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腕によりをかけて変身させられた美幸は、これをつけたらぼくだとわかりにくいといって、髪の付け毛だけは断固として拒否し、そのあと別フロアで父の希望によるその女装のままの家族写真を撮影したあと、服その他一式を購入し、文化祭当日朝、化粧担当者が桜井家まで来る契約まで結んで終わった。
父親の描く、女の子の「ふつうの格好」に息子は呆れた。
息子に女装の一式をプレゼントする楽しみと、存分に変身した姿を愛でる機会を与えてくれた北方高校に感謝していた耕四郎は、出席できなかった文化祭の写真を、三週間後、手に入れた。
屋敷の自室で、くつろいだ服に着替え、息子が赤ん坊だった時期だけ禁煙していた葉巻に火をつけ、じっくりと吸う。
耕四郎の肝いりで女装した美幸は、だれよりも可愛かった。当然だ。
安楽椅子に深く背を預け、美幸が写ったたくさんの写真を楽しんだあと、とっておきを眺める。
「やはりこれが圧巻だな」
息子が白いフリルのドレスを脱いで、ひとつ年上の男性の腰に巻いて、抱きついているようにも、抱かれているようにもみえる写真。
美幸の目は、背の高い先輩にそそがれている。
黒い短い髪に、はっきりとした意思のある目と眉をした男子生徒は、驚いた顔で後輩を見下ろしていた。
なんでも剣道部の新しい主将らしい。名前は剣持始。
高校の進路を変更した息子。
文武両道を謳う、進学率はそこそこの名のない高校。美幸はその学校の剣道部に入部した。
朝食の会話で、この『剣持さん』が美幸の口からもれ出ることが頻繁になってきていた。
口を閉ざしていた片山や天童も、学校の帰路途中で、しばしば息子が、『剣持さん』が無事に帰宅するかを見届けていることを耕四郎に報告した。
その『剣持さん』の祖父が地方講演先で倒れ、動転している先輩をほうっておけないので、今夜は先輩の家に泊まり、翌日は学校を休んで祖父が搬送された病院に一緒に向かうと、仕事先に美幸から連絡が入った。
(……ずいぶんと、入れ込んでいる)
息子が『剣持さん』を慕っていることはあまりにも明白だ。
小学中学と親しい友達はいたが、恋愛未満で発展せず、いまだ幼いころの『子供をつくって家庭を築きたい』という夢を秘めていた息子が、ついに……。
寂しいような、切ないような、ほっとしたような、どうにも複雑なおもいがした。
だいたいその『剣持さん』の気持ちはどうなのだろう。
断片的にきくとどうも、美幸が一方的におもいを寄せ、健気に愛情を捧げているようにしかみえない。
恋心を利用されて、尽くすように仕向けられているようにみえなくもない。
*
だが、こんな耕四郎の親心が一変する出来事がおこった。
それは事後報告の形であった。
部活の終わった息子が、学校の校内で拉致され、校舎の一室に連れ込まれたというのだ。
だが、ちゃんとまさかのときに備えた装置で天童にSOSを発した。
天童が駆け付けるその間に、美幸を窮地から救ったのは他のだれでもない『剣持さん』だった。
報告によると、竹箒で犯人を一撃し、息子を背にかばって対峙していたそうだ。
おまけに、たいへん珍しいことながら、襲われたショックで震えていた息子を慰め、両腕に抱きしめ、頭を撫でていたという。息子はいままでそういった危機をくぐりぬけたあとも、案外けろっとしていたものだ。
『剣持さん』の胸で泣いた息子は、抱き返し、天童がそばにいくまでふたりはぴったりとくっついてお互いをみつめあっていたとか。
(――なるほど)
かれのほうも息子を憎からずおもっているわけだ。
美幸から守られ尽くされるだけではないらしい。
ちゃんと息子を守ってくれる。
(なるほどな)
おもえば、自分も美幸の母親とであったのは高校生のときだった。好きだというおもいのそばには、結婚したいという希望まであった。
(これは一度、会ってみないとな)
その機会はすぐにやってきた。
*
『剣持さん』とその唯一の身内である祖父の鼎と、耕四郎は顔を合わせ、ことばをかわした。
耕四郎と同じように、鼎のほうも、孫のお相手の肉親に興味深々のようだった。眼鏡のむこうの黒い瞳に知性がきらめている。
一をいえば十通じる相手だった。
剣持始は、おもっていたより厳つくも、猛々しくもなかった。
堅苦しい真面目さがただよい、もうひとりの息子である和義を連想させる。
それでいて、和義よりはよほど表情も感情もある。人より倍以上苦しんできたことがあるのか、大人びてみえた。
医院と家屋がくっついた家の居間と洋間をつかった昼食会は、それはなごやかなものとなった。
花に包まれたなかで、ちゃっかり『剣持さん』の横に座った息子は、意中の相手の手料理を中心に口にはこび、美味しい美味しいを連発していた。
親ながらも、ちょっとそれはいいすぎだとおもった。
(もうちょっと抑えなさい美幸)
忠告するならそんなこと。
『剣持さん』に夢中な美幸は、父からの視線にも気づかず、それは楽しそうに嬉しそうにしていた。
この家の主が乾杯の音頭でいったように、そうすることが息子の希望なのだろう。
あれはどうみたって、もう決めている顔だ。
――この人! といっているも同然だ。
やれやれと浮かべた笑みは、片山が気づいてにやりと笑って返してくれた。
女性絶滅後の結婚は、同性同士の場合でも二十才から認められ、夫婦という名称は廃れはじめ、代わりに、パートナー、伴侶ということばが使われるのが一般になった。
やがてパートナー同士になるであろう息子と、その隣の男子高校生を耕四郎は眺めた。
そして文化祭のあの圧巻の一枚をおもいだし、悪くないな、とおもった。
いやそれどころか、今後がますます楽しみだ。
番外編二 完結




