第19話。今後の行動方針。
名前…焚
生年…148年
性別…男性
属性…猛将
統率…A
知性…D
行政…D
軍事…A
西羌族の氏族長・鄯善に服属する傭兵隊長。
翌朝未明。
伐来と他数人が石英ガラス・ハウスにやって来る。
モーニング・コールだ。
「おはようございます。志織様」
伐来が声を掛ける。
ゴンッ、ゴンッ。
伐来は、剣の柄で鋼鉄扉を叩いた。
1t以上ある鋼鉄扉は、重厚だから手でノックしても音が響かない。
まだ眠いね。
昨晩は、遅くまで応竜と話し込みながらストレージ内生成で色々と造っていたから。
応竜が言うには、そもそも私の自我が宿る以前の神釈羅が、私の初期スポーン地点にタクラマカン砂漠(タリム盆地)を選んだ理由は、タリム盆地は小さなオアシス都市国家が点在し、強力な国家が存在せず比較的簡単に何れかの国家の征服が可能だったからだ。
何処かのオアシス都市国家を征服し支配すれば、私の庇護領域が設定され神力を安定して徴収する初期体制が早く確立出来る。
つまり、釈羅の構想する世界救済計画のスタート・アップにタリム盆地は適していたのだ。
でも、私が釈羅のお膳立てをひっくり返して「危害を加えられてもいないのに、何処かの国や都市を侵略するような事はしない」と断固拒否したので、釈羅と応竜の予定は、最初から狂ってしまっている。
但し、釈羅は、応竜ら神の眷属に、こう命じたのだとか。
「もしも、私(釈羅)に宿った三国志織の自我が、私(釈羅)の予定とは異なる行動選択をした場合は、必ず三国志織の意思を私(釈羅)の意思と考えて従いなさい。その方が結果的に良い方向に物事が進むでしょう」と。
だから、釈羅の眷属である応竜は、私(三国志織の自我)の命令に従っているのだ。
でも、それが問題なんだよね。
「釈羅の意図は、神の叡智を持つ釈羅の考え抜かれた選択によって既に八百万回も世界が滅亡しているから、試しに1度釈羅が考えそうもない発想をする人間の私に差配させたら如何なるか実験するつもりなんじゃないの?この世界線が、また滅んだら、釈羅は、またやり直すんだよね?つまり、この世界線はデータ取り目的のシミュレーションなんじゃね?」
私は、応竜に訊ねた。
「いいえ。誤解のないように申し上げますが、今回の世界線で世界が滅んだら、世界の再創造は出来ません。最高神たる主上は不滅の存在ですので、新しい世界を1から創造なさる事は可能ですが、この『地球人類文明』という世界線が再創造される事は、もうありません。これが最後です」
応竜は、言う。
「えっ!何でよ?今まで八百万回もやり直したんでしょう?」
「過去の試行では主上が直接世界に介入しなかったので何度もやり直せたのです。今回の世界線は、主上御自ら世界に降臨なさいました。その際に、この世界線を再創造する為の御力も全て使って、主上は世界に降臨なさったのです。つまり、次はありません」
「マジか〜……。何で、そんな責任重大な役目を、よりによって私に任せたんだよ〜。私には、無理だよ〜」
「確かに無理かもしれませんね」
「そこは、『大丈夫だ』って励ますところなんじゃないの?」
「事実ですから致し方ありません。主上が世界を救う役割を志織さんの自我に委ねた判断は最適です。その点は、間違いありません。但し、それは志織さんが優れているからではなく、主上が行った志織さんの人格や見識や価値観や行動原理の分析において、志織さんが選択するであろう道が最も世界を救う可能性が高いという結果が出たからです。しかし、志織さんが非の打ち所がない完璧な選択をしても、尚この世界を救えない事はあり得ます。つまり、最初から『地球人類文明』という世界には滅亡以外の未来が存在しなかった場合です。そのくらい『地球人類文明』という世界の差配は難しいと主上は仰っていました。ですから、志織さんは、志織さんが望むように行動して下されば結構です。それこそが、我が主神たる主上(釈羅)の御望みなのですから。志織さんが如何なる判断をしようとも、如何なる行動をしようとも、主上(釈羅)は『そうあるべし』と願って志織さんを選んだのです。それが我が一片の疑いもなく志織さんを主上と同一視して御仕えする理由でもあります」
「私は、きっと沢山失敗するよ」
「失敗も含めて好きなようになさって下さい。むしろ、その失敗が世界を救う為の正しい途中経過であるかもしれません。主上(釈羅)は、そう仰いました」
「私がどんな判断や行動をしても、失敗をしてすら、それは予め釈羅が、そうする事を望んで私を選んだのだから、あくまでも私は好きにすれば良いという事?」
「そう解釈してもらって差し支えありません」
