第二話:どうやら就職先のようです。
ヒナの顔面パンチからの衝撃がさめた頃、カリカさん、…しっぽのある女性とやっぱり拗ねた顔したヒナと三人でこれからの話をした。というより、この世界の説明をうけた。
「説明かぁ~、私たちにとっては当たり前のことでも誠人の世界じゃ違うっていうのはわからないし、難しいわ」
頭を捻っているそぶりをみせる、一生懸命説明しようとしているのだろう。
カリカさんはそんなヒナの努力を水の泡にするかのごとく、リュウさんからのメモを見ながら、手際よく説明してくれた。が、全然足りない。
「説明はこんな感じで終わりです~、最後にマスターからの伝言です!」
「え、まだ全然わからない所だら」
「たぶん、わからない事だらけだろうが、あせらずに、わからない時に知りなさい。そのほうが面白いだろう?」
伝言でも人の話し聞かない人だな!
けれど、あんな全身ピンクのオッサンが放った言葉だとは思えない、と驚愕の顔でカリカさんを見ているとクスクスと笑っているようだった。
「……一応、弁解させてもらうけど、パパ、いつもはあんなんじゃないのよ。あれは正装らしいんだけれど、性格まで変わるみたい、ね」
ヒナは口を尖らせて、ぼそぼそと話した。最後は、自信なさげだった。信じられないのはわかる。格好だけでもドン引きなのに、あのテンションだと、もう言葉が何も出ない。だが、誠人は普段を知らないので、そんな人でインプットされてしまったのだ。もう遅い、というのは言わないでおこう。口がさらに尖って鳥みたいになってしまいそうだ。
「じゃ、明日はさっそく誠人君がこれから住むお家とギルドに行きましょう~」
今日はどうやら、ヒナとカリカさんが一緒に住んでいるこの家に泊まるらしい。誠人は今日一日で1年分は頭を使った、と案内された部屋のベッドに倒れこむように寝そべった。
目が覚めて一番最初に確認したのは、昨日見事にへこんでいた鼻が修復されているかどうかだった。
回復を確認し、安堵したところで、窓を開けた。朝の光をたっぷり浴びながらまだ少し冷たい空気を思いっきり吸い込んだ。かなり緊張していたのだろう、身体が凝り固まってしまっていた。腕を上に押し上げ、うなり声を出し、息を吐きながら昨晩の事を考えていた。
今いる場所はフォレスト島という島らしい。周りには海がありその海の向こうは島を囲むように山があり、大陸に出ようとするのも大陸から人が来るのもとても時間がかかる上に危ないのとカリカさんが説明してくれた。
この世界では、就職し働くというのはギルドという国が認めている何でも屋みたいなところで依頼をこなしていく事だ。その依頼は団体で出しているものや個人のもの、はたまた国が出しているものと、様々らしい。
どの依頼をやってもいいわけではなく、ランクによって受けられる依頼も変わるそうだ。ランクには4ツ星~1ツ星があるそうだ。もちろん俺は4ツ星の一番したになる。
ちなみに、種族もたくさんあるらしい。カリカさんはピータンという種族だそうだ。特徴などを聞く限りしっぽ以外はエルフに近いようだ。
それから面白い事に、この世界ではオオカミやキツネなどは人型でなりたっており、じゃあオオカミやキツネはいないのか?と思うが、そうではないらしい。オオカミはゾエ、キツネはポックゥという総称になっており、区別されているそうだ。
本人達はゾエの事はゾエだと思っているし人型の耳やしっぽがついてるのをオオカミだと思っているようだ。これはお金をためて図鑑という図鑑を買わなくてはならないかもしれない。
昨日聞いたのは、種族の事、今いる場所の事、この街の全体図、カリカさんの年齢、今日の予定だった。
最初は不安でいっぱいで、泣いてしまいそうだったのに、知らない世界にワクワクしてしまっている。いや、事実を見ないようにしているだけかもしれない。今はまだ、それでいいと、そう思う事にしている。深く考えたところで答えなんてでやしないのだから。
「ここが、私達の所属しているギルド、フラワーフォレストよ」
朝食後につれてこられたのは、ヒナの部屋をでてはみ出た木の幹を背に螺旋階段を降りて行くと、長い廊下がありそこを渡った場所だった。
どうやら、ヒナの部屋はギルド直通らしい。マスターが父親なのだから、当たり前といえば当たり前だなと一人納得した。
頑丈に閉められた扉の鍵を開けて出た先は、3階になっており、1階のロビーが見える作りになっていた。2階は食事をするスペースや、様々な種類のショップが並んでいるそうだ。
ギルドのロビーを見下ろす形でのぞくと、まだ朝だと言うのに結構な人でにぎわっていた。ピータンと呼ばれる種族や説明を受けたオオカミ族なんかもチラホラみえる。
「あ、そういえば、…服装って自由なんですか?」
ロビーが見下ろせる廊下できょろきょろしながら首をかしげる。誠人の今の格好は、上下あわせて980円のとてもお買い得な黒のジャージだった。もちろん持ち物なんて持ってきていないので、就職試験に行った時のスーツなどはない。けれど、社会人といえばスーツや企業で作っている制服などを着ているイメージがある。
もう一度下をのぞき見てみるが、どう見ても決まりがあるようにも思えなかった。ずいぶんと世紀末な格好をしている人間もいた。いや角がある。あれは、種族なのだろうか?飾りなのだろうか?紛らわしくてわからない。
「そうですね~、普段は自由なんですけど」
そう言って身振り手振りをまじえながら一生懸命説明してくれるカリカさんはとても可愛いらしい。昨晩、ヒナのお姉さんなんですか?と尋ねた時には、うれしそうに笑ってそんなに若くないですよ~と言っていた。どうみても同年代にしか見えない。気になって仕方なかったので、後でヒナに教えてもらったのだが、40こえているらしい。
俺は、俺は信じないぞ!断じて!
