↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された鑑定士ですが、本当の能力は"未来の価値"が見えることでした。王国が滅びてももう遅いので、辺境で商会を作ります  作者: まつたけひめ
第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/69

第56話 帝国の駐留要求

 その報せが届いたのは、アレンの噂がアーレント中に広まってから、まださほど日を置かない頃だった。


 商人ギルドの早馬が、息を切らして未来商会に駆け込んでくる。応対に出たダグラスの表情が、報告書に目を通すうちに、みるみる険しくなっていった。


 「帝国が、国境地帯に大規模な軍を常駐させると発表しました。名目は『災害対策』――世界規模の異変に備えるためだと」


 執務室で報告を受けたレインは、静かに眉を寄せた。傍らのミーナも、帳簿から顔を上げる。


 「災害対策、ね。聞こえはいいけれど」


 「ええ。ですが実際には、国境沿いの領地に恒常的な駐屯地を築き、通行と物流を帝国の管理下に置くという内容です。実質的には、統治の強化を兼ねた動きと見て間違いないでしょう」


 ダグラスの声には、隠しきれない警戒が滲んでいた。帝国という国が、力による支配を志向する国であることは、これまでの外交のやり取りの中で幾度となく示されてきた。異変という大義名分は、その本性を隠す薄い布に過ぎない。


 「セリアには、もう伝えたか」


 「はい。すでに外交室で、書状の内容を精査していただいています」


 レインは頷き、席を立った。窓の外には、いつも通りの穏やかなアーレントの街並みが広がっている。だが、その平穏の裏側で、大陸情勢は静かに、しかし確実に軋み始めていた。


 執務室を出る前に、レインはミーナに向き直った。


 「商会としても、備えを進めておいてくれ。物流が制限される可能性がある以上、代替路の確保と、備蓄の見直しは早いに越したことはない」


 「分かってる。難民の受け入れで培った動きが、ここでも役に立ちそうね」


 ミーナは小さく笑ってみせたが、その目の奥には、これまでにない緊張の色が宿っていた。王国崩壊の混乱を乗り越え、独立を勝ち取り、ようやく築き上げてきた今の暮らし。それを脅かしかねない大国の影が、再び足元に忍び寄ろうとしている。ミーナにとっても、これは決して他人事ではなかった。





 外交室では、セリアが一枚の書状を前に、じっと座り込んでいた。レインが入ってくると、彼女は顔を上げ、書状を差し出す。


 「レイン様。国境地帯の駐屯発表と合わせて、こちらも届いています」


 受け取った書状に目を通し、レインの表情がわずかに強張った。そこに記されていたのは、帝国からの正式な打診――「アーレントの安全のため」という名目で、監視目的の部隊を都市国家内に駐留させたいという内容だった。


 「アーレントの、安全のため、か」


 「表向きの言葉を取り除けば、内政への干渉に他なりません。異変対応の名を借りた、事実上の統治圏拡大です」


 セリアの声は冷静だったが、その奥には確かな怒りが滲んでいた。かつて王女として宮廷の内側で、こうした美辞麗句に包まれた圧力を数え切れないほど見てきた人間だからこそ、その本質を見抜くことができる。


 「もし受け入れれば、どうなる」


 「初めは小規模な監視部隊でしょう。しかし、駐留が既成事実になれば、次第に発言力を増し、いずれはアーレントの政策決定にまで口を挟んでくるはずです。独立国家としての体裁を保ったまま、実質的には帝国の影響下に置かれることになりかねません」


 レインは書状を机に置き、しばらく黙り込んだ。神眼鑑定を用いずとも、この提案の先にある未来は容易に想像がついた。だが念のため、静かに力を発動させる。浮かび上がったのは、駐留を受け入れた場合の断片的な未来――帝国旗を掲げた部隊が街の要所に配置され、アーレントの意思決定に影が差し込んでいく、灰色がかった光景だった。


 「はっきりしたな。この提案は、受けるべきではない」


 「私も、同じ考えです」


 セリアは書状をもう一度手に取り、細かな文言を確認していく。外交文書というものは、言葉の選び方一つで意味合いが大きく変わる。帝国の書状には、随所に「協力」「保護」「安全」といった、拒みにくい言葉が巧みに配置されていた。表面上は友好的な提案の体裁を保ちながら、実質的には内政干渉に等しい要求を通そうとする、老獪な筆致だった。