「う〜ん……『失敗も含めて』って、そんな馬鹿なオーダーがある?茫漠とし過ぎていて取り留めもないし、無責任というか、無造作というか……。悪いけれど、私は運命論とか決定論とか、そういう非科学的なものを全く信じていないし、『信じろ』と言われても絶対に信じられないんだけれど?」
「運命論や決定論などというものは、主上(釈羅)も全く信じていません。というか、世界にそんなものがあるなら、主上(釈羅)が八百万回も(失敗して)世界を再創造する訳はないのですから。では、こう考えてみては如何でしょうか?つまり、主上(釈羅)は、『志織さんの得意分野に期待している』と。志織さんが自信がある得意分野に注力して下されば、それが志織さんの人格や見識や価値観や行動原理と相まって、自ずから主上(釈羅)にとって、最も望ましい収束や帰結に至ると。主上(釈羅)は、志織さんが何事にも先入観なくやりたい事をやって下さる事を御望みです」
「……私が得意な事って、かなり偏っているかもしれないよ。少なくとも、私の得意な分野で『3000万人の人達を幸せに出来るか?』と問われたら、直接的な因果関係は見出せそうにない」
「志織さんの得意な分野は何ですか?」
「軍事と安全保障に関する情報管理と情報分析。より詳しく言うなら、ネット・トラフィックやデータ・フローのサーベイランスだね」
「なるほど。では、それをして下されば宜しいのですよ」
「あのね、情報管理や情報分析ってのは、それを正しく利用してくれる誰かがいてこそ意味があり、成立するものなんだよ。軍事や安全保障において、情報を取り扱う現場の担当者は、基本的に作戦計画や政策の立案には関与しないシステムになっている。何故なら、情報を集めて分析する人間と、その結果を活用して何らかの意思決定や実行を行う人間の権限や立場が重複すると情報は偏るし濁るからね。誰かの都合で利用される情報ってのは、確証バイアスやポジション・トークと云って世の中で一番信用しちゃいけない情報なんだよ」
そもそも、後漢代にネットなんかないしね。
「それは大変興味深い話ですね。ならば、志織さんは情報管理や情報分析に特化・注力して、その結果を踏まえた意思決定や実行は、志織さん以外の誰かに任せてしまいましょう」
「3000万人を幸せにする目標の具体的な実行フェーズは、他人に丸投げにするって事?そんな無責任な事で許されるの?」
「意思決定や実行は、我ら眷属や志織さんが三皇の加護を御与えになる人間に任せてしまえば宜しいかと。その為の眷属や加護でございますので」
「あ〜、そういう事か……」
「もちろん、志織さんが自ら意思決定や実行をしたければ、遠慮なくして下さって結構です。『こうしなければならない』などという志織さんの行動選択の自由を制約するものは何もありません」
「分かったよ」
私と応竜は、昨晩の話し合いで、そういう感じで今後の行動方針の一致に至った。
ゴンッ、ゴンッ。
「志織様。御起床の予定時刻になりました」
伐来が扉をノックして言う。
「……は〜い」
私は、モソモソと起き出した。
ガコンッ!
私は、鋼鉄扉を取り外す。
「おはよう……」
私は、伐来に挨拶をした。
「おはようございます」
伐来は、言う。
私は、石英ガラス・ハウスをストレージに収納して、皆が集合する場所に向かった。
伐来や焚達は、全員朝食を済ませて支度を整え出発出来る状態で待っている。
伐来達が用意してくれる食事は、現代日本人の味覚を持つ私にとってはあれなので、私は朝食をパスしてギリギリまで寝させてもらった。
空腹は感じない。
応竜曰く、私は神だから基本的に生命維持の為の栄養補給は必要ないのだそうだ。
でも、必要はなくても、機能として食べる事は出来る。
食べる事が好きだから、それは良かった。
見ると、伐来達の荷物が1纏めに置いてある。
重量を必要最小限にして行軍速度を重視した軽騎兵が携帯している荷物だから、1人分は大した量ではないけれど、800人分ともなると大量だ。
総重量1tを超えている。
私は、それらの荷物を収納した。
昨日も私は、彼らの荷物をストレージに収納して移動している。
そうすれば積載重量が軽くなって馬の足が早くなるからね。
また、一旦私のストレージに出入りすれば、伐来達が持つ飲料水や食料が浄化されて衛生的になるという副次効果も得られる。
私のストレージは、内部で成分分離が出来るから不純物や有害物質は完全に除去可能だし、基本的に生物は入らないから、細菌とかが繁殖していても除菌されるからね。
但し、羊の燻製肉とか山羊ヨーグルトとか乾燥納豆などは、そのままでは収納する事が出来ない。
私のストレージは、原則「生物は入らない」から微生物(細菌)発酵食品もそのままでは収納出来ないのだ。
