懐かしのあの人 01
冬も徐々に終わりが近づき、頭上を舞う雪も日に日に失せていく3月。
暖かくなってきた日差しを浴び、屋敷の庭は青みを取り戻していきつつある。
最後に行った博物館での暗殺から一か月ほど。
その間ずっと平々凡々とした日々を過ごす俺は、徐々に執事としての役割に慣れつつあるものの、日常の雑務に追われる日々であった。
相変わらずの人手不足ではあるが、血生臭い暗殺稼業を行うのに比べれば、それは遥かに平穏な日々であると言える。
そんな春が間近となったある日、厨房でリジーと共に3時の茶を飲んでいると、突然にシャルマが不敵な笑みと共に入ってきた。
「どう? これを見てもまだ私の腕を信用しないなどと言うのかしら」
短い休憩に入った彼女は、俺たちの前に現れるなりそう告げ、何かをテーブルの上へ置く。
見てみればそいつは起毛の布と綿で作られたぬいぐるみ。
間違いなく俺が百貨店で買いプレゼントした、あの材料を使って作られた物だ。
「思いのほか時間がかかってしまったけど、昨夜ようやく完成したのよ。さあ執事さん、思う存分褒めなさい」
シャルマがメイドとなって一か月。もうすっかり馴染んだようで、彼女は至って普通にメイド稼業をこなしていた。
そこで余暇を利用し少しずつ作っていたぬいぐるみが、昨夜ようやく完成したらしい。
どうだとばかりに見せつけるシャルマの目は、自信満々といった様子だ。
「すごいです……。シャルマさん、どこでこんな技術を?」
「この程度嗜みみたいなものよ。幼少の頃、近所に裁縫の名人と言われた老爺が居てね」
完成したぬいぐるみを見て、リジーは目を輝かせ感嘆の言葉を吐く。
それに気を良くしたシャルマは普段よりずっと饒舌に、どこで裁縫を習ったのかを話し始めていた。
だが当人が言うように、なかなかの出来栄えだ。
フォーラーズで目にした見本品もなかなかのものだったが、こいつはそれ以上に完成されているように思える。
俺が手持ちの財布で買った材料とは思えぬ、妙な作りの良さ。もし店に並べれば、あの時のぬいぐるみよりずっと高値が付くに違いない。
「随分と楽しそうだこと」
出来上がった物が想像していた以上の完成度で、俺とリジーは素直に感心し通し。
一方シャルマは自慢気に腰へ手を当てているのだが、そんな場へ新たな声が響く。
振り返ってみれば、そこにはストールを肩にかけたコーデリアが。
ついさっきまで書斎で書き物をしていたであろう彼女は、インクで黒く染めた指先を拭きながら、何をしているのかと覗いていた。
「あら、完成したのね」
「もしご所望でしたら、お譲りしても構いませんよご当主様」
「折角作ったのに、そんなことを言ってもいいのかしら?」
作った満足感が所有欲に勝っているためか、あるいは最初から本気にされないと考えているのか。
折角のぬいぐるみを譲ってもいいと言い放つシャルマ。もっともコーデリアの方も社交辞令的に、いずれ自分用のを頼むと告げるだけ。
そのやり取りを終えると、コーデリアは軽く咳払いをする。
そして俺とシャルマへ意味深な視線を送ったところで、俺は彼女がなにを言い出すのか察した。
「フィル、シャルマ。私の書斎へ」
案の定だ。彼女がこうして呼びつけるというのは、間違いなく次の標的が決まったということ。
この様子だと、再びシャルマと共に行動することになるらしい。
茶の後片付けをしてくれるというリジーに任せ、俺たちはそのまま上階の書斎へ。
部屋へ入るなりシャルマと共に並んでソファーへ腰かけると、コーデリアは早速内容を口にしていく。
「標的は一人、今回もまた二人で協力して仕留めて。ただ……」
コーデリアはいつものように、資料となる紙束へ視線を落とす。
そこには次の標的についての情報が記されているようだが、どこか彼女の様子が普段と違うように見えた。
俺の受けた印象が正解であるとばかりに、コーデリアは逡巡しつつも理由を口にする。
「少々……、いえ今回の暗殺はかなりの難関となるはず」
「難関? 私たちでは敵わない相手だとでも?」
コーデリアの物言いが不審に思えたか、眉を顰め問い返すシャルマ。
しかし彼女がそう思うのもごもっとも。博物館で見せたシャルマのナイフ術は見事であったし、俺だってここまで4件の暗殺を成功させてきた。
なので実力にはそれなりに自負があるし、コーデリアの信頼を得たと考えていたのだが。
「実を言うと、今回の標的は易々と手を出せない場所に居るの」
「手を出せない場所と言うと……。例えば王宮などですか」
コーデリアの言葉に思案し、思い浮かんだ場所を口にする。
あくまでも想像に過ぎないが、もしそうだとすれば大事。次の標的が王宮に居る数々の高官、あるいは下手をすると王族ということになる。
