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追放された鑑定士ですが、本当の能力は"未来の価値"が見えることでした。王国が滅びてももう遅いので、辺境で商会を作ります  作者: まつたけひめ


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第26話 ガルドの帰還とアレンの選択

 その男がアーレントの門をくぐったのは、よく晴れた昼下がりのことだった。


 薄汚れた外套に、使い込まれた大剣を背負った大柄な男。門番として立っていた自警団の若者は、一瞬身構えたが、男の足取りに敵意はなく、ただ疲れたような重さだけがあった。


 「通行証は?」


 「ない。流れの傭兵だ。仕事があれば紹介してほしい」


 素っ気ない答えに、若者は少し戸惑いながらも、簡単な手続きを経て男を街の中へと通した。ここ最近、こうした流れ者が街を訪れることは珍しくなくなっていた。腕に覚えのある者たちが、発展著しいアーレントの噂を聞きつけ、仕事を求めてやってくるのだ。


 「ここが、アーレントか」


 男――ガルドは、門をくぐった先に広がる光景を前に、思わず足を止めた。整備された石畳の道、活気に満ちた市場、行き交う人々の数。かつて自分が知っていた辺境の寒村の面影は、もうどこにも残っていなかった。石造りの建物が立ち並び、商人たちの威勢の良い声が飛び交い、子どもたちが路地を駆け回っている。


 「ここが、あの辺境の街か……」


 呆然とした呟きが、雑踏の中に溶けていく。ガルドは勇者パーティーを離れて以来、各地を渡り歩く流れの傭兵として食いつないできた。荒れた土地で盗賊を狩り、時には護衛の仕事を請け負い、その日暮らしを続ける中で、噂に聞いた「アーレント」という名を何度も耳にしていた。


 辺境の商会が急成長し、都市にまで昇格したという話。最初は半信半疑だった。旅の商人たちが誇張して語っているだけだろうと、話半分に聞き流していた。だが、実際にこの目で見た光景は、噂以上のものだった。


 市場を歩きながら、ガルドは思わず立ち止まって、鉱石を積んだ荷馬車が次々と行き交う様子を眺めた。かつて自分たちのパーティーを支えていた武具の質さえ、ここで扱われているものの方が上等に見える。あの時、装備の悪さをアレンに指摘し続けていた自分の言葉が、皮肉にも今、目の前の光景によって裏付けられていた。



 ガルドが未来商会の事務所を訪ねたのは、その日の夕刻だった。取り次ぎを頼むと、思いのほかあっさりと通され、事務所の一室でレインと向かい合うことになった。


 事務所の内装は、かつて自分たちが世話になっていた王都の商店とは比べ物にならないほど整然としていた。壁に貼られた地図には、この街を中心に広がる交易路が丁寧に書き込まれている。ガルドはその一つ一つに目を奪われながら、椅子に腰を下ろした。


 「久しぶりだな、ガルド」


 レインの声は、以前と変わらず穏やかだった。ガルドはその声を聞いた瞬間、無意識に体を強張らせた。


 「……ああ」


 短く答えたものの、それ以上言葉が続かない。目の前に座るこの男を、かつて自分たちは「役立たず」と切り捨てた。その事実が、今この瞬間になって重くのしかかってくる。


 「聞いたことしか分からないが、この街を、お前が作ったんだな」


 「ミーナと二人でな。それに、ここに集まった多くの人たちの力もある」


 レインは淡々と答えた。恨みがましい響きも、皮肉めいた棘も、その声にはなかった。むしろ、ガルドが身構えていたことを察してか、あえて淡白な調子を保っているようにも見えた。


 「お前は、何をしにここへ来た」


 レインの問いに、ガルドはしばらく黙り込んだ。傭兵として渡り歩く日々に、心底疲れていた。定住する場所もなく、明日をも知れぬ日々を送る中で、ふと思い出したのは、かつてパーティーの一員として過ごした日々のことだった。あの頃は毎日が戦いの連続で、疲弊しながらも、確かな居場所があった。今の自分には、その居場所すらない。


 「……働き口を探している。剣は使える。腕は鈍っていない」


 正直な言葉だった。プライドを捨てたわけではないが、それでも生きていくためには、この街に頭を下げる以外の選択肢が、今のガルドにはなかった。


 レインはしばらくガルドの顔を見つめた後、静かに口を開いた。

 

