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追放された鑑定士ですが、本当の能力は"未来の価値"が見えることでした。王国が滅びてももう遅いので、辺境で商会を作ります  作者: まつたけひめ
第4章

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第38話 獣王国からの急使

 獣王国からの使者が到着したのは、伝令が訪れた翌日の昼過ぎのことだった。街道を駆けてきたにしては、その一行は驚くほど身軽だった。護衛は最小限、荷物も少なく、ただひたすらに速さを優先してきたことが見て取れる旅装だった。獣人特有の俊敏さを活かし、通常であれば数日かかるはずの距離を、驚くほどの速さで踏破してきたのだろう。


 到着の報せを受け、レインはヴァルド、セリア、ミーナと共に、急ぎ謁見の間へと向かった。使者を迎える正式な準備を整える時間もない中での対応だったが、相手の様子から察するに、儀礼を気にしている余裕は向こうにもないようだった。


 廊下を急ぎながら、セリアが小声でレインに囁いた。


「これほど急を要する使者となると、只事ではありませんね。獣王国が、これまでこのような形で使者を送ってきたことは、一度もなかったはずです」


「ああ。心して臨もう」


 レインは短く答え、謁見の間の扉を開いた。



    



 謁見の間に通されたのは、年老いた獣人だった。白く長い毛並みに覆われた狼の耳と尾を持つその老人は、深い皺を刻んだ顔に、しかし驚くほど力強い眼光を宿していた。長旅の疲労を隠しきれない様子でありながら、その背筋はまっすぐに伸びている。長年にわたって獣王国の民を導いてきたであろう、確かな威厳がその佇まいから滲み出ていた。


「アーレントの代表殿とお見受けする。突然の来訪、まずはご容赦いただきたい」


 老人は静かに、しかし芯のある声で口を開いた。謁見の間に集まった一同を静かに見渡すその眼差しには、長い年月を生き抜いてきた者だけが持つ、深い落ち着きが宿っていた。


「私は獣王国長老会の一人、ガロンと申す。此度は、王からの正式な使者として参った」


 レインは静かに一礼を返した。


「アーレント代表のレイン・アークです。長旅、お疲れでしょう。まずは席にお座りください。何か温かい飲み物でもお持ちしましょうか」


「かたじけない。だが、まずは本題からお話しさせていただきたい。悠長に挨拶を交わしている時間はないのです。それほどまでに、事態は逼迫しております」


 ガロンの言葉に、その場にいた全員が僅かに緊張を強めた。形式的な儀礼をも省くほどの急を要する用件とは、一体何なのか。ヴァルドが眉をひそめ、ミーナも真剣な表情で老人の様子を見つめている。レインは静かに次の言葉を待った。



    



「獣王国には、古くから伝わる言い伝えがございます」


 ガロンは静かに語り始めた。その声には、長年にわたって語り継がれてきた重みが、確かに宿っていた。


「千年に一度、世界そのものが軋みを上げる――そう伝えられてきた現象です。獣王国の民は、これを『世界崩壊現象』と呼び習わしております」


「世界崩壊現象……」


 レインは思わずその言葉を繰り返した。これまで大陸各地で確認されてきた異変の数々――大地の亀裂、大気の異常、海の変色、そしてダンジョンでの強化された魔物。それらの現象を包括する名前を、ようやく耳にした瞬間だった。これまで断片的な情報として扱ってきたものたちが、この一つの言葉によって、初めて一つの輪郭を持って結びついていくのを、レインは肌で感じ取っていた。


「その予兆が、今、大陸各地に現れ始めていると、我々は見ております」


 ガロンの言葉に、レインは息を呑んだ。


「長老殿、詳しくお聞かせ願えますか」


「もちろんです。そのために、こうして参ったのですから」


 ガロンは懐から古びた巻物を取り出し、卓上に広げた。獣王国に伝わる古文書の写しだという。文字は大陸共通のものとは異なる、独特の意匠を持つ古代文字で記されていた。長年風雪に晒されてきたであろう巻物の端は、ところどころ擦り切れ、色褪せている。それでも、そこに記された内容の重みは、色褪せることなく確かに伝わってきた。


「これは、獣王国に代々伝わる記録の一部です。千年前――正確には、九百八十年ほど前になりますが、この大陸で同様の現象が起きたと記されております。当時の記録は、私の一族が代々書き継いできたものです」


 レインは巻物に目を落としながら、静かに耳を傾けた。ミーナ、セリア、ヴァルドも、それぞれ真剣な表情でガロンの言葉に聞き入っている。


「当時の記録によれば、大地が裂け、空の色が変わり、海が荒れ狂い、魔物が異常なまでに凶暴化したと伝えられております。まさに、今我々が目にしている異変と、酷似しているのです」