それらを標的にするとなれば、確かに相当数の警備を掻い潜る必要が。
横を見れば、シャルマはまさかと言わんばかりの表情に。
案外彼女にとっての本来の主人である、ベラ・K・ハッチンスも王宮と関りがあるのかもしれない。
ただ今回の標的は王宮に居るという訳ではないらしく、コーデリアは訂正を口にした。
「ある意味では近いわね。標的が居るのは"グライアム要塞塔"だから」
「要塞塔!? ……まさか標的というのは、セオドリック・ワイザースですか」
コーデリアが話した、今回の暗殺対象が居るという場所の名。
それを聞くなりハッとした俺は、そこに収監されているであろう、とある人物の名を漏らした。
グライアム要塞塔というのは旧市街の東、川沿いに聳えるかつて宮殿であった建物だ。
時には砦に、時には修道院へと使途が移り変わり、現在では主に政治犯を収容する監獄。
何人かの受刑者が居るとされるそこだが、その中で最も有名なのが今口にした、セオドリック・ワイザースという男であった。
「……って、誰なの?」
ただそういった部分についてあまり知識を持たぬらしく、シャルマは首を傾げる。
彼女が首都に来たのはつい最近だという話で、それ以前は国内にすらいなかったようなので、知らないのも当然かもしれない。
「ワイザース卿は貴族だ。貴族院の元議員で、かなりの権限を有していたらしい」
「元、ということは今は違うの?」
「ああ、現在ヤツはあのグライアム要塞塔に収監されている。衛兵を抱き込んで、王宮を占拠しようとした罪でね」
シャルマへと、自身が持つ範疇の知識を簡潔に話す。
今から数年前。俺がまだ庭師見習いで、密かに暗殺者となるべく訓練をしていた頃だ。
当時紙面を騒がせていたのが、そのセオドリック・ワイザースという貴族であった。
理由はシャルマに説明した通り。政府の要職に就き、王宮にまで強い影響力を持っていたヤツは、ある時謀反を試みた。
しかし寸前で軍と警察により阻止され、拘束されてすぐ要塞塔に。
以後ここまでの数年間ずっと、そいつは収監され続けているとのことであった。
「つまり今回はその無謀な貴族様を暗殺すればいい訳ね」
「そういうこと。王宮を攻めるよりはマシでしょう?」
いとも簡単に言い放つシャルマへと、コーデリアは口元で微笑んで見せ肯定した。
しかし彼女らの見せる態度ほど、状況は容易くないはず。
なにせグライアム要塞塔には常時衛兵が詰めており、警戒に当たっているのだから。
「ご当主様、警備に立っている連中がワイザースの指揮下にあるという可能性は?」
「あなたの推察通り、衛兵はヤツの配下と言っていいはず。そのおかげもあって、虜囚にしては豊かな生活を送っているみたい」
これは以前、ヤツが騒動を起こした時に世間で囁かれていた懸念の一つだ。
なにせ強い権力を持ち、衛兵を懐柔し謀反を起こそうとしたような人物。その影響力がどの程度まで衛兵に及んでいるか知れたものではなかった。
コーデリアによると、要塞塔の警備に立っている衛兵は既にヤツの配下。
市警がそいつを把握しているかどうかは定かでないが、今の時点では明確な障害と捉えておいた方が良さそうだ。
「高価な家具に、贅を尽くした料理と酒。囚人とは思えない暮らしをしているそうよ」
「なんとも羨ましい限りで。さて、ではどうやって侵入したものやら」
「ワイザースはかなり警戒心が強い男みたい。謀反失敗の影響で、さらに猜疑心が強まっているはず。潜入は容易くないわ」
要塞塔の内部に潜入が成功すれば、半ば暗殺は成功したも同然かもしれない。
ただ今回最大の関門は、その前提部分。
「潜入のために、必要な物資や情報があれば言ってちょうだい」
「一緒に潜入手段を考えてはくれないのか、このご当主様は使用人ばかり働かせるつもりらしい」
協力を申し出るコーデリアだが、シャルマはそんな彼女に棘のある言葉を向ける。
はたから見れば一触即発の空気。しかしここ最近の彼女らは、こういうやり取りをむしろ楽しんでいるフシすらあった。
なので案外これで気が合っているのかもしれない。
そのおかげか険悪な空気になることもなく、平然としコーデリアは背後に視線をやる。
「そうしたいのは山々。けれど生憎と、私も少々立て込んでいて……」
視線の先、彼女の使う執務机の上には、大量の書類がうず高く積まれていた。
ブラックストン家当主の仕事は意外に多い。所有する店だけで数件、それらの経営を担うのもなかなかの重労働だ。
それに加えて本来の稼業、暗殺に関する情報の管理もあるとなれば、コーデリアの仕事量は相当なものなはず。
これ以上下手に頼みごとをすれば、コーデリアの許容量を超えてしまいかねない。
となれば現地で判断しなんとかするしかないようだと、俺とシャルマは顔を見合わせるのだった。




