第20話。北緑洲。
名前…桔梗
生年…150年
性別…女性
属性…管家
統率…C
知性…C
行政…C
軍事…C
北緑洲の村娘。
『で?私が神力を安定して徴収する為に、庇護領域を持つべきだって話は?』
私は、応竜に思念で訊ねる。
そもそもは、そういう話の流れだった筈だ。
『ああ、そうでした。主上が、既に統治者がいる庇護領域を征服して奪う事を御望みではないとするなら、既存の統治者がいない土地に主上御自ら庇護領民を集めて、新しい庇護領域を作れば宜しいかと存じます。都合良く、このタリム盆地に点在する国々は、領域支配国家ではなくオアシス都市国家です。つまり、オアシス都市国家の外で誰にも統治・支配権が確立していない砂漠地帯に住民を定住させれば、主上が統治する庇護領域を作るのは容易です』
応竜は、言う。
『ま、オアシスの外は、不毛の砂漠だからね。でも、不毛の砂漠に定住させる人間を何処から連れて来るのさ?』
『もう、主上の周りに大勢いるではありませんか』
応竜は、視線で示唆した。
『私の周り……伐来達?』
『伐来や焚は、既に主上に対して厚い崇敬と信仰と感謝をしています。主上が御命じになれば、伐来達は喜んで主上の御指導の下、新たな都市国家を築くでしょう。彼ら800人と、その家族を引き連れて統治者がいない砂漠に都市国家を作れば、毎日相当な量の神力が集まりますよ』
『は?不毛の砂漠に如何やって都市国家を作るんだよ?砂漠に都市国家がないのは、不毛で人間が定住するのに不向きだからでしょうが?』
『御心配なく。何を隠そう、我の属性は『慈雨神』でございます。我ならば、不毛の砂漠に雲を呼び雨を降らせる事など造作もありません。雨が降れば、砂漠は不毛ではなくなります。雨を降らせるには、1日当たり1単位の神力を消費しますが、庇護領民から毎日神力を徴収出来れば問題はありません』
『マジで?確かに、気候帯に関係なく好きな場所に自由に雨を降らせる事が出来るなら砂漠を緑化して都市を築く事が出来るかもしれないね』
『御任せ下さい』
『なら、伐来達にそれを話す?』
『そうですね』
『分かった。今日の目的地に着いて夕食の時にでも話してみるよ』
『御願い致します』
・・・
何度かの休憩を挟みながら行軍すると、遠くに地平線とは別の視線を横切る地面のラインを見付ける。
「おっ、川か?」
地平線とは別のラインは、河川の護岸だった。
「ホータン川です」
伐来が説明する。
「へえ。あれが?」
ホータン川は、地理を学んだ者にとっては有名な「季節河川」というレア地形だ。
季節河川とは、夏場だけとか冬場だけとか、あるいは雨季だけとか、特定の季節だけに流れる河川の事を云う。
夏場だけ流れる河川は、気温の上昇により山地の雪解け水や氷河が溶けて現れて、気温が下がると河川が干上がるタイプの季節河川だ。
逆に冬場だけ流れる河川は、夏場は気温の上昇や乾燥による乾季に当たり、河川が干上がるタイプの季節河川となる。
ホータン川は、崑崙山脈の雪解け水を水源とする夏季にだけ流れる季節河川で、タリム盆地南西の于闐から北西の姑墨(アクス)までのタクラマカン砂漠南北を、夏季だけとはいえ唯一縦走する河川だ。
「水は、ないね……」
私は、干上がった川縁に立って何だかガッカリする。
川底は干上がっていた。
今は、4月。
「今の時期は水がありません。この川に水が流れるのは、2か月程後の夏を待たなければなりません。あと少し川沿いを南下すれば今日の目的地のオアシスがあり、更に川沿いを南に遡ると于闐です」
なるほど。
・・・
その後も何度か休憩を挟みながら川沿いを行軍して、夕方近くノッペリとした砂漠の風景の中に明らかに異質なシルエットが浮かび上がる。
樹木、そして何らかの建物……オアシスだ。
「北緑洲です。今回のような緊急出動時は別ですが、私達は普段、于闐から、この北緑洲までを巡回しています。于闐勢力圏で最北の駐屯地です」
伐来が言う。
私達は、于闐勢力圏の小さなオアシス村である北緑洲に到着した。
確か、「緑洲」とは現代(未来)中国語でオアシスを意味していた筈。
ここは、于闐から見て北にあるオアシスだから北緑洲か……なるほど。
自動翻訳だから、伐来が話している現地の地名は全く発音が違うかもしれないけれどね。
「ふ〜ん。でも、やっぱり川が干上がっているよ。オアシスの人達は、如何やって水を確保しているの?」
私は、当然の疑問を訊ねた。
人間は、水がなければ生きられない。
「ここから北方のホータン川流域は、夏季以外は井戸も枯れてしまいますが、この北緑洲以南のホータン川流域は干上がった川の地下に水脈があるので、深井戸を掘ると水が手に入るのです。冬季の地下水量は余り多くありませんので、大規模な灌漑農業を行える程ではありませんが、少数の世帯が家畜を育て隊商の補給地として維持する程度の水は確保出来ます」
伐来が説明する。
「へえ……」
タイム・スリップ以来、初めての村だ。
いや、集落かな?
