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婚約破棄されたので、自由気ままに生きようと思います  作者: RISE
婚約破棄と新しい道の始まり
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第4話 森で迎える朝

鳥の声で目を覚ました。

小屋の窓から差し込む朝日が、埃を金色に染めている。

板張りの床はまだ冷たく、掛け布団代わりにした外套をぎゅっと抱きしめた。

王都の屋敷で目覚めた朝とは、あまりにも違う。

使用人の足音も、香の漂う朝食も、ここにはない。

あるのは、土と木の匂いと、鳥の囀りだけ。

「……悪くないわね」

呟きながら伸びをする。

身体が少しぎしぎしと痛むのは、床が固かったからだろう。

けれど、不快ではなかった。むしろ、ちゃんと「生きている」と実感できる痛みだ。

「エリナ様、おはようございます」

ミアが入口の隙間から顔を覗かせた。

もう身支度を整えていて、髪もきっちり結われている。

さすが侍女歴十年。どんな場所でも、きちんと一日の始まりを迎えるのだ。

「おはよう、ミア」

「外で水を汲んでまいりました。冷たいですが、顔を洗えば気持ちがよろしいかと」

差し出された桶には、森の小川から汲んできたばかりの透明な水が揺れていた。

私は袖をまくり、両手を浸す。

ひやりと冷たさが肌を刺す。だが次の瞬間には、その冷たさが目を覚まさせてくれた。

「……確かに、気持ちいいわ」

水滴を拭い、私は頬を叩く。

朝食は簡単に干し肉と乾パン。だが、森の空気と一緒に口にすると、まるでご馳走のように感じられた。

「さて……今日はどうしましょうか」

「生活の基盤を整えるのが先決です。薪、食料、寝具……すべて不足しています」

「畑も作りたいわね」

「畑、ですか?」

「ええ。森の土は肥えているし、日当たりのよい場所を見つければ作れるはず」

私は王都の屋敷で、趣味のように庭の隅で小さな花や薬草を育てていた。

誰からも「無駄」と笑われたけれど、あの時の経験が今、役立つ気がした。

二人で小屋の裏手を歩き、木々の間にぽっかりと開いた空き地を見つける。

柔らかな土が足元に沈み、陽光がよく差し込んでいる。

「ここなら……いけそうね」

「鍬があればすぐにでも始められそうですが」

「鍬……」

私たちは顔を見合わせる。

もちろんそんなものは持ってきていない。

「街に出て買うしかないわね」

「最寄りの村は、この森を抜けて半日ほどだと聞きました」

「なら、今日はそこまで足を延ばしてみましょう」

小屋に鍵をかけ、必要最低限の荷物だけを持ち、森を抜ける道を進む。

木漏れ日が揺れ、風が枝葉をざわつかせる。

その音は、昨日感じた「ようこそ」という声に似ていた。

やがて森を抜けると、小さな村が見えてきた。

茅葺きの屋根が並び、畑には冬野菜が青々と育っている。

子どもたちが駆け回り、牛や鶏の鳴き声が響いていた。

「のどかね……」

思わず息を吐く。

王都の華やかさとは違う、けれど確かな豊かさがここにはあった。

村の中心らしき広場に足を踏み入れると、農具を抱えた中年の男がこちらを訝しげに見た。

「おや……見慣れない顔だな。旅のお嬢さんか?」

「ええ、森の小屋にしばらく滞在する予定で。鍬を譲っていただけないかと思いまして」

私が丁寧に答えると、男は目を丸くした。

「森の小屋? あんな朽ち果てた場所に人が住むとは……勇気があるもんだ」

「朽ち果てていても、直せば住めますわ」

私が笑うと、男は一瞬きょとんとし、やがて腹の底から笑った。

「ははっ、気に入った! いいだろう、古い鍬なら倉に眠ってる。タダでやるよ」

「ありがとうございます!」

思わず頭を下げる。

「ただし、気をつけな。あの森には昔から妙な噂がある。夜に光が走るとか、精霊が棲んでるとか……」

「精霊……」

心臓がひとつ跳ねる。

あの日感じた震え。昨日の「ようこそ」という風。

――もしかすると、この森はただの森ではないのかもしれない。

「大丈夫です。私は森を大切にしますから」

そう答えると、男は不思議そうに私を見つめ、やがて頷いた。

鍬を受け取り、村を後にする。

夕日が森を橙色に染め、道を戻る私たちの影を長く伸ばした。

「エリナ様……本当に、この森で生きていけると思いますか?」

ミアが少し不安げに尋ねる。

「ええ。だって、私はもう無能じゃないもの」

「無能……?」

「王妃の器ではなかったかもしれない。でも、この森で生きるためには、私の知識も努力も全部役立つ。だから、ここなら私は私でいられる」

鍬を肩に担ぎながら、私は笑った。

胸の奥には、不思議な確信が芽生えていた。

森が、私を受け入れている。

そして、ここから本当の生活が始まるのだ。

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