なので、発酵食品の類は私が収納した段階で発酵が完全に止まる事を了解してもらう必要がある。
微生物(細菌)発酵が止まっても、その時点までの発酵状態は維持されるから、発酵途中でなければ微生物(細菌)を除去しても問題はない。
「応竜様は?」
伐来は、キョロキョロと辺りを見回した。
「いるよ……」
私は、応竜の髭に触れる。
「伐来、皆の者。おはよう」
応竜が挨拶する。
「お、おはようございます。応竜様」
伐来は、いきなり至近距離に現れた応竜のデカい顔面のド迫力にたじろぎながら挨拶した。
私と応竜は、整列した騎兵達に挨拶する。
「出発!」
伐来が号令を掛けて、出発した。
如何やら昨晩の内に、「伐来軍と焚軍が一緒に行動している間は、焚軍は伐来の指揮下に入る」という取り決めが行われたらしい。
それは妥当な判断だ。
指揮命令系統が複数あると混乱するからね。
「今日は少し移動距離を稼ぎます。大体72km先にオアシスがあり、そこに輜重隊(補給部隊)を置いて来たのです。輜重隊と合流出来れば、穀物がありますのでパンが焼けます」
伐来が説明した。
「やった……パンを食べられるのは嬉しいね」
伐来が「パン」という単語を使用したのかは大分疑わしいけれど、こちらの人達が話す言葉は、私の「言語(天位)」能力で自動翻訳されるから、意味合い上「パン」と訳される事が相応しい「パン的な食品」について言及された事は間違いない。
また、kmとかkgとかの現代(未来)単位も自動翻訳されている。
本来伐来達が使う度量衡の単位は、私が使うものとは違うからね。
だから、伐来は、72kmという元から半端な数字を「大体」などと表現したのだ。
10進法のkm単位ならば「大体70km」と言えば良いのだから。
もしかしたら羌族が使う距離単位は12進法なのかもしれない。
砂漠地帯で生活している民族は天体などを確認して方位を知るから、時間感覚や距離感覚に天体活動の影響を受けるのだ。
天体活動を行動や生活リズムの指標にすると、良く12進法が出てくる。
現代(未来)世界で1分が60秒なのも、1時間が60分なのも、1日が24時間なのも、1年が12か月なのも、その名残だ。
騎兵隊は、砂漠を行軍する。
タリム盆地は、南を崑崙山脈、北を天山山脈、西をパミール高原とカラコルム山脈に囲まれ、中央部は広大なタクラマカン砂漠に占められていた。
伐来達が砂漠の携帯食として、血抜きをしない燻製肉や山羊のミルク(ヨーグルト)を持つ理由は、ビタミンC不足によって起きる壊血病対策だった訳だけれど、壊血病は大航海時代に船乗りを苦しめた病気でもある。
つまり、砂漠は、海みたいなものなんだね。
あ〜、だからラクダの事を「砂漠の船」と呼ぶのか……。
『主上』
応竜が思念を飛ばして来た。
『何?』
私も思念で訊ねる。
私と眷属、あるいは眷属同士の思念による会話は、他人には聞こえない。
『今後の事ですが、主上が世界を救う御力の源泉となる神力を安定して徴収する為に、早急に主上が庇護領域を持つべきなのは御理解頂けるかと思います』
『それは昨日も話し合ったよね?私は、侵略して何処かの国や都市を奪うような事は絶対にしないって』
『昨日も申し上げましたが、その点に異存はありません。当初の予定は狂いましたが……』
『私の判断で、釈羅や応竜の予定は自由に変えて良いんだよね?昨日そう言ったじゃん』
『はい。ですので、我は次善策に移行したいと考えます』
『次善策?』
『実は、タリムのオアシス都市国家の征服を志織さんが拒否なさる可能性も考えて、主上(釈羅)は次善策を用意しておられました』
『プランBって訳?随分と準備が良いじゃん』
『もちろん主上(釈羅)は偉大なる最高神ですので』
『その次善策って何?』
『ある人間に会う事です』
『誰?』
『それは、御伝えしない方が宜しいでしょう。出来るだけ先入観を抱かせず、主上(三国志織)の自主的な行動選択を尊重する為です』
『あっそう。ま、飲み込んでおくよ』
私達は、結構な速度で砂漠を進む。
お読み頂き、ありがとうございます。
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【お願い】
誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には、訂正箇所以外のご説明ご意見などは書き込まないようお願い致します。
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何卒よろしくお願い申し上げます。




