未知との遭遇 ドラゴ
――風が震えた。
空から灰色の塊が生きた嵐のように近づいてくる。
――雷鳴が爆ぜる。
目を焼く閃光、鼓膜を破る轟音。
十数体のワイバーンが空中で硬直し一斉に墜ちていく。
光の線が縦横に走り、閃光の雨を降らせて線に触れたワイバーンの体は爆ぜ、白煙が上がる。
――緑の奔流。
舞い上がった無数の葉は春の嵐のように。
その緑の一枚一枚は刃のように尖り、風とともに空へと舞う。
優雅で、美しく、そして恐ろしかった。
葉の嵐が群れを飲み込み翼を裂き、鳴き声と風切り音が交錯し、空が緑と紅に染まる。
光を受けた葉が反射し、まるで無数の鏡が舞っているように灰色の空のキャンパスに鮮やかな彩りを描く。
――空気が凍った。
自らの白い吐息に気付いた時、空気が鳴った。
「≪フェンリル≫氷を散らして!」
氷の礫が葉嵐の間を縫って群れを撃ち抜く。
音もなく放たれた《それ》は、音もなく敵を貫く。
葉と氷が交錯し、雷の余光がそれを照らす。
空を覆っていた灰が、緑と白と金、それに紅に満たされた。
――私は息をするのも忘れた。
恐怖ではなく、圧倒だった。
恐ろしいはずなのに、涙が出そうだった。
美しいものを見た。
焦げた羽と切れた葉が、雪のように頬に触れる。
私はそれを見上げ、ただ息をすることすら忘れていた。
◇◇◇
「さむ~っ!ソファ!寒い!」
「あっ!ゴメン!ヤクモ、≪まて≫」
「ふふっ。躾みたいね。」
空を覆うワイバーンの群れを片付けたあと、軽口を言い合いながら戻る私たち。
――今回はちゃんとできたよね?
「シェル、ヤクモにトラヴァスも。
“核”食べてきていいわよ。
でも半分は持って帰ってきてね」
セレナの言葉に3柱が駆けて行く。
「心配はしていなかったが…
やはり実際に見ると凄いな」
「ノエルはワイバーンの天敵だからな」
「え?そうなの?」
ピエールとオリバーの会話に驚いて尋ねると、ファニーが口を開いた。
「それ、この間ギルドで聞きました!」
「あいつら、どんな話してたんだか…」
――あ、またギルドで電撃するつもりだ。
あれピリピリするから嫌なんだよなぁ。
「はいはい。問題はここからよ。
鉱竜、どうするつもりなの?」
「出番よ、オリバー。
援護はトラヴァスとシェルティがやるわ」
「待て待て!あれはデカ過ぎる!」
「そうね。オリバーが3人欲しいわね」
「やっぱキツイかぁ…」
「岩山ぐらいはありそうだからな…」
「お前ら、さっきから岩山って何の話だ?」
「「……」」
私たちは何も言わずに顔を逸らした。
≪ニンゲンと神の残滓どもよ…≫
「なに?」
≪目の前におる≫
「マジ?鉱竜なの?」
「言葉を理解しているなんて…
本当にファフニールなの?」
≪我が名を知る?ほう…そなたはエルフ族か≫
「ええ、そうよ。
でも名を知っていたのは彼よ」
「物語、伝説上の存在…」
≪どうやら、封印が解かれたようだ≫
「ちょっと待って!大事な事なの。
先に一つだけ聞いていい?
戦闘の意思はあるの?」
≪フハハハッ…!面白い…。
我と戦う事も厭わぬか。
だが、まず聞きたい事がある。
故に答えは暫し待て≫
「今すぐってわけじゃないのね。
いいよ。何が聞きたいの?」
「ノエル。もうちょっと…」
「何?ソファ?」
「ドラゴンだよ?もうちょっと…」
≪構わぬ。我を恐れぬのは助かる≫
「ほらね」「…ノエル。後で話がある」
≪この地は我が封じられた頃と大きく変わっておる。
故にいくつが聞きたいことがあるのだ ≫
「アタシたちで分かる範囲なら」
≪構わぬ。では聞く。
この地には、地の神の加護と
地龍の加護があるようだ。
知っておるか? ≫
「地龍は間違いないわ」
「アレか…」「確かにいるわね」
「えっ?」「ソファ、後で説明するわ」
「ねえ。ファフニールでいい?
