何もしてないよね?
「ねえ、みきちゃんってさ、毎日何してるの?」
幼稚園の送りのあと、何気ない顔でそう聞いてきたのは、ママ友のあかりだった。
春の柔らかい日差しの中、園の門の前にはいつものメンバーが集まっている。子どもたちはすでに教室に入っていて、残るのは私たち母親だけ。
その中で、あかりはいつも中心にいる。
明るくて、話も上手で、誰とでもすぐに打ち解けるタイプ。正直、すごいなとは思う。
——ただ。
「え、普通だよ。家のことしたり、子どもと過ごしたり」
私はそう答えて、小さく笑った。
するとあかりは、少しだけ目を細めて笑う。
「いいよね、そういうの。時間もあって、のんびりできて」
やわらかい言い方。
でも、その中に含まれている意味に、気づかないほど鈍くはない。
——“何もしてない人”。
遠回しに、そう言われている。
「まあね」
軽く流すように返すと、あかりはすぐに話題を変えた。
「うちはさ、将来もう決まってるから安心なんだよね」
どこか誇らしげな声。
周りのママたちも「いいなぁ」と相づちを打つ。
「そのうち、社長夫人になるし」
さらっと言って、あかりは笑った。
——ああ、まただ。
同じ専業主婦のはずなのに、この人はいつも“その先”の話をする。
今じゃなくて、未来でマウントを取ってくる。
「すごいね」
私はそう言って、また笑った。
それ以上、何も言わない。
言えない、の方が正しいかもしれない。
だって、私には何もないから。
特別な資格も、キャリアも、将来の約束も。
——少なくとも、周りから見れば。
「みきちゃんはさ、このままずっと専業主婦って感じ?」
あかりが、何気ない調子で続ける。
「まあ…たぶん」
曖昧に答えると、あかりは「そっかぁ」とうなずいた。
その表情は優しいのに、なぜか少しだけ、見下されている気がする。
気のせいじゃない。
たぶん、ずっと前からそうだ。
でも——
(まあ、いいか)
心の中で、小さくつぶやく。
わざわざ言い返す必要もないし、関係を悪くするのも面倒だ。
それに。
——この人は、知らない。
私が、何をしているのか。
昼間、子どもがいない時間。
ほんの少しの空き時間で、スマホ一つでやっていること。
それが、どれくらいの価値を生んでいるのか。
「じゃあまたあとでね〜」
あかりは手を振って、その場を離れていった。
他のママたちも、それぞれ帰っていく。
静かになった園の前で、私は一人立ち尽くした。
ポケットの中のスマホが、小さく震える。
取り出して画面を見ると、通知が一件。
——新しいメッセージ。
それを見て、私はほんの少しだけ口元をゆるめた。
(今日も、ちゃんと来てる)
誰にも言っていない、私だけの収入源。
あかりが思っているような、“何もしていない人”じゃない。
ただ、それをわざわざ言わないだけ。
——まさかあの人が、それを知ることになるなんて。
このときの私は、まだ思ってもいなかった。
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