沈黙の美麗 02
一目見て、"彼女"が異邦の民であることはわかった。
日焼けとは異なる褐色の肌に、細身でしなやかな身体。少しばかり彫りの浅い顔立ち。
以前に見た、大陸東に在るという属領出身者の雰囲気に似ている気がする。
ただ長い髪は、あちらの人たちに多いという黒髪ではなく、色素が薄目なゴールド。
おそらく北方の血が混ざっているであろうその女性は、口を噤んでしまった俺を半目でジッと見て、小さな声で呟いた。
「失礼、ミセス・ハッチンスからの遣いで参りました」
とびきりの美人であるのだが、声の方は妙に固い。
淡々とした、抑揚のない平坦な声。感情を意図的にそぎ落としたようなそれに、俺はようやくハッとした。
「ご当主のミス・ブラックストンにお取次ぎを」
「し、失礼を致しました。こちらへどうぞ」
半目のままでこちらを見る女性の雰囲気に若干呑み込まれつつ、俺は彼女を中へと促す。
最初こそ執事らしく振舞おうとしたが、やはり付け焼刃では上手くいかないらしい。
玄関ロビーを抜け、先ほどまで使われていた応接間へと向かう。
確かさっきの客人は、ベラ・K・ハッチンスという名前であったか。その"ミセスK"からの遣いだと言うが、少しばかり気になる点はある。
ほとんど入れ違いと言えるようなタイミングだけに、どうしてさっき一緒に来なかったのか。
とはいえそこを問うこともできず、ひとまず女性を応接間に案内する。
彼女がソファーの隅へ腰を下ろしたところで、俺は気を取り直し一礼した。
「申し遅れました、私は当家の執事を務めさせて頂いております、フィル・ハイランドと申します」
「……シャルマ。シャルマ・エルドマン」
穏やかな笑顔を作って自己紹介。ただ彼女は名乗り返しこそしてくれたものの、あまりにも簡潔に過ぎるものであった。
名前の雰囲気からして、東の属領出身者であるのは間違いなさそうだ。一方で苗字はこちら風の響きであるので、その両親の間で生まれたのだろう。
こういった生い立ちの人はそれなりに居る、なのでそこは別に珍しくはない。
「失礼ですが、ご当主様にどのような御用で」
「言えません。ご本人に直接」
どこか不穏な気配を感じてならず、コーデリアを呼ぶ前に要件を確認しようとする。
だが取り付く島もない。まるでお前には用が無いと言わんばかりの不愛想さ無口さで、彼女は表情一つ変えることはなかった。
「承知いたしました。ただいま主を呼んで参ります」
どうやらこれ以上問うても、碌に成果を得られそうにない。
そこで俺は早々に撤退を選択。応接間から退出し、コーデリアを呼ぶことにしたのであった。
応接間の扉を閉め、廊下を歩きながら小さく息を吐く。
するとこちらの様子を陰から窺っていたであろう、リジーが駆け寄って来るのに気づいた。
「どうですか、お客様のご様子は?」
「来た目的をまるで話しちゃくれない。とりあえずご当主様を呼んできてくれ、俺はその間に茶を用意する」
コーデリアを呼ぶのは彼女に任せ、俺は別棟に在る厨房へ。
棚から来客用のの上等な茶葉を取り出し、僅かに残してあった種火に薪をくべ、湯を沸かして茶器を温める。
執事でなくとも時折やってきた慣れた作業。だからこそか、その最中に考えるのはシャルマとかいう客人のこと。
「あれが本性、……ってことはないんだろうな」
あの女性が持つ、鮮烈に目へ焼き付く美貌と、寡黙で嫋やかな様は実に絵になる。
目の覚めるような美人なだけに、もし仮に着飾って舞踏会などの場にでも出れば、もう少し愛想を良くするだけで、一躍社交界の華へと躍り出ることだろう。
けれどなんとなく、シャルマと名乗ったあの女性の態度、どこかチグハグに思えてならない。
本当の気性はもっと別にあるような。こちらを寄せ付けない雰囲気は、内に強い攻撃性を潜めているかのようだ。
むしろ受ける印象としては俺と同類のそれ。物騒な世界に身を置く人間が、本性を隠そうとしているように思えた。
「フィル、様子はどう?」
茶の味が程よく出てきた頃合いで、一式をワゴンに乗せて応接間へ向かおうとする。
丁度そこでコーデリアが顔を出したのだが、彼女は客人の様子を探るべく、わざわざ別棟に在る厨房まで来たようだ。
「直接でないと、要件は話せないそうで。名前以外は聞き出せませんでした」
「そう。なら直に聞くしかないわね」
ミセスKからの遣いとのことだが、コーデリアにもその目的は定かでないらしい。
彼女は少しだけ思案するも、実際に行動しなければ何もわからぬと考え、颯爽と厨房を出ていく。
俺もまたコーデリアを追ってワゴンを押し応接間前へ。ノックをしてから入る彼女に続いた。
顔を合わせるなり、一通り自己紹介をする両者。
それでもシャルマとかいう娘の様子は変わらない。感情の色をまったく表に出さない様は、まるで精巧に作られた人形のようだ。
「主であるベラ・K・ハッチンスからミス・コーデリアへ、手紙を預かっております」
簡単な自己紹介と握手を交わすと、早速要件に入る。
シャルマという娘は一通の封筒を取り出すと、丁寧に両者の間へ据わるテーブルに置いた。
部屋の隅で見守る俺の目にも、コーデリアの緊張は明らか。
彼女をそこまで緊張させるとは、手紙を託したミセスKとやら、やはり余程の人物であるらしい。
それでも意を決して封筒を開けたコーデリアは、中の手紙をしばし黙読する。
「これは……、いったいどういう意図で?」
