第一話:ここはどこ!?
「ごぉぉぉかっくうぅぅぅぅ!!!!ふううぅぅぅ!!」
玄関を出て小さなプランターが青や赤のパンジーを咲かせている先にあるポスト。男の手にはぐしゃぐしゃになってしまった茶色い封筒と、一切れの紙があり、こう書かれている。
「厳選なる選考の結果、適任であると判断されたため、栞 誠人を合格とします。
なお、手続きなどのため…」
誠人にはもう合格までの文字しか見えなかった。真面目すぎて世間に受け入れてもらえず、家の中ひっそりと呼吸をしていたあのみじめな日々をくつがえす、そんな紙なのだから。
「かあぁぁさあぁぁあんとおおおおおさヘヴッ」
ゴンッという音を立てて誠人の顔に容赦なくめり込むそれは、そう、まさにフライパンだ。遠慮などなく叩き込まれたそれに意識は遠のいていく。
昇天してしまった誠人の手から名残おしむように空中に離れた一枚の紙を誠人の母は不思議な顔をしながら手に取る。
「朝っぱらからうるさいわね!本当にもう!……?ッご!ごうかっ!父さん!!父さん!!」
駆け足で家に入っていく母には、もちろん合格の文字しか見えていない。まさに親子である。あまりに慌ててしまったため、壁という壁にぶつかりながら廊下を抜けリビングへと向かう。
まるで何かと戦ってきたかのような乱れっぷりに若干引き気味の父だったが、理由を知ると微笑んだ。
そのころ誠人が意識を取り戻すと、近所の子供が飴を舐めながら怪しげにこちらをじろじろ見ていた。これからは怯えて過ごすのではなく、子供達に恥じない大人にならなくては、と思うと急に気恥ずかしくなり、あわてて家に戻ると、ニヤニヤがとまらなかった。その足でリビングへ向かいドアを開けた瞬間――
「澄み切った空気を吸い込んだような青い空!柔らかな草たちが揺れている草原!わあ!素敵!っんなわけあるかあっ!!!」
もってもいないハリセンを地面に叩き込むような動作をしてみる。もちろん見ている人などいない。ハッと我にかえりドアを振り返ると
「ッ!…ドアが、ない、だと!?」
柔らかな草むらに膝を折って崩れこむ。理解しきれない現象に頭のなかは大パニックを起こし、考えれば考えるほどそれは大きくなり誠人を飲み込む。考えても答えの見つからないものに頭はヒートし、発熱する。
「はれっ?あた、まが…」
クラリとした瞬間なのかそれとも意識が混濁している間に近寄っていたのかはわからないが、風が声を運んできた、そんな感覚だ。なんて言っていたかは定かではないが、きっと心配してくれているに違いない。
「ねぇっ!ねぇってば!…いったい何者なの?」
怪しむように顔を覗き込むがどうやら意識がないようだ。少女はため息をつきながら自分よりもでかい男を軽々と担ぎ上げ走りさっていった。
目を覚ますと、薪をがパキッといいながら火花を散らせ飛び散る音が聞こえた。あたりはうっすらと暗く、近くにある窓が遠くの夕焼け空を映し出していた。
「…こ、こは、ケホッ」
長く意識がなかったのか、まるで喉を使うのが久しぶりだというくらい、うまく言葉がでてこなかった。寝ぼけているかのようで、まるで状況が飲み込めない。ボゥと燃える暖炉の炎を見つめる。自分は一体どうして―
「あんた、なにも「あああぁぁ!!!!」ッ!?なに!?」
思い出した、そう思い出したのだ。大して理解していないがなぜ自分がここにいるのかを、そうしてはじめて少女に顔を向け、部屋をぐるっと見渡す。木のぬくもりが大胆に味わえる部屋というか、木の幹が思いっきりくいこんでおり、その非常識さに眩暈を起こすが、制服の様な服がハンガーにかかっているあたり、ここは学生の部屋なのかとか、無駄な推理を行い始める。あごに手をおきつつ唸りだすと、誠人の声に驚いて後ろを振り返った事を恥じらいながら、少女は拗ねた顔をして椅子に座りなおした。
「…ゴホン!」
「あ、ごめん。えっと、君は」
「人に名を尋ねるときは、自分から名乗るべきだ」
拗ねた顔を隠しもせず機嫌の悪さを前面に押し出し誠人を睨み付ける。苦笑いをしつつ、どう答えるべきか思案する。少なくともこの少女は誘拐犯には見えないし、記憶がドア開けたら草原でした!というのもおかしい。わからない事を永遠考えても仕方がないし、ベッドに寝かせてくれているあたり悪い子などではないのだろう。