兎に角、人間の生活圏に着いた。
初めての場所だけれど、人間の生活感があるというだけで何だかホッとする。
人間てのは1人じゃ生きられないという事を実感するね。
・・・
私達は、砂岩で造られた壁に囲まれた箱庭みたいな北緑洲に入った。
「今日は強行軍でしたが、志織様の御力によって荷物が軽くなり、予定より早く着きました。ありがとうございます」
伐来が言う。
「如何という事はないよ」
実際、私の労力は増えていないからね。
伐来達は、馬を預けに行った。
北緑洲には、宿屋や食堂なんかないらしい。
一応、北緑洲は于闐の駐屯地という位置付けではあるものの、狭いオアシス村には司令部などの軍事施設は存在せず、取り敢えず軍馬を繋いで置く場所と10人程の守備兵が交代で詰めている詰所があるだけで、騎兵達は適当な場所にテントを張って雑魚寝するだけだ。
「たった10人で拠点を守れるのか?」と心配になるけれど、この北緑洲には戦略的価値が殆どないので、敵国が大軍で攻めて来るような危険は、ほぼないのだとか。
守備兵は、治安維持や盗賊などから守る目的で置かれているそうだ。
そして、戦闘になっても基本的には籠城して于闐からの援軍を待つだけなので、纏まった数の常駐戦力は必要ないらしい。
私と伐来は、1軒の民家に向かう。
「この家の住人に、志織様用のパンを焼かせます」
伐来が言った。
「本当?ありがとう」
如何やら伐来達は、私にパンを食べさせる為に1日の行軍距離としては長い72kmもの遠乗りをして、今日中に北緑洲まで来たらしい。
神の私は食事をしなくても死なないけれど、伐来達は羊の薫製肉や発酵山羊ミルクや乾燥納豆が余り口に合わなかった私に食事をさせる為に無理をしてくれたのだ。
私は、伐来に連れられ民家の柵を開けて敷地に入る。
「烏魯克。いるか?」
伐来が家の中に声を掛けた。
「お〜う」
家の中から男性の声がする。
すると、家の中から3人の住人が現れた。
男性が1人と、女性が2人。
伐来や焚達は、羌族だからテュルク系モンゴロイドだけれど、この3人は何となく濃い顔立ちでコーカソイドっぽい。
インド系とかペルシア系みたいに見える。
女性の1人は、お腹が大きかった。
臨月だと思われる妊婦さん。
「志織様。彼が烏魯克です。腕の良い職人で、俺の弓は彼の作です。鍛冶や大工や石工など何でも熟しますし、この北緑洲の顔役のような立場です。彼女が尹那、そして彼女が桔梗です」
伐来が3人を紹介する。
「三国志織です。如何ぞ宜しく」
私は、挨拶をした。
挨拶は、人間関係の基本だからね。
応竜によると、今の私は神様らしいから人間ではないみたいだけれど……。
烏魯克、尹那、桔梗と紹介された男女3人は、私のパーカーとカーゴ・パンツに一瞬怪訝な表情を見せたる。
「こちらの御方は、志織様と仰る大変高貴な御方で、とても大切な御客様だ」
伐来が私を紹介した。
私は、伐来達に「私が神である事は、基本的に口外しないように」と、お願いしている。
「女神様」と呼ぶ事も禁止だ。
「高貴な御方ですって?まあ、大変」
桔梗は、跪こうとする。
他の男女も慌てて跪こうとした。
「あ、ダメダメ。妊婦さんは、そんな事しちゃダメだよ。体を労ってくれなくちゃ。そちらの2人も私に伏礼は必要ありませんので……」
私は、跪こうとする妊婦の桔梗達を慌てて止める。
「御心遣い痛み入ります……」
桔梗は、言った。
「烏魯克と申します。当家の主人です」
改めて男性の烏魯克が自己紹介する。
「尹那です」
若い女性の尹那が少しだけ膝を曲げて会釈した。
「桔梗です」
妊婦さんの桔梗が挨拶する。
「烏魯克さんと桔梗さんは、ご夫婦ですか?」
私は、訊ねた。
普通に考えれば、家主と妊婦さんが夫婦だよね。
「いいえ。桔梗は妹です。私の妻は、こちらの尹那です」
烏魯克が言う。
「そうですか。という事は、桔梗さんのご主人は?」
「え〜と……それは……」
烏魯克は、何やら言い難そうに言葉を濁した。
尹那と桔梗も、何だかソワソワとする。
ん?
あ……もしかして桔梗のご主人は、亡くなったのかな?
