05
ふたりがきたのは体育館裏手。校舎のにぎわいが遠く聞こえる。
静かな場所にくると成瀬英輝の女装というより扮装は、異様だった。けっしてブ男ではないが、化粧が厚すぎる。
「レディ・ヒデコ、それで? おれ、クラスの受付する番なんだよ」
「あら、それはたいへん。じゃあさっそくいわせていただくわ」
「おまえいいかげん、その口調やめろよ」
剣持は腕をくみ仁王立ちしながら、ため息をついた。
「ストッキングが破れてるぞ」
素にもどった成瀬の声が、裏手に響いた。
「え」
「古いのって破けやすいんだよなあ。需要がないからストッキングって高いし、それもどうせ家にったお古だろ」
「ああ……」
足を見下ろすと、左足外側が上履きのしたからスカートのしたまで縦に穴があいていた。
「それ、脱いじゃったほうがいいぞ――みっともないですわレディ」
最後は扇子をひろげてパタパタさせながら成瀬はいった。
剣持は、時間を気にしながら黒のスカートのしたに両手をつっこんで、薄いストッキングをつかんでひきずりおろした。この薄い膜があっただけでずいぶんと温かったんだなと気づいた。窮屈でもあったので、上履きをぬいで足の先から抜いてしまうと、すごく清々した。
脱いだストッキングをまるめて白衣のポケットにいれて目をあげると、成瀬が扇子で顔をかくしていた。
「どうした」
「……ええ、ちょっと……刺激のつよい場面でしたので自主規制いたしました……」
「なんだよそれ。クラスに行こうぜ」
「ええ……」
剣持が先にたって歩き出すと、扇子で顔をかくしたまま成瀬はあとについてきた。
*
ふたたび校舎近くにもどると、成瀬は扇子をおろしてレディ・ヒデコぶりを周囲に披露した。笑いと視線が集まってくる。いっしょに歩くと時間がかかるので、素足に上履きとなった剣持は友達をおいて三階にかけあがっていった。
「遅れて悪かった」
クラス入口に机を二つ並べて受付にしていた。片方の椅子にすわり、ふたりの友達と談笑してたクラスメイトが平気平気といった。
そのクラスメイトはピンクのワンピースにピンクのメンドリエプロンをつけ、髪を飾りのついたゴムでとめている。剣持が腰掛けようとのこった椅子をひくと、すわる場所に畳まれたエプロンがおいてあった。
「剣持もそれつけろよ」
「――ああ」
剣持は白衣のうえからエプロンをつけた。
喫茶メンドリは怖いもの知らずの面々がけっこういるようで、なかなか繁盛していた。レディ・ヒデコが客をひきつれて到着すると、いっそう喫茶はひとであふれた。
「おい順番にならべ」
「なんだよ、うぜえ」
他校生徒のひやかしふたりが、列に割りこんでくる。剣持は見逃さず注意した。周囲は一瞬しずまった。大人の顔も見えるが、助ける気はないようだ。剣持は席をたち、ふたりのまえにでる。
「割りこみをするな」
「うぜえってんだろ」
「うざいのはおまえらだ」
「なんだとこの、気持悪い女装しやがってよ、おまえ」
「そうだおまえ、なんだよそれ、ピンクのエプロン超似合ってねえよ」
「だせえ」
「うぜえし、超ブスだぜ」
「いいかげんその口、閉じたらどうですか」
剣持がどう追い返そうかと考えながら、誹謗をうけてたっていると列の背後から声がかかった。
廊下にあふれたひとたちは肩越しに振り向く。ひやかしのふたりは振りかえると、体を硬直させた。剣持は伊達メガネがずれそうになった。
(桜井)
桜井美幸は、白いドレスをきていた。付け髪などなく、短いままだが、シンプルできらきら光る髪どめをしており、やわらかい化粧は、もとからの少女めいた顔をさらに際立たせていた。
白い首にはダイヤモンドだろうか、宝石のついたチョーカー。上品で愛らしいフリルは、桜井がうごくとひらひらと揺れた。
ドレスの少しあいている胸元がふくらみ、どう見ても少女があらわれたとしかおもえなかった。
かわいい顔を憤慨にふくらませて、他校生徒をにらむ桜井はたまらなくかわいかった。腰に両手をおいたポーズさえ、腰がくだけるような愛らしさだ。
「列を乱しておきながら、それを注意されたらそのひとをバカにするなんて、ひととして情けないとおもいませんか。それにそのひとはけっしてブスではありません。わかったのならさっさと列のうしろに並んでください」
目もくらむような美少女に手厳しく注意されて、他校生ふたりは反論することなく列のうしろにむかった。
桜井があるくと、そんな他校生のことはみな忘れて、ひらひらふわふわとうごくフリルを目で追っている。
「剣持さん、おはようございます」
「あ、ああ……」
剣持はメガネをなおして、受付の席にもどった。
「桜井、店にはいるなら列に並べよ」
「はい、あとで並ばせていただきます。剣持さん、今日のお昼はごいっしょしてもいいですか」
「え」
また周囲が一瞬しずかになった。