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追放された鑑定士ですが、本当の能力は"未来の価値"が見えることでした。王国が滅びてももう遅いので、辺境で商会を作ります  作者: まつたけひめ


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第15話 カイの初陣

 アーレントの冒険者ギルドは、かつては閑散とした場所だった。


 辺境の街という地理的な不利もあり、依頼の数も少なく、在籍する冒険者の数も王都に比べれば雀の涙ほどだった。だが、未来商会が街の経済を動かし始めてからというもの、鉱山の警備依頼、街道の護衛依頼、魔物の駆除依頼と、仕事の種類と量は目に見えて増えていた。


 そのギルドの掲示板の前に、一人の少年が立っていた。


 年の頃は十五、六ほど。細身ではあるが、ここ数ヶ月で体つきはずいぶんと引き締まった。腰に下げた剣は、一見したところひどく古びた錆びだらけの代物で、どう見ても冒険者の武器らしくはない。だが、少年はその剣を大切そうに手で確かめてから、掲示板に貼り出された一枚の紙に目を向けた。


 『Fランク昇格試験 本日実施 受付は午前中まで』


 少年――カイは、その紙をしばらく見つめてから、静かに息を吐いた。





 レインがカイを拾ったのは、未来商会が設立して間もない頃のことだった。


 街の外れにある古い倉庫の裏で、腹を空かせたまま眠っていた少年を、レインは偶然に見つけた。正確には「偶然」ではなく、神眼鑑定が示した一つの未来像を確かめるために、その場所に足を運んでいたのだ。


 ボロボロの服、汚れた手足、それでも光を失っていない目――神眼鑑定を発動させた瞬間、レインの視界に浮かんだ鑑定結果は、はっきりとしていた。



 【カイ(姓不明)】

 現在:Fランク以下 体術の素養あり

 隠された才能:感知スキル(未覚醒) 剣技の適性(極めて高い)

 将来の価値:英雄 アルディア大陸における歴史的な転換点に深く関わる人物

 注記:現時点での環境が最大の障壁。適切な育成環境が与えられれば、覚醒速度は飛躍的に上昇する



 レインは少年を起こし、温かい飯を食わせ、商会の雑用として雇った。同時に、冒険者ギルドに登録させ、時間を見つけては剣の基礎を学ばせた。


 そして、一本の剣を手配した。


 鑑定士仲間の伝手を辿って入手した、錆びて変色した古剣だ。見た目はどこからどう見ても廃品同然。銀貨三枚の値段がつけばいい方だろう。だが、レインが神眼鑑定で見た、その剣の未来の姿は――全く異なるものだった。


 「聖剣へと進化する可能性を持つ」


 それがこの剣の、本当の価値だった。





 試験の集合場所は、街の南門を出た先にある演習場だった。


 Fランクからの昇格試験は、実技と筆記の二段階で行われる。筆記は魔物の生態や依頼の作法に関する基礎知識を問うもので、カイは既に前日のうちに終えていた。問題は実技だ。


 指定された区画の中で、魔物の駆除を一定数こなすことが昇格の条件となっている。通常であれば、Eランク相当の魔物――ゴブリンやスライムの類がその対象だ。


 演習場の外れ、木立に隠れるように立っていたレインは、腕を組んだまま静かにその場所を見渡した。


「来てたんですか」


 隣にミーナが並んだ。手には買い物の荷物を持っており、どうやらたまたま近くを通りかかったわけではなさそうだ。


「カイの試験だからな」


「でも、声をかけないんですか。応援くらい」


「試験中に声をかけるのは野暮だ。それに、あいつは見られていると分かると緊張する」


「そんな細かいこと、よく知ってますね」


「数ヶ月、一緒にいれば分かる」


 ミーナはくすりと笑いながら、荷物を持ち直した。


「じゃあ私も、こっそり見ていきます」





 試験が始まった。


 演習場の中には、カイを含めて五人の受験者がいた。それぞれが自分のペースで魔物の駆除に当たっている。カイは落ち着いた足取りで演習場の奥へと進み、最初のゴブリンと対峙した。


 構えは、まだどこかぎこちない。だが、以前に比べれば体の重心の置き方が明らかに変わっていた。


 錆びた剣を抜く。刃に光はなく、外見上はどこにでもある粗末な廃剣だ。だが、カイがその柄を握った瞬間、ほんの微かに――ほんの一瞬だけ、剣の根元あたりで何かが揺らいだように見えた。


 レインの目が細くなった。


 ゴブリン一体目。カイは正面から踏み込み、迷いのない一撃で仕留めた。派手さはないが、無駄もない。二体目、三体目と、同じような落ち着いた動きで対処していく。


「……上手くなりましたね」


 ミーナが静かに言った。


「ああ」


「最初の頃は、剣を抜くのにもたついていましたから」


 レインは黙って頷いた。


 カイが未来商会に来て、まだ数ヶ月しか経っていない。その間、雑用の合間を縫って剣の稽古を続け、週に一度か二度は冒険者ギルドの依頼をこなし、少しずつ場数を踏んできた。急がせず、焦らせず、ただ積み上げさせた。その結果が、今の動きに出ている。


