第16