死肉食いの要塞 02
エイリーンの手引きによって、少々不本意な方法を使い入り込んだグライアム要塞塔。
見張りの衛兵をあしらい、階段を上って屋外に出る。
沈みかけた夕日が照らすそこを歩き、標的であるセオドリック・ワイザースが居るという建物へと向かう。
しかし女性のフリをし淑やかに歩いていると、空から獣の鳴き声が響いたのに気づく。
見上げてみれば、要塞塔を囲む城壁の上に、十数羽のカラスが留まっているのが見えた。
「ああ、あいつらは夜になると戻って来るんだ」
一応こちらを見張るためだろうか。後ろをついて来ていた衛兵の一人が、空を見上げた俺に告げる。
あのカラスこそが、要塞塔に棲むという噂の群れ。
どうやら昼間は町に散って餌を漁っているようで、夜になるとこうして要塞塔の巣に戻るらしい。
ここの衛兵連中からも餌をもらっているというのに、食欲旺盛なヤツらだ。
「お、"王様"のお帰りだ」
頼んでもいないというのに、どこか得意げに説明をしてくる衛兵。
そいつはカラスたちを指さすと、ちょっとだけ弾んだ調子でそう告げた。
見れば城壁に止まるカラスの群れに、一羽だけ真っ赤な姿が。
いや赤いのではない。白い身体へ浴びた夕日で染まっているようで、他の連中が黒々としている中にあって、そいつだけが異彩を放っていた。
なるほど、あいつがエイリーンの言っていた白カラスか。
ヤツは甲高く鳴き声を上げ羽ばたくと、黒いカラスを率い塔の頂上にあるという巣へ戻っていく。
確かに群れを率いているようで、その威容は衛兵が言うように"王"と称されるのが相応しいのかもしれない。
「こちらから手を出さなければ、基本的に害はないわ。さあ、行きましょ」
どこか異質な気配を発していたようにも見える白カラス。
塔の上に飛んでいくヤツをつい凝視してしまうと、ソッとエイリーンが俺の背に手を当て呟いた。
俺は了解の意を込めて頷き、真っすぐに目的の建物に向かうと、別の衛兵によるチェックを済ませる。
危うくスカートの中まで探られそうになるも、その場は衛兵の不真面目さに救われ事なきを得た。
そして安堵の息を漏らしそうになりつつ階段を上っていくと、監獄にしては妙に豪勢な造りをしたフロアに辿り着く。
「ここがそうです。彼は基本この部屋に」
壁沿いの階段を上がってすぐの場所に、豪勢な作りをした扉が。
エイリーンはその扉の向こうに、ワイザースが居ると告げた。
ただ建物のこんな位置に扉があるということは、ほぼこのフロア全てがヤツの居室ということになる。
作りからしてかなり金がかかっているようで、虜囚の身とは思えない好待遇振り。
それは部屋の中にあってもそうらしく、扉を開いたエイリーンの向こうに見えた内装もまた、同じく贅を尽くしてるのがありありとしていた。
「これは……、スゴイわね」
勝手知ったるということなのか、それとも立場がそれを許すのか。
断りもなく部屋へ入っていくエイリーンに続くと、やたら広い室内と豪華な内装を見たシャルマが感嘆の声を漏らす。
そこにあったのはシャルマの言葉通り、ここが監獄であるというのを忘れさせる、豪奢な調度品やシックな内装に溢れた光景。
かつて暗殺した成金趣味丸出しの商人とは違い、かなりセンスの良さそうな物ばかり。
ただそれの持ち主である、ワイザースの姿が見当たらない。虜囚という立場上、流石に外出は叶わないというのに。
「おそらく彼は浴室かと。大抵この時間は、その……」
エイリーンによると、毎夜ヤツは夕食前に入浴をするのだという。
おそらく彼女を侍らせた状態で食事をし、その後で淫らな行為に及ぶためなのだろう。
俺に対しそれを真っ正直に口にするのが気恥ずかしいか、エイリーンはチラリと部屋の片隅を見る。
視線の先には一枚の扉。そこが彼女の言う浴室であるらしい。
となると今のヤツはあそこに居るということで、シャルマと顔を見合わせると、彼女はなにかを思案しているようであった。
「どうする、今が好機だと思うが?」
コソリと、他に聞こえぬよう問うてくるシャルマ。
彼女が言わんとしているのは、今こそがワイザースを仕留める絶好の時ではないかというもの。
部屋の中には念のために、見張りとして衛兵が一人入っている。
こいつを片付けるのは訳なく、確かにシャルマが言うように好機というのは間違いない。
