侍らせた状態で食事をし、その後で淫らな行為に及ぶためなのだろう。


 俺に対しそれを真っ正直に口にするのが気恥ずかしいか、エイリーンはチラリと部屋の片隅を見る。

 視線の先には一枚の扉。そこが彼女の言う浴室であるらしい。

 となると今のヤツはあそこに居るということで、シャルマと顔を見合わせると、彼女はなにかを思案しているようであった。



「どうする、今が好機だと思うが?」



 コソリと、他に聞こえぬよう問うてくるシャルマ。


 彼女が言わんとしているのは、今こそがワイザースを仕留める絶好の時ではないかというもの。

 部屋の中には念のために、見張りとして衛兵が一人入っている。

 こいつを片付けるのは訳なく、確かにシャルマが言うように好機というのは間違いない。



「……いや、止めておこう。出来れば少しくらいは探っておきたい」



 それでも俺は、あえて今の暗殺実行を思い止まる。

 出来ればワイザースの影響が、どの程度まで拡大しているのかを探りたい。

 それにただでさえ利用しているエイリーンに、あまり血生臭い場面を見せたくはないというのもあって。


 どちらかと言えば、後者の方が本音ではある。

 ただシャルマはこの言葉に一応納得してくれたようで、無言のまま軽く頷いて見せた。

 彼女が納得してくれたことをありがたく思う俺であったが、そんな心情をぶち壊すような声が。



「ようやく来たか。なかなか現れぬから先に風呂へ入ってしまったぞ」



 不機嫌そうな声と共に浴室から現れたのは、歳にして五十も間近であろう男。

 そいつは全身ずぶ濡れの状態で、しかも一糸纏わぬ姿で俺たちの前に姿を現した。


 壮年にも近い男の、どうあっても見たいとは思えぬ姿。

 それを恥じらうことなく見せつけてくるこいつが、セオドリック・ワイザースという貴族に違いない。

 姿を現したヤツは、早く拭けとばかりにこちらへ向け大きく腕を広げる。



「その者たちがお前の言っていた新入りか」


「はい。郷里の者でして、是非ワイザース様にお目通りをと」



 きっといつものことなのだろう。平然と近づいていき、タオルで身体を拭くエイリーン。

 彼女は俺たちに視線を向けるワイザースへと、遠方から来て娼婦となった者であると告げる。



「お前たち、近くに寄るといい」



 身体を拭かれ、エイリーンの差し出すガウンを羽織ったワイザースはソファーに腰かけると、置かれていたグラスを手に取る。

 おそらくこいつに酌をしろと言いたいのだろう。

 そこで微笑んで見せるとヤツの隣に腰かけ、俺は置かれていたワインのボトルを握った。



「ふむ、なかなかの器量だ。娘、歳はいくつになる」


「申し訳ありません、ワイザース様。彼女は少々喉元に怪我をしておりまして、上手く声を出すのが叶わないのです」



 酌をする俺の顔を覗き込むワイザースは、ニタリと口元を歪ませ尋ねる。

 しかしそれに返したのはエイリーン。事前に用意しておいた設定を、ここで上手く使ってくれるらしい。


 現在俺の首元には、季節外れになりつつある厚手なスカーフが撒かれている。

 それは男であることを示す、喉ぼとけを隠すため。当然声を出してもバレるため、その言い訳としてこのような事情を用意したのであった。



「ならば仕方ないか……。ほれ、お前もこちらへ来い」


「失礼を致します、ワイザース様」


「なかなかに珍しい見目をした娘だ。属領の者の血を引いておるな」



 次いでヤツの興味は、もう一人の新入りであるシャルマに向けられた。

 俺と同じくすぐ隣に腰かける彼女は、蠱惑的な表情をしてしなだれかかる。



「おわかりになられますか?」


「当然であろう。これでも国政の中心に居た頃は、幾度となく属領からの使者と顔を合わせたものだ」


「それはとても素敵ですわ。ではこの私が、そちらの"彼女"に代わってワイザース様とお話を」



 助平そうにシャルマの腰へと回された腕。

 そいつをまるで気にした素振りもなく、持ち前の演技力を如何なく発揮するシャルマは、顔を近づけ言葉を交わしていく。

 しかし彼女の内心では、かなりの嫌悪感が渦巻いているであろうと、容易に想像がついてしまう。



「ワイザース様、お気に召して頂けましたか」


「うむ、よくぞ連れてきた。これは手間賃を弾んでやらねばならんな」



 どうやら俺とシャルマの存在を、この短時間で気に入ったようだ。

 エイリーンの問いへと満足そうに返すと、笑いながら俺の肩に腕を回してきた。


 それなりに厚着をしているため、男を印象付ける身体の固さは伝わらないとは思う。

 とはいえそいつが確実とは言い切れず、自然と緊張から心臓が跳ね、頬には汗が伝ってしまった。

 ただそれが自身と接する緊張と勘違いしたようで、ワイザースはなお身体を引き寄せ大きく笑う。



「緊張することはない。どれ、お前も遠慮せず飲むといい」



 警戒心の強い男だとは聞いていたが、こと女に関するものとなればその限りではないらしい。

 俺は緩み切ったイヤらしい表情をしたワイザースから、ワインが並々と満たされたグラスを受け取り、言葉なく愛想笑いを浮かべるのだった。


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