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沈黙の美麗 03


 卓上の蝋燭と、壁に掛かったランプの明りで照らされた食卓。

 執事役を仰せつかった俺とメイドのリジーは、屋敷の一階に在る食堂で、温かな皿をテーブルへ運んでいた。


 昼食をしっかりと採っているため、夜はパンに温野菜と細切り肉のスープのみという軽い夕食(サパー)

 郷紳(ジェントリ)の家にしては、粗食と言える内容。だがそれは別にいい。

 問題があるとすれば、食卓を色濃く満たしているこの静寂だろうか。



「失礼、ワインはいかがですか?」


「……結構」



 気まずさを絵に描けばこのようになるであろうとすら思える空間。そこに響くのは食器の音と、飲み物を勧める俺の声ばかり。

 着席しているのは当主であるコーデリアと、現在屋敷に客人として滞在しているシャルマ嬢。

 客人である彼女にワインを持って近づくも、にべもなく断られてしまう。


 シャルマ・エルドマンと名乗る娘が屋敷に来て三日目。

 ここまで彼女は逗留用に用意された客間から出る様子もなく、延々とそこで書庫から持ち込んだ本を読むばかりだった。

 部屋から出てくるのは食事と入浴、あとは用を足すときくらいのものだろうか。



「ど、どうしましょうフィルさん」


「がんばれ、なんとか乗り切るんだ。別に取って食われたりはしないから」


「でもあたし、もうこの空気に耐えられそうにありません……」



 本来であればコミュニケーションの場でもあろうに、あまりにも口数の少ないコーデリアとシャルマ嬢。

 食堂を満たすあまりにも強力な沈黙に、遂にはリジーが耐えきれなくなる。


 ここ三日、食事の時は毎度こんな有様であるだけに、いい加減辟易してもおかしくはなかった。

 なので彼女の気持ちもわかる。正直俺も同感だ。

 そこでかなり差し出がましいとは思いつつ、コーデリアの背後へと移動し口を開く。



「食卓というものはもう少し、穏やかな場であると認識していたのですが」


「そうとも限らないわ。家庭などとは違って、晩餐会などは荒んだ空気というのも珍しくはないし、大抵は折衝や商談の場だもの」


「ここはその家庭の食卓では……?」



 なんとか打開を試みるも、コーデリアにはあまりその意思はないようだ。

 というより最初から、穏やかな関係性などを期待していないと見える。

 シャルマ嬢の平坦に過ぎる感情の起伏を見れば、それも納得いくのだけれど。


 もっとも気まずい空気に辟易した使用人二人の様子を見かねたようで、コーデリアは軽く肩を竦め、シャルマ嬢へと問いかけた。



「どうやらうちの執事は、和やかな空気をお望みみたい。なにか良い話題がおありですか?」


「……これといっては」


「だそうよ。なら仕方ないわ、いっそ"お仕事"の話をした方が円滑になるかも」



 コーデリアの軽い提案も、シャルマ嬢にはまるで影響なし。

 俺とリジーの微かな期待は打ち砕かれ、食卓は再び気まずい空気が漂いそうになる。


 だがその直後、コーデリアが口にした言葉に反応する。

 彼女の言うお仕事とやらが、屋敷内での雑事などを指すとは思えない。間違いなくこの場合は……。



「という訳でフィル、貴方には次の任務に向かってもらいます」


「……ご当主様、この場でそのような話、よろしいのですか?」



 案の定コーデリアが話そうとしていたのは、ブラックストン家の担う暗殺稼業に関する内容。

 リジーはある程度知っているため今更問題はないが、この場にはシャルマ嬢が。



「言ったでしょう? シャルマ嬢は私たちの関係者、聞かれたとしても別段問題はないもの」



 この人物が屋敷へ来た日、確かに彼女は言っていた。"仕事を手伝ってもらうかも"と。

 どうやらシャルマ嬢を寄越してきた、ミセスKことハッチンス氏は暗殺稼業についてを知る、数少ない外部の人間の一人であるとのこと。

