積まれた重さ 03
グライアム市を南に抜けて少しばかり行った先に建つ、今は使われていない小さな古城。
大昔に海を越えた先に在る国との戦いで使われていたそこへと、俺はオンボロな荷車を引くロバと共に、数点の武器や防具を運んでいた。
この日行われるのは、新たに作られた軍への納入品のお披露目だ。
他国で作った粗悪品を納め、代わりに正規品を他国に流すというブレットの行っていた商売。
それを実際に行う前に、ファース卿へ品定めをしてもらうために、人が来ぬ場へと移動しているのだった。
そのファース卿であるが、予想していたよりも随分と早く、目的地である古城に到着していたようだ。
「ようやく来たか。随分と待たせてくれたものだな」
「申し訳ありません。道中で市警に足止めをくらいまして」
ゆったりと歩いて現れた俺に、ファース卿は少しばかりの苛立ちを纏って苦言を告げた。
それに対し言い訳的に理由を返すのだが、これは本当のことだ。
グライアム市から出ようという時に警察官から呼び止められ、荷台を入念に検められるというハメに。
「同じように足止めを食った者は多かったようです。ファース卿はその限りでないようですが」
「そういえば、そろそろ祭りの時期であったか」
確かにこいつの言う通り、現在グライアム市は祭りの準備の真っただ中。
期間中は近隣都市などから大勢の人々が押し寄せ、鉄道駅や都市に繋がる街道上などは市警の人間が必ず居るという状態。
というのもかつて祭りに乗じて入ってきた人間が、大規模な事件を起こした例があるため。
そういった理由により、荷台に積まれたのが物騒な代物というのもあって、市警には随分と勘繰られはした。
それでもブレットの商会が軍と取引があるという事実に加え、町の外へ出ようとしているというのが幸いし、少しばかりの足止めで済んだのだった。
もっとも顔と名の売れた貴族であるこいつは、そんなこともなく素通りしたようだが。
「まあいい。早速モノを見せてもらうとしよう」
「承知いたしました。……ところでファース卿、護衛の方が居られないようですが?」
言い訳に関してはとりあえず納得してくれたようだが、遅れた時間は若干気になるようだ。
ヤツはロバに引かせてきた荷車を一瞥すると、積まれた荷物を見せるよう促してきた。
ただそんなファース卿へと、俺はとぼけた調子で護衛の不在を問う。
護衛の姿は当然のように見当たらない。古城の外には同行した執事くらいは居るだろうが、それ以外に人の姿は皆無。
「うむ。どういう訳か、今朝は姿を現さなかったのだ。今まで遅刻の一つもしたことが無いヤツだというのに」
怪訝そうに呟くファース卿。ヤツはあの護衛に対し、それなりの信頼を寄せていたようだ。
だがあいつが現れるはずがない。今頃は列車に乗って遥か彼方、どこかの都市で荷を降ろすまで、死体が発見されることはないのだから。
護衛が行方不明なのであれば、中止をするなり他の人間を見繕うのが普通だとは思う。
しかしそれを許さぬほど、この場はファース卿にとって重要で、かつ他の誰にも見せたくないものであった。
「自分が言うのもなんですが、このような場所へ来て危険ではありませんか?」
「そうであろうな。だがこればかりは人に任せられん、なにせブレット・ニューマークに代わり、今後動いてもらう人間を見極めるのだからな」
心配を装う言葉にも、ファース卿は平然としている。
そしてジッと俺のことを見ると、不敵に口元を歪め意味深な言葉を吐いた。
「……つまり今後は自分に、軍への納入を続けろとおっしゃるのですか?」
「君もそのつもりで来たのではないかね? 上手くすればブレット亡きあとの、商会主の座へ収まることも可能だ」
半ばこのようになることはわかっていた。ファース卿は死んだブレットに代わり、次に組む相手を探しているはずだと。
こいつのような悪党が一度掴んだ儲けの種を、多少の危険性と天秤にかけ手放すはずがない。
となると自身の悪事に協力をする人間を探すはずで、この場合手っ取り早いのはヤツの財を相続した夫人にやらせるというもの。