 「武器が扱える人間は歓迎する。ただし、ここの流儀に従ってもらう」


 それだけだった。過去を蒸し返すことも、恨み言を口にすることも、レインはしなかった。ただ、必要な人材として、淡々と受け入れる意志を示しただけだった。


 ガルドは一瞬、意外そうな表情を見せた後、深く頭を下げた。


 「……恩に着る」


 その一言には、かつての傲慢さの欠片もなかった。流れの日々が、彼を随分と変えていた。かつて仲間の装備の悪さを声高に指摘し、誰よりも自分の実力を誇示していた男は、今では静かに頭を下げることを覚えていた。


 「明日、自警団の詰め所に顔を出してくれ。詳しい話はそこでする」


 「分かった」


 短いやり取りを終え、ガルドは事務所を後にした。夕暮れの街並みを歩きながら、ガルドはふと足を止め、賑わう市場を見渡した。自分がかつて見下していた男が築き上げたこの光景に、複雑な感情を抱かずにはいられなかった。だが同時に、ここでなら、もう一度何かを積み上げ直せるかもしれないという、かすかな希望も芽生え始めていた。



 ガルドが自警団の一員として働き始めたのは、それから数日後のことだった。剣の実力は確かで、すぐに自警団の中でも一目置かれる存在になった。かつて勇者パーティーの剣士として鍛え上げた実力は、荒れた傭兵生活の中でも衰えることなく、むしろ実戦的な鋭さを増していた。


 見回りの最中、ガルドはしばしばカイと組むことになった。最初は年若いカイに対してどこかぎこちない態度を見せていたガルドだったが、実際に共に剣を交えてみると、その印象は大きく変わった。


 「お前、まだ駆け出しだって聞いたが……随分と動けるな」


 模擬戦の後、息を切らしながらガルドが言うと、カイは照れくさそうに笑った。


 「感知のスキルのおかげです。動きが読めるので」


 「才能だけじゃなく、努力もしてるんだろう。その動き、一朝一夕で身につくもんじゃない」


 ガルドの素直な評価に、カイは少し驚いた顔をした。かつて勇者パーティーの剣士として名を馳せた男から、そんな言葉をもらうとは思っていなかったのだろう。


 「ガルドさんこそ、大剣の扱い、すごく参考になります。俺の剣とは重さも間合いも全然違うのに、無駄がないっていうか」


 「そうか。……なら、稽古をつけてやってもいいぞ」


 ぶっきらぼうな言い方だったが、そこには確かな親しみが滲んでいた。年の差を超えた剣士同士の交流が、静かに芽生え始めていた。


 その日以降、非番の時間になると、二人は連れ立って稽古場に足を運ぶようになった。ガルドの荒々しくも実戦的な太刀筋と、カイの繊細な感知能力を活かした動き。異なる戦い方を持つ二人は、互いに学び合いながら、それぞれの剣をさらに磨き上げていった。



 一方、その頃レインのもとには、別の人物についての情報も届いていた。


 「アレン様が、王都の療養所を出られたそうです」


 商人ギルドの伝手を通じて届いた報告に、レインは静かに耳を傾けた。かつての勇者は、重傷からの療養を終えたものの、既に居場所を失っていた。勇者パーティーは解散し、王国そのものも崩壊した今、アレンに与えられていた肩書きも、名声も、跡形もなく消え去っていた。


 「行くあてもなく、放浪しているとのことです。宿屋を転々としながら、日雇いの仕事で食いつないでいるとか」


 かつて勇者として崇められ、贅を尽くした暮らしを送っていた男が、今では日々の食い扶持にも困っている。その落差は、報告を伝えるダグラスの声にも、隠しきれない驚きとして滲んでいた。


 「王都の民の間では、アレン様への同情の声もあれば、自業自得だという冷ややかな声もあるようです。特に、単独でシュバルツ洞に向かって傷を負った一件が、いまだに語り草になっているとか」


 レインは静かに目を閉じ、神眼鑑定を発動させた。視界の中に、力なく歩くアレンの姿がぼんやりと浮かび上がる。かつて誰よりも自信に満ちていたその背中は、今では見る影もなく小さくなっていた。