「…俺は、しおり、栞 誠人。助けてもらったみたいで、その、ありがとな」
自分にかけられた毛布をペロッとつかんで笑ってみる。ずいぶんと長い間他人と会話してなかったため笑顔というよりニヤッという顔になってしまっているような気がしてならない。少女は相変わらず怪しげな目でジトリとこちらを伺う。あげた口角が悲鳴を上げそうな沈黙のあと諦めたようなため息の後小さくつぶやいた。
「ヒナ」
え?と聞き返すとカッと目を見開く
「だからッ!名前!……ヒナっていうの。見たところフォレストの住人には見えないけど、どこの所属なの?」
「…いや、えーっと、それって言わないとダメ?」
(フォレスト?所属って、俺普通の自宅警備い……ニートなんですけど)
自分の心の声でも嘘がつけないようだ。睨み付けるヒナとニートのままだという現実に困り果てながら頭を抱える。ヒナの顔つきが険しくなることに気付かないまま。
「もしかして、あんた大陸の人間!?大陸の人間は!大陸の人間は私のママを……ッ許せない!一体今度は何を奪って行くつもりなの!?」
声を張り上げ、目を見開き眉と眉の間に深いしわを作り、誠人を睨み付け、腰につけたあったナイフにしては大きめの刃物を手にとる。
ひッと声を上げてしまった自分の情けなさと、殺されてしまうかもしれない恐怖に汗がにじみ出た。
「まっ、お、俺にもよくわからないんだ!!しっ、信じてもらえるとも思わないけど、思わないけども!!」
喉が震えてしまっているから、わざと大きな声をだした。両手をあげ、こちらに抵抗の意思はない事を精一杯表現するが、顔の筋肉は引きつり額からは嫌な汗が吹き出ている。
ヒナは大きな声に少したじろいだ様子で、じっとこちらを見つめている。信用はしていないが話は聞いてくれようとしているのだろう。
「自宅の、リビングのドアを開けたら、あたりが草原だったんだよ…」
誠人は、必死だった。だから、というわけではないのだが、自分がその日どれだけの幸福を味わい、これからの人生に胸を躍らせていたか、そんなところから説明をはじめた。
昔から真面目で、してはいけないといわれていた事やルールを守らない奴とは真正面からぶつかってきた。それが、当然のように思っていたのだ。
けれど、その結果は悲惨なものだった。悪いことをしたわけでもないのに、クラスから孤立してしまい、毎日毎日一人でご飯を食べた。泣きながら食べた日だってあった。そうして段々世間とは遠ざかっていった。小学生も時間がたてば大人になる、心が子供のままでも。
大人になればなるほど自分が悪い事をしたんだと思えて、なおの事外にでれなくなった。自分が、言わなければ良かったのだ、みんなに合わせて一緒にやっていればよかったのだと、何度も何度も後悔した。そうやって生きてきた誠人が、ようやく自分との戦いに勝ち、初めて就職試験に挑み合格というトロフィーを受け取ることができたのだ。
「帰れるんだったら俺だって帰りたいんだよ!これから社内で飲み会とか!ボーナスとか!楽しみな事がたくさん!たくさん待ってるのに!」
まるで、お前なんて世間に出れるわけないだろう?普通になんて生きていけるわけないのだからと、誰かに言われているような気がして心がざわついた。
ずっとずっと独りで、布団の中で、部屋の中で、トイレの中で考えてきた思いが、ぐちゃぐちゃに混ざって、わけがわからなくなって、思わず目に涙がたまった。
ヒナにはわからない言葉が多々あったし、理解できない気持ちも合った。けれど、誠人の必死な声や顔を見ているうちに敵意は失せていた。ヒナにも行きたい場所、会いたい人がいたからだ。きっと、共感してしまったのだろう、ヒナも目に涙をためていた。今にもあふれそうだ。
「ッズ、…あんたの言ってる事、全部信じれないけど、とりあ」
ちゃっちゃらちゃら~♪
ヒナの言葉をさえぎるように、ずいぶんと間抜けな音楽が鳴り響く。ついにはラッパの音まで聞こえ、カツカツカツと足音まで聞こえ始めた。