一通り目を通し終えると、彼女はシャルマ嬢を見て背を伸ばし、記されていたであろう内容についてを問うた。
どうやら手紙の内容は、コーデリアにとってあまり好ましくはないものであったようだ。
「内容は把握していますが、主の意図まではわかりかねます」
「正式な依頼、と捉えて構わないのですね?」
「依頼というよりも、主からの"個人的なお願い"。そう受け取っていただければ」
問い質すコーデリアの視線にも、シャルマ嬢の返答は相変わらずだ。
ひたすら平坦な声で、手紙だけでは汲み取れぬ部分を可能な範疇で補足していった。
彼女の言葉を聞き終え、しばし沈黙するコーデリア。
それでも少しして息を吐くと、俺をチラリと見て、ある指示を口にした。
「彼女に部屋を用意してあげて。離れが落ち着けると思うからそこへ」
コーデリアが告げたのは、シャルマ嬢を客人として迎えるというもの。
どうしてそのような選択をしたのかはわからない。コーデリアに何か考えがあるのか、それとも手紙に記されていた"お願い"とやらによるものなのか。
「承知いたしました。しばしお待ちください、準備をして参ります」
不穏に思える部分はあるものの、この場において屋敷の主であるコーデリアの指示だ。執事の俺が聞かぬわけにもいくまい。
大人しく承諾すると、応接間を出て小走りになり屋敷の裏手へ。
ドラウ爺さんが管理する小道を通って至ったのは、ちょっとしたパーティーも開けるほど、大きな建物。
形式的に来客用として用意してあった建物だが、使用人たちが屋敷を離れて以降、碌に手入れもしてこなかった。
それでも辛うじて一室だけ、念のために使える状態にしておいた部屋を確認すると、大急ぎで廊下などを掃除していく。
掃除が済んだ頃、見計らったようにリジーがシャルマ嬢を連れてくる。
背にかいた汗をなんとか誤魔化し、シャルマ嬢を部屋の中へと促してから、用がある場合は呼ぶよう告げ退出しようとした。
しかしそんな俺へと、部屋の中央に立ち自身の上着を脱ぐ彼女は、澄ました表情のまま口を開く。
「貴方は、執事としての経験が浅いようね」
「おわかりになりますか。私はあくまで代理でして、お恥ずかしながら今日初めて執事服に袖を通した次第で」
意外だ。無関心さを前面に押し出したような人物が、こちらに関心を抱くなど。
もっともただの気まぐれであるかもしれないし、関心ではなく別の意図がある可能性も。
実際「そう……」とだけ返すシャルマ嬢は、ベッドへ腰かけ窓の外へと視線を向ける。
もう一切の関心が失せたとばかりな様子に、俺は内心を探るのを諦め退出。
しばらくは干渉しない方が良いだろうかと屋敷へ戻ったところで、待ち構えていたようにコーデリアと出くわした。
彼女が無言で手招きし、上階に在る自身の私室へと移動。
そこで人目が無いのを確認すると、俺は簡潔になにが起きているのかを問うた。
「これはどういう事ですか、ご当主様」
「もう少し気楽に話していいのよフィル。……少しばかり、込み入った事情があるの」
コーデリアが受け取ったという、ミセスKからの手紙。その内容を聞こうとするのだが、この部分は話してくれる気はないらしい。
彼女は少しばかり誤魔化しながらも、相当に複雑な状況に置かれていると告げた。
しかしこれで納得とはいかない。なにせ執事として当面シャルマ嬢の世話をするのは俺だ。
それにいずれまた暗殺稼業を行う時が来る。その時に障害となりかねない存在なだけに、少しくらいは事情を把握しておかなくては。
そのことをハッキリ告げると、コーデリアは観念して断片的な話をしてくれる。
「シャルマ・エルドマン、彼女は連絡係よ」
「連絡係、というとあのミセスKの? 本当に何者なんですか、あの人物は」
コーデリアが告げたそれに、俺は余計首を傾げてしまう。
連絡係というと、やはりその対象は今日来たもう一人の客人、ベラ・K・ハッチンスに違いない。
なにせ寄越してきたのがあの人であるためそこは疑いようがない。ただそんなことをする理由がよくわからなかった。
「ミセスKか。言いえて妙ね」
「と、おっしゃいますと?」
「色々あるの。出来ればその辺りについては――――」
きっとあの人物は、ブラックストン家が行っている暗殺稼業についても知っている。
こうして何の意図かはわからないが、連絡係とやらまで寄越し、コーデリアがそれを受け入れた。
おそらく、いや間違いなく聞いてはならない次元での事情。それは例え俺とコーデリアが幼馴染で親しくとも。
「わかりました、これ以上は聞かないことにしましょう」
「助かるわ。フィルには隠し事が多いわね、……ごめんなさい」
あえて聞かないことにすると、コーデリアは申し訳なさそうに謝罪をした。
ブラックストン家がどうして暗殺稼業に身を置いているのかなど、建前上の理由は教えてくれたが、本当のところはいまだに謎。
彼女はきっと、そういうところを言いたいのだ。
とはいえコーデリアの事情も分かる。そこでこれ以上その部分には触れぬよう、話を元に戻すことに。
「それにしても、連絡係ですか……。彼女はいつまで屋敷に?」
「しばらくの間、としか言いようがないわ。それに場合によっては、彼女にも私たちの"お仕事"を手伝ってもらうかも」
しかし逸らしたはずの内容に、俺は眉をしかめる。
期間が定められていないのは別にいい。しかしシャルマ嬢がブラックストン家の"仕事"、つまり暗殺稼業に関わるかもというのは、あまり平静ではいられぬ部分であった。