 「相手は、一筋縄ではいかないでしょう。断れば断ったで、何らかの圧力をかけてくる可能性があります」


 「それでも、譲れない一線だ」


 レインの声には迷いがなかった。かつて王国に見捨てられ、辺境から一つずつ積み上げてきたこの街の在り方を、他国の思惑によって歪められるわけにはいかない。それは、これまで共に歩んできた仲間たち――ミーナ、ヴァルド、カイ、エルナ、クロエ、リリア、そしてセリア自身への裏切りにもなる。


 「会議を開こう。ヴァルドとミーナにも意見を聞きたい」


 「承知しました。すぐに手配します」





 その日の夕方、未来商会の会議室にヴァルドとミーナ、そしてレインとセリアが顔を揃えた。カイとガルドも護衛として同席し、緊張した面持ちで議論の行方を見守っている。


 「帝国のやり方は、いつもこうだ」


 ヴァルドが低い声で切り出す。長年辺境伯としてこの地を治めてきた彼にとって、帝国の統治手法は決して初めて見るものではなかった。


 「災害だ、保護だと、もっともらしい理由をつけて、実質的な支配を広げていく。今回もその一環と見て間違いなかろう。若い頃、隣の領地が同じような形で帝国に飲み込まれていくのを、この目で見てきた。最初はほんの数十人の駐屯兵だったものが、数年のうちに、その土地の政も財も、すべて帝国の手に渡ってしまった」


 ヴァルドの言葉には、長い年月を生きてきた者だけが持つ重みがあった。会議室の空気が、一段と張り詰める。


 「経済的にも懸念があります」


 ミーナが続ける。


 「もし帝国の部隊が駐留すれば、通行と物流に帝国の意向が反映されるようになるでしょう。カルベン峠の交易も、今のような自由な形では続けられなくなるかもしれません」


 レインは腕を組み、皆の意見を静かに聞いていた。世界崩壊現象という大きすぎる脅威が迫る中で、四大国それぞれの思惑もまた、決して単純ではない。帝国は力による制圧を志向し、魔導連邦は研究による分析を、獣王国は伝承による知恵を重んじる――それぞれの姿勢の違いは、これまでの数々のやり取りの中で、はっきりと見えてきていた。


 「異変への備えという名目自体は、否定すべきものではない。だが、それを口実にした駐留は、また別の話だ」


 レインの言葉に、皆が頷く。


 「アーレントの防衛は、アーレント自身の手で行う。それが、俺たちがこれまで積み上げてきたものだ」


 「同感です」


 セリアが静かに、しかしはっきりと応じた。


 カイは黙って会議のやり取りを聞きながら、腹の底に重いものを感じていた。護衛として同席しているだけの立場だったが、もし帝国との緊張が高まれば、いずれ自分の剣が試される日が来るのかもしれない。聖剣に込められた力の意味も、まだ完全には分かっていない。それでも、この街を守るためなら、いつでも剣を抜く覚悟はできていた。


 ガルドはガルドで、腕を組んだまま、かつて所属していた勇者パーティーの時代を思い出していた。国という大きな力の前で、個人の力がどれほど無力に感じられたか。だが今は違う。この街には、力を合わせて立ち向かおうとする者たちがいる。その事実だけで、以前とは違う確かな支えを感じることができた。


 「俺たちにできることがあれば、何でも言ってくれ」


 ガルドが低く口にした言葉に、レインは静かに頷いた。


 会議の終わり際、遅れて顔を出したエルナが、息を切らしながら口を挟んだ。


 「待って、待って。駐留の話、私たちの研究にも関わってくるんじゃない?」


 「どういうことだ」


 「異変の観測データよ。もし帝国の部隊がこの街に常駐するようになったら、私たちが集めているデータや、聖剣の共鳴反応に関する記録まで、向こうに知られる可能性がある。魔導連邦にも簡単には渡さなかった情報を、監視という名目で覗き見されるのは冗談じゃないわ」


