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ハウンド・ヘイズ “霧の都の暗殺者”  作者: フライング時計
Target 05 要塞塔の白カラス
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懐かしのあの人 03


 時間は巡り、再び夜の帳が下りていく。

 小舟の上で緩く揺られ、荒縄を手に作業をするフリを続けている俺は、要塞塔の水路を監視し続けていた。


 早朝にシャルマと交代で監視拠点から出ると、少し離れた場所で小舟を調達。

 そこから用を足す時以外は、ずっとこうして見張り続けていた。

 ただ昼過ぎに再び水路へ小舟が入っていったものの、一向に中から女が出てくる様子はない。



「確かに酷い臭いだ。側に来ると特に感じる……」



 川の上で監視を続けていると、嫌でもフェリザル川の臭いに晒されてしまう。

 すっかり慣れたと思っていたのだが、こうも間近だと流石に厳しいものがあった。


 そのことを言っていたシャルマの方を見ると、彼女はこちらに気付き軽く手を振る。

 おそらく意図としては"異常なし"。拠点から単眼鏡を手に覗くシャルマの目にも、今のところなにも特筆する状況は確認できていないようだ。

 こちらの向けた意図は通じていないようだが、どちらにせよ聞くつもりだったので別にいいか……。


 シャルマから視線を逸らし、再び要塞塔を窺う。

 見えるのは夕闇に浮かぶ巨大な威容と、ガス灯に照らされた衛兵。そして……。



「カラス、か」



 ガス灯の明かりへ照らされ、一瞬だけ見える黒い影。そして響く鳴き声。

 このグライアム要塞塔に多く住みついているという、カラスの群れだ。


 巣に戻っていくカラスの姿を見た俺は、ふと巷で聞いた話を思い出す。

 あそこに投獄されているセオドリック・ワイザースという男、おそらくヤツの持つ才能であるのだろうが、政争という点では誰よりも秀でていたと聞く。

 相手の弱みを見つけて蹴落とし、自身の配下となるまで追い詰める。さながら腐肉となるまで待ち食らう、カラスのような存在であると世間では揶揄されていた。


 そんなワイザースが収監されるのに、ここグライアム要塞塔は相応しいのだろう。

 なにせここに巣を張るカラスたち、かつてこの町で疫病が流行った時、一時的に収容された大量の死体を食らっていたとも言われるのだから。



「このままじゃ、俺もカラスの餌になってしまうな」



 春に頭を突っ込んでいるとはいえ、やはり夜はそれなりに冷える。

 風の吹き抜ける川辺という事もあって、余計に冷え込みは厳しく、うっかりこのまま眠ってしまえばそれこそカラスの餌食。

 俺は小舟に乗せていた毛布をもう一枚かぶると、身体を震わせながら要塞塔を眺める。


 するとそこで動きが。水路の奥に光が灯り、揺れながら外へ出てこようとしていた。

 遠目にそいつを窺うと、昼間に入っていった小舟が出てくる。しかも乗っているのは二人、早朝に入っていった女も同乗している。



「追うか。シャルマ、監視の方は頼んだぞ」



 小さく身振り手振りの合図を送り、要塞塔の監視を引き継いでもらう。

 シャルマの了承を現わす手の動きを確認した俺は、ソッと小舟を漕ぎ出して女の後ろを追った。


 川の流れに沿って尾行していくと、次第に船は郊外の方へ。

 そして中流階級の家が多く立ち並ぶ地区へ差し掛かると、女を乗せた船は小さな船着き場へ停まる。

 女だけが降り、船頭はさらに下流へと去っていく。そこで俺はちょっとだけ離れた場所へ船を繋いだ。


 急いで追いかけると、女は住宅地の中へと進みパブへ。

 そこで簡単な料理だけを買い求めると、すぐ近くのアパートに入っていった。



「住んでいるのはここか。なかなか良い生活を送っているな」



 女の住居らしきそこは、中流階級の世帯が多く暮らす地域にあって、それなりに高価な部類に入る家だ。

 要塞塔でいったい何をしているのかは知らない。だがあのようにコソコソと船で乗り付け、深夜に出入りをするというのは、ある想像をするには十分。



「ワイザースの愛人、といったところかな。それならこの家も納得だ」



 あんな場所へ隠れて入ったとなると、この考えは的を射ているのではないか。

 例え監獄に住まう者であっても、それなりの権力を持ち衛兵たちを懐柔しているのであれば、そういったことも可能かもしれない。


 となればこちらの目的を果たすのに、さっきの女は丁度良さそうだ。

 俺は女の住処を確認したところで、ひとまず撤収することにしたのであった。





 そこから俺はシャルマと合流。見たものと立てた推測についてを話し、今後の行動を話し合った。

 シャルマもその推測には納得してくれたのだが、もうしばらく監視を続け確証を得ようということに。


 連日要塞塔を監視し、定期的に小舟で出入りする女を追跡。帰宅時はパブへと先回りし、会話へと聞き耳を立てる。

 約一週間もの間を観察に充てた結果、この女がワイザースの愛人であろうという確信を得た。

 どうやって警戒厳重な要塞塔に入ろうかと考えていたが、こいつを利用しない手はない。