 そんな人から派遣されてきた連絡役の彼女には、何も隠す必要が無いらしい。


 俺はひとまず納得し、無言のままで了承の意を示す。

 それでもリジーにあまり血生臭い話を聞かせるのは気が引け、この場は俺が受け持つと告げて退出してもらう。



「さて、これが次の標的。顔に見覚えはあるかしら?」



 三人だけとなった食卓。皿も空となり、飲み物だけが残るそこでコーデリアは数枚の紙束を取り出す。

 この様子だと最初からここで話をするつもりであったようで、そのことに呆れつつも受け取り視線を落とし、一番上に添付された写真を見る。

 俺はその写真に見覚えがあり、頭へ浮かんだ名を口にした。



「投資家のバルカム・オーズリーですね。孤児院への寄付などで、たまに新聞へ名前が載っているのを目にします」



 写真に写っていたのは、ここグライアム市でもかなり有名な人物。

 多くの事業に出資している富豪で、篤志家としても名が知られている。ただ裏では貴族にも金を貸し、多大な影響力を持つとも言われる存在だ。


 正直その部分を除けば、あまり悪い噂は聞かない。それでもこうして暗殺対象に選ばれるということは、さらに深い部分ではなにか悪事を働いているということ。



「オーズリーは事業の裏で、賭博場を営んでいるわ。ここ最近は、市街北部の地下を拠点としているみたい」



 俺が資料に目を通していくのを補足するように、コーデリアは説明をする。

 首都を東西に横断するフェリザル川の北、王立博物館周辺地域と言えば、現在地下に大規模な上下水道を築く工事を行っている。

 おそらくそこを一時的な賭博場としているようだが、少しばかり疑問が。



「ですが地下賭博など、どこでだってやっています」



 世間では自国の人間を指し、自虐的に言われる事がある。

 この国の人間は総じて皮肉屋で、酒とゴシップとオカルトが何よりも好きであると。加えてその中に賭博も含まれる場合が多々ある。

 競馬やドッグレース、拳闘などその対象は多岐にわたり、合法非合法問わず多くの人にとって、賭博は手軽な娯楽の手段となっていた。


 つまりちょっとした賭博程度では、市警も最初から取り締まったりはしない。

 当然あまりに規模が大きくなれば別だが、なにか特別な事情が無い限り、賭場は社会に必要な一要素として容認されていた。



「そうね、現状ほとんど取り締まってはいない。違法な賭場を全て潰そうとするなら、市警は今の十倍の人員が必要になるもの」


「つまり賭博とは異なる悪事を働いている、ということですね。……っと、コレがそうですか」



 それでもこうして次の暗殺対象に選ばれたからには相応の理由がある。

 おそらくその理由であろう記述を書類から見つけた俺は、静かに目を通していくと、納得し小さく頷いた。



「人体部品の売買、ですか。用途は黒魔術といったところですか」


「その通りよ。地下賭博というのすら仮の姿、実際には黒魔術に使う人のパーツを取引する場として機能しているみたい」



 オカルト好きが多いとされるリットデイル王国の人間だが、中には遊びの範疇を越えてはまり込んでしまう者も存在する。

 結果手を出すのが、黒魔術などと呼ばれる迷信の最たるモノ。

 夜な夜な何処かに集まっては、怪しげな儀式とやらを執り行い、近隣住民に気味悪がられるなんてのはよく聞く話であった。


 この賭場はそういった非合法な代物を扱う、隠れ市場として機能しているらしい。



「もちろん黒魔術そのものは、度が過ぎなければ罪にはならないわ。大昔と違ってね」


「ええ。マーケットで買ってきたマトンを、供物と称して捧げるなんてのも聞く話です。その程度であれば、趣味の悪いごっこ遊びという扱いで済む」


「でもその遊びが度を越すとそうはいかない。人間を生贄として求めるとか、ね」



 自身もまたオカルト好きであるコーデリアは、黒魔術そのものを否定する気はないようだ。あくまでもお遊びとしての範疇ではあるが。


 しかし遊びの範疇を越えた結果、過去には市警が動き大勢の逮捕者を出す騒動となったことも多々ある。

