09
桜井はその夜、ひとつの天啓を得た。
剣持始という人物は、姫ではない、騎士でもない、そのどちらかいっぽうではない。姫と騎士が同居している人物なのだ。
だから剣持の姫の部分を守ることは今後も継続するとして、騎士の部分で仮に桜井が助けられてたとしても、それは受容すべきだとおもった。
姫な部分が引き離せないように、騎士の部分もまた剣持始に欠かせない部分だからだ。
また姫である剣持に惹かれながらも、騎士である剣持もかっこいいとおもう。
襲われた後輩を助けるために、夜の校舎に乗り込んで、竹箒一本で退治してしまえるなんて、なんて男前だろうか。
天童の報告から心配していた父をなだめ、ゆっくり湯につかり、ふかふかの広いベッドにもぐりこんだ桜井は、自分より背も肩幅も広い剣持と抱き合ったことを何度もおもいかえして寝についた。
剣持に救出された自分がひどくみじめで情けなく悔しくて涙したが、心情をぶつけても剣持は冷たい態度をとることもなく、いや冷たいどころか、ひどくやさしかった。
(……剣持さん、大好きです)
あらためてそうおもった。
桜井はその夜、騎士の格好をした剣持に、同じく騎士の格好をした自分が、誓いの剣を捧げる夢をみた。
剣持は、困ったように眉をさげ、ぎこちなく桜井を抱きしめてくれた。
*
日曜日、剣持家では前日から用意していた料理の盛り付けと、当日に火を通す料理の仕上げにおおわらわになっていた。
桜井からは本人を入れて四人が出席する旨、連絡を受けていた。
「始ほらそれは、そこの青い皿だ」
「ああでも、数が足りないんだよな」
「ちゃんと計算して買ってきたはずだが」
「一個失敗したんだよ」
居間と隣の洋間の襖をどけて、大きなテーブルを二つ並べた。
いちおう、花瓶に花なぞいけてみた。
料理は祖父と孫、それぞれの得意料理が並んだ。
天ぷら蕎麦、赤飯、ロールキャベツに、玉子焼き、漬物、メインは刺身。
華やかさが足りないだろうと、サラダを作ってみた。ポテトサラダも作ってみた。鶏の唐揚げも添えた。
食器をならび終えたとき、ベルが鳴った。
「はい、剣持です」
「こんにちは、桜井です」
剣持が応答すると、後輩の声がきこえた。
「すぐ行く。――じいさん、客がきた」
「ああ、では出迎えようか」
剣持家の祖父と孫が玄関先に出てみると、門の外でおめかしした桜井美幸が立っていた。
どこのレストランに行くのかという薄い水色のスーツだ。髪も念入りに梳かされて、頬も艶々している。
剣持も祖父も、白いワイシャツに淡い色のスラックスをきていた。
剣持は靴を履き、黒い錆びた鉄の門に向かった。
「いらっしゃい、どうぞ入ってくれ」
門を開き、剣持は片腕をうながすようにあげた。
「剣持くん、はじめまして」
振り返ると、桜井によくにた小柄な紳士が立っていた。口髭がダンディだ。茶色のスーツもじつにきまっている。
「美幸の父です。先日は息子を助けてくれてありがとう。今日、ご自宅に招かれていると知って、ぜひご挨拶がしたくて付いてきました」
「え……あの……」
返事に窮していると、背後からのんびりした声があがった。
「おお、桜井くんのお父上ですか。これはどうもようこそいらっしゃいました。始の祖父です。狭い家ですがどうぞおあがりください。食事も多めに作ってありますので、ご一緒にいかがですか」
「押しかけたようで申し訳ありません。息子が敬愛する剣持くんを一度この目でみたいとまえまえからおもっておりまして。ではおことばに甘えて。いくつか持参したものもありますので、テーブルの端っこにのせてください」
祖父と桜井の父は握手をすると、家のなかに入っていった。
そのあとを、巨大な花束と、寿司桶と、保温容器と紙袋を大量に抱えた、田中、片山、天童がつづく。
「……桜井……」
「ごめんなさい剣持さん。今朝になって急に父が自分も行くっていいだして、止めてもきかなくて、料理持参で行けば許してもらえるかと……」
いまだ門の内と外で、ふたりは会話していた。
「ぼくが先輩に助けられたことに父がいたく感動して、どうしてもって」
「……いや、助けられたのはおれのほうもだしな。じいさんも喜んでるし、まあ上がれよ」
「はい、あ、剣持さん、これぼくから」
「え……?」
みれば、雑誌が入りそうな白い紙袋を桜井は差し出していた。
「あの、よけいなことかなっておもったりもしたんですが、必要のようですし、ちょっとでも役に立ち、たくて……」
もじもじする桜井をいぶかしげにみた剣持は、その場で紙袋を開いてみた。
それはドラッグストアで市販されている「イタミントルン」という鎮痛剤だ。祖父が選び、剣持は毎月服用している。
「あの、それ、格安で我が家は手に入るので……」
まじまじとパッケージをみつめていると、桜井が消えそうな声でいった。
そこでいまさらながらよくみれば、商品名の斜め右上に小さく「桜井製薬」と書いてあった。
*
大人と老人が席についても、若いふたりはまだ入って来ない。
だがだれも呼びに行こうとはしない。
さんさんと日差しの入る、居間と洋間を横断した食卓は、桜井家の加勢により豪勢なものになっていた。
桜井美幸の父、耕四郎はなかなかの人物のようだった。
「お孫さんは清潔感あふれる、凛々しい少年ですね」
「お硬いばかりの面白くないやつですが、美幸くんのような後輩と付き合えば、多少は軟化するでしょう」
「お付き合いに関しては、息子にとってもまったく異存はないでしょう。むしろ望ましいものではないでしょうか」
「じつはわたしも、孫にとってそうだとおもっております」
耕四郎と談笑していると、居間に孫の始と、その後輩があらわれた。ふたりとも頬が赤い。
いつかみたみたいに、ふたりは並んで立っている。
巷に溢れる、刹那的な関係ではなく、ふたりにはどこまでもお互いを支え合うような関係になってほしい。
どさくさにまぎれてどちらの家族とも顔合わせは済んだことだし、鼎としてはふたりがこのまままっすぐ進んでくれればとおもった。
「さあさあ、席につけ。飲み物は全員にいきわたりましたかな?」
高校生ふたりに声をかけたあと、鼎は主賓としてテーブルをみまわした。
運転手の片山以外はビール。未成年のふたりはほうじ茶。各自ガラスコップを持ち上げた。
「えーでは、年長者であるわたしが乾杯の音頭をとらせていただきます。お互い、お礼をいいあうのはもうなしにしましょう。今日の良き日は桜井家と剣持家がお近づきになり、また結ばれた日と考えます。まことにめでたい。われわれのこれからの末永い関係を願い――乾杯」
鼎の結婚を意識した音頭に、孫だけが、え? という顔をするなか、みなにこやかにいった。
「乾杯!」
第三弾 完結