「それで……その現象は、どのようにして収束したのですか」


 レインの問いに、ガロンは静かに、しかし確かな重みを持って答えた。


「伝承によれば、『聖剣を手にした者』が現れ、世界の均衡を保つ役割を果たした、とされております」


「聖剣を手にした者……」


 ヴァルドが低く呟く。長年辺境の地を治めてきた彼にとっても、これほど大規模な伝承の話は、初めて耳にするものだった。



    



 その言葉に、レインは思わずカイの姿を思い浮かべていた。純白に輝く聖剣、その刃に刻まれた「始原の言語」。あの剣が、単なる強力な武器以上の、もっと大きな意味を持っているのではないかという予感は、これまでもレインの中にあった。だが、それが千年周期で語り継がれてきた伝承と直接結びつくとは、想像もしていなかった。


「長老殿、その聖剣とは、具体的にどのような特徴を持つものなのでしょうか」


「伝承に残る記述は断片的ですが、刃に古代の言語が刻まれ、世界そのものの均衡と共鳴する力を持つ、とされております」


 レインはセリアと視線を交わした。二人の間に、言葉にせずとも通じる確信があった。


「長老殿、もしよろしければ、私どもの仲間の一人を、ここへ呼びたいのですが」


「ほう。もしや……」


 ガロンの目に、僅かな驚きの色が浮かんだ。


「その者が、聖剣を持っているのですか」


「ええ。詳しいことは、直接お会いいただいた方が早いでしょう」


 レインの言葉に、ガロンは深く頷いた。



    



 急ぎ呼び出されたカイが謁見の間に現れると、ガロンはその腰に差された聖剣に、鋭い視線を向けた。突然の呼び出しに戸惑いを隠せない様子のカイだったが、謁見の間の張り詰めた空気を感じ取り、すぐに表情を引き締めた。


「これは……失礼、少し拝見してもよろしいか」


 カイが戸惑いながらも聖剣を差し出すと、ガロンはそれを両手で恭しく受け取り、刃を静かに検分し始めた。純白の刀身に刻まれた古代文字を、皺深い指がなぞっていく。その表情が、次第に驚愕へと変わっていった。


「これは……間違いない。始原の言語だ」


 ガロンの声が、微かに震えていた。長い年月、伝承の中でしか語られてこなかったものを、今まさに自らの目で確かめているという興奮と緊張が、その老いた瞳に宿っていた。彼にとって、これは単なる調査結果以上の、生涯の集大成とも呼べる瞬間だったのかもしれない。長老会の一員として、若い頃から伝承の研究に人生を捧げてきた彼の努力が、今この瞬間、報われたのだった。


「長老殿?」


「失礼した。……これほどはっきりと始原の言語が刻まれた剣を目にするのは、私の生涯で初めてのことです。これは、伝承に語られる剣と、同じものかもしれない」


 その場に、重い沈黙が落ちた。カイ自身も、自分の持つ剣が、これほどまでの意味を持つものだとは、改めて突きつけられると、言葉を失っていた。エルナとクロエの研究によって覚醒したこの聖剣が、これほど大きな物語の一部であったという事実は、カイにとって、これまでの成長の実感とはまた別種の重さを伴っていた。


「若者よ、お前の名は」


「カ、カイです」


「カイ殿。その剣を、大切にするがいい。それが、これから訪れるであろう困難において、大きな意味を持つことになるだろう」


 カイは緊張した面持ちで頷いた。聖剣を返されたカイの手に、いつも以上の重みが感じられた。これまで自分を守るための、あるいは仲間を守るための道具として振るってきたこの剣が、もっと大きな何かと繋がっているのだという実感が、静かに、しかし確かに胸に広がっていく。



    



 その後、ガロンはこれまで獣王国に伝わる伝承の詳細と、大陸各地で観測されている異変の報告について、レインたちと夜遅くまで話し合いを続けた。卓上には、レインたちがこれまで集めてきた報告書と、ガロンが持参した古文書の写しが並べられ、互いの持つ情報を照らし合わせる作業が続いた。


「これまで我々が個別に集めてきた情報が、一つの大きな流れの一部であったということですね」


 セリアが静かに言うと、ガロンは深く頷いた。


「その通りです。獣王国だけでは、この現象の全容を把握することはできません。だからこそ、こうして各国に使者を送っているのです。既に魔導連邦にも、同様の使者を向かわせております。あちらの研究者たちであれば、この現象を科学的な観点からも解明する助けになるでしょう」