 人間の死骸を、あるいは生きた人間を生贄として悪魔に捧げようとし、紙面を盛大に賑わせてしまうのだ。



「供物として取引されているのは、主に切り落とされた人間の手足、眼球や心臓といった臓器。あとは……」


「あとは?」



 既に内容は完全に記憶しているのか、空で口にしていくコーデリア。

 しかし取り扱っている物品を並べ立てていたところで、不意に彼女の言葉が止まる。

 いったいどうしたのだろうかと顔を覗き込む。するとコーデリアが少しばかり視線を泳がせていたのに気づいた。



「その……、つまりアレ。男性の……」



 さっきまでの澱みない説明はどこへやら、急にしどろもどろとなる。

 だが俺は彼女がなにを言いかけ、そして思い余って止めたのかと思い資料へ視線を落とす。


 そこで何故コーデリアが慌て、若干赤面しているのかを理解し、それ以上は言わなくても大丈夫と制止する。

 つまりその地下賭博という名を冠した場所では、人間から取った諸々のパーツの一部として、男にとって"大事なモノ"まで扱っているらしい。



「と、ともかく! 賭場に出入りするのは主に富裕層。特に貴族や豪商といった、社会的な地位の高い人間。そういった人たちにとって、これは致命的とも言えるスキャンダルになるわ」


「下手をすれば、いえ下手をしなくても貴族としての位は剥奪されるでしょうね。投獄も避けられない」



 赤面する自身を誤魔化すように、突然声のトーンを上げるコーデリア。


 ただ彼女の言う事はごもっともだ。

 どの階層にも一定の人気を博すオカルト趣味だが、どういう訳か上流の人間がそういう物に傾倒しやすい傾向があるらしい。

 バルカム・オーズリーが作ったのは、そういう連中を相手とするための場なのだろう。


 そして取引の会場に来ているという事実そのものが、連中にとってはアキレス腱となる。

 なので明確に違法性がある物品を買いに来たという事実を知られぬよう、市警に圧力をかけるなど容易に想像がつく。



「余程の証拠がない限り、市警は動けませんね。毎度のことではありますが」


「だからこそ私たちがやるの。市警に頼れない以上は」



 しかし気になるのは、これが本当にブラックストン家が手を下すような件かという問題。

 おそらく商品とされた人たちに関しては事件性があるだろうが、こういった類の悪党の存在は枚挙にいとまがない。


 なにか他に裏があるように思え、俺はジッとコーデリアを見下ろす。

 すると彼女はアッサリ観念し、今回の標的を選んだ理由を口にした。



「実を言うと今回の情報、提供元はミセス・ハッチンスなの。バルカム・オーズリーを仕留めるのも彼女の意向」



 どうにもおかしいと思っていたら、これには別の人物による思惑が絡んでいた。

 件のミセスKがどういった人物なのか、正確なところはいまだ定かではない。それでもこんな依頼をコーデリアに出来るあたり、その序列は明白であるようだ。



「承知しました。では早速準備を――――」


「ああ、ちょっと待ってフィル」



 それでも俺には拒絶する理由もなく、了承して早速実行のための下準備を始めようとする。

 だが思い出したようにコーデリアは袖を掴み止めると、ちょっとだけ申し訳なさそうな表情をした。



「今回は貴方だけではなく、一人同行させたいの」



 妙なことを言うものだ。これまではそんな例などないし、そうする理由も不明。

 ありえるとすれば、かつて先代の頃に支援要員であったというドラウ爺さんだが、あの人は老齢のため今では一線を退いている。


 ただそこで思い出したのは、コーデリアが先日言っていた言葉。

 案の定コーデリアの視線がこちらから外れていたのに気づき、彼女の視線を追ってテーブルの上を巡っていく。

 すると視線が向かう先へと、変わらず紅茶を飲み黙ったままな、シャルマ嬢の姿があった。


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