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追放された鑑定士ですが、本当の能力は"未来の価値"が見えることでした。王国が滅びてももう遅いので、辺境で商会を作ります  作者: まつたけひめ
第4章

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第64話 帝国からの意外な返答

 獣王国と魔導連邦からの返答が届いてから、さらに数日が過ぎていた。


 帝国からは、依然として何の連絡もない。セリアの外交室には、他の書類仕事の合間を縫うようにして、帝国からの返答を待つ緊張が、静かに積み重なっていた。日々届く報告書の中に、帝国からの一通が混ざっていないかと、セリアは無意識のうちに探し続けていた。


 「今日も、まだ届いていないのか」


 執務室に顔を出したレインの問いに、セリアは小さく首を振った。窓の外には、いつもと変わらぬ午後の陽射しが降り注いでいたが、外交室の空気だけは、どこか張り詰めたものになっていた。


 「ええ。ですが、遠征の準備自体は、このまま進めるべきだと考えています。帝国の協力が得られなくても、迂回ルートという選択肢は残されていますから」


 「それでいい。だが」


 レインは窓の外を見やった。遠くの空には、薄い雲がゆっくりと流れていた。


 「帝国が完全に沈黙を続けるというのも、それはそれで一つの意味を持つ答えだ。慎重に待とう」


 その静かな言葉には、これまでの数々の交渉を経てきたレインなりの、確かな落ち着きが宿っていた。


 その言葉が終わるか終わらないかというタイミングで、外交室の扉が慌ただしく叩かれた。ダグラスが、息を切らしながら飛び込んでくる。


 「セリア様! 帝国から、急ぎの書状が届きました!」


 いつも冷静なダグラスにしては珍しく、その声には隠しきれない興奮が滲んでいた。長年、情報網の要としてこの街のために働いてきた彼にとっても、帝国からの書状という出来事は、決して軽いものではなかった。





 差し出された封筒には、帝国の紋章が押されていた。セリアはすぐさま封を切り、内容に目を通していく。読み進めるうちに、その表情が、次第に驚きへと変わっていった。


 封蝋には、これまでの帝国からの書状と同じ意匠が刻まれていたが、その中身は、これまでとは明らかに異なる調子で綴られていた。


 「これは……」


 「どうした」


 レインが尋ねると、セリアはしばらく言葉を選ぶように黙り込んだ後、ゆっくりと口を開いた。


 「帝国が、遠征への協力を申し出てきました。しかも、思っていたよりずっと踏み込んだ内容です」


 「協力的、なのか」


 「はい。予想に反して」


 セリアは書状をレインに手渡した。目を通したレインもまた、その内容に静かな驚きを隠せなかった。


 書状には、帝国が遠征そのものに強い関心を寄せていること、そして単なる情報の共有に留まらず、随行者を派遣したいという意向が、丁寧な文言で綴られていた。第56話での駐留要求のやり取りを考えれば、これはあまりにも予想外の反応だった。


 文面には、これまでの帝国からの通達にはなかった、率直な言葉遣いも目立っていた。形式ばった外交辞令の奥に、何か個人的な、あるいは内部での議論の痕跡のようなものが、かすかに滲んでいるようにも読み取れた。





 「駐留要求を拒絶されたことへの意趣返し、という線は考えられないか」


 レインが慎重に問いかける。


 「その可能性も、もちろん検討しました。ですが、文面を読む限り、そうした含みは感じられません」


 セリアは書状の一節を指差した。


 「ここに、『世界崩壊現象という共通の脅威を前に、これまでの対立的な姿勢を見直す必要があると考える』という一文があります。これは、単なる建前とは思えない、踏み込んだ表現です」


 「帝国内部で、何かが変わりつつあるということか」


 「その可能性が高いと考えています」


 セリアの脳裏に浮かんだのは、第44話で示唆されていた帝国内部の穏健派の存在だった。国境地帯への大規模な討伐部隊の展開――力による制圧を志向する帝国の姿勢の裏側で、軍事一辺倒の対応に疑問を持つ者たちが、確かに存在するという情報。あの伏線が、今こうして、具体的な形を取り始めているのかもしれない。


