第23話。常習詐欺被害者。
姓諱・字…徐昌・晶華
生年…146年
性別…女性
属性…武客
統率…C
知性…C
行政…C
軍事…S
豫州潁川郡長社県出身。
「旦那様。こちらは仙の三国志織様です。命を助けて頂きました」
晶華さんは、言った。
「ほほう、仙とは、稀覯(珍しい)ですな……」
小さな赤ちゃんを抱いた晶華さんの旦那さんは、驚く。
「旦那様。余り、ジロジロと見ては失礼ですよ。さあ、阿児は、こちらに……」
晶華さんが赤ちゃんを受け取って言った。
「これは、失礼致しました。初めまして、楊文明と申します。漢の豫州潁川の陽翟で取るに足らない商家を営んでおります。この度は、危ない所をご助力頂きましてありがとうございます」
楊文明が挨拶する。
「三国志織です。どうぞ宜しく」
「鑑定(天位)」によると、楊文明の姓諱(本名)は楊璞と言い、文明は字だ。
晶華さんの姓諱(本名)が徐昌というのと同じ事だね。
「仙という事は、志織様は、不老長命なのですか?」
「ええ、まあ、一応は……」
応竜が言うには、私は「不老長命」ってか、不老不死で不死身。
物理的には死なないらしい。
逆に言えば、物理以外でなら死ぬ事はあるの?
それは、タイム・スリップして以来、この私の存在そのものである神の釈羅は、現在自我が眠ったような状態になっていて、宇宙の何処にも存在しないらしい。
それって、つまり生命体としては死と同じ状態なんじゃないかな?
良く分からないけれどね。
「それは凄いっ!では、不老に至る仙薬の製法をご存知なのですね?」
楊文明は、目を輝かせる。
「ん?私は、生まれ付き(異世界転移した時点から)不老体質でしたから、仙薬なるものの製法は知りませんね」
「え?そうなのですか……」
楊文明は、明らかに落胆した。
「志織様。申し訳ありません。夫は、誠実な正直者なのですが、少しだけ商売気が強くて、商売の種になりそうな話があると夢中になってしまうので困りものなのです」
晶華さんが旦那さんをフォローする。
なるほど。
「だが、仙薬は間違いなく売れるぞ。丹砂を原料とする事までは分かっているのだが……」
楊文明は、言った。
「あ、その丹砂は、毒ですよ。手で触れるくらいなら如何という事はありませんが、薬として飲むなんて論外です。不老になるどころか逆に寿命を縮めます」
丹砂とは、硫化水銀の事である。
結晶化した硫化水銀は、真紅の水銀鉱物で、神話に登場する「賢者の石」そのものや、そのモデルと云われた物質だ。
油絵具のバーミリオン(朱色)の原料として使われている。
硫化水銀は、有機水銀など水溶性が高い他の水銀化合物に比べれば毒性は低いが、重金属なので人体に有害である事には違いない。
また、東洋で錬丹術が丹砂(賢者の石に比定される鉱物)から不老長命になる仙薬を作ろうと模索した事と、西洋で錬金術が「賢者の石」の製法を模索した事は、遥かユーラシア大陸の東西を結ぶ情報伝播なのか、あるいは偶然の収斂進化なのか、いずれにしても面白いと思う。
「そうなのですか?」
楊文明が訊ねた。
「はい。少なくとも、私は絶対に丹砂を飲んだり、身内に飲ませたりなんかしませんね」
「では、『錬丹術の書』に書いてある仙薬の製法は、間違いなのですか?」
「その『錬丹術の書』というものに一体何が書かれているのか私は知りませんが、丹砂(硫化水銀)は薬にはなりません。赤色顔料などに利用は出来ますが、飲めば毒です」
「くっそ〜っ!あの偽方士に騙された。錬丹術の書に5千銭も払ったのに……」
楊文明は、頭を抱える。
「致し方ありませんわ。これも勉強だと思う事に致しましょう」
晶華さんは、夫を慰めた。
あ〜、詐欺に遭ったのか……。
ま、儲け話で失敗したなら、自業自得だね。
因みに、方士とは、導引(呼吸法と体操。太極拳のようなもの)と気功、天文と易経(による占い)、錬丹術(西洋の錬金術のようなもの)などの方術を修行する事によって、不老不死や尸解(幽体離脱)などを身に付けた仙人に至る事を目指した者で、後代に道教が体系化されると、道士と呼ばれる。
ピョンピョン跳ねる中華風アンデッドを操る道士が、これだ。
応竜によると、神仙への昇仙を目指して試行錯誤をしたり地道に研究したり、天文などの知識を生かして朝廷に仕官し暦などの策定に携わったり、錬丹術を応用して化学的事績を残すような比較的まともな方士もいるが、基本的に方士や道士を自称する者は全員詐欺師と喝破して問題ないらしい。
というか、釈羅は、迷信や詐術で人々に誤った知識を与え惑わす連中を『混沌の勢力』と見做して忌み嫌っているので、方士や道士を昇仙させる事は神の権限で絶対にしないそうだ。
つまり、楊文明は「偽方士」に騙されて怒り心頭だけれど、神の勢力的には、そもそも方士は最初から全員偽者なんだよ。
「楊文明さんは、陽翟から、こんな西域まで遥々何をしに来たんですか?」
私は、疑問を訊ねた。
漢から西域は遠いからね。
後漢代には漢人商人も西域を行き交っていたらしいけれど、大勢ではない。
