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憧れの 02


 コーデリアからもらったステッキを突き歩くのは、綺麗に舗装された道。

 周囲を歩く人々の格好も洗練されており、すぐそばを走り抜けていった馬車も新品同様。

 一目でここがグライアム市の中でも、かなり裕福な層の集まる地域であることが知れる。


 真新しいスーツに身を包み、自身はあまり似つかわしくないと思えるそこを歩きたどり着いたのは、コンクリート造りの巨大な建物。

 看板に"フォーラーズ"と書かれたそこは、グライアム市でも指折りの百貨店であった。



「こ、ここがあの有名な」


「ああ。……もしかして緊張してるのか?」



 コーデリアに使いを頼まれ、わざわざ屋敷の馬車を使って訪れた店。

 だが同行したシャルマはフォーラーズを前に、呆気にとられたように見上げるばかりであった。


 聞くところによると、彼女がグライアム市に来たのはつい最近。

 フォーラーズは市内に住む多くの貴族も利用することで有名で、シャルマもこの店の名は知っており、密かにここへ来る日を夢見ていたそうだ。

 それを知ったコーデリアの計らいもあって、本来なら一人で済む用事だったのだが、彼女も同行することになったのだ。


 今日のお使いは半分休暇も兼ねているので、こういうのも悪くはないと思う。



「そ、そんなことは。けど私のような人間、この店には分不相応なんじゃ……」



 さっきまでふてぶてしい態度を取っていたシャルマが、どういう訳か今は借りてきた猫の如き。

 カジノや博物館でも堂々としていたというのに、行く先がフォーラーズとなれば別であるらしく、視線は泳ぎどこかソワソワとしている。

 自信満々な態度もどこへやら。なかなかに意外な姿だ。



「やっぱりリジーに譲った方が良かった気が……。彼女も行ったことが無いと言っていたし」


「なにを今更。俺だって来るのは初めてなんだ、いい加減覚悟しなよ」



 生まれてからずっとこの町で暮らしてきたリジーもまた、ここに来たことはなかった。

 最初は彼女も誘って行こうとしたのだが、リジーは店の名に気圧されてしまったのだろうか、コーデリアが勧めても頑として首を縦に振らなかったのだ。


 結局店に来たのは俺とシャルマの二人だけ。まだ入るのを渋る彼女の腕を掴むと、半ば強引に店内へ。

 そこから案内図を横目にフロアを抜け、階段を上り目的の売り場に一直線。

 化粧品や革製品の匂いに困惑するシャルマを引っ張り向かったのは、紳士物の衣料品店だ。



「いらっしゃいませ。お求めの品はございますか」


「ブラックストン家の者です。予約しておいた品が届いたと連絡が」



 店の中に入るなり、笑顔を浮かべた店員が寄ってくる。

 ……なんとなく、居心地が悪い。別にどこが変だという訳ではないのだが。


 その店員に用件を伝えると、店員からは強い緊張感が発せられる。

 ブラックストン家の名前を聞いたせいだろうが、明らかに上客に対する腰の低さ歓待を口にすると、そそくさと商品を取りに行くのだった。



「好きに見てくるといいよ。どうやらもう少し時間がかかりそうだ」



 俺はそんな店員を見送ったところで、すぐ背後のシャルマに声をかける。

 彼女は徐々に店の空気にも慣れてきたのか、幾分気圧された様子が失せ、興味深そうに周囲へ視線を散らしていた。



「そ、そうね。なら自由にさせてもらうわ」


「すぐ見つかる範囲に居てくれよ。俺だってここに詳しくはないんだ」


「……私は子供じゃないんだけど」



 発した忠告が気に食わないとばかりに、ジロリとこちらを一瞥。

 シャルマはコートの裾をなびかせて、フロア内の何処かへと行ってしまう。


 不満を露わとはしているが、一応本調子になってきたようでなによりだ。

 まだシャルマとの付き合いは非常に短いが、彼女が動揺していたり困惑を浮かべていると、こちらの方こそ調子が狂ってしまう。

