グレイ、内乱に巻き込まれる2
グレイは右手に持った刀の棟を獣人の男に向け、急速に近づいて振り下ろす。獣人の男は右手の剣でそれを弾く。
グレイはそのまま左手に持った刀を、同じく棟を向けた状態で横薙ぎに振るう。
獣人の男は後方に飛ぶことでそれをかわす。今までの動きから察するに剣術の経験があるのだろう。それもかなりの腕前だ。
「……強いな」
「そうだろう。彼はね、元々冒険者だったのさ。それもAランクのね。しかも今は限界まで能力を引き上げてある。実力的にはSランク冒険者とも余裕で渡り合えるレベルだろうね」
グレイは研究者風の男の自慢げな声を無視しながら打ち合う。しかし、有効打が打てない。
(厄介だな。魔道具に近づけない)
だが、こうしているうちにも、外で操られている獣人は命を失っていっている。グレイはそれを考えると胸を締め付けられる思いだった。
彼は確かに元人であり、異世界人だ。しかし、獣人の姿で転生したことで、心根の部分は今は獣人なのだ。
獣人とは元来仲間意識が強い種族だ。
そんな仲間である獣人たちが今こうして傷つけられている。そのことにグレイは我慢がならなかった。
グレイは判断を下す。それは1を切り捨て10を取る。そんな方法だ。
それはある意味英断とも言えるかもしれないが、残酷とも言える判断でもあった。
(ゴメンな)
グレイはセーブしていた力を解放した。
彼の莫大な魔力がその身を包む。
「……【鬼神化】」
そして発動された魔法は最高にして最強の身体強化魔法。かつてアダマンタートルを打ち破った時の魔法だ。
グレイは刀を握り直し、攻撃してきた獣人の男を一刀のもとに斬り伏せた。
「はえ?」
研究者風の男は崩れ去る獣人の男を見て、そんな間抜けな声を漏らした。
「えっ、おい!1021番!起きろ!」
研究者風の男は声を張り上げ、叫ぶが獣人の男が起き上がることはなかった。
グレイはそんな男を冷たい目で見ると一歩また一歩と近づいていった。
「来るなっ!来るなぁぁぁー!」
男はみっともなく泣き叫びながら逃げ惑う。
「うるさい。黙れ。ゲス野郎が」
グレイは右手の刀で首を刈り取り、左手の刀で胴を袈裟斬りにした。
男は下半身から液体を垂れ流しながら絶命した。
グレイは男の死体を身が凍るかのような絶対零度の視線で一瞥すると魔道具へと向き直った。そして、刀に【雷纏】を施すと、2本の刀で原形が分からなくなるまで斬り刻んだ。
これで操られている獣人は正気を取り戻すことだろう。
グレイは刀を振るって血を飛ばし、鞘に収納した。そして、獣人の男に向き直り、その身なりを整えた後、静かに手を合わせた。
♦︎♦︎♦︎
時は少し遡り、グレイが”遠見の塔”に突入していた頃。
レンブラントは国王に近づく獣人たちを殺さないように倒していた。
「全く胸糞わりー。強制的に操って戦わせるとかふざけんなっつうの」
彼は憤慨していた。何も罪のない獣人たちを本人の意思を無視して操るそのやり方に対してだ。
帝国皇帝の前に現れ、昏倒させて連れ去っていった貴族らしき男。おそらく首謀者であろうその男を思い出し、悪態をつく。
「メリナ!サンドラ!」
「はい!」
「なんでしょう?」
メリナとサンドラは、グレイが会場を去る時にレンブラントに言い残していたピアスが受信体だという言葉を信じ、ひたすら獣人のピアスを破壊していた。その成果は、会場にいる400人近い獣人のおよそ半分を解放したことを見れば上々と言えるだろう。
「ここを任せても大丈夫か?」
「大丈夫だと思いますけど、どこかに行かれるんですか?」
メリナはレンブラントの質問に簡潔に答え、理由を聞いた。
「首謀者を探しに行く。もとを断たなきゃ、また同じことが起きるかもしれん」
「分かりました。ですが、どうやって探すのですか?」
「なに。いる場所の予想は大体ついてる」
「分かりました。ここは任せてください」
「ええ、任せてください!」