話は戻るが、この世界では、ギルドで働く前に正装を決めなくてはならないらしい。働く際は正装でもいいし普段着でもいいそうなのだが、イベントや式がある時は正装を着てこなくてはならないため、事前にこれが自分の正装だ!と決めておく必要がある。
登録などと面倒くさいものができたのも、種族ごとまた個人ごとに感覚が違うため、登録制にしないと、これは正装だ!正装じゃない!で喧嘩になってしまうからだそうだ。
「実は、もう登録してあるんですよ~、正装」
そう言って苦笑いするカリカさんを見て背筋が凍った。察してしまったのだ。手続きしたのはきっとリュウさんに違いない。
(終わった、俺の社会人としての一歩が終わった、全身ピンクだったら生きていけない)
ガックリ肩を落として頭を抱えていると、ヒナがニヤニヤしながら心底馬鹿にしたような顔で誠人の肩をたたいた。
「私が言うのも何なんだけど、どんまい!」
「…ぐ、ま、まだ、希望はある!普段はあんな格好じゃないんだろう!?」
「でも、あの格好パパの正装よ?」
「うぐぐぐ」
「ふふっ、楽しみですね~」
いったん服の話は脳みそから引き剥がす事にした。階段を使ってロビーに下りると、ギルド内での依頼の受け付け方や、連絡用の端末機など最初に配られるものを渡されながら一通り説明を受けた。
通りすぎる人達は興味津々で誠人を見ており、がんばれよ!などと軽く声をかけてくれる人もいたが、照れながら笑うのが精一杯だった。
「これで、ギルド内の説明はあらかた終わりです~」
「頭がパンクしそうです」
「これしきで、情けないわね!それよりカリカ、誠人の正装って何なの?どんなへんてこなやつなの?」
目をキラキラさせながら、たずねるヒナには確実に悪意しか感じられない。けど、裏を返せば誠人の今の格好は、別に変ではないようだ。
ジャージってこの世界にないんだろうか?
「へんてこといいますか、あんまり見かけない服装ですね~」
それじゃあもってきますね~と言いながら席を立つカリカさんを見送って、ヒナと二人きりになってしまった。年頃の女子と何を話せばいいんだと、あらためてヒナを見る。髪はリュウさんと同じ、綺麗な深緑色で光に透けると少し青色に近くなる、瞳は金色に輝いており、カリカさんとは違って健康的な肌の色だ。顔はリュウさんではなく、母親に似たのだろう、整っているのだが、成長途中といった感じだ。
「そういえば、母親は」
あ、と思った。一晩一緒にいたが、カリカさんからもヒナからも母親の話はでてこなかった。もしかしたら、複雑な事情があるのかもしれない。そう思ってあわてて、謝った。
「…別に。もう何年も前の事だし。でも死んだわけじゃないのよ。行方不明なの。」
そういって、平気そうに話すが、心の中など他人には到底わかりえない。寂しい思いをしてきたんじゃないだろうか。
「まだ、小さいのに、その、色々と苦労してるんだな」
「え、」
「?」
何かまずい事をいったんだろうか?ヒナの顔がビックリマークをつけて止まってしまっている。ヒナが何か言おうとしたところで、カリカさんが戻ってきた。手に持っている黒い塊はジャージ見える。正装が、ジャージ。
「……」
「これですよ~」
広げて見せてくれたが、やはりジャージっぽい。とても。
だけど、ところどころに工夫が施されており、普通の服に見える、かもしれない。見える、と思いたい。
しかし、驚いたのは色がない事だ。てっきり、ピンクとか蛍光色系がくるのかと思っていたが、シルバーとか白とか黒とかばかりだ。ただし、肩にはリュウさんとおそろいの真っ赤な花の刺繍がされていた。
「ちぇっ、全然まともじゃない」
不満そうにそっぽを向くヒナを無視して、安心しながら誠人は服を受け取り先ほど案内された更衣室に向かった。
着てみても不快感がなく、とても動きやすそうだ。問題点があるとすれば小物が多すぎる。あとズボンの股下がこれでもか!というくらい下にあるためスースーする。
なんとか着終わり、ロビーにでると、クラッカーがなった。ビクッと身体を揺らしとっさに目をつむってしまった。
「ようこそ、我らがフラワーフォレストへ!」
恐る恐る目をあけると、たくさんの人がこちらを見ながら拍手をくれた。
「ゴホンッ」
いきなりの事で放心していたが、ヒナの咳払いで我に返ると、顔を真っ赤にしながらあいさつをした。その目には少し涙が浮かんでいた
「あ、えっと、しッ、栞 誠人です!よろしくお願いします!」




