グレイ、この世の真理を悟る
獣王国を襲った大規模な【魔物大行進】が収束してから3日。グレイはまだ獣王国にいた。
ここ3日は特に何もなく、平和な日々を送っている。獣王国の国民は【魔物大行進】の軍勢によって破壊された街を囲む城壁を修復したり、壁外の主戦場となった平原の整備をしたり、魔物素材を加工したり、と様々な仕事に取り組んでいる。
しかし、その顔に悲壮感や絶望を浮かべるものはいない。皆が皆、その顔に笑顔を浮かべ、楽しそうに仕事をしているのだ。
【魔物大行進】以前と比べると、様々な物が不足し、利便性は大分後退したと言えるだろう。しかしながら、街の雰囲気はそのようなことは感じさせず活気に満ち溢れ、人々は生き生きと仕事をしているようにも見える。
グレイはそのたくましい姿を見てなんだか温かい気持ちになった。
そんなグレイは今、キャバクラ的な店からの帰り道だ。
グレイは当初キャバクラ的な店に行くのは乗り気ではなかったのだが、レオナルドに半ば強引に連れられ行くことになった。しかし、いざ店に入ってみれば意外と居心地が良く、楽しい時間を過ごすことができた。たが、あまり遅くなると夕食などの手前よくないので適当な時間で切り上げて宮殿へと戻っているのである。
レオナルドもまた、帰りが遅くなるとリーナが怖いらしいので一緒に帰っている。
ちなみに、グレイは今、宮殿の一室を借りて過ごしている。街中の宿屋だと、彼に「礼を言いたい」という人や「英雄を一目見たい」といった人が押し寄せるため、レオナルドが配慮してくれたのだ。
「あのような所は初めて行きましたが中々に興味深いですね」
グレイは先ほどまでいたキャバクラ的な店を思い出しながら言う。
「そうであろう。我がたまに宮殿を抜け出して行っておる店でな、一番のオススメだ」
「……あんた何やってんだよ」
グレイは呆れていた。こんなので王が務まるのだから世も末である。まあ、彼とてやるときはやる男ではある。しかしながら、やるまでが長いのだ。
グレイとレオナルドは談笑しながら大通りを歩いていく。突然の英雄と獣王の登場に周囲は沸き立っていた。
『あっ!グレイ様!レオナルド様!』
『この前はありがとうございました!』
『今度俺の店に来てくれ!タダでご馳走するから!』
『素敵ー!抱いてー!』
『グレイちゃーん!今度私が大人の階段を登らせてあ・げ・る♡きゃ♡』
そんな声が聞こえてくる。だが、些かおかしい点があった。最後の2人は女ではなく、男なのだ。大事なことなのでもう一度言う。彼らは男だ。
グレイは2人の言葉は聞かなかったことにする。そして引き続き、大通りを歩く。
行くところ行くところで声はかけられるが、流石にレオナルドも一緒となると殺到するということはない。らしくはないが、彼は一応【レティーア獣王国】の王ではあるので、失礼にあたる行為は控えているようだ。
グレイは「人避けに使えるな」と、これから街中を歩くときはレオナルドを連れて行くことを密かに決心する。
そんなこんなで大通りを進み続けて10分ほど経った頃だろうか?不意に後ろから声がかけられたのは……。
「あなた?」
「グレイ様?」
「リ、リーナ⁈」
「エ、エレナ⁈」
「「今日はお楽しみでしたね。フフフ」」
((怖っ!))
グレイとレオナルドは血の気が引く。心なしか、周囲の温度が氷点下以下になった……気がした。いや、本当の気温はとても暖かいのだが。むしろ最近では稀に見る温暖な日である。
「……(何故だ⁈何故バレた⁈情報統制は完璧だったはず!グレイよ!お前ヘマしたか⁈)ヒソヒソ……」
「……(してませんよ!)ヒソヒソ……」
「……(では一体……)ヒソヒソ……」
その答えはすぐ近くにあった。リーナとの後ろにいる人物である。
「うまうま〜♩」
かの人物ーーシズは美味しそうにソフトクリームを食べていた。
「「お前かっ!」」
「う?」
「何故裏切った!」
「……獣王様とグレイ様は何もくれなかった。リーナ様とエレナ様はソフトクリームくれた」
「「買収されてる⁈」」
彼女はソフトクリームで動く女なのである。もちろん相手は選ぶが……。だが今回は、彼女がソフトクリームで情報を売るほどの相手だったということだ。
「さあ、あなた?話聞かせてもらえるかしら?」
「グレイ様?私も聞きたいことがあります」
有無を言わさぬその雰囲気に彼らは頷くことしかできなかった。
「「何をしていたのですか?」」
「えと、しょ、食事を、だな、していた」
レオナルドが歯切れの悪い答えを返す。まあ、答え自体は間違ってはいない。実際に食事をしていたのだから。グレイはレオナルドの答えにコクコクと頷いていた。
「そうですか。では何処で食事をしていたのですか?」
リーナがレオナルドに聞く。
「そ、それはだな……」
「は・や・く答えてください」
「申し訳ございませんでしたーっ!」
レオナルドは土下座した。そこにプライドはなかった。
「何に対して謝っているのですか?私は何処で食事をしていたのかと聞いているだけですよ?……埒があきませんね。なら、グレイ様に聞きましょうか。グレイ様?何処で食事をしていたのですか?」
グレイは冷や汗が止まらなかった。そして彼は思った。「真実を言わなければこの問答は終わらないのだ」と。
「そ、その【夜の蝶】という店です。レオナルドさんに誘われて……」
「我を売ったな!」
「あなた?煩いですよ?」
「はい……」
「それにしてもそんなところにいらしたのですか」
リーナはすでに知っているのにわざとそのように言う。
「グレイ様。私は悲しいです。私は貴方様の婚約者です。それなのに……」
エレナは咎めるような視線をグレイに向けながら話す。
「面目次第もございません……」
グレイは素直に謝ることにする。
「あなた?それにグレイ様?とりあえず正座してもらいましょうか」
「え?いやリーナよ。ここ石畳なのだが……」
「下は石だから痛いんですけども……」
「正座」
「「はい……」」
この国の英雄とこの国の王たる獣王。そんな彼らが往来のある大通り中央で正座させられている。
その姿を見た国民は思った。「この国で最も強いのは英雄でも獣王でもない。そのパートナーなのだ」と。
「あなたは不真面目すぎます。もっと真面目に生きようとは思わないのですか?そもそもの話ーー」
「グレイ様。息抜きをするのは構いませんが、あのような店に行くのは……。大体グレイ様はーー」
それからリーナとエレナの説教が始まった。
「……(全くなんでシズに褒美を渡しておかなかったんだ!)ボソボソ……」
「……(シズはあんたの部下だろうが!)ボソボソ……」
「あなた?」
「グレイ様?」
「「聞いているのですか?」」
「「はいぃぃぃ!バッチリ聞いております!」」
それから石畳に正座させられたままの状態で2時間にも及ぶ説教を聞く羽目となる。
グレイはこの世の真理を悟った。この世で最も恐ろしいのは女性なのだと……。
この【英雄・獣王土下座事件】は「彼らのパートナーには決して逆らってはいけない」という暗黙の了解を国民たちに植えつけたのだった。
「裏切らないのはいつだってお金と食べ物だけ。この世は儚いもの……。うまうま〜♩」
シズは怒られているグレイとレオナルドを尻目にソフトクリームを食べ続けるのであった。