 ああして気丈にこちらを睨みつけてくれる方が、まだ幾分かマシというものだった。



 店内の見物に行ってしまったシャルマを他所に、俺も品物が来るまでしばし商品を眺める。

 そうしていると店員が戻ってきて、コーデリアが注文していたらしき帽子を手渡してきた。


 こいつは今は屋敷を離れている前当主アーネスト、彼の誕生日に贈るため、コーデリアが以前頼んでいた品だ。

 もっとも渡すのはもうしばらく先になりそうだと考えながら、店員によって包装された商品を受け取ると、シャルマを探し周囲を見回す。

 ただ見える範疇に彼女の姿はなく、今いる階を歩いて探してみるも、やはり影も形も見当たらない。



「すぐ近くに居ろって言ったのに……」



 まるで迷子になった子供のようだと、当人が聞けば怒り出しそうな感想を抱く。

 緊張はしていてもフォーラーズに興味津々であっただけに、戻ってくるのを待っていれば、いつになるか分かったものではない。

 そこで仕方なしに入れ違いを覚悟で、階下へ降りてみることに。


 階を一つ下ってみると、家政に必要な商品を主に扱っているらしきそこでは、多くの女性たちが買い物に興じていた。

 こんな店に来るような女性は、大抵自分で家事をすることはないと思うのだが。

 とはいえ現在メイドでもあるシャルマには関係あるかもしれないと、一通り見て回ることに。



「こんな所に居たのか。さっき子供じゃないと言っていたのは、どこの誰だったんだ?」



 するとそのフロアで、早々にシャルマの姿を見つける。

 薄いゴールドの髪に褐色の肌という、この国では決して多くはない容姿だ。探し出すのはそう難しくはなかった。


 けれど不満を現すための、若干嫌味ったらしい口調で声をかけるも反応がない。

 さては無視を決め込むつもりであろうかと近づくのだが、どうにもそれとは異なるようで、シャルマはジッとなにかに対し集中しているようだった。

 そこで覗き込んでみると、彼女の視線が商品棚の一点に集中しているのに気付く。



「ぬいぐるみ、か」


「な!? あ……、あなたいつの間に?」



 目にしたそれの名前を呟くと、ここでようやく気付いたらしく、ビクリと反応するシャルマ。

 彼女は俺の顔を見るなり慌てて後ずさり、どことなく赤く染まった顔で驚きを露わとしていた。


 今居るここは家政に関する品が置かれたフロアの中でも、主に裁縫道具を扱っている店舗だ。

 そんな場所でシャルマが見ていたのは、棚に置かれた可愛らしい犬のぬいぐるみ。

 売っている素材の完成例として置かれているであろうそれを、シャルマは随分と熱心に見入っていたようだった。



「これはまた、思いのほかカワイイ趣味をお持ちで」


「う、うるさい! 私が何を見ようと勝手でしょ!」


「確かにそうだな。さて、用は済んだし帰ろうか」



 店に入る時と同じく、またもや珍しい反応が見れたものだ。

 皮肉屋で気丈と思われたシャルマの、童女のように熱中し動揺する姿が面白く、もうちょっとだけ眺めてみたい心境に駆られる。


 しかしこれ以上は怒らせてしまうだけかと、俺は受け取った包装を掲げ撤収を口にした。

 するとシャルマはチラリともう一度ぬいぐるみを見る。どうやら未練があるらしい。

 そこでもう少し見て回るかと問うと、彼女は一瞬迷うもすぐに首を横に振り、今度はわき目も降らず階段に向かっていった。


 そのシャルマを伴って一階まで降り、建物の手入り口へと歩く。

 今日はもうこれ以上用事もなく、あとは屋敷に戻るばかり。ただ俺はその前にシャルマを呼び止めた。



「別に急ぐでもないし、少し寄り道をしていこうか」



 そう言ってシャルマの反応を見ることもなく、百貨店一階にある店へと入っていく。

 そこはフォーラーズにある店舗の中でも、特に有名なティールーム。

 贅沢さを際立たせるかのように、趣向を凝らした内装のそこを店員に案内され、奥まった席に着く。