緊張感の漂いはじめた部屋で、二人の口が動き出そうとした瞬間、窓から強い風が吹いた。それは竜巻のようにぐるぐると部屋の中を荒らした。かろうじて片目をあけると、真ん中には黒い影が一つあるようだが、風が強すぎてどうにもならない。
「パンパカパパーン!!」
風が少しずつ弱まると、野太い声が聞こえ、誕生日に良く使うクラッカーのようなものがはじけて中身が飛び散った。誠人は恐る恐る目を開いた。
「君をこの世界に召喚したのはこの私さッ!つまりここは君が知ってる世界とは違う、言うなれば異世界なのだよ!」
「どッ!?」
「ッパ、パパ!…なにその格好!?」
誠人がどういう事だと叫ぶ前によく通るヒナの声が聞こえた。そうか、パパなのか…
「パ、パパアァッ!?」
ぐりんと身体ごとヒナを見ると、ただただ、唖然としていた。そりゃそうだよな、俺も父さんがこんな格好してたら縁を切る。そんな格好をしているのだ。
パパと呼ばれたその男は、ピンク色の貴族が着ていそうな服を着て、ステッキを振り回し変なポーズを決めていた。真っ赤な花の刺繍が右肩にされている事以外は、柄がなく、目が痛い。
「誠人く~ん、書いていただろ~う?合格通知に!」
「…え?なんで、俺のなま」
「手続きのためぇ~!この世界での!存在を!消させてもらいま~す!って。ちなみに私はヒナのパパ!名前はリュウです!よろしくね!」
わざわざ強調しながら顔を少しずつ近づけてくる。もちろん合格の文字しか見ていない誠人は、ベッド越しの、キャラが濃い体中ピンクのオッサンから、顔をそらすようにしてベッドから転げ落ち、地面と向き合った。
「そ、そんなことができるわ」
「そのかわり!我がギルド!フラワーフォレストでの就職を約束どおりしてもらうよ!」
「せめて最後まで言わせて!!」
わっと声をあげて泣くふりをするが案の定話を聞いてないヒナの父は独り言のように話を進めていく。
「手続きはぜ~んぶ済ませてあるから!明日から早速がんばれよ!若者!あっ、そうそう、ギルドでの仕事内容の説明はヒナ!頼むぞ!ちなみにパパは色々とやらなきゃいけないことができたからマスターはカリカに任せるね!」
「「はああああ!?」」
「息ぴったりだね~!仲がいいのはいい事だが、娘に手出したらブッ殺す…。あっ、それとパパこれから出かけなきゃいけないんだよね!帰ってこれるか当分の間わからないから、悪いんだけど留守の間フォレストの事よろしく!頼んだぞッ!じゃね~!」
ド派手な衣装の男がウィンクをしながら窓を開け放ち、手をひらひら振りながら去っていく。あまりに、唐突過ぎて頭がついていけない。
他人がこんな状況なら娘はどうなんだ、とヒナに目を向けると顔を真っ青にし、口をパクパクさせながら、後ろに傾いていった。倒れてしまう!と思った瞬間体は動いていた。
なんとか受け止め支えることができたものの、女の子の身体にさわったのは幼稚園以来だった。ちなみに俺は21歳だ。いや、虚しくなるからこの話はやめよう。やめましょう!
「はれれ~?ヒナちゃんどうなさったんです~?」
木の幹の横にあるドアが開くと、アニメなどで魔女がかぶっているとんがり帽子をかぶっている女性がたっていた。耳がとがり鼻は高く、日本人にはない肌の白さをおしみなく披露し、……しっぽがある。
「し、しっ、あ、え、オ、オッサンが…」
まるでファンタジーの世界にいるエルフの様な女性に見とれて、うまく話せないでいると、開け放たれた窓を見つめながら、うんうんと頷き、そっか、と一人納得しているようだった。
そっと誠人の腕の中で気を失っている、ヒナの頭を撫でながら微笑んだ。
「…吉とでるか凶とでるか。できれば、ヒナが幸せでありますように」
どういうわけか、泣いている。誠人にはそう見えたのだ。微笑んでいるのに、泣いているなんておかしな話だが、とても悲しそうに見えたのだ。かける言葉も見つからず、腕の中でふるふる震えだしたヒナに目を向けると、バッチリ目が合った。いや、おそらく目が合った、と認識するより前に拳がとんできたと思う。
「きゃあああああ」
「ヘヴッ」
――俺の鼻はもうダメかもしれない