地の神が分からない。どんなの?」
≪…暫し待て。
…そなたらが精霊と呼ぶものだ≫
「地の精霊ってこと?」
「…」「いるわね。多分そう」
「心当たりならある。
これが答えでもいい?」
≪構わぬ。…ではもう一つ。
我と地龍を会わせられぬだろうか?≫
「…理由を聞いてもいい?」
≪単純な話よ。加護を与えた経緯を知りたい。
我も地龍も、ニンゲンに加護など与えぬ故に≫
「細かい理由は知らないの。
地龍の加護がどういうものか知らないけれど
話をしている人間は知っている。
彼に説明をさせる事は可能だわ。
これではどうかしら?」
≪構わぬ。では、鉱竜の名に誓おう。
我はここで待つ。それまで危害を加えぬ≫
「…村に伝えてあげよっか?」
「信じるか?」「説明が難しいわね」
「私無理…」「俺も無理だ」
「セレナが適任だろう?」
オリバーの意見に皆の視線がセレナに集まる。
「この中だと、そうなるわね。
いいわ。行ってくるから待っててね」
そう言ってセレナが麓の村へ説明に向かった。
「ねえ。ファフニール?さっきそこのワイバーンをやっちゃったんだけど、構わなかった?」
≪我にとってはどうでもいい事。
…だが目障りだ。そなたらが片付けろ≫
「だってさ。ピエール仕事よ」
「――!!」「手伝おう」
「とりあえずこれに全部入れちゃって」
そう言ってノエルはピエールに袋を差し出す。
「ん?なんだこれは?」
「魔道具の一つ。収納袋よ。
これくらいなら全部入るわ。
高いんだから、大事にね!」
「さあピエール、片付けだ」
「あ、ああ。使い方をだな…」
オリバーに連れられ、ピエールはワイバーンの亡骸を回収に向かう。
「うわっ!次々入ってく
なんなのあれ?」
「言ったじゃん。収納袋よ」
「持って帰るんですか?」
「もちろん!ギルドで買い取ってもらわなきゃ」
「結構な数がいたけど…
あれだとどれくらいになるの?」
「ワイバーンの素材は高いわよ?
とりあえず、アタシたちの当面の活動費は心配いらないわ」
「ノエルさん。私たち一度買い出しに行きたいんですが…」
「じゃあ、これ終わったら皆で商業街へ買い出しね」
「はい」「あ、いいかも。楽しみ~」
≪待て…そなたも神の守護を受けておるな≫
「えぇ?私?」
≪守護の神とは…地の神の番よ≫
「番って?ごめんなさい。
私にはよく分からなくって…」
≪まだ知らずとも良いが、知りたければ古き歌に訊け。
時が来れば誓約を受けよう… ≫
そう言ったきり、鉱竜ファフニールは目を閉じ何も語らなくなった。
「ノエル。古き歌って知ってる?」
「知らないわよ。守護の神は…
多分ヤクモの事じゃない?」
「え?ヤクモって精霊じゃ?」
「今言ってたじゃん。魔法の源流…神の残滓…具現化して顕現したものを、アタシたちは精霊と呼んでる」
「…加護っていうのは、
こうして一緒にいる事?」
「多分そうじゃない?」
「じゃあ“此方”と“彼方”って?」
「さぁ?それもアタシたちがある意味勝手に言ってるだけだし、今度鉱竜と話す時に聞いてみたら?」
「そう、だね。そうする」
――多分ノエルは本当に知らない感じ。でも、セレナなら何か知ってそうな…後で聞いてみよう。
◇◇◇◇
「凄いな!この収納袋は」
「あいつは素材を剥ぎ取るのが嫌いというか、面倒くさがってやらんからな。
こうやって収納袋に入れてギルドに持って帰るだけだ」
「これだけあれば中々の収入になるだろう?」
「当面は困らんだろうな。
人使いは荒いが、このパーティーは悪くないぞ」
「どちらにしろ、俺はこの国では他に伝手がない。
不満もないし、オリバーはどうだ?」
「俺もここにいれば、他の誘いを断るのに十分な言い訳が出来るからな。
もちろん不満があるわけじゃない。ただ…「聞いたわよ」」
ワイバーンの回収をしていた2人に背後から声がかかる。
「不満がないなら、決まりでいいわね?」
「セレナ…いつから聞いていた?」
「あら?最初から全部よ。
私、耳はいいのよ」
「…しまった」
「よろしくな。オリバー」
「まさか!ピエール貴様!」
「ご苦労さま。ピエール。
少しは楽できそうね?」
「もしこれを1人でしなければならないなど…
考えただけでゾッとする。
だからオリバー。よろしく頼む」
「やられた!まさかピエールまで…」
「不満はないんでしょう?
“与え合うことで、均衡は保たれる”よ」
「いい言葉だ。なんだそれは?」
「ハンターの格言の一つだ…。
まあいい。正式に加入するさ」
「良かった。そろそろ終わりね。
一度ギルドへ戻りましょう」
そう言ってノエルたちの元へ歩むセレナ。
「…よろしく頼む」
「お前な、戻ったら奢れ」
「了解だ」
短い言葉を交わし、2人も先を行くセレナを追う。
◇◇◇◇
「お疲れ~。村大丈夫そうだった?」
「特に問題はなかったそうよ。
鉱竜よりワイバーンの群れに困っていたみたい。
事情を話したら、納得してくれたわ」
「鉱竜はここにいたままなのに?」
「信心深い人たちだったわ。
生活はそのまま送るそうよ」
「…ドラゴンのそばで…?」
「あら?ファニーも興味ある?」
「絶対無理です!」
「戻ったぞ。…なんの話だ?」
「あ、ピエール。
ファニーさんがね、ドラゴンと過ごしたいって」
「見張りか?構わないが…」
「ソファ!言ってないからね!
ピエール!すぐ帰りましょ!」
荷物をまとめ、準備を終えると森を引き返してギルドへの帰路についた。
――多分また来るんだよね…。
我を恐れぬニンゲンどもよ。
それに加護を与える神の残滓どもよ。
恐れずとも良い。
何かあれば申せ。
地龍の話があるまで暇はある。
“与え合うことで、均衡は保たれる”
この真意か…
我の時代では、こう言ったものだ。
“捧げよ、さらば与えられん”と。




