5 夕食という名の説明会
遅れて申し訳ありません……!
ちょっとぐにゃぐにゃながら、なんとか文字を書けるようになったところで、夕飯の時間が来た。
「行かないって選択肢は……ない、よな」
俺は重い腰を上げて、部屋を出た。
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居間に着く直前、空気を裂く音がしてシフェリアの身体は瞬時に後方へ飛び退った。
こんな時に敵襲?しかし屋敷内は静かだ。暗殺者かもしれないが、シフェリアに暗殺するような価値は無いはずだ。……多分。
「やあシフェリア。変になったって聞いたけど、反応はいつも通りで安心したよ」
木槍を軽々と振り回しつつそう言ったのは、眉目秀麗な青年だった。シフェリアと同じ銀髪で、母アリアに少し雰囲気が似ている。
「……いきなり何をするんですか。兄……さん?」
「へえ、シフェリアが敬語か。ちょっと感動的だけど、確かに寂しいものだな」
会話が噛み合わない。できるなら早く通してほしいのだが、そういうわけにもいかないようだ。
「あの、通してくれません?」
「忘れたのかい?『通せんぼ』だ」
「『通せんぼ』……?」
そう返すと、暫定兄はひどく傷ついたような顔をした。
「……本当に忘れてしまったんだね。まあ端的に言うと、武器を奪えばそちらの勝ち、武器を当てればこっちの勝ちだ。……っていうことで、行くよ!」
父のものを超える速度で槍が迫る。無手でこんなのに勝てる気がしないが、俺にはシフェリアの身体能力と覚えた魔法がある。
何とか槍を避けて、氷弾を槍に撃ち込む。高い音がして槍の軌道が大きく逸れたが、暫定兄はすぐに持ち直して槍を横薙ぎに振り払った。
それを後ろに飛ぶことで避けて、俺は闇魔法で槍を操ろうとしたが、暫定兄が持っているからか何なのか、本を動かした時と違って上手く誘われてくれない。
それでも手の中でガタガタとは動いてくれたため、それに目を見張っている暫定兄の隙を突き、槍を蹴り上げる。
「ぐっ!」
手から一瞬、槍が離れる。それを暫定兄が持ち直そうとする前に、闇魔法でこちらのものにした。
「な……!?」
槍がひとりでに浮き、こちらに誘われる。
それをパシリと取って、俺は暫定兄を見据えた。
「こちらの勝ちです。ところで、あなたは……えっと、私?の兄でよろしいですか?」
「……僕はシフェリア・ワルトの兄、アルド・ワルトだ。いきなりすまなかったね。君が悪い人じゃないか確かめたかったんだ」
「……随分強引ですね」
ジト目で見上げると、晴れて暫定の取れた兄は苦笑した。
「それが僕の取れる一番確かな方法だったんだよ。……君は悪い人じゃなさそうだけど、シフェリアとはやっぱり別人だね。お名前は?」
「……それについては、後で話しますから。お腹も空きましたし早く入りませんか?」
俺と兄はどこか固い雰囲気のまま、居間の扉をくぐった。
────
居間にはいつもと違い、ずらりとメイドさんや執事さんが並んでいた。
両親とマーズさんはにこやかだったが、他はみんな固い表情だ。正直、怖い。
話をする前に食べましょう、ということで、料理が運ばれてくる。いつもと同じで美味しい料理だったはずなのだが、味がさっぱり分からなかった。
「……さて」
食べ終えたところで、父が口を開く。
「シフェリア。いや、シフェリアに宿っている者よ。貴方はどういう存在なんだ?」
「……えっと」
どういう存在かと聞かれても、自分でもよく分かっていない。
「……まず、俺は水無 葉月と申します。葉月、が名前で水無が名字……えっと、家名、ですかね。で、性別は男です」
そう言うと、全員が目を見開いた。まあそりゃ驚くか。シフェリアの可憐な声でこの発言はなかなかちぐはぐ感が強い。