「帝国には?」


 レインの問いに、ガロンは少し複雑な表情を浮かべた。


「帝国にも使者を送る予定ではおりますが……あの国が、我々の伝承をどこまで真摯に受け止めるかは、正直不安が残ります。力による解決を好む国風ですので」


 その懸念は、レインたちにも十分に理解できるものだった。これまでのアーレントと帝国との関係を思い返せば、帝国が伝承や古文書といった、目に見えない情報をどこまで重視するかは、確かに未知数だった。


「長老殿、獣王国とアーレントは、今後も情報を共有し合うべきだと考えます。我々も、これまで集めてきた観測データや報告を、余さずお伝えします」


「ありがたい申し出です。此度の訪問、まさにそのための第一歩として受け止めさせていただきます。獣王国としても、アーレントとの繋がりを、これまで以上に大切にしたいと考えております」


 ミーナが商人らしい現実的な視点から口を挟んだ。


「長老殿、伝承の中に、この現象に対処するための具体的な方法についての記述はないのでしょうか。聖剣を手にした者が現れた、というだけでは、正直こちらとしても、どう動けばいいのか判断がつきかねます」


 ミーナの現実的な問いに、周囲の空気が一瞬張り詰めた。理想論だけでなく、実際にどう行動すべきかという視点は、商会の実務を預かる彼女らしい着眼点だった。


 ガロンは静かに首を振った。


「残念ながら、伝承の記述は断片的です。聖剣の使い手が、具体的にどのような行動を取ったのか、詳細な記録は失われております。おそらく、その者自身も、手探りで道を切り開いていったのではないかと、私は推測しております」


「つまり、私たちも同じように、手探りで進むしかない、ということですね」


 レインの言葉に、ガロンは深く頷いた。


「ええ。ですが、少なくとも、一人で手探りをするよりは、こうして各国が知恵を持ち寄る方が、遥かに道は開けるはずです」


 その言葉に、レインは深く納得した。これまで自分一人で神眼鑑定の限界に向き合ってきた日々を思い返せば、ガロンの言葉には、確かな説得力があった。長年生きてきた獣王国の長老の言葉は、レインがここ数週間かけてようやく辿り着いた気づきを、ひと言でまとめてくれたような、そんな重みを持っていた。



    



 夜も更けた頃、ガロンを客室へと案内した後、レインは執務室に一人戻り、静かに手帳を開いた。


「獣王国より使者。世界崩壊現象――千年に一度、世界が軋みを上げる現象。伝承によれば、聖剣を手にした者が現れ、世界の均衡を保つ役割を果たすという。カイの聖剣が、その伝承の剣と同じものである可能性」


 書き終えた一文を見つめながら、レインは深く息を吐いた。これまで断片的に集めてきた情報の数々が、ようやく一つの大きな物語として繋がり始めている。だが同時に、その物語の規模の大きさに、レインは改めて身の引き締まる思いを覚えていた。


 これまで、レインは断片的な情報を一つひとつ丁寧に積み重ねながら、この異変の正体を探ってきた。だが、その正体が「千年に一度の世界規模の現象」であり、しかもその収束にはカイの持つ聖剣が深く関わっているかもしれないという事実は、レインが想定していたどんな可能性をも超えるものだった。


 窓の外に広がる夜のアーレントを見下ろしながら、レインは静かに呟いた。


「千年に一度の現象、か。そして、それに立ち向かう聖剣の使い手……」


 カイという一人の少年が背負うことになるかもしれない、あまりに大きな役割。レインの脳裏に、この街に流れ着いてきた頃の、まだ幼さの残るカイの姿が浮かんだ。あの日、神眼鑑定が示した「英雄」という言葉の意味が、今、これまでとは全く違う重みを持って、レインの胸に迫ってきていた。


 同時に、レインの中には一つの決意も芽生えていた。カイにこれほど大きな運命を背負わせるならば、彼が一人でその重みに押し潰されることのないよう、周囲でしっかりと支えていかなければならない、という決意だ。ガルドが師として、リリアが医療の面で、そしてレイン自身が、これからもカイのそばにあり続けなければならない。


「一人ではない、ということを、カイにも伝えなければな」


 レインは静かに呟き、手帳を閉じた。この先、獣王国から得た情報を元に、魔導連邦や帝国との連携もさらに深めていく必要があるだろう。やるべきことは山積みだったが、少なくとも、これまでの霧に包まれたような不安とは違い、今は確かな方向性が見え始めていた。カイのそばには、ガルドやリリア、そしてレイン自身がいる。彼一人にこの大きな運命を背負わせることは、決してさせない。


 夜のアーレントは、いつもと変わらぬ静けさに包まれている。だが、その静けさの向こうで、大陸を揺るがす大きな物語が、今まさに、その最初の扉を開こうとしていた。

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