「ありがとな。じゃあ頼んだぜ」
「「はい!」」
レンブラントは近寄る獣人を気絶させながら会場を出て、皇帝を連れ去っていった首謀者を探す。
現状、考えられる居場所は3つ。
1つは城だ。貴族の4割が従っているなら建国祭の警備で手薄になっている城を制圧するのは容易だろう。ましてや敵は計画的にことに及んでいる。なれば、統治の重要な拠点である城はすでに手中にあるだろう。
もう1つは帝都内にあるだろう首謀者の屋敷だ。首謀者の爵位は公爵。当然帝都内に屋敷を保有していると思われる。
そして最後の1つは隠し拠点だ。しかし、これは確率が低いと思われる。それは首謀者が計画の成功を信じて疑っていなかった様子から見て取れる。特にすでに城を手中に収めているなら尚更だろう。
レンブラントは一番確率が高いと思われる城へと向かった。
城では、やはり普段の衛兵や警備兵、騎士が倒されて制圧されていた。城の門扉には敵勢力の私兵や獣人が防備を固めている。
レンブラントは正面から走って突破を試みる。首謀者に対する怒りを滾らせながら……。
そんなレンブラントの迫力を見て、防備を固めていた者たちは多少浮き足立ったが、すぐさま迎撃態勢を整える。
やがて両者は衝突した。
しかし、そこは流石のSランク冒険者。私兵を蹴散らし、獣人たちをも倒していく。
そして数分後には門扉周辺にいた敵勢力は全員無力化された。
レンブラントはそのまま門扉を剣で破壊し、城の敷地内へと入っていく。
「何処にいやがる?謁見の間か?」
城には多くの部屋がある。また、賊対策のために城の作りは複雑怪奇だ。そのため、ただ探し回るのは非常に時間がかかる。ある程度絞り込んだ方が現実的ということだ。
レンブラントはとりあえず謁見の間を探すことにした。
謁見の間には他国の人間や、場合によっては平民が来る時もある。城側としては内部の構造を知られることはなるべく避けたいはず。なれば、門からそう遠くない場所にあるだろうとレンブラントは当たりをつけた。
謁見の間を探し回ること約5分。
やがて左手側前方にそれらしい扉が見えてきた。レンブラントは扉の前に立つと、剣を構えながら蹴り開けた。
ーードォォォーン!
レンブラントの蹴りとともに、けたたましい音を立てながら扉が勢いよく開いた。
レンブラントが部屋に突入すると、謁見の間には十数人にも及ぶ反皇帝派と思しき貴族のほか、強化獣人、私兵、そして連れ去られていた皇帝がいた。やはりというか、首謀者の公爵ーーゲーリックもおり、玉座に踏ん反り返っていた。
「なんだ貴様は?」
ゲーリックがレンブラントに問う。
「俺は護衛の冒険者だ。【フランツ王国】国王の、な」
「そうか。あの忌々しい王国の王の護衛か。それで?一応聞くが何をしにきた?」
「てめぇらをぶっ潰しに来たって言ったら?」
「ククク。ハハハ。クワァーハッハッハッハ!馬鹿か!貴様は!この兵力差を見てそんな口を叩くとはな!蛮勇は身を滅ぼすと知れ!やれ!」
ゲーリックの一言で私兵や獣人たちは一斉に動き出した。レンブラントはそれを見てニヤリと笑う。そして……
「蛮勇かどうかは見てから決めるんだな」
レンブラントの無双が始まった。
私兵や獣人たちが彼に武器を向けるが、そのことごとくが弾かれ防がれる。逆に彼が攻撃を行えば複数人単位で戦闘不能者を量産していく。
私兵たちはそれを見て萎縮し始めた。そんな私兵たちにゲーリックが叫ぶ。
「なっ⁈貴様ら!何をしている!さっさとその男を殺せ!貴様らは矛であろう!それに我らの目的のために死ねるのだ!本望であろう!」
ゲーリックの顔からは先ほどまでの余裕な表情は消え、焦りと怒りがないまぜになった顔をし始めた。そして、ゲスな命令だけを下す。
「……クズが」
レンブラントはそんな敵の指揮官を見て、言葉少なに罵る。
さて、突然だが、無能で部下の命を顧みない指揮官が戦場で死ぬ理由をご存知だろうか?
