第42話
マルキュナはエリフィアナの左小脇に抱えられ、屋根の上を移動していた。
エリフィアナの正面と左右、そして後ろに影が二体ずつ現れる。
一体がエリフィアナの右に並走して何かを伝えた。
エリフィアナは前方へ意識を据えたまま移動しながら言った。
「どうやら少しデカブツと交戦中のようだ」
そして見物スポットにたどり着いた。
街の円形の広場の真ん中で戦闘が行われていた。
レオニードは体から金色のオーラを放ち、剣……いや、細い角材を手に振り回していた。
一方エリフィアナよりも巨大な魔物は、身長ほどもある大剣を握っていた。
その頭は顔の長い鹿、二足で立ち腰にはボロの布切れ、両の手だけ人間のそれを模していた。
レオニードはその大剣を角材で受け流し、鹿頭の胴に一閃。
角材が砕け散った。
そして次は地面に転がっていた木の枝を手にし、また立ち向かう。
エリフィアナがマルキュナを屋根の上に置いてレオニードを指差した。
「あれが、あいつの戦い方だ」
「あんなの……戦いになるわけ……」
マルキュナはしゃがみ込みながらその様子をうかがう。
棒と大剣、どちらが強いかなど明白だった。
逆によくこの状況で戦えているのか不思議だった。
あれが勇者というものなのだろうか。
明らかに現実味がない。
「レオニードは何故か特定の剣を持たないんだ。ああやって近くにある棒状のものだったらなんでも振り回す。敵の武器だろうが、落ちてた牙を振ってることもあったな」
「それで、勝てるの?」
「勝つんだよなぁ。その理由の一つがあの金色のオーラ、あれはあいつの内包する魔力なんだが、化け物じみてると思わないか?」
「どういうこと?」
「あれな、自ら外に出してるわけじゃないんだ。勝手に垂れ流されてるんだよ。それで一目でわかるほどの出力、しかも物質に浸透して強化まで行う。いや強化なんて生ぬるいものじゃないな。自身の肉体の一部ともいうべきか」
「それって物を自分のいいように変換してるってこと?」
「変換……侵食? ってのかな。いずれにしても見た目はあれだがあれは立派な武器だ。今はそれに耐えてる鹿頭の武器がスゲーって話なんだよこれ」
「そう……なんだ」
大丈夫かな。
心配だな。
そんな想いがまだ心の奥でくすぶっていた。
だがそれが一つの過ちを生んだ。
まだ大丈夫だろう。
この計画において関わっていた全員がそう思っていた。
しかし、逸りすぎた。
勇者と魔王という異質な存在が同居する中、高ぶる鼓動を抑えきれていなかった。
その綻びが今発動した。
マルキュナの髪飾りが光を放った。
同時にレオニードの髪飾りも光を放つ。
これはエリフィアナが用意したものだった。
特別な魔法陣も文字も撃ちこまれていない。
本当にただの髪飾りだった。
そこまでよかった。
しかし、『契約』は人知れず縁を結んでいた。
レオニードは本当に欲しがっていた。
羨ましがっていた。
すでに恋に落ちていた。
それ故に、マルキュナとクラリーンがお揃いで付けていた髪飾りにあこがれを抱き、小さな嫉妬を孕ませていた。
それは誰も気がつかない小さすぎる恋心。
そこに繋がるパスが今日移り変わっていた。
レオニードが『お揃いの髪飾り』をマルキュナに付けた時、二人の間に契約が交わされていた。
『守る』
それは相互に働き、今、マルキュナの存在をレオニードが知覚した。
レオニードがマルキュナの方に顔を向けた。
その隙に鹿頭が横薙ぎに剣を一閃した。
レオニードは吹き飛ばされ、近くにあった屋台に吹き飛ばされた。
激しい音を立て屋台が崩れ落ちる。
そして同時に異変が起きた。
金色のオーラが鹿頭の持つ大剣に付着した。
それは徐々に大剣を包み込み、鹿頭の体に触れ、全体を覆った。
魔物への侵食。
鹿頭の体が黒くにじみ始め、頭が裂け、中から大量の目玉がせり上がってきた。
手に握られていた剣を地面に落とし、頭を何とか戻そうと押し縮めようとしている。
あまりにも気味が悪すぎる光景だった。
それを見たエリフィアナが周りの影たちに指示を出した。
「まずい……『魔人化』が始まった! 結界を張れ!」
影が散開し、鹿頭を囲うように四方に二人ずつ並んだ。
そして一斉に両手を天にかざした。
その瞬間、広場を中心とした一帯が、色を完全に失った。
石畳も、崩れた屋台も、周囲の建物も、空さえも、鮮やかな色彩を全て奪われる。
するとさらに奇妙なことが起きた。
荘厳な音色が聞こえてきた。
それはこの討伐劇を彩る様な心を下から押し上げるような音楽だった。
マルキュナが周りを見渡していると、エリフィアナが頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「これは……どこから?」
「世界のルールへの干渉まで……。やっちまったなぁ、くそ。これは怒られるな」
「世界のルールへの干渉ってなに? この次元の狭間のこと?」
「違うんだ。この曲は……レオニードの心象風景みたいなもんだ。説明は難しいからあとだ。つまるところ盛り上がってんだよ今あいつは。カッコつけるための感動のフィナーレってやつだ。だが……結界が持たんぞ……」
その言葉が終わらないうちに、壊れた屋台の瓦礫が爆ぜ、黄金のオーラが爆炎のように噴き上がった。
レオニードが立ち上がる。
その姿は、もはや少年のものではなかった。
全身から迸る輝きが、灰色の世界を切り裂く。
彼は巨大化した鹿頭に近づき、足元に落ちていた大剣を掴み上げた。
彼のオーラに触れた瞬間、刀身全体が光を纏い、神が与えた聖剣のように変貌した。
レオニードは大剣を両手で高々と振りかぶり、
「ブレイヴァースラアアアアッシュ!!」
叫びと共に、振り下ろした。
その瞬間、世界が金色に染まった。
天から落ちるのは光の奔流。
倒れゆく塔のように、一直線に街並みを切り裂き、鹿頭を襲う。
鹿頭は抵抗すら許されず、呑み込まれ、蒸発した。
その余波は結界を粉々に砕き、剣閃の痕を残した。
光が収束する。
灰色の空間の奥に、再び鮮やかな日常の色彩が戻ってきた。
地獄と天国が反転する境界線のような、その美しくも残酷な光景を、マルキュナはただ呆然と見つめていた。
(私が……悪いんだ)