「だがあの夫人は商売の知識を一切持たぬ。流石に完全な素人に任せる気にはならぬよ」
「その点に関しては自分も似たようなものです。商会の人間を取り込むのが無難では?」
「そちらも無理だな。君も知っているであろう、主人が殺されたことによって連中は及び腰だ」
確かにあの夫人は、見事なまでにお嬢様として育ってきた人のようで、苛烈な商売の世界に立てるような気質ではない。
もし悪事に加担させようものなら、きっと誰かに口を滑らしてしまうだろうし、そうなればファース卿はすぐ始末にかかるはず。
だがそんな納得する内容も、ヤツの言葉へ一か所気になる部分が混じっているのに気づく。
今こいつはブレットが殺されたと言っていた。公には、それこそ紙面などにはしっかり事故であると記されていたし、市警もそのように判断したというのに。
「"事故"とは聞いている。だがあれだけ猜疑心の強い男が、あのように間抜けな死に方をするものかどうか」
「不運に不運が重なったようです。よもやあのように亡くなられるとは」
「悪いがそうは思ってやれん。これは周到に準備され、"身近な者"が機を見て行った暗殺だ」
ゆったりとした動作でタバコを取り出し、美味そうに吸うファース卿。
彼はこちらをまたもや一瞥すると、意味深でありながら確信を持って告げるのだった。
具体的な死因や状況などを、ヤツはどこぞやのルートで聞いたのだろう。
そうして得た情報から導き出した推測が、ブレットの近くに居る者によって暗殺されたという可能性。
「ファース卿の言葉を聞いておりますと、犯人は目の前に立っているように思えるのですが」
「違うのかね? だが私はそこを責める気はない、人を殺してでものし上がりたいという欲は、考えようによっては信用にも値する」
明確な証拠を握っている訳ではなさそうだが、それでもヤツは確信している。
俺がブレットを殺害し、その後何食わぬ顔をし代役としてこの場に立っていることを。
確かに今の状況を見れば、俺が最も得をしているようにも見えるが、なかなかに勘の鋭い男だ。
しかしこちらにとって幸運なのは、本当の狙いまでは察していないという点。あくまでも商会を乗っ取るため、ブレットを殺害したと考えているようだ。
それならそれで別に構いはしない。俺はさも事実を言い当てられ、観念したとばかりに頭を下げる。
「よろしい。大人しく私に従っていれば、良い扱いを保証してやろう」
服従の態度を示す俺の様子に満足したファース卿は、ロバに繋がれた荷車へと歩み寄る。
積まれた荷へかぶせていた布を荒々しく剥ぎ取り、積み荷である装備品を見下ろした。
「ああ、実に素晴らしい。……このように粗末な品に対して使う言葉ではないがね」
「商会の者がした説明によると、従来品よりも原価にして二割程度安く上がるようです。もちろん船での運搬費用も含めて」
「やはり素晴らしいな。では次回納入分は、さらに利益率を上げるとしようか」
「よろしいのですか? これ以上質を下げると、兵士だけでなく市民も騒ぎ始めるかと」
いったい何に使うつもりなのか、ファース卿はまだまだ欲が増大しているらしく、さらなる大きな利益を求める。
兵士は物資の低品質化を察知しているだろうが、軍に巨大な影響力を持つファース卿の陰を恐れている。
いずれは声を上げる者が出てくるだろうが、その時はきっと市警の確保しかけた証人と同じ目に遭い、それによって再び抗議の声は沈静化していくはず。
だが市民はその限りではない。兵士の使う装備を見て、あまりの品質に気付く者は必ず現れる。
そうなった時に噂が紙面にまで登ったとき、この権力者であっても抑えきれなくなるはず。
「構いはしないさ。その頃にはさぞ役に立たぬ軍隊に仕上がっていることだろう」
ただヤツはこちらの言葉を鼻で笑うと、要らぬことまで話し始める。
聞いているとペラペラ口を開いていくので、黙ったままでいた結果、こいつが想像以上に下劣であるというのがわかった。
ここ何十年かずっと、この国は戦禍に巻き込まれず済んでいた。