古代は医療も未発達だし、治安も良くないだろうし、砂漠の暮らしは色々と過酷で危険な事もあるだろうからね。
これは、悪い事を訊いちゃったかもしれない。
何だか、ごめんよ。
「ゴホンッ。立ち話も何だから、取り敢えず、志織様に家に入ってもらおうではないか」
伐来が気不味い空気を変えるように言った。
「ああ、そうだな。では、志織様、狭い家ですが、中に如何ぞ……」
烏魯克が私を促す。
私達は、家の中に入った。
「それで、今から志織様に召し上がって頂く食事を用意してもらえるだろうか?」
伐来が依頼する。
「大切な御客様なら、何羽か鶏をシメるか?」
烏魯克が言った。
「ああ、そうだな。それから野菜も頼む。次に来る時に于闐から多めに補給物資を運んで来るから、備蓄の心配をしないで食材を使って構わない」
「そうか。分かった」
「なら、窯に火を入れなくちゃね……。桔梗は、パンを捏ねて貰えるかしら?」
尹那は、言った。
「分かりました、お義姉さん」
桔梗が頷く。
「俺は、早速鶏をシメて来る」
烏魯克が家の外に出て行った。
「私も何か手伝おうか?」
私は、言う。
「滅相もない。志織様は、こちらに御座り下さい」
伐来が椅子を持って来て言った。
「いやいや、突然押し掛けて来て、妊婦さんを働かせて、私だけ座るとか出来ないよ。なら、桔梗さんが椅子に座ってパンの捏ね方を教えてよ。私がパン生地を捏ねるから……」
「ええっ!そんな、高貴な御方にパンを捏ねさせるなんて、とんでもない事です」
桔梗が驚いて言う。
「良いから、良いから。私は、結構料理が得意なんだよ。はいはい、妊婦さんは座って座って」
私は、半ば強引に桔梗を椅子に座らせた。
・・・
私は、桔梗に教えてもらいながらパン生地を捏ねる。
伐来が私を「高貴な人だ」なんて紹介したから、桔梗や尹那は調理する私に恐縮しきりだ。
こちらでは高貴な人は、調理なんかしないらしい。
ここいらのパンは、全粒粉と水を混ぜた生地を捏ねて焼くだけで、酵母なんかは使わないのだとか。
なるほど、無発酵パンだね。
捏ねた生地を15分くらい置いて、それからピザみたいに手で平たく伸ばして窯で焼くと風船みたいに膨らんだ。
それを、鍋の木蓋みたいな道具でバフッと潰して空気を抜いたら出来上がり。
ほうほう、これはメキシコ料理のトルティーヤとか、インド料理のチャパティみたいなものだね。
味が想像出来る。
何枚も平たいパンが焼けた。
そうこうしている間に、烏魯克が外でシメて茹でて羽を毟った鶏を持って戻って来る。
烏魯克の顔に羽毛が貼り付いていた。
少し残酷だけれど仕方がない。
動物が生きる為には、他の生き物の命を奪わなくちゃならないんだから。
これが糧を得るという事。
自然の摂理だ。
私は、任官時の訓練でヘビやカエルを食べた経験もあるから、シメられた鶏くらいは全然平気。
あのサバイバル訓練だって、レンジャー隊員に言わせれば、「ボーイスカウトのキャンプみたい」な甘いものらしい。
レンジャーが行うガチの訓練は、「水も糧食も持たずに数十kgの重い装備を背負って3日3晩不眠不休で険しい山を行軍して、駐屯地まで生きて帰って来る」みたいな、私のような後方勤務や一般の人達がやったら普通に死んじゃうレベルの負荷だからね。
実際レンジャーの人達は、ヤバい。
先輩から聞いた話だけれど、昔とある人里近くの山に200kg近い巨大な熊が出て、山菜採りをしていた地元の人や林業家が襲われて大怪我をしたのだとか。
当然、大騒ぎになって地元の警察や猟友会が出動して、山狩りが行われた。
ところが、熊は山を越えて自衛隊訓練地の山に逃げてしまったらしい。
自衛隊に警察から連絡が入ったんだけれど、山ではレンジャー隊員が訓練中。
慌てて駐屯地から人員を出して見に行ったら、訓練中のレンジャー隊員達は、熊と遭遇戦になってナイフで倒して、川原で熊鍋パーティをしていたらしい。
それを私は、「真偽不明の噂」として聞いたんだけれど、自衛官の父に訊いたら「ああ、それはAさん達の話だよ。あの人達は豪快だったからな〜」って笑ってた。
レンジャーって、そういう人達なんだよ。
閑話休題。
私は、烏魯克と尹那と桔梗が用意してくれた丸鶏のローストと平たい無発酵パンで、タイム・スリップ以来初めてまともな食事にありついた。
味付けは薄かったけれど、「美味しい」と言える食事だったよ。
私の為に貴重な鶏をシメてくれたお礼に、ストレージ内生成で造った、包丁とか中華鍋とかをプレゼントしたら喜んでくれた。
鍛冶職人の烏魯克から、「如何やったら、こんな見事な物が作れるのか?」と訊かれたけれど、ストレージ内生成は神様チートだから、私にも作り方は分からないんだよね。
お読み頂き、ありがとうございます。
もしも宜しければ、いいね、ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークをお願い致します。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
ご意見ご質問などは、ご感想の方にお寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。