距離も然る事ながら、危険だからだ。
少なくとも漢人が妙齢で美人の奥さんと生まれたばかりの赤ちゃんを連れて旅行に来るような場所ではない。
実際に、楊文明達の隊商は盗賊に襲われていたのだから。
ま、晶華さんという馬鹿強い剣家が居るから大丈夫だと思ったのかもしれないけれどね。
何しろ、晶華さんのステータスは……。
姓諱・字…徐昌・晶華
生年…146年
性別…女性
属性…武客
統率…C
知性…C
行政…C
軍事…S
……これだ。
SはAの上で、神の私や仙を除外した人間のステータスでは最上位の評価らしい。
軍事は、武力と同義ではない。
ゲームとかの武力ステータスは、殆どの場合、個人の戦闘力を意味している。
対して、この世界の軍事というステータス指標は、「人間を指揮して戦わせる能力」だ。
極端に言うなら、自分自身は滅茶苦茶弱くても指揮能力を駆使して味方を勝たせられる者の軍事ステータスは高くなる。
一方で晶華さんだ。
彼女の軍事ステータスは、人間としては最高ランクのS。
ところが、私が鑑定した限り、彼女の軍事指揮官としての素養は余り高くない。
この矛盾は、応竜が説明してくれた。
応竜が言うには、「軍の前線指揮官の能力を表す軍事ステータスは、単純化するなら『同じ条件下で比較した場合に、参加した戦争に勝つ可能性の高さ』を指標化したもので、指揮能力などが皆無でも自分1人の個体戦闘力で戦局を左右出来るような規格外の圧倒的強者なら、指揮能力などに関係なく軍事ステータスは高くなる」との事。
つまり、晶華さんの軍事Sは、ゲームの武力Sと同義という訳だ。
関羽とか呂布みたいに……。
いや、関羽や呂布のステータスは、指揮能力や戦術なども含めた総合武力の評価だから、それらを含まない晶華さんの純粋戦闘力は、それ以上だ。
ヤバいね。
「私は、于闐に玉を買い付けに来ました」
楊文明は、私の質問に答える。
「玉とは、有名な于闐玉という、あれですか?」
ホータン玉とは、端的に言うなら翡翠(ネフライト)の事だ。
翡翠と聞いて一般的にイメージするのは緑色の石だけれど、于闐から採掘される翡翠には、白玉(餅の白玉ではない)、黄玉、碧玉、墨玉など様々な種類があり、中でも最高と云われるのが乳白色をした羊脂玉。
于闐玉は「中国四大玉石」の中でも最高とされ、天子(皇帝)の印璽(ハンコ)である玉璽の材質も于闐玉なのだとか。
現代(未来)では于闐玉は、ほぼ枯渇していて、大きくて品質が良いものは、とんでもない価格で取引されるらしい。
「はい。于闐玉は、漢の朝廷と于闐王国との取り決めで、絹や茶との交換で一括決済される朝貢貿易の品に指定されていて、本来なら私のような個人商家が取り扱えるような品物ではないのですが、実は、とある伝手から、特例として于闐玉の取引を認める『御名御璽の鑑札』を手に入れ、特別に個人での買い付けが許可されたのです」
「へえ〜。『御名御璽の鑑札』という事は、漢の天子(皇帝)の署名捺印がある許可証という事ですか?それは、凄いですね」
「はい。志織様は、命の恩人ですので特別にお見せしましょう……」
楊文明は、首に掛かった革紐を手繰り服の中から文字と印がある木札を取り出して見せてくれる。
「ほ〜う。これが『御名御璽の鑑札』ですか?」
「そうです。これを手に入れる為に、家も店も身代全てを売り払って購入資金にしたのです。しかし、この『御名御璽の鑑札』があれば、于闐玉を買い付けて元が取れるどころか、孫の代まで生活に困らない莫大な利益になります。いや〜、私は天運に恵まれて幸せですよ」
楊文明は、ホクホク顔だ。
『主上。この木端にある『御名御璽』なるものは、全くの偽物ですね』
応竜が思念で伝えて来る。
『えっ?マジで?』
『はい。本物の『御璽』……つまり天子(皇帝)の『玉璽』は、こういう印章です』
応竜が、私のステータス画面にハンコのデザインを送って来た。
『うわっ、全然違うじゃん。でも、楊文明は、この鑑札を手に入れる為に、家も店も全て売って購入資金に変えたって……』
『騙されたのですよ。先程の錬丹術の書と同じ手口に引っ掛かったのでしょう』
『あちゃ〜……。それ、教えてあげた方が良いかな?』
『欲に目が眩んで胡散臭い儲け話に乗ってしまった楊文明の自業自得ですから、必要ありませんよ。それに変に立ち入ると、主上も面倒事に巻き込まれるかもしれません。気の毒ですが放っておくのが無難ですよ』
『そうだね。確かに下手に絡むと面倒な事になりそうだもんね……』
楊文明は、常習詐欺被害者なんだね。
詐欺師に騙され易い人の特徴は、基本的に善良で真面目な人が多く、1度詐欺に遭うと「詐欺に遭ったお金を取り返します」という業者(こいつも詐欺師)に騙されて、またお金を振り込んでしまうのだとか。
でも、「自宅や店舗など全財産を売り払って鑑札を買い、遥々于闐までやって来たのに、鑑札は偽物で目当ての于闐玉を買えない」と分かったら、楊文明は如何なっちゃうんだろう?
