第1話 勇者パーティー追放
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王都アストリアの中心部に構える王城の一室。
石造りの回廊に囲まれた謁見の間は、夕暮れの赤い光を窓から受けて、壁に刻まれた紋章を妖しく照らしていた。
俺――レイン・アークは、その場に立っていた。
二十二歳。職業、鑑定士。
勇者パーティーに加わってから、もう三年になる。
広間の正面には、玉座に腰を下ろした国王レオンハルト三世。紫の重衣を纏い、腹回りに年齢を刻んだその男は、いかにも気難しそうに顎鬚を撫でながら俺を見下ろしていた。その左右には廷臣たちが並び、全員が一様に冷たい目を向けている。
そして玉座の前。俺の隣に並ぶのが、勇者パーティーの面々だ。
勇者アレン。年齢は俺より二つ上の二十四歳。長身で金髪、整った顔立ちに鍛え上げられた体躯。誰もが認める英雄の器で、だからこそ人一倍プライドが高い。今この瞬間も、俺には一瞥もくれずに胸を張って玉座を見上げている。
剣士のガルドは腕を組み、何かつまらなそうにしている。思考より先に剣が動くタイプで、難しい話はいつも右から左へ抜けていく。
魔法使いのクロエは、静かに目を伏せている。クールで合理主義の彼女は、感情を表に出さないが、その分よく物事を見ている。
そして聖女のリリア。パーティーの中で唯一、俺とまともに話してくれた人物だ。今は何かを堪えるように、うっすらと唇を噛んでいた。
国王が口を開く。
「レイン・アーク。汝の功績について、今一度確認しておこう」
重々しい声だった。俺は背筋を伸ばしたまま答えた。
「はい、陛下」
「三年前、神託によって召喚された勇者アレンのパーティーに鑑定士として加わり、ダンジョンの踏破、魔物の討伐、各地の脅威への対処を共にしてきた。それは認める」
一拍の間。
「だが――」
国王の眉間に、深い皺が刻まれた。
「三年間、汝が勇者パーティーにもたらした直接的な戦果は、何もない」
広間が静まり返った。
俺は何も言わなかった。
「鑑定士というものは、敵を斬るわけでも、魔法で焼き払うわけでもない。荷物を持ち、道を調べ、アイテムの値踏みをする。それが仕事だと言うが――王国の税金を使って遠征させ、勇者を支える人材に求められるのは、もっと実践的な能力のはずだ」
国王は指を組み、俺を真っすぐ見下ろした。
「役立たずに税金は使えん」
その言葉を聞いた瞬間、ガルドが小さく鼻を鳴らした。アレンは口元に薄い笑みを浮かべている。
「レイン・アーク、汝をパーティーから除名し、王都からの追放を命じる。今後、アストリア王国の名の下での活動を一切禁じる。三日以内に王都を出よ」
誰も、何も言わなかった。
リリアだけが、ぎゅっと手を握り締めているのが横目に見えた。
俺は静かに頭を下げた。
「……承知しました」
それだけを言って、俺は踵を返した。
背後で廷臣たちが安堵の息を吐くのを聞きながら、俺は一歩、また一歩と謁見の間を歩いた。
誰かが声をかけてくることは、なかった。
*
王城の廊下を歩きながら、俺は静かに「神眼鑑定」を行使した。
これが、俺の本当の力だ。
普通の鑑定士とは違う。装備品の攻撃力を読み取るとか、魔石の等級を見極めるとか、そういうレベルの話ではない。俺の目には、あらゆるものの「未来の価値」が見える。
今この瞬間、俺が見ているのは――この廊下の石畳の先に広がる、一年後の王城の姿だった。
崩れた天井。焼け焦げた柱。廃墟と化した謁見の間。
アストリア王国は、近い将来に滅びる。
正確には、あと十七ヶ月と二週間。国王の判断ミスが積み重なり、隣国との摩擦が引き金となり、王国の基盤そのものが崩壊する。それがはっきりと見えていた。
俺がパーティーに加わってから、ずっとそれを知っていた。
だから、手を打ち続けた。
交易路の選定を提案したのも俺だ。「この街道は二年後に盗賊の巣窟になる」と伝えたのに、アレンには「鑑定士が戦略を語るな」と一蹴された。ダンジョン踏破の前に「この層の主は半年後に進化する。装備を整えてから挑むべきだ」と言っても、「臆病者め」と笑われた。
結果として、パーティーは毎回ギリギリで切り抜けてきた。俺の事前の調達や情報収集のおかげで、だ。