 思えば、これまで断片的に届いていた情報の中にも、帝国の統治下にある村々が抱える疲弊の様子が、時折垣間見えていた。セリアは、そうした断片的な情報から、帝国という国が抱える内部の矛盾を、うっすらと感じ取り始めていた。


 「もし本当に、帝国内部の勢力図が変わりつつあるのだとしたら、この遠征は、それを見極める良い機会にもなり得ます」


 「だが、油断はできない」


 レインの声には、慎重さが滲んでいた。


 「敵か味方か、まだ分からない相手だ」





 セリアがぽつりと呟いた。かつて宮廷の政争の中で、表向きの言葉と裏の思惑が食い違うことを、幾度となく目にしてきた経験が、その慎重さの根底にあった。美辞麗句の裏に、思いもよらない計算が隠されていることを、セリアは身をもって知っている。だからこそ、この予想外の協力申し出を、額面通りに喜ぶことは、どうしてもできなかった。


 「随行者について、詳細は書かれているのか」


 「はい。若い文官が一人、派遣されるとのことです。名は――アルドリッジ、と記されています」


 「アルドリッジ、か」


 レインは静かにその名を反芻した。名前を口にするだけで、何かを感じ取ろうとするように、しばらく沈黙が続いた。


 「どのような人物か、こちらでは把握できていないのか」


 「帝国内での経歴は、書状に簡単な記載があるだけです。若手の文官で、これまで内政関連の職務に就いていたとのこと。軍籍ではなく、あくまで文官としての派遣という点は、注目すべきかもしれません」


 軍人ではなく、文官が派遣される――その事実自体が、帝国側の姿勢の変化を、静かに物語っているようにも思えた。純粋な軍事的な監視ではなく、対話と協力を志向する意図が、そこに込められている可能性がある。


 「一度、俺の目で確かめてみよう」


 レインは静かにそう告げ、目を閉じた。窓から差し込む午後の光が、静かに瞑目するレインの横顔を照らしていた。セリアは、その様子を黙って見守っていた。会ったこともない相手の未来を見通すというこの力の異質さに、何度目にしても慣れることはなかったが、同時に、これまで幾度となくこの街を救ってきた力への確かな信頼も、セリアの中にはあった。





 神眼鑑定が、静かに発動する。対象は、まだ会ったことのない帝国の文官、アルドリッジ。


 浮かび上がってきたのは、断片的でありながらも、確かな像だった。宮廷の廊下を歩く若い文官の姿。書類に向き合う真剣な横顔。そして、遠くの国境地帯の村々を、複雑な表情で見つめる姿――強硬な統治のもとで疲弊する人々の様子が、その視線の先に重なって見えた。


 像はさらに続いた。会議の場で、何かを訴えようとする若い文官の姿。だがその声は、周囲の年配の重鎮たちにかき消されていくように見える。それでも、彼は諦めることなく、静かに、しかし着実に、自分の意見を主張し続けているようだった。


 「どうでしたか」


 セリアの問いに、レインはゆっくりと目を開けた。


 「悪意は感じられなかった。むしろ、帝国という国のあり方そのものに、複雑な思いを抱えている人間のように見える」


 「穏健派の一人、ということでしょうか」


 「断定はできない。だが、少なくとも、単純な密偵や監視役として送り込まれてくる人間ではなさそうだ」


 レインの言葉に、セリアは小さく頷いた。それでも、その表情には、まだ完全には拭いきれない警戒の色が残っていた。人の内面を完全に見通すことのできる力ではないことを、セリア自身、よく理解していたからだ。


 「それでも、慎重に見極める必要があります。帝国という国全体の意図と、アルドリッジ個人の心情が、必ずしも一致するとは限りませんから」


 「その通りだ。受け入れるにしても、慎重な対応を続けよう」


 二人の間に、しばらく静かな沈黙が流れた。窓の外では、いつも通りの午後の光が、静かに執務室を照らし続けていた。





 その日の夕方、レインとセリアは、災害対策局の主要メンバーを再び集め、帝国からの返答について報告した。


 「帝国が、協力的な返答を寄越してきた、ですって?」


 エルナが、驚いたように声を上げる。手にはまだ研究資料が握られたままで、急いで駆けつけてきたことが窺えた。


 「随行者は、文官の一人だ。名は、アルドリッジという」


 「信用できるの、それ」


 エルナの声には、隠しきれない疑念が滲んでいた。魔導連邦から成果を横取りされ続けてきた過去を持つ彼女にとって、大国からの申し出を無条件に信じることは、簡単なことではなかった。