天運に恵まれているどころか、天運に見放されていると絶望して一家心中したりとか……。
うわ〜……。
そんな事になったら寝覚めが悪いな〜。
一応、保険を掛けておいてあげるか……。
「あ、あの……。実は私は、この砂漠の何処かに新しい都市国家を建設する予定なんですよ」
「新しい都市国家ですか?ほ〜、それは随分と遠大な話ですな〜」
楊文明が感心する。
「それで、既に羌族800人と、その家族達が新しい都市国家に移住してくれる事になっているんですが、彼らは騎馬遊牧民なので行政方面には疎いようなんです。それで、都市国家の行政を差配してくれる有能な官僚を探しています」
「ほうほう。もしかして、『漢人を官吏として雇いたい』という事ですか?」
「え?あ、まあ、そうなんです」
「私は、職業斡旋はしておりませんが、読み書き計算が出来て、多少役所の仕事を齧った事がある程度の人材ならば、ご紹介出来ますよ?」
「は?」
「え?そういう趣旨のお話なのでは?」
「あ〜、まあ、纏まった人数の官僚が必要なのは確かですので、どなたか優秀な方をご紹介頂けるならありがたいんですが……私は楊文明さんに『新しい都市国家の財務や経理などをやってもらえないかな〜』と考えたのです。ここで会ったのも何かの縁だと思い、お声掛けした次第です。もし宜しければ、お力をお借り出来ませんか?お給料は、きちんとお支払い出来るように頑張りますので」
「なるほど。『私を』と見込んでお声掛け頂いたのは、大変光栄ですな。ただ、私もこれから商売の方が忙しくなるので、お力添えは致しかねますね。何しろ于闐玉を仕入れたら、今度はそれを漢に持ち帰って売らなければいけませんからな。お役に立てず申し訳ありません」
楊文明は、「御名御璽の鑑札」を見せながら言った。
ま、その「御名御璽の鑑札」が偽物だから、于闐玉は仕入れられないんだけれどね。
「あ、無理にとは言いません。『ご商売の片手間にでも宜しければ』と思っただけですので。あは、あは、あははは……」
私は、笑って誤魔化す。
「そうですな。『新しい都市国家を建設する』だなんて夢のあるお話ですから、于闐玉の商売が一段落したら、お手伝いさせて頂くのも吝かではありません。実は、私の祖先は、西域から移住して来たという家門の伝来がございましてな。この砂漠を見ていると何やら懐かしさを感じていたのです。これも先祖の巡り合わせかもしれませんな。あははは……」
楊文明も笑った。
確かに良く見ると、楊文明は漢人にしては、少し濃い顔立ちをしている。
もしかしたら、ソグド系やペルシア系の血が入っているのかもしれない。
『主上は、御優しいですね?』
応竜が思念で言う。
『何が?』
『詐欺師に騙された楊文明が、このままでは破産して妻子を抱えて路頭に迷うと御考えになったので、助け舟を出して差し上げたのですよね?』
『しょうがないじゃん。これから夫婦と赤ちゃんが確実に破滅すると分かっていて、それを放っておけないでしょう?』
『主上のなさりたいようになさって頂いて全く問題ありませんが、優しさは必ずしも人間を絶望から救うとは限りませんよ』
『んな事た〜分かってるんだよ。でも、庇護領域の管理人材が必要になるのは間違いないでしょうが?』
『ええ。我も楊文明なら財務官僚には適任だと思いますよ。会計の基礎があり、商売の為に家族を連れて西域までやって来る行動力も大したものです。馬鹿正直で他人を信じて簡単に騙される性質は生馬の目を抜く商売には向きませんが、官僚ならば篤実として評価に値するかもしれません』
応竜って、何か嫌味っぽいんだよね。
何はともあれ、これから楊文明が全財産を叩いて手に入れた「御名御璽の鑑札」が偽物だと判明し、于闐玉の買い付けが出来ないと分かって家も店も帰る場所もなくなった時に、受け止めるセイフティ・ネットは広げておいてあげた。
ここまでやってあげたんだから、楊文明が絶望して良からぬ事を考えたとしても、私の気持ちは多少楽になるよ。
しばらくして、伐来と焚達が私達に追い付いた。
お読み頂き、ありがとうございます。
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