 そうして約十日ほどを監視に要した夜、女が毎夜食事を調達するために寄るパブで待ち伏せをすることに。

 どうにかしてして協力者に仕立て上げようという魂胆で、この日もパブへ訪れた女に近づいた俺は、手にしたワイングラスを女の服へと傾けた。



「も、申し訳ない。よそ見をしてしまいまして……」



 フード付きのコートを深くかぶる女へと、不注意を装って赤いワインを零す。

 すると女は一瞬だけ驚いた様子を見せるも、すぐに気にしないよう告げ、酒で汚れたフードを脱いだ。


 狭いパブを照らすランプの明かりで映し出された女の顔を、ここに至って初めて目にする。

 いったいワイザースの愛人とは、どんな女なのだろうかと若干の好奇心を持ち見るのだが、俺は彼女の顔を目にした途端に目を見開いた。



「あの、なにか?」


「い、いえ……。なんでもありません」



 女は俺の反応を怪訝に思ったか、小首を傾げる。

 一方で俺は彼女に対し誤魔化しを告げながらも、必死に頭を回転させ続けた。


 俺よりも十歳程度年上だろうか。美人というよりも、どちらかと言えば可愛らしい容姿。

 しかも"絶世の"と形容できるとは言い難い。容姿という点においては、コーデリアやシャルマとは比べようもなく、ワイザースが囲うにしては普通と言える相手。

 だが俺が困惑するのはその部分ではない。フードの下にあった女の顔が、どこかで見たように思えて仕方なかったせいだ。



「失礼ですが、どこかでお会いしたことが?」


「あら、女性に声をかける手段としては、少々使い古されていませんこと?」



 多くの人たちが暮らすグライアム市だ、偶然すれ違った程度であればきっとあるのだろう。

 けれどそんな相手を記憶しているなんてことはないし、つい女に問うてしまう。


 俺の間抜けな問いに対し、彼女は可笑しそうな反応をする。どうやらナンパでもされていると考えたらしい。

 もちろんそんな意思はないのだが。



「いや、そうではなく。本当にどこかで会ったような……」



 思いのほか明るい気質らしき女性が笑うのを見ながら、俺は思案を続ける。

 やはりどこかで見たことがある。ずっと昔、まだ俺が幼かった頃に見たような……。


 すると不意に記憶の中へと、ある人物の名が浮かぶ。

 思い当たったその名にハッとした俺は、無意識にそれを口にしてしまっていた。



「……エイリーン?」



 おぼろげとなっていた、古い記憶。

 そこに漂っていた顔が鮮明に思い出され、幼い頃に幾度となく呼んだ名が漏れる。

 すると彼女もまたハッとし、驚きに満ちた表情でとある名を口にした。



「もしかして、イライアス様ですか!?」



 女性の口から、懐かしい響きと共に発せられるその名。

 イライアスというのは、俺がブラックストン家の当主であったアーネストに買われる前、普通に暮らしていた時の名であった。


 それを知る者は、どうしても限られる。

 となれば間違いない。彼女は俺の生家であるオグバーン家で、メイドをしていたエイリーン・ダレルだ。

 メイドであり、かつ幼い俺の家庭教師でもあった彼女は、当時まだ二十歳かそこら。

 あれから十年ほど、相応に顔へと時間の経過が刻まれてはいるが、懐かしいあの人そのものの顔であった。



「ああ、坊ちゃま……。良かった、ご無事だったのですね」



 教会で"暗殺者"としての才能を宣告され、両親によって売られたあの時。

 彼女は突然行方を眩ませた俺を気にかけてくれていたようで、目元を潤ませ抱き着いてきた。



「坊ちゃまがいきなり居なくなって、とても心配していたんですよ!」


「すまない、色々とあって……」


「あの後でわたしもお屋敷から追い出され、坊ちゃまを探そうにも探せず――」



 当時既に大人であったエイリーンはともかくとして、子供であった俺にとって十年の月日は長い。

 彼女も流石に一瞬では顔がわからなかったようだけれど、俺があの当時世話をしていた子供と知り、顔を紅潮させながら話を続ける。


 どうやら彼女はあの後、オグバーン家から暇を言い渡されたようだ。

 おそらく俺について探ろうとしたためで、僅かな金だけを握らされ厄介払いをされたのだと。

 よもやワイザースの愛人が、そのエイリーンであったとは……。



「あ、ごめんなさい坊ちゃん。こんな場所で延々と」


「構わないよ。まさかエイリーンに会えるだなんて思ってもみなかったし」



 テンションを上げる彼女は、あるところでハッとする。

 この狭くタバコの臭い満ちるパブで、再会の喜びに浸るのも無粋であると考えたらしい。



「そうだ、わたしの家に来ませんか坊ちゃん。積もる話もありますし」


「……いや、そういう訳にはいかないだろう」


「ふふ、気にしないでください。生憎とまだ未婚ですし、一人で暮らしているので家に上げて怒る人は居ません」



 嬉しそうに話すエイリーン。彼女はカウンターに金を置くと、俺の腕を引っ張っていく。

 未婚だからこそ問題だろうにと思うも、彼女にはそんなことお構いなしであるようで、俺をあの少しだけ豪勢なアパートへと連れて行こうとするのであった。


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