エピローグ
獣王国は祝いのムードに包まれていた。彼らは皆、顔には喜色を浮かべ、出店の料理を食べながら楽しそうに談笑している。
彼らが祝うことは何か?それはこの国の英雄と、この国の王女との結婚だ。
片やこの国存亡の危機となった前回の【魔物大行進】を平定し、帝国の裏組織に囚われた多くの獣人族を解放した英雄。
片や、この国の王族であり、その可愛らしくも美しい容貌で国民からアイドル的な人気を誇る王女。
この2人の結婚は国民にとって明るいニュースであり、また、よくお似合いだと絶賛されている。
まぁ、中には血の涙を流しながら祝福している貴族も幾人かいるようではあるが……。
そして、今日という2人の結婚を祝うめでたい日には、グレイに関わりある人物が複数人招待されていた。
まず【フランツ王国】貴族のアルベリオン公爵家から、先代当主のカイゼル・フォン・アルベリオンとエリザベート・フォン・アルベリオン。そして、カイゼルの執事であるセバスチャン。
次に、武闘大会でグレイと対戦して以来、友人となった魔法騎士団のレイラ・フォン・アースレイ。
冒険者ギルド【魔法都市アルベリオン】支部から支部長のマーリンと副支部長のリリアナ、そしてグレイと同じSランク冒険者のレンブラント。
そして、カナリアを始めとした【狼の祠】従業員一同。
彼らもまた、グレイとエレナの結婚を祝福していた。
「はぁ、グレイ様が結婚するのは喜ばしいことですが少し複雑な気分です……」
「そうだな……(私もできればグレイ殿と契りを交わしたかった)ボソッ……」
「まぁまぁ、エリザベート様にレイラ様。いいじゃないですか。グレイ様とても幸せそうですし」
「「カナリアはいいの(ですか)(か)!」
「そ、それは……(私だって本音を言えばグレイ様と……)ゴニョゴニョ……うぅ、グレイ様ぁ〜」
祝福……していた?
「かぁーあのグレイも結婚か!めでたい日じゃな!」
「そうですね。それに合法的に仕事サボれてラッキーです」
「そうじゃな!ワッハッハッハ!」
「支部長?そんなことを考えていたのですか?ふふふ。帰ったら仕事三昧ですよ?」
「リリアナっ⁈いつの間に⁈」
「カイゼル様。カイゼル様も帰ったら溜まりに溜まった仕事をこなしていただきますよ?」
「セバスチャン⁈お主いたのかっ⁈」
「「帰ったら仕事していただけますね?」」
「「はい……」」
マーリンとカイゼルは後の仕事を考えてガックリと項垂れるのだった。
「なぁ店員。【狼の祠】はどうなるんだ?あれがなくなると非常に困るんだが……」
「それなんですけど、カナリアさんに聞いたら今まで通り同じ場所で営業するそうですよ?グレイ様もたまに商品を卸しに来るとか」
「そうなのか!いやー良かったぜ。これからもよろしく頼む!」
「はい!レンブラント様はお得意様ですし、従業員一同、来店をお待ちしております!」
グレイの知り合いたちもまた、グレイとエレナの結婚を祝って?いたのだった。
♦︎♦︎♦︎
所変わって、ここは宮殿内のとある一室。そこではエレナの全家族とグレイが改めて顔合わせを行なっていた。
「初めまして。お義兄様。俺はゲオルクと言います。お会いできて光栄です。これからよろしくお願いします」
「初めまして。俺はグレイ・ローランと言います。こちらこそ、これからよろしくお願いします」
「お互いに固すぎるわよ?これから義兄弟になるのだから敬語はやめたらいいんじゃないかしら?」
「そう、ですね。そうします。なら改めて。これからよろしくな、ゲオルク」
「よろしく。兄さん」
ゲオルクは他国の学校に行っていたので、グレイと会ったことはなかった。そのため、今日が初顔合わせとなったのだ。
「レオナルドさん、リーナさん。それからベルク君。これからよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしくね!」
「よろしくお願いします!義兄様!」
「むう。誠に不本意だがよろしく」
「……貴方様。まだそんなこと言っているのですか。エレナに嫌われますよ?」
「ふんっ。そんな訳なかろう。そうだよな?エレナ?」
エレナは頰を少し膨らませながらプイッとレオナルドから目を背け、一言告げた。
「きちんと認めてくださらないお父様なんて嫌いです」
「エレナ⁈」
レオナルドはエレナにハッキリと拒絶され、頭垂れるのであった。行き過ぎた親の愛情というのも時には考えものである。
そうして時間は過ぎていき、やがて式の時間が訪れた。
獣王国の【王都クノッソス】で一番大きな創世神を祀る創世神教の教会。そこの創世神像の前にグレイとエレナはいた。
衆人が見ていることが意識から消えているかのような2人のその顔は、喜色に溢れ、慈愛の眼差しを互いに向けている。2人だけの甘い世界が創世神像の前に作られていた。
その雰囲気に当てられたのか、神官の女性は顔を真っ赤にし、居心地悪そうにしている。しかし、同時に羨ましそうな顔をしているのは、彼女がアラサーであり、結婚願望に溢れているからだろう。
グレイとエレナは互いを見つめ合うと、やがて近づいていき、控え目なキスをした。
その瞬間、大きな歓声と祝辞の声が上がった。
獣王を見れば、喜びと悲しみが入り混ざった複雑な顔をしていた。おそらく、娘が嬉しそうにしているのは喜ばしいが、溺愛する娘が嫁ぐのが寂しいのだろう。
獣王妃はそんな獣王の様子に気づくと、決して軽くはない肘打ちを彼の脇腹にお見舞いするのであった。
グレイはそんなエレナの両親をチラと見ると「相変わらずだな」と苦笑いを浮かべた。
そして、そんな変わらない2人を見て、いくらか緊張が解けたのか、初めての告白と、そしてこれからの決意をエレナに告げた。
「エレナ、愛してる。これからよろしくな。絶対幸せにすると誓う」
「『愛してる』なんて初めて言ってくださいましたね?」
「えと、その、な?言い辛くて……。愛の告白なんてしたことなかったから」
「ふふふ。それなら私も今日が初めてです。コホン。グレイ様、私も愛しております。絶対に幸せにすると誓います」
グレイはエレナに笑いかけ、エレナもまた、グレイに笑いかけた。
そして2人は再び、唇と唇を合わせるのであった。