それでも水面下では常に他国とやり合っており、有事には自分たちが有利となるよう、諸々の工作を仕掛け合っていたりもする。
そう、例えば相手国の貴族を抱きかかえ、戦力を減退させるというように。
「悪いお方です。想像していたよりもずっと」
「お褒めに預かり光栄だ。必要とあればいくらでも裏切るさ、国も、女王陛下も、国民も――」
悪党であるというのはわかっていたが、まさかここまでとは。
俺は悪事についてを語り、国にとっての裏切り者であったことを恥じる様子もないファース卿へと、相槌打ちながらゆっくりと近寄る。
そして不敵に笑むヤツの言葉が言い終わるよりも先に、後ろで握った拳を振い顔面へ叩きつけた。
唖然とする間もなく吹っ飛ばされ、ファース卿はアッサリ意識を手放した。
軍に携わってはいても、本人は軍人でもなく碌に訓練も受けていないのもあって、案外軽い身体を担ぎ上げる。
そのまま荷車の上へ放ると、古城の外に居るであろう執事に見つからぬよう、静かに外へ運び出していく。
少しばかりロバを走らせ、見える範疇に在る別の廃城へ。
そこで意識を失ったファース卿へと、持ってきた粗末な装備品を着けさせると、頬を何度か叩いて目を覚まさせる。
「……いったい何のつもりだ」
「おや、意外と冷静なことで。てっきり混乱して喚き散らすかと」
ザカリー・ファースは目を覚ますなり、数度の瞬きを経て平静な口調で意図を問う。
軍での経験はなく身体は軟弱でも、貴族の身で悪事を続けてきたのだ、それなりに肝が据わっているということか。
「察しがつくとは思うが、あんたには死んでもらおうかと。悪党を成敗するのに、理由は必要ないだろう?」
「実にくだらない理由だ。大人しく提案を呑んでおけば、豊かな生活が送れるというのに」
「興味はないな。生憎と温かいベッドや食事には困っていないんだ」
ファース卿はここがさっきの古城と異なる場所であり、叫んでも連れてきた執事に届かぬであろうことを理解している。
おまけに後ろ手で拘束されており、自身と荷台がロープで繋がれ、すぐそばには溜め池が。
ここまで見れば、今後自身がどうなるかなど察しているはず。
だからこそ逆に冷静となったファース卿は、警告するように鋭い言葉を吐き出す。
「このような殺し方をしてみろ、ブレットと違い市警も事故とは見做さんぞ」
「むしろ望むところだ。お前に関しては、成敗されたと世に知らしめたい」
今回のファース卿に関しても、コーデリアからは事故を装う必要はないと告げられている。
むしろこいつの悪事を露見させるために堂々と、かつ仕出かした悪事に相応しい死をとのことだ。今ヤツにさせている格好もその一環。
結果ブレットの件が他殺として捜査されても、それはそれで構わない。
ちゃんと素性は偽装している。市警の操作能力を疑いはしないが、それでも辿れないほどには。
「残念ながらロバは道連れにできません。実は借り物でして」
「……ガキめ、いずれお前に災いが起きるぞ」
「それは恐ろしい。ではごきげんようファース卿」
ファース卿は鋭くにらみつけると、貧相な呪いの言葉を吐き出す。
だがそれに対し軽く笑うと、俺は車止めを外し荷車を蹴って転がした。
重いそれに乗せられ、粗末な装備を身にまとったファース卿は溜め池へ。
盛大な水音をさせ荷車と共に沈むヤツが、一分ほど水面へ泡を浮き上がらせた後。廃城は再び元の静かな風景へと戻っていった。
「任務完了。あとはコーデリアに任せるとするか」
波紋も消えさった溜め池に背を向け、ロバの手綱を掴んで廃城を後にする。
悪党であろうと貴族は貴族、失踪後すぐに捜索は始まるだろうし、数日もすればヤツの死体も発見されるはず。
沈んだ荷車や纏った装備品から、グライアム市を出た謎の男について市警が行きつくまで、そう時間はかからない。
ただ町を出る時には変装をしておいたため、結局は正体不明のまま終わるだろう。
そのことに満足をしながら、ブラックストン邸に戻るまでが任務であると、まるで子供のような事を考えながら帰路につくのであった。




