魔境に降り立ってしまったと気づいた梟は早く帰りたい
真琴の親父さんは、親父殿だった。
拓海の実兄なのに、拓海に似ていない。拓海どころか任侠ドラマの主役を演じる俳優に似ている。藤が大好きなシリーズの奴。やばい。藤が家を叩きだされた真琴を簡単に受け入れるわけだよ。親父様に呼び出されて、お前勝手に何やってんだ? と罵られたい。そんな藤の願望が聞こえそうだ。
俺は真琴を挟んで横に座っている藤を見た。
めっちゃ、ニコニコ顔。
やっぱ勘当ですか。俺が面倒見ます。息子さんの報告は逐一親父殿にさせていただきますので今後お時間どうぞよろしく、とか狙ってそうだ。
「真琴。松永の嬢のことは聞いた。残念だったな」
「話し方もそれ?」
「晴、煩い」
「晴純君、父さん茶々入れられるの嫌いだから」
俺はカチーンときた。
お前ら二人、俺が作った朝ごはんに舌鼓打ってたよな。俺は簡単にチーズトーストとコーヒーにしようよって言ったのに、和食が食いたい作れ言ったよな。
なんで受験生な中三男子が、せっかくの休日に朝からご飯炊いて、みそ汁にだし巻き卵にホウレン草の胡麻和えと、お母さんやらされるんだよ。
そんな風にお前らに尽くさせた俺にダメ出し、だと?
「横から口をはさみ申し訳ありません。俺は故あって亮さんと縁を結ばせていただきました、蒲生晴純と申します。きちんとした挨拶もなく、不義理しておりましたこと、真に申し訳ありません」
「真琴、この子どうしたの?」
「晴、この家やくざじゃないから」
「なんか、叔父さんと結婚したって挨拶みたい」
あ、俺をディスる奴が一人増えた。
俺はお前のバカ息子を食わしてやってきたんだぞ。
「家族と認めていただきましたこと、感謝いたします。では家族としてひとこと言わせていただきますが」
最終的には、親父殿と真琴を俺に土下座させることに成功した。
藤は腹が痛いと人ん家の応接間で笑い転げていたけれど、真琴を実家に叩き返すことは成功したので見逃してやった。
拓海のお兄さん、親バカどころか馬鹿親だった。
息子可愛さに息子の相手の身上調査したはいいが、興信所が渡してきた調査結果は島永美穂のもの。あの女の身上書じゃ、どの家だってお断りだ。
家は金持ちでも素行が悪く、父親の金で開いたスナックでは、ほとんどぼったくりで警察官や県庁職員を食い物にしていたらしいし。なんかあやしぃ薬も流してるっぽいところまで記載されてた。
それを真琴に叩きつけて、こんな女はダメだの一点張り。
真琴は「そんな人じゃない」そして親父が「出ていけ」と。
俺もその調査書読ませてもらったが、お前ら本当に弁護士と史学家なのかと小一時間。表紙読めよ。名前違うじゃん。そもそも息子の恋人の名前を覚え違いしてたお父さんが悪いじゃないか! と俺は責めた。
すると、「父さんは僕を心配しているだけだから」「いや。息子を信じなかったばかりか、自分の間違いに気づけなかった私が悪い」「父さん」「真琴」、だ。
俺がさらにプッツン行くの仕方なくない?