 「まだ分からない。だが、拒絶する理由もない」


 レインは、これまでの経緯を丁寧に説明した。第44話で示唆されていた穏健派の存在、駐留要求を巡る緊張、そして今回の予想外の協力申し出――それらを踏まえた上で、帝国の随行を受け入れるという方針が、静かに固まっていった。


 「敵か味方か、まだ分からない相手だ」


 セリアが、改めてその言葉を口にする。


 「それでも、この機会を活かせば、帝国内部の変化を、より確かな形で見極めることができるかもしれません。この遠征を通じて、帝国という国との新たな関係の在り方が、見えてくる可能性もあります」


 「危険もある、ということね」


 クロエが、静かに口を挟んだ。眼鏡の奥の瞳には、研究者らしい冷静な観察の色が浮かんでいた。


 「ええ。だからこそ、慎重に、そして注意深く見守る必要があります」


 ガルドが腕を組みながら、低い声で呟いた。


 「文官一人くらい、俺たちで見張ってりゃいいだろう。何かあれば、対処するまでだ」


 その言葉に、部屋の空気が、少しだけ和らいだ。かつて勇者パーティーで幾多の困難を潜り抜けてきたガルドの、飾らない言葉が、張り詰めていた空気を、確かに緩めていた。カイもまた、静かに頷きながら、護衛としての心構えを、改めて胸に刻み直していた。





 会議の終わり、レインは改めて皆に告げた。


 「帝国からの随行を、正式に受け入れる。四大国すべてから、遠征への協力を得られたことになる」


 その言葉には、これまでにない重みがあった。帝国、魔導連邦、獣王国――三つの国がそれぞれの形でこの遠征に関わることになり、残るは、遠征隊そのものの編成という次の段階へと進む時が来ていた。


 ヴァルドが、静かに頷きながら口を開いた。


 「四大国すべての協力を得た遠征とは、王国崩壊前には考えられなかったことだ。この街が、それだけの信頼を築き上げてきた証だろう」


 その言葉に、部屋にいた皆が、改めて静かな誇りを噛みしめていた。かつて何も持たない辺境の一角に過ぎなかったこの地が、今や大陸を代表する四つの国すべてから、対等な協力者として認められている。その事実の重みを、この場にいる誰もが、改めて実感していた。


 夜、執務室に一人残ったレインは、手帳を開いた。


 「帝国から、予想に反して協力的な返答が届く。随行者は文官のアルドリッジ。神眼鑑定で確認した限り、悪意は感じられないが、慎重な見極めは続ける必要がある。四大国すべてから協力を得られたことは、大きな前進だ。だが、油断はできない」


 書き終えたところで、レインはしばらくペンを止めた。神眼鑑定で見たアルドリッジの姿――会議の場で声をかき消されながらも、諦めずに何かを訴え続けていたあの姿が、脳裏に焼き付いて離れなかった。もし彼が本当に、帝国という国のあり方を変えようとしている一人なのだとすれば、この遠征は、単に世界崩壊現象の正体を探るだけでなく、帝国という大国の未来にも、静かな影響を与えることになるのかもしれない。


 窓の外には、いつも通りの穏やかなアーレントの夜が広がっていた。だが、その裏側で、大陸の情勢は、確かに動き始めている。帝国という大国の中に芽生えつつある変化の兆しが、この遠征を通じて、どのような形を取っていくのか――その答えは、まだ誰にも分からなかった。


 レインは手帳を閉じ、静かに窓の外を見つめた。四大国すべての協力を得たこの遠征が、大陸の未来にとって、どのような意味を持つことになるのか。その予感を胸に、レインは次なる準備へと、静かに思考を巡らせ始めていた。


 遠く、アルドリッジという若い文官もまた、この瞬間、帝国の宮廷のどこかで、自分自身の選択について、静かに思いを巡らせているのかもしれない。まだ顔も知らぬ相手との出会いが、この遠征をどのような方向へ導いていくのか――その答えは、実際に旅路を共にする中で、少しずつ明らかになっていくはずだった。アーレントの夜は、今夜もまた、静かに更けていった。

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