 クロエも隣で静かに頷く。


 「研究の独立性は、この街の外交上の交渉材料にもなり得ます。安易に手の内を晒すべきではないでしょう」


 レインは二人の指摘に、改めて事の重大さを認識した。世界崩壊現象への対応という大義名分の裏で、帝国が本当に狙っているのは、単なる軍事的優位だけではないのかもしれない。アーレントが積み上げてきた研究成果や情報網そのものが、帝国にとって喉から手が出るほど欲しいものになりつつあるのだろう。


 「なおのこと、この提案は受けられないな」


 会議室に、静かな決意の空気が満ちていった。





 会議の後、セリアは一人、執務机に向かい、帝国への返答書の起草に取りかかった。


 筆を執る手には、迷いがなかった。かつて宮廷で身につけた外交文書の作法と、この街で積み重ねてきた経験とが、今ここで一つに結びついている。


 「アーレントは、災害対策における情報共有と協力については、これまで通り前向きに応じる用意がある。しかし、自国領内における防衛体制は、アーレント自身の判断と責任において構築するものであり、他国の部隊による駐留は必要としない――」


 書き進めながら、セリアはふと筆を止めた。かつて自分が身を隠していた宿場町での日々を思い出す。護衛もなく、居場所さえ失われつつあった、あの頃の自分。あの時、レインが差し伸べてくれた手がなければ、今の自分はここにいなかっただろう。


 あの日からずっと、自分はこの街のために何ができるかを考え続けてきた。今この瞬間、帝国という大国を相手に、毅然とした拒絶の言葉を綴っているという事実そのものが、あの頃には想像もできなかった変化だった。


 「毅然と、しかし決裂は避ける形で」


 誰へともなく呟き、セリアは再び筆を走らせる。協力の姿勢は崩さず、しかし主権に関わる一線は、絶対に譲らない。その両立こそが、これから先も四大国との関係を保ちながら独自の道を歩んでいくために、アーレントに求められる外交の形だった。


 夜遅く、書き上がった返答書をレインのもとへ持っていくと、彼は一読し、静かに頷いた。


 「これでいい。あとは、帝国がどう出るか、だな」


 「ええ。おそらく、すぐには引き下がらないでしょう」


 窓の外では、アーレントの夜が静かに更けていく。世界崩壊現象という大きな脅威と、帝国という大国の圧力――二つの重さが、同時にこの街にのしかかろうとしていた。それでもレインは、これまでこの街と共に歩んできた仲間たちの顔を思い浮かべながら、静かに手帳を開いた。


 「帝国、駐留を打診。セリアの起草により、毅然と拒絶。今後、帝国の出方を注視する必要あり。異変への備えと、帝国への対応――二つの課題に、同時に向き合わねばならない局面に入った」


 ペンを置き、レインはしばらく夜空を見上げていた。


 思えば、この街に足を踏み入れてから、幾度となく大国の思惑と向き合ってきた。かつて王都から送り込まれた密偵、魔導連邦からの引き抜き工作、崩壊した王国の残存貴族による担ぎ上げの動き――その一つひとつを、レインは仲間たちと共に乗り越えてきた。今回の帝国の駐留要求も、その延長線上にある試練の一つに過ぎないのかもしれない。


 それでも、これまでとは違う重さがあることも、レインは感じていた。世界崩壊現象という、大陸そのものを揺るがしかねない脅威が迫る中で、四大国それぞれの対応の違いが、これからますます色濃く現れてくるだろう。帝国が力による支配を強めれば強めるほど、他国との協調は難しくなり、いずれ来る本当の脅威への備えが遅れることにもなりかねない。


 「アーレントは、その全てを繋ぐ役割を担えるかもしれない」――先日、会議の場で自分自身が語った言葉を、レインは静かに思い返す。それを実現するためには、まず何よりも、この街自身が誰の支配も受けず、独立した立場を保ち続けなければならない。


 遠くの国境地帯では、帝国の軍勢が静かにその布陣を固めつつある。その動きの先に何が待っているのか、今はまだ誰にも分からない。それでも、アーレントという街が積み上げてきたものを守り抜くという意志だけは、誰の胸にも、確かに灯り続けていた。


 手帳を閉じ、レインはランプの灯りを落とした。窓の外に広がる夜空の下、明日もまた、この街の一日が始まる。守るべきものがある限り、どれほど大きな影が迫ろうとも、立ち向かう理由には事欠かない。レインはそう静かに己に言い聞かせながら、静まり返った執務室を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。