「……それにしては随分大人しいな」
「男の子って言ってもやんちゃじゃない子も居るのね」
「奥様、こう見えても魔法の練習の時はなかなかやんちゃですよ」
……驚く方向、そっちかぁ……。
「それについては、シフェリアさんがお転婆過ぎるだけかと……。まあ確かに俺は大人しい方でしたが」
「む、なるほど」
「それで、えっと。俺は魔法の無い世界で16歳の男子……学生でしたが、いつの間にかシフェリアさんの身体に居たんです」
「なっ!?」
兄が勢いよく立ち上がり、こちらに詰め寄ってきた。
「魔法が無い!?ではあの魔法の腕はどういうことなのかな?」
「え?えと、こっちに来てから魔法書を読んで……」
「君が来たのって昨日だよね?魔法はちょっと本を読んだら扱えるようなものではないはずなんだけど」
「あ、それはシフェリアさんの身体のおかげかと……見たら闇の適性が200だったので」
「……」
兄があんぐりと口を開けた。周りを見たら、全員がそれぞれぽかんと口を開けている。まああんまり居ないだろうな、とは思ってたけどさ。俺、強いでしょ?って自慢してるみたいで居たたまれない。
「……色々突っ込みたいんだけど、まずはそうだな、見たってことは自分に深く『解明』をしたのかい?あれは光魔法のはずなんだけど」
「……そうですね」
「……魔法はどのくらい覚えたの?」
「とりあえず、魔法入門書に書いてあったものは全部ですかね。闇魔法は割と無意識に使えてしまうのでよく分からないですが」
「……昨日の今日で」
「……そうなりますね」
なんか面接みたいになってる。そして横目で見ると、驚きが解けてみんな固い表情に戻っていた。
「なるほど、『闇の愛し子』か……」
難しい顔で、グレースが呟く。
「闇の愛し子……?」
「ああ、君のことだ。本来ならば稀代の魔法使いとして、諸手を上げて歓迎するべきなんだが……」
「光神教がねぇ……」
両親と兄は揃って沈痛な面持ちになり、ぼそぼそと何かを相談している。
「光神教……?」
「光神教とは、光魔法第一、闇魔法は悪だという姿勢をもつ宗教です。なので、そこにお嬢様が見つかると危ないのですよ」
話している両親達の代わりにマーズさんが答えてくれた。
「危ないって……?」
正直、言いにくいことをカミングアウトしているストレスに加えて『通せんぼ』など色々なことが起こったので、あまり頭の処理が追いついていない。
「最悪、目障りだと消される可能性もありますが……公爵家の者にそう表立って手出しすることはないでしょう」
それは裏を返せば、裏側では消されるかも知れない、ということだ。
血の気が引いて、喉がひゅっ、と乾いた音を立てた。
殺されるかもしれないという恐怖は、昨日マーズさんに本性がバレた時に感じた恐怖よりも強く、思わず身体が震えた。
「ハヅキ……」
母が動いて、俺の視界が塞がれると同時に柔らかい暖かさがすっぽりと俺を包んだ。
抱きしめられたと気づいたのは、優しく頭を撫でられてからだった。
「アリア、さ……」
「私は貴方の母ですよ。母さんと呼んで下さい」
いいのだろうか、と逡巡していると、催促するように抱きしめる力が強くなる。
「……母さん」
「はい。何があっても、私たちが貴方を守るから、安心してね?」
ぽんぽん、とあやすように背を撫でられて、身体の力がふっと抜けた。柔らかく暖かい人肌に、恐怖は解けてゆっくりと消えていった。
「……ありがとう、ございます」
「『ありがとう』、でいいのよ?」
「……ありがとう、母さん」
何故、実の娘でない俺を、この人達は許してくれるのだろうか。
分からなかったけれど、素の自分を認めてくれたことが、俺には素直に嬉しかった。