だが誰もそれを「戦果」とは呼ばなかった。
剣を振るわない者の功績は、見えないらしい。
廊下の窓から、夕暮れの王都が見えた。赤と金に染まった美しい街並み。屋台の煙、喧騒、子どもたちの笑い声。
俺はその光景に、うっすら重なる廃墟の影を見ながら、静かに息を吐いた。
止める気はない、ということではなかった。
ただ――もう俺にその義務はなくなったということだ。追放されたのだから。
*
「レイン」
城門の近く、人気のない石柱の陰に、声が響いた。
振り返ると、白い法衣を纏ったリリアが立っていた。聖女の衣装はいつも清潔で、彼女に似合っている。だが今の彼女は、その整った顔に複雑な表情を浮かべていた。
「……見送りに来てくれたのか」
「謝りに来たの」
リリアは真っすぐ俺を見た。
「あなたが何をしてきたか、私は知ってる。あの装備の発注も、ダンジョンの事前調査も、街道の迂回路も――全部、あなたが事前に手を回してたから上手くいったんでしょう。私には分かってた」
「だったら」
「言えなかった」
彼女は唇を噛んだ。
「アレンに逆らえなかった。あの人は……一度決めたことは曲げないから。私が何か言っても、状況は変わらなかったと思う。でも、黙っていたことは事実で――ごめんなさい」
俺は少し考えてから、首を振った。
「いい。リリアが謝ることじゃない」
「レイン……」
「本当にそう思ってる。むしろ、三年間一緒に戦ってくれてありがとう。あんたは俺に、ちゃんと人として接してくれた。それだけで十分だ」
リリアの瞳が、わずかに揺れた。
「これからどうするの」
「辺境に行く」
「辺境?」
「ああ。アーレント辺境伯領。王都から馬で二週間ほどの場所だ」
彼女は少し目を見開いた。
「あんな何もないところに?」
「今は何もない。でも――」
俺は小さく笑った。
「十年後には大陸でも有数の都市になってる場所だ。俺の目にはそう見えている」
リリアは呆然と俺を見つめてから、ふっと力を抜いたように肩を落とした。
「……あなたって、本当に変な人ね」
「よく言われる」
「でも」とリリアは言った。「その目を信じてるわ、私は」
俺たちはしばらく黙ったまま向き合っていた。
それから俺は頭を下げた。リリアは何か言いかけて、やめた。
城門をくぐり、王都の石畳を踏みながら、俺は一度だけ振り返った。
夕日の中に浮かぶ王城のシルエット。
その姿に重なる廃墟の幻影を見ながら、俺は静かに前を向いた。
*
宿に戻った俺は、荷物をまとめながら、改めて状況を整理した。
所持金、金貨二十三枚と銀貨七枚。三年間の報酬をほぼ手つかずで貯めてきた。他のメンバーが武器の強化や酒や娯楽に消えていく中、俺はひたすら貯蓄し、投資情報を集め、将来使えそうな人脈と知識を蓄えてきた。
荷物は軽い。着替え、旅の道具、薬草の知識をまとめたノート、そして鑑定士として長年収集してきた相場の記録帳。
これだけあれば十分だ。
神眼鑑定で見えているのは、今この瞬間だけではない。アーレント辺境の土には、希少な金属鉱脈が眠っている。近くの森には、現在は雑草として扱われているが、十年後に万能薬の素材と判明する植物が群生している。廃坑と呼ばれているあの山は、実は魔石の新種が採掘できる。
誰もが見捨てた辺境に、俺には無限の価値が見えていた。
ベッドに腰を下ろし、天井を眺める。
正直なところを言えば、悔しくないわけではない。三年間、誰にも認められなかった。俺の力が本当は何なのか、誰も理解しようとしなかった。「役立たず」の一言で切り捨てられた。
だが。
俺は目を閉じ、深く息を吐いた。
怒りや恨みに時間を使うほど、俺は暇ではない。
今この瞬間から、俺は自分の道を歩く。
誰かのために動くのではなく、自分が正しいと思う価値を、正しく評価する場所を、自分で作る。
価値あるものを、正しく評価する。
それが、俺の商会の理念になるはずだと、すでにそのときから思っていた。
翌朝、夜明けとともに俺は王都を出た。
見送る者は誰もいなかった。
それでも俺の足取りは、迷いなく、真っすぐ辺境へと向かっていた。
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