「どうしたのよ、急にこんな場所に」


「ただの気晴らしさ。ご当主様はゆっくりしてくるよう言っていたんだ、お言葉に甘えさせてもらう」


「……別に私としては文句はないけど。特にここの勘定は、執事さんの奢りみたいだし」



 昼も回り、茶を楽しむには丁度良い時間帯。

 流石にこの店の代金まではコーデリアに請求はできないが、たまの贅沢としてこういうのも悪くはない。

 シャルマもゆったり腰かけると、奢りと受け取るなりメニュー表を眺め始めた。


 そこから注文をしてしばし、給仕によってテーブルに品が並べられていく。

 ティースタンドに盛られたケーキやサンドイッチ、スコーンと数種のジャム。そして薫り高い紅茶。

 普段屋敷の調理場で、リジーと共に簡単に済ませているお茶とは大違いな品々。


 つい財布を覗き込んでしまいそうになるその店で、俺とシャルマはまったりと茶に舌鼓を打つ。

 ただ彼女がサンドイッチを口に運ぶのを眺めたところで、ふとある考えを思いつき立ち上がった。



「ちょっと失礼するよ、すぐに戻る」


「用を足しに行くのに、わざわざ断りを入れる必要なんてないわよ」



 中座するのを謝るも、シャルマはただ用を足すだけだと思ったらしい。

 早く行けとばかりに、適当に手をひらつかせながら茶をすする。


 俺はその言葉に肯定も否定もせず、ティールームから出ていく。

 そこから一旦階段を上がっていくと、目当てとしている店に立ち寄って手早く買い物を済ませ、急いでシャルマのもとへ。

 席に着くなり簡単な包装がされたそれを、テーブル上に置いてシャルマへと差し出す。



「……なんの真似?」


「お近づきの印だよ。先日の協力に対する礼と、今後のために」



 首を傾げるシャルマは、こいつが自身に対するプレゼントであるとは想像もしていなかったらしい。

 コーデリアの言っていた内容からすると、当面彼女とは行動を共にしていくはず。

 そのためにちょっとくらい機嫌を取っておこうと考え、上の階で贈り物を買ってきたのだ。



「くれるって言うなら受け取っておくけど、いったい何が入って……」



 一応受け取るつもりはあるようで、シャルマは包装紙を剥がしていく。

 存外丁寧に剥がされた包装紙の下にあった箱を開くと、現れたのは布と綿、それに糸。



「本当はさっきのぬいぐるみを買うつもりだったんだけどさ」


「つまりこいつを使って、自分で作れと?」


「裁縫、得意なんだろう」



 さっきこの考えが浮かんだ時、真っ先に考えたのはシャルマが気にしていたであろう、ぬいぐるみを贈るという案だった。

 そこで売り場に行って、見本であり商品でもあったそれの値を確認するも、想像を遥かに超えた値に目を見開く。

 このティールームでかかる額など、子供のお小遣いに思えてしまうほどであったために。


 なんでこんな物がと思いはするも、実際に値が付けられているのだから文句の言いようもない。

 そこで代案として考えたのは、彼女自身にぬいぐるみを作ってもらうというもの。当人が裁縫を得意としていると、堂々言い放っていたというのもあって。



「もしかして、結構難しいんだろうか?」


「馬鹿にしないで、あの程度造作もないわ。……まぁ、暇なときにでも」



 俺の発した言葉を挑発と受け取ったか、一瞬ムッとするシャリア。

 ただ手元の材料を見て意外にも乗り気となったか、彼女はどうやって作るかを思案し始める。

 そうして作る工程の目途が立ったのか、自信ありげに笑んだ。



「見てなさい。私の腕に驚愕することね」



 シャルマはどことなく楽しそうに、箱へ納められていた布を手に取る。

 そんな彼女の様子を眺めつつ、俺は安堵感と共にティースタンドのスコーンを掴むのだった。


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