 視界の先に浮かぶ未来の断片は、決して明るいものではなかった。このまま何も変わらなければ、アレンは自暴自棄になり、破滅への道を歩んでいく可能性が高い。酒に溺れる姿、荒れた生活の中で身を持ち崩していく姿――そうした未来の断片が、いくつも重なって見えた。だが、それはあくまで可能性であり、確定した未来ではなかった。人の心の在り方一つで、未来は幾通りにも枝分かれする。それが、神眼鑑定を通じてレインが学んできたことでもあった。


 「……これは、アレン自身が選ぶことだ」


 レインは静かにそう結論づけた。介入すれば、あるいは違う未来もあり得るのかもしれない。だが、レインはあえてそれをしないと決めた。アレンの人生は、アレン自身のものだ。自分がかつて追放された時、恨みを飲み込んで自分の力で道を切り開いたように、アレンにもまた、自分自身の選択が必要なのだと、レインは理解していた。


 手を差し伸べることは簡単だ。だが、それがアレンにとって本当に必要なことなのかどうか、レインには判断がつかなかった。少なくとも今は、遠くから見守る以外にできることはない。そう自分に言い聞かせながら、レインは静かに目を開けた。



 その報せを、リリアも耳にしていた。診療所での仕事を終えた夜、レインからさりげなく伝えられたその話に、リリアはしばらく言葉を失っていた。


 「アレンが……そんなことに」


 かつて勇者パーティーの聖女として、誰よりも近くでアレンを見てきたリリアにとって、その報せは複雑な感情を呼び起こすものだった。彼を見限り、パーティーを去った自分。それでも、かつて共に戦った仲間として、心配する気持ちが消えるわけではなかった。


 「レイン様は、何かなさらないのですか」


 「アレン自身が選ぶことだ。俺たちが手を差し伸べれば、それは彼のためにならないかもしれない」


 「……そうですね。分かっています」


 リリアは静かに頷いたが、その表情には隠しきれない陰りがあった。かつて自分に謝罪の言葉をかけてくれた、聖女としての自分を認めてくれた、あの頃のアレンの姿が、今も心のどこかに残っていた。


 かつてのアレンは、決して悪人ではなかった。ただ、プライドが高く、周囲の助言に耳を貸せなかっただけだ。その弱さが、彼自身を追い詰める結果になってしまった。リリアにとって、それは他人事とは思えない部分もあった。誰しもが、弱さと向き合いきれないことがある。


 「もし、彼が本当にこの街に助けを求めてきたら……」


 リリアが小さく呟くと、レインは静かに答えた。


 「その時は、また考えればいい。今はまだ、その時じゃない」


 その言葉に、リリアはもう一度頷いた。かつての決別と、それでも消えない人としての心配。その両方を抱えながら、リリアは静かに窓の外に広がる夜の街を見つめていた。



 夜、事務所の一室でレインは一人、手帳を開いていた。今日という日に起きた出来事を、いつものように簡潔に書き記していく。


 「ガルド、アーレントに合流。自警団として働き始める。アレン、行方放浪中。介入はしない」


 ペン先を止め、レインはしばらくその文字を見つめていた。かつて自分を追放した勇者パーティーの面々が、それぞれ違う形で今この街に関わり始めている。ガルドは静かな逆転を遂げ、この街の一員として新たな道を歩み始めた。アレンは、まだその一歩を踏み出せずにいる。


 三年前、あの謁見の間で「役立たず」と切り捨てられた時、自分がこうして誰かを受け入れる立場になるとは、想像もしていなかった。恨みを引きずらなかったことが、巡り巡って今のこの街の在り方に繋がっている。ガルドを迎え入れた判断も、その延長線上にあった。


 「誰もが、自分の選んだ道を歩んでいく」


 小さく呟くと、レインは手帳を閉じ、蝋燭の灯りを消した。窓の外では、いつものように街の灯りが穏やかに揺れていた。





 王都から離れた小さな宿場町で、アレンは薄暗い部屋の片隅に座り込んでいた。かつての勇者としての誇りも、名声も、今の自分には何も残っていない。窓の外を眺めながら、アレンはただ、これからどこへ向かえばいいのか、答えの出ない問いを抱え続けていた。


 粗末な木製の椅子に腰掛け、割れた鏡に映る自分の顔を見つめる。かつて民衆から歓声を浴びていた勇者の面影は、そこにはもう見出せなかった。窓の外を、荷馬車を引いた旅人が通り過ぎていく。その行き先も、目的も、アレンには知る由もなかった。ただ、自分がどこにも属していないという事実だけが、重く胸にのしかかっていた。

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