古来より数多くの戦が行われ、そして終結をみてきた。その中で無能で部下の命を顧みない指揮官というのはそれなりの数存在する。しかし、そういった指揮官たちは一度戦場に出れば、それで死ぬことが多い。その公式の死因は大抵流れ弾というのが相場だ。しかし、実際の死因は……
「グ、グハァ」
答えは味方からの攻撃だ。
ゲーリックは私兵の1人に剣で胸を貫かれた。
「ゲーリック様。申し訳ありません。私は……私はもう無実の獣人たちを操るのには我慢ならんのです」
ゲーリックを刺した私兵は一度口を閉ざし、そして、再び語り出す。
「私は考えました。どうすればゲーリック様を止められるのかを。そして、思いつきました。ですが、ソレを実行するのは私の矜持に悖る行いと同じ。結局、その手段は取れませんでした。しかし、先ほどのあの命令を聞いて、やっと決心がつきました。ゲーリック様。貴女はこの世界には居てはならない人間だ。そして、それは無論私も。私も貴方様の計画に少なからず協力してしまいましたから。そして今、雇い主に剣を向けた。これは先ほど申し上げた矜持に悖る行いですから」
その私兵はゲーリックから剣を引き抜いた。
ゲーリックは剣を引き抜かれた後、大量の血を吹き出し、そして絶命した。
「その私兵を捕らえろ!」
謁見の間にいた貴族の1人が声を張り上げた。
「それには及びません」
私兵はそれだけを言うとゲーリックから引き抜いた剣を自分の首筋に当て、そして引いた。
首から勢いよく血が吹き出し、数瞬後私兵は事切れた。
「馬鹿野郎が!生きて罪を償うのが筋ってもんだろ!」
レンブラントは物言わぬ死体となった私兵に怒鳴る。
そして、レンブラントは怒りを滾らせながら貴族たちに目を向ける。
獣人たちはレンブラントに攻撃を続けているが、私兵たちは自らのリーダー格であった男の壮絶な死に放心状態となっていた。彼はどうやら部下たちに深く慕われていた人物だったようだ。
そんな時、突如獣人たちの動きが止まった。そして、周りを見渡し、その目を驚愕と混乱に染めている。
それを見て、レンブラントは察する。
「……そうか。グレイは成功したか。なら俺もするべきことをするだけだ」
レンブラントは無防備になった貴族たちに向き直る。貴族たちは一斉に顔を青くし、口々に発言しだした。
「く、来るなぁぁぁ!」
「わ、私は脅されて協力しただけだ!」
「なっ!貴様ぬけぬけと!」
「い、嫌だぁぁぁ!」
「なんでこんなことに……」
「公爵め!貴様のせいだ!」
レンブラントに恐れをなし叫び出す者、責任逃れをしようとする者、責任転嫁をする者、悲壮感に暮れる者、etc……。
人間の汚い感情をむき出しにしながら叫ぶ貴族たちは非常に醜いものであった。
レンブラントはそんな貴族たちを見て、更に怒りの色を濃くした。
「てめぇら、楽に死ねると思うなよ」
「「「ヒ、ヒィィィー」」」
貴族たちはレンブラントの本気の殺気に悲鳴を上げながら気絶していった。
レンブラントはそんな貴族たちを一瞥すると獣人たちに向き直った。
「獣人たちよ。お前らを人族のゴタゴタに巻き込んで本当に済まなかった。これから決して悪くしないと誓う。だから今は少しだけ俺の話を聞いて従ってほしい。頼む、この通りだ」
レンブラントは正気を取り戻した獣人たちにそう言いながら深く深く頭を下げた。
そんなレンブラントを見て、1人の男の獣人が彼に声をかけた。
「頭を上げてください。貴方が私たち獣人のために尽力してくださったのは、この状況を見れば大体予想できます。貴方には感謝こそすれ謝られる必要などありません」
「……痛み入る」
レンブラントはそんな男の獣人を見、一言そう告げたあと、今回の事件について語り聞かせる。
獣人たちはレンブラントの話を、悲しそうな、そして辛そうな表情を浮かべながら聞いていた。
レンブラントが話し終えると獣人たちは憔悴しきった顔を浮かべながら思い思いの体勢で暫しの休息をとる。
こうして”ゲーリック公爵ら反皇帝派貴族による帝国クーデター事件”とのちに呼称されるこの事件は一先ずの解決を見たのだった。




