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追放された鑑定士ですが、本当の能力は"未来の価値"が見えることでした。王国が滅びてももう遅いので、辺境で商会を作ります  作者: まつたけひめ
第4章

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第69話 変わりゆく大地

 カルベン峠を越えてから、数日が経っていた。


 一行は、これまで誰も足を踏み入れたことのない、大陸中央部へと向かう道を、着実に進んでいた。日を追うごとに、周囲の風景は、これまでの旅路とは明らかに異なる様相を呈し始めていた。夜明けと共に出発し、日が傾く頃まで歩き続ける日々が、すでに何日も続いている。


 街道と呼べるものは、すでにどこにも見当たらない。一行は、ノアの案内をもとに、獣道にも満たない道なき道を、一歩一歩、慎重に進んでいた。空気そのものが、どこか張り詰めているように感じられる。誰もが無意識のうちに、口数を減らしていた。木の葉のこすれる音や、遠くの鳥の鳴き声さえも、いつもより不気味に響くようだった。


 「これは……」


 カイが、思わず足を止めた。道の脇に立つ木々が、これまで見たこともないほど奇妙な形に歪んでいる。幹が螺旋を描くようにねじれ、枝が本来ありえない角度で伸びていた。葉の色さえも、通常の緑とは違う、くすんだ灰色がかった色を帯びている。近くを飛ぶ鳥の姿も、この辺りではほとんど見かけなくなっていた。


 「自然にできる形じゃないですよね」


 カイの声には、隠しきれない戸惑いが滲んでいた。


 「ああ」


 レインもまた、その光景に静かな驚きを隠せなかった。カルベン峠で見た木の歪みとは、比較にならないほどの異様さが、この辺りの木々には宿っていた。手を伸ばして触れることを、誰もが本能的に躊躇っていた。まるで、その歪みそのものが、何か生きた意志を持っているかのような、そんな不気味さが漂っていた。





 一行は、慎重に歩を進めた。道なき道を進む中、川に差し掛かった時、さらに異様な光景が広がっていた。


 空を見上げれば、太陽の光さえも、どこかくすんで見えるようになっていた。まるで、薄い膜を一枚隔てて世界を見ているかのような、そんな違和感が、道中ずっと一行につきまとっていた。誰の顔にも、これまでの旅では見られなかった、静かな緊張の色が浮かんでいた。


 「川の流れが……」


 リリアが、思わず声を漏らした。本来であれば下流へと流れるはずの川が、その一部で、明らかに不自然な渦を巻いていた。まるで、水そのものが、何か見えない力に引っ張られているかのようだった。水面には、これまで見たこともない淡い光の粒子のようなものまで、ちらちらと漂っている。見つめているだけで、なぜか目眩にも似た感覚を覚えるほどだった。


 「この辺りの水脈にも、異変が及んでいるようですね」


 魔導連邦の観測技師が、携行機材を取り出しながら呟いた。彼はすぐさま川の水を採取し、機材で計測を始めた。慎重な手つきで小瓶に水を汲み上げ、機材の反応を確かめる様子は、これまでの旅路で培われた確かな手際を感じさせた。傍らでノアも、水面を注意深く見つめながら、何かを確かめるように、静かに目を細めていた。


 「魔力の含有量が、通常の水とは比較にならないほど高くなっています。この水を飲むのは、避けた方がいいでしょう」


 ガルドが、皆に向けて注意を促した。


 「持参した水を大切に使え。この先、こういう場所が増えるかもしれねえ」


 その言葉に、一行はそれぞれ、携行してきた水袋を確認し合った。これから先の道のりが、これまで以上に厳しいものになることを、皆が静かに実感していた。ノアもまた、周囲の地形を見渡しながら、次に清浄な水を確保できる場所について、静かに思案を巡らせていた。





 その日の夕方、一行は野営の準備をしながら、これまでの道中で確認された異変について、改めて話し合った。周囲には、すでに火を熾すための枯れ木が集められ、リリアが手早く簡易的な食事の支度を進めていた。


 「大気中の魔力濃度が、アーレント周辺の比ではありません」


 観測技師が、日中に収集したデータをまとめながら、皆に報告した。焚き火の光に照らされた彼の表情には、これまでの旅の中でも、ひときわ深い驚きが浮かんでいた。


 「アーレント周辺でも、確かに異常な数値は観測されていました。ですが、この辺りの数値は、その数倍にも達しています」


 「数倍、か」


 レインが、静かにその数値を噛みしめた。世界崩壊現象という脅威の影響が、大陸中央部に近づくほど色濃くなっているという事実が、こうしてはっきりとした数値として示されることで、これまで以上に実感を伴って迫ってきていた。エルナやクロエが解析してきた観測データの延長線上に、今、自分たちの足でその現実を確かめている――その事実の重みを、レインは改めて噛みしめていた。神眼鑑定という力だけでは決して得られなかった、現地に立つことの意味を、レインはこの数日で、確かに実感し始めていた。


 「エルナとクロエにも、このデータを送っておきましょう」


 アルドリッジが、慣れた手つきで通信用の魔道具を取り出しながら提案した。夜風にはためく外套の裾を押さえながら、彼は淡々と作業を進めていった。


 「そうしてくれ」


 レインが頷くと、アルドリッジは慎重にデータを整理し、通信の準備を始めた。この数日で、彼もまた、遠征隊の一員として、確かな役割を担うようになっていた。当初の硬さは薄れ、今では自然な連携が、隊の中に生まれ始めている。





 焚き火を囲みながら、一行はそれぞれの想いを語り合っていた。パチパチと薪が爆ぜる音だけが、しばらくの間、静寂の中に響いていた。


 「こんな景色、初めて見ました」


 カイが、率直な感想を口にする。焚き火の炎に照らされたその横顔には、驚きと同時に、確かな緊張の色も浮かんでいた。


 「俺も、各地を渡り歩いてきたが、こんな異様な光景は、見たことがねえな」


 ガルドが、腕を組みながら答えた。かつて勇者パーティーとして各地を巡った経験を持つ彼にとっても、この光景は未知のものだった。


 その傍らで、ノアは静かに、周囲の気配を確かめるように、耳をわずかに動かしていた。しばらくの沈黙の後、彼はゆっくりと口を開いた。


 「これが、伝承に語られた『世界の傷』に近づいている証だ」


 その言葉に、一行の視線が、一斉にノアへと集まった。





 「詳しく、聞かせてもらえますか」


 レインが静かに尋ねると、ノアは頷き、焚き火の炎を見つめながら語り始めた。炎の揺らめきが、彼の横顔に、複雑な陰影を落としていた。周囲の皆も、自然と身を乗り出すようにして、その言葉に耳を傾け始めた。


 「獣王国の伝承には、『世界の傷』に近づくにつれ、大地そのものが歪んでいくという記述がある。木々が歪み、水が乱れ、風の流れさえも変わっていく――それは、世界そのものが、均衡を崩しつつある証だと、代々語り継がれてきた」


 「均衡を崩しつつある、か」


 「ああ。世界崩壊現象は、単に魔物が氾濫するというだけの現象ではない。世界そのものの秩序が、少しずつ歪んでいく過程なのだと、伝承は語っている」


 ノアの言葉には、これまで聞いてきたどの説明よりも、確かな重みがあった。長老ガロンから受け継いだ知識を、こうして実際の光景と重ね合わせることで、ノア自身、改めてその伝承の意味を、深く噛みしめているようだった。獣王国を発つ前、長老が語ってくれた言葉の一つひとつが、今ようやく、確かな実感を伴って蘇ってきていた。


 「私の一族は、この伝承を語り継ぐことを、誇りとしてきた。だが同時に、いつかこの目でその真実を確かめる日が来ることを、恐れてもいた」


 その言葉に、一行の間に、静かな緊張が走った。焚き火の炎だけが、変わらず穏やかに揺らめいていた。





 「怖くはないんですか」


 カイが、率直に尋ねた。焚き火の向こうで、ノアの表情が、わずかに揺れたように見えた。周囲の虫の声すら聞こえない、静まり返った夜の中で、その一瞬の沈黙は、いつもより長く感じられた。


 ノアは、しばらく沈黙した後、静かに答えた。


 「怖くない、と言えば嘘になる。だが、恐れるだけでは、何も変わらない。私は、一族の役目として、そして一人の獣人として、この目で真実を見届けたいと思っている」


 その言葉には、寡黙なノアらしい、静かながらも確かな覚悟が滲んでいた。カイもまた、その言葉に、静かに頷いた。かつて自分自身が、聖剣という重い運命と向き合った時のことを、思い出さずにはいられなかった。


 アルドリッジもまた、その言葉に、深く頷いた。


 「私も、同じ気持ちです。帝国の文官として、そして一人の人間として、この現象の正体を、自分の目で確かめたい」


 アルドリッジの言葉には、これまで宮廷の中で押し殺してきたであろう、確かな熱意が滲んでいた。力による統治しか知らなかった帝国という国の中で、こうして異国の伝承や仲間たちの想いに触れることが、彼の中の何かを、静かに変え始めているようだった。


 異なる国、異なる立場から集まった二人が、こうして同じ想いを共有していることに、レインは静かな感慨を覚えていた。四大国それぞれの姿勢の違いを超えて、この遠征に集った者たちの間には、確かな共通の意志が育まれ始めていた。


 リリアもまた、その様子を見つめながら、静かに頷いていた。医療班として同行する自分もまた、この遠征の意味を、改めて胸に刻み直していた。誰かが傷つく前に、そしてこの旅の意味を見失う前に、自分にできることを、精一杯果たそうという決意が、静かに胸の内に広がっていた。





 夜が更けていく中、レインは一人、手帳を開いた。周囲では、それぞれが野営の準備を終え、静かな休息の時間に入ろうとしていた。


 「大陸中央部に近づくにつれ、風景の異様さが増している。木々の歪み、川の異常な流れ、大気中の魔力濃度の急激な上昇――世界崩壊現象の影響が、中央部に近づくほど色濃くなっていることを、実感を伴って確認した」


 ペンを動かしながら、レインはノアの言葉を思い返していた。世界そのものの秩序が歪んでいく過程――それは、これまで断片的にしか理解できていなかった世界崩壊現象の本質に、一歩近づく手がかりのように思えた。


 「ノア殿の伝承、そしてアルドリッジ殿の決意――四大国それぞれの立場を超えて、この遠征に集った者たちの間に、確かな絆が育まれ始めている。これもまた、一人では見えなかったものだ」


 書き終えたところで、レインは静かに夜空を見上げた。星々の光もまた、心なしか、いつもより歪んで見えるような気がした。それでも、この道の先に、確かな真実が待っていることを、レインは静かに確信していた。手帳を閉じる指先に、これまでにない確かな重みが宿っているのを、レインは感じていた。


 焚き火の灯りが、野営地を静かに照らしている。異なる国から集まった七名の旅人たちが、この夜もまた、それぞれの想いを胸に、明日への歩みを、静かに整えていた。大陸中央部の遺跡は、まだ遠い。だが、確かにその気配は、一行の前に、少しずつその姿を現し始めていた。


 見張りの順番を待つ間、カイは焚き火の傍らで、静かに聖剣を磨いていた。刃に浮かぶ始原の言語が、炎の光を受けて、いつもより鮮明に見えるような気がした。この歪んだ大地の奥に眠るという遺跡と、自分が携えるこの剣との間に、どんな繋がりがあるのか――その答えを探る旅も、確実に核心へと近づきつつあった。


 リリアは、携行してきた医療品を確認しながら、明日以降の道のりに思いを巡らせていた。この先、大気中の魔力濃度がさらに高まれば、体調を崩す者が出てくる可能性もある。医療班としての役目を、改めて気持ちの中で引き締めていた。


 魔導連邦の観測技師は、収集したデータを丁寧にノートに書き写しながら、時折、崩れた地形を見つめては、小さく息を吐いていた。学者としての好奇心と、目の前の現実がもたらす畏怖――その両方が、彼の胸の内で複雑に絡み合っているようだった。


 ガルドは、野営地の外周を、油断なく見回っていた。これまでの旅の中で培ってきた警戒心が、この異様な土地では、これまで以上に研ぎ澄まされているようだった。暗闇の向こうに潜むかもしれない気配を、彼は一つも見逃すまいとしていた。


 それぞれが、それぞれの形で、この夜と向き合っていた。異なる背景を持つ七人が、こうして同じ焚き火を囲み、同じ目的地を目指して歩んでいる――その事実こそが、これから待ち受けるどんな困難に対しても、確かな支えになるはずだった。夜空に瞬く星々を見上げながら、レインは静かに、明日への一歩を胸に刻んでいた。

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