03
中庭のテラスでは、吹奏楽部が開催とお祝いの演奏をしていた。窓をあけた廊下に音がながれてくる。剣持女医は伊達メガネをポケットからだしてかけると、その様子を三階から見下ろした。
このメガネは祖父が使用しなくなった、琥珀縁の時代遅れのデザインだ。レンズをはずして用意していた。
中庭には、やはり女子高校生姿が多い。OBが後輩に残していくからだ。それから母親がきていたであろうサイズのあわないものを窮屈そうにきているものや、計ったようにきまっているものもいる。
胸はどうしてかみんな大きめになりがちで、服のあいだからブラや白のパットそのものがはみ出してるものもいる。扮装用のかつらや、自然に見える付け毛をしているのも目立ち、大半は化粧もしていた。唇だけが顔から突き出て見える。
「剣持先輩」
ふりむくと、剣道部の後輩が三人連れでたっていた。
「よう……おまえたち……ずいぶんと……」
ふたりはチェック柄スカート、襟リボンのブレザーで、ひとりは水色のワンピース姿。足元から頭まで隙がない。
(おれが一年のときはもっと手抜きだったがなあ)
多少、事情があったというのも否めないが。
「えー、似合ってますかあ」
「だったらうれしいなあ」
「ぼく、この高校にはこの女祭りに釣られて受験したんですよねえ」
三人は笑っている。剣持は伊達メガネのしたで目を見開いた。
「そんな……たのしいか、この祭り」
「だって女性たちってこんな格好してたんですよねえ。おもしろいですよ。妙な気分だし、自分の姿みて、ああ、こんな子がいたのかもなあって」
「見たかったですよねえ、女性」
しんみりした三人の後輩に、剣持はやさしく同意した。
「ああ、そうだな」
三人は、先輩も似合っているといって、頭をさげてはなれていった。
*
美術部の女性絵画展をまわったり、クラス露店で金券をつかっているうちに、周辺住民と生徒関係者の外来客が入場してくる時刻となった。日曜日に開催しているので、他校の生徒がまぎれこんでいたりもする。
外来客もとうぜん男だけだ。開催側も男だけであるのに、女装してるために、男女が混在しているようになった。
フレアースカートで大股に階段をのぼり、パンツが見えるのも気にしなかった生徒が、男のなりのままの客が増えたとたんに楚々として歩きだしたのを剣持は目撃した。
(ん?)
去年は、不機嫌でいたたまれなく校内をめぐったりしなかったので気づかなかった。男なのに、女の扮装をすると女の気分となり、さらにそこに男があらわれるとその気分は助長されるようだ。
剣持はおもわず眉をよせた。
(まてよおいこら)
おまえたちは同性だぞ。装飾の影響とは恐ろしい。
外来客に声をかけられ、浴衣にうちわを手にした少年が恥ずかしそうに頬を染めている。
「かわいいね」
声が聞こえた。手をつかまれると、浴衣姿の男子学生は、五つほど年上の男の腕に手をまわしてもたれかかった。
手にしたクッキーを剣持は落とした。あわてて拾い上げて、廊下に設置されているゴミ箱に捨てにいく。
文化祭後は、学内外で数多くカップルが誕生する。「女性的」であることが貴重な世の中だ。高校生の女装にふらつく大人もいるだろう。あらためて隣りの席の友達が女性ぽくて惚れてしまうものもいるんだろう。
剣道部の三人の後輩が抱いてた気持は、「女祭り」の主旨に合致しているようだ。だが、どうも大人と未成年の交際を助長しているようでもある。同性なため昔あったような、かわいそうな赤ん坊は誕生しないが、少年も性虐待の対象ではあるだろう。
(なんか……頭が混乱してきたな)
剣持は、茶店にはいって抹茶をたのんだ。長椅子に腰かけると、丈の短いスカートが股ちかくまでめくれるのにはじめて気づく。はおっていた白衣であわてて隠した。剣持は剣道でずっと背筋をのばして立っている姿勢になれているので、スカートをはいて以来いちどもすわっていなかったのだ。
(――なんでおれ、恥ずかしがってんだ?)
常日頃から男のなかで着替えてすごしているというのに。自分でさえも女装をすると、その影響をうけているのだとおもい、憤然と席を立った。