逃亡
「夏夜様、逃げましょう」
そう言うリリスに連れられて薄暗い森の中を進んでいた。
人の手が入っていない森の中は倒木が多くて何回も足をすくわれそうになる。
「ねぇ………リリス。ヴォルテール公爵を置いてきて本当によかったのかな……」
屋敷の方角を振り返っても森の木々に隠れて何も見えない。
「できれば連れていきたかったですが……私には動けない人を背負って逃げ切れる自信がありません」
先導しているリリスの表情はよく見えない。
だが、血がにじむほど強く握られている手を見て私は何も言えなかった。
再び重い空気が周りに流れる。
そんな空気を切り裂くように脳内にアイリスの声が響いた。
――――向こうもお父様を殺すのが目的ではないから当分は大丈夫よ。それよりあなたの心配をしたほうが良いのではなくて?
「私は怪我してないけど……」
リリスやアイリスが守ってくれたおかげでかすり傷を負うだけに留まっている。
―――あなたの身体の心配なんてしてないわ。魂の方よ。
「魂……?」
手のひらを見つめても何も見えない。
はぁと頭の中から重いため息が聞こえてきた。
―――あなたでは魂は見えないわよ……。
ぐはぁ…地味に傷つくんですけど……。
ムスッと頬を膨らませる。
―――それで、さっきの話だけどもともと私の身体だからあなただと魂がちゃんと定着していないのよ。だから外れやすいの。
「……どういう事?」
―――そうね……わかりやすく言えば散りかけの花ね、茎とちゃんとつながってなくって少しの風でも花びらが落ちてしまう。だからあなたはいつ私の身体から魂が抜けてもおかしくない状況なの。
「それって私、やばい状況じゃん……死ぬってこと?」
一気に死の淵に立たされた気分だ。
―――死ぬでしょうね。でもかなり厳しいけど助かる方法が一つだけあるの。
「それって何?……私マジ何でもします!」
―――人形にあなたの魂をいれるの。そうすればあなたの魂は固定されるわ。
「人形……?」
可愛らしい服を着たくまのぬいぐるみを思い出した。
―――私、くまさんになるってこと……?なんかやだなぁ……。
―――違うわ、ちゃんと人間の形をしているわよ。バカなの?ただ作れる人が少ないし、辺鄙なところに住んでいるからまず探さないといけないわ。
―――アイリスさん、否定の仕方ちょっとでいいので柔らかくできませんかね……?
心がズタボロの私は媚びるようにそう言った。
―――これで厳しかったら社交界なんかどうするのよ?もっときついこと言われるわよ。
この世の令嬢たち、恐るべし。
そんな会話をしているうちに先に進んでいたリリスが振り返って待っていてくれていた。
「ごめん!リリス……」
「いえ、大丈夫ですよ。……アイリス様と話していたのですか?」
「そうなんだけどそれより私、死んじゃうかもってアイリスがぁ……!」
「はい?……どういう事でしょうか」
リリスが全く意味が分からないという表情をする。
アイリスの声はリリスには聞こえていない。
なのでさっきの会話は聞いていなかったのかもしれない。
「それがね………」
私はさっきアイリスから聞いたことをそのまま話すと、リリスは一瞬驚いた顔をして心配そうに私の顔を覗き込む。
それからくすっと笑う。
「なんだか夏夜様の死ぬ姿が想像できないですね」
「冗談じゃないからね……?」
分かっていますよとリリスが言った。
「……人形師の居場所は分かりませんが確か……この先にある高山都市ノルンに住んでいたと思います」
「行ってみましょう」
リリスと私は私自身とアイリスを救うために歩き出した。
ここまでで第一章は完結です。
ここまで見てくださった方、本当にありがとううございます!
これで終わりというわけではなく、アイリス達の物語はまだ続けていくつもりなので、これからもよろしくお願いします。