俺は平身低頭の拓海家本家達に、では、と言って立ち上がる。
「藤さん、帰るよ」
「え、お昼に寿司でもどうかな」
「晴純君、勝栄寿司は美味しいぞ」
「晴! 回らない寿司だぞ!!」
俺は帰宅時間を遅らせることにした。
藤はヒーと情けない声を上げて笑う。
まったくよ。
「晴、怒りんぼ。悪かったから帰らないで」
「トイレですよ。立ったついでに行ってきます。で、トイレはどこ?」
「あ、案内するよ」
俺と真琴は連れ立ってトイレ目指して歩くことになった。
長い廊下は少々掃除が足らないが、おかげで杖を突くことを躊躇しないでいられる。一応杖の先にカバーを嵌めてはいるけれど、床を傷めそうで怖いんだよね。
トイレは階段下にあった。応接間を出て廊下をまっすぐに来たその突き当りなのだが、突き当りの壁向こうには階段があるって奴。
迷いそうなほどにこの家は広いけど、トイレが突き当りというわかりやすさで良かったと俺が思った瞬間。
「あ、このトイレ和式だった」
「辿りついたところでハズレって止めて」
「ふふ。ごめん。正解までおんぶしてあげようか」
「頼もうかな」
「本家まで食い物にしに来たの?」
俺と真琴の会話に割り込んできた、人の神経を逆なでする女のべたついた声。
振り返れば、ちょうど階段を下りてきたばかりらしい女性がそこにいた。
年齢は高校生ぐらい。遠目なので、彼女は少々ぽっちゃりで、真っ黒の髪をまっすぐに下ろしていて、眼鏡をかけている、ということしかわからない。
いや、ピンクなフリルいっぱいの洋服を着ているってことはわかる。ついでに、ボタンの留め方で中のパニエの見え方を変えられる前開きスカートは、二着のスカートをそのボタンで留めることでウエストの大きい人も着れるんだなって、無駄な雑学を手に入れてしまった。
「妹?」
疑問形なのは、彼女の外見には真琴との共通点が何もないからだ。
それなのに話しかけ方に遠慮がないから。
「違う。叔母の子。うちは広いから」
叔母一家も本家に住んでいるってことか。
そして昼は寿司をとるぞって状況で、誰も彼女に声をかけていないようなのは、叔母一家は完全に別所帯って感じなのかな。
「初めまして。蒲生はれ」
「結構よ。私はあなたなんか我が家の人だなんて認めない。それから静かにしてくれる? そこの木偶の棒が弁護士になれる頭がないせいで、私が弁護士にならならなきゃいけないの。はあ。人より秀でていると辛いわ」
「ごめ、ごめんね。メリアちゃん」
「真琴、謝る必要ないだろ。君は拓海家そのものなんだから」
「あら、落ちこぼれに拓海家の要素がどこにあるの? 史学なんて趣味で十分なことにうつつを抜かして。まあ、この家の財産が有れば、あなた一人ぐらい一生脛を齧っていられるって甘い考えなんでしょうけど」
「いや。真琴君は大成するよ。そもそも自分の好きなものに没頭して道を究めるのが拓海家の人である証なんだ。君みたいに嫌々勉強している時点で、君は拓海家の血筋とは言えない」
「ああああああああああああああ!!」
どすどすどすと音を立てて走ってきたメリアは、俺をどすこいと突き飛ばした。
俺は仰向けに倒れながら思った。庇えよ、真琴(怒)、と。
「私だって、私だって、頑張っているのよおおおお。落ちこぼれの真琴君を私がお婿にしてこの家を継がしてあげるように、私はとっても頑張っているのにいいいいいいい!!」
いじわる見下し系どころか、メリアちゃんは恋する乙女だった。
強火拗らせすぎて、俺だったらごめんこうむりたいタイプ。
「晴純君! やっぱり君の家に僕を置いて!!」
「ヘタれ!!嫌なら自分で断れ。君は僕の趣味じゃない、ぐらい言え!!」
「そんな可哀そうなこと言えない」
「うおおおおおおおおおおおん」
寿司に惑わされたばっかりに。
寿司ぐらい自分で買って食えば良かった。
俺は回らない寿司ぐらい自分で食える金があるのだから!!
俺はスマホを引き出して、さっきから煩い相手に折り返した。
「兵頭さん、論文書くから助けて。拓海家魔境だよ!!」
真琴君は浮世離れした感じのお坊ちゃんなのでモテます
従妹のメリアちゃんが、拓海家の跡継ぎになって真琴君を助けよう、なんて余計な野望を抱くぐらい