「……いや、止めておこう。出来れば少しくらいは探っておきたい」
それでも俺は、あえて今の暗殺実行を思い止まる。
出来ればワイザースの影響が、どの程度まで拡大しているのかを探りたい。
それにただでさえ利用しているエイリーンに、あまり血生臭い場面を見せたくはないというのもあって。
どちらかと言えば、後者の方が本音ではある。
ただシャルマはこの言葉に一応納得してくれたようで、無言のまま軽く頷いて見せた。
彼女が納得してくれたことをありがたく思う俺であったが、そんな心情をぶち壊すような声が。
「ようやく来たか。なかなか現れぬから先に風呂へ入ってしまったぞ」
不機嫌そうな声と共に浴室から現れたのは、歳にして五十も間近であろう男。
そいつは全身ずぶ濡れの状態で、しかも一糸纏わぬ姿で俺たちの前に姿を現した。
壮年にも近い男の、どうあっても見たいとは思えぬ姿。
それを恥じらうことなく見せつけてくるこいつが、セオドリック・ワイザースという貴族に違いない。
姿を現したヤツは、早く拭けとばかりにこちらへ向け大きく腕を広げる。
「その者たちがお前の言っていた新入りか」
「はい。郷里の者でして、是非ワイザース様にお目通りをと」
きっといつものことなのだろう。平然と近づいていき、タオルで身体を拭くエイリーン。
彼女は俺たちに視線を向けるワイザースへと、遠方から来て娼婦となった者であると告げる。
「お前たち、近くに寄るといい」
身体を拭かれ、エイリーンの差し出すガウンを羽織ったワイザースはソファーに腰かけると、置かれていたグラスを手に取る。
おそらくこいつに酌をしろと言いたいのだろう。
そこで微笑んで見せるとヤツの隣に腰かけ、俺は置かれていたワインのボトルを握った。
「ふむ、なかなかの器量だ。娘、歳はいくつになる」
「申し訳ありません、ワイザース様。彼女は少々喉元に怪我をしておりまして、上手く声を出すのが叶わないのです」
酌をする俺の顔を覗き込むワイザースは、ニタリと口元を歪ませ尋ねる。
しかしそれに返したのはエイリーン。事前に用意しておいた設定を、ここで上手く使ってくれるらしい。
現在俺の首元には、季節外れになりつつある厚手なスカーフが撒かれている。
それは男であることを示す、喉ぼとけを隠すため。当然声を出してもバレるため、その言い訳としてこのような事情を用意したのであった。
「ならば仕方ないか……。ほれ、お前もこちらへ来い」
「失礼を致します、ワイザース様」
「なかなかに珍しい見目をした娘だ。属領の者の血を引いておるな」
次いでヤツの興味は、もう一人の新入りであるシャルマに向けられた。
俺と同じくすぐ隣に腰かける彼女は、蠱惑的な表情をしてしなだれかかる。
「おわかりになられますか?」
「当然であろう。これでも国政の中心に居た頃は、幾度となく属領からの使者と顔を合わせたものだ」
「それはとても素敵ですわ。ではこの私が、そちらの"彼女"に代わってワイザース様とお話を」
助平そうにシャルマの腰へと回された腕。
そいつをまるで気にした素振りもなく、持ち前の演技力を如何なく発揮するシャルマは、顔を近づけ言葉を交わしていく。
しかし彼女の内心では、かなりの嫌悪感が渦巻いているであろうと、容易に想像がついてしまう。
「ワイザース様、お気に召して頂けましたか」
「うむ、よくぞ連れてきた。これは手間賃を弾んでやらねばならんな」
どうやら俺とシャルマの存在を、この短時間で気に入ったようだ。
エイリーンの問いへと満足そうに返すと、笑いながら俺の肩に腕を回してきた。
それなりに厚着をしているため、男を印象付ける身体の固さは伝わらないとは思う。
とはいえそいつが確実とは言い切れず、自然と緊張から心臓が跳ね、頬には汗が伝ってしまった。
ただそれが自身と接する緊張と勘違いしたようで、ワイザースはなお身体を引き寄せ大きく笑う。
「緊張することはない。どれ、お前も遠慮せず飲むといい」
警戒心の強い男だとは聞いていたが、こと女に関するものとなればその限りではないらしい。
俺は緩み切ったイヤらしい表情をしたワイザースから、ワインが並々と満たされたグラスを受け取り、言葉なく愛想笑いを浮かべるのだった。