 ――だが、本番はここからだ。


 レインがそう思った瞬間だった。





 演習場の奥から、異変が起きた。


 駆除対象のゴブリンを追いかけていたカイが、森の境界に差し掛かったところで足を止めた。他の受験者たちは気づいていない。だが、カイだけが何かを感じ取ったように、剣の柄を強く握り直した。


 次の瞬間、草むらをかき分けて飛び出してきたのは、ゴブリンではなかった。


 ダークウルフ――Dランク相当の魔物だ。本来この演習場の周辺には出没しないはずの種類で、おそらく山の奥から迷い込んできたのだろう。体高は大人の腰ほどあり、黒い体毛に赤い目が爛々と光っている。


 他の受験者たちが気づいたのは、それが低い唸り声を上げてからだ。一人が叫び声を上げて後退し、試験監督の冒険者たちが動き始める。


 だが、カイは既に動いていた。


 正確には、動く前に――止まっていた。


 後退するでも、前に出るでもなく、ただその場に立ち、目を閉じた。ほんの一秒か二秒のことだ。それが傍目には、恐怖で固まったように見えたかもしれない。


 しかしレインには分かった。


「……感知が、動いている」


 小さく、しかし確かな声でそう呟いた。


「え?」


「カイのスキルだ。魔物の気配を肌で感じ取る力――それが今、初めて本当の意味で機能し始めた」


 目を開いたカイの動きは、それまでとは明らかに違っていた。


 ダークウルフが跳躍する、その一瞬前に体を横へ滑らせた。ただの回避ではない。攻撃の軌道を読んだ上での、最小限の動きだ。着地したダークウルフの後頭部へ、錆びた剣が一閃した。


 致命傷ではなかったが、確かな一撃だった。ダークウルフがよろめいたところに、試験監督の上位冒険者が割り込み、とどめを刺した。


 演習場に、静寂が落ちた。


 他の受験者たちがぽかんとカイを見ている。試験監督の一人がカイに歩み寄り、何かを言っている。カイはその言葉を聞きながら、右手の錆びた剣を見下ろした。


 その剣の表面に、ほんのわずかな光が走っていた。


 まるで、長い眠りからほんの少しだけ目を覚ましたかのように。





 試験の結果が張り出されたのは、昼過ぎのことだった。


 カイの名前は、合格者の欄にあった。Eランク昇格。さらに、試験監督から特記事項として「ダークウルフへの対処における冷静な判断を評価」という一文が添えられていた。


 レインとミーナが表に出ると、ギルドの前でカイが立っていた。昇格証明の紙を手に、まだどこかぼんやりした顔をしている。


「カイ」


 レインが声をかけると、カイがぱっと顔を上げた。


「レインさん……見てたんですか」


「少しだけな」


「少しだけ、って……」


 カイは苦笑したが、それよりも早く、何かを言わなければという顔になった。


「あの、さっきのダークウルフのこと」


「ああ」


「俺、自分でもよく分からないんですけど……あいつが来る前に、何か感じたんです。気配というか、空気の変わり方というか。それで、気づいたら体が先に動いていて」


「それでいい」


「え?」


「理屈で説明できなくていい。今日お前が感じたもの、それは本物だ。これから先、もっと鋭くなる」


 カイはしばらくレインを見つめてから、小さく頷いた。


「……あと、剣のことも」


「剣が?」


「さっき、ダークウルフを斬ったとき……剣が、ほんの少し、温かくなった気がしました。錆びた剣なのに、おかしいですよね」


 レインは何も言わなかった。ただ、小さく口元を緩めた。


 ミーナがカイの横に並び、拳でカイの肩を軽く小突いた。


「合格おめでとう、カイ君。次はDランク目指してね」


「……はい。頑張ります」


 カイは昇格証明の紙を丁寧に折り畳み、懐にしまった。そして、錆びた剣を腰に収め直してから、ふと立ち止まった。


「レインさん」


「なんだ」


「俺……拾われてなかったら、今の俺はいないと思います。レインさんに見つけてもらえなかったら、あの倉庫の裏で、まだくすぶってたはずで」


 カイは真剣な目でそう言った。自慢でもなく、感傷でもなく、静かな確信として。


「だから、ちゃんと強くなります。レインさんの役に立てるくらいに」


 レインはしばらくカイを見てから、短く答えた。


「役に立とうとしなくていい。ただ、お前がお前のために強くなれ。それで十分だ」


 カイは一瞬きょとんとした後、深く頷いた。


「……はい」


 三人は並んで歩き出した。


 レインは少し後ろに引いて、カイの背中を見ながら、静かに手帳を取り出した。



 『カイ、Eランク昇格。感知スキルの覚醒兆候、確認。聖剣の反応も初めて見られた。エルナ殿の研究が進めば、この剣の覚醒速度は格段に上がるはずだ』



 手帳を閉じる。


 夕暮れのアーレントの街は、数ヶ月前とは別の顔を持ち始めていた。商人たちの声、鍛冶師の槌の音、農地から漂う土の匂い――この街のあちこちに、未来の種が芽吹きつつある。


 カイもまた、その一つだ。


 まだ小さく、まだ細く、しかし確実に根を張り始めた、英雄の芽。


 レインはそれを確かめるように、カイの歩く背中を静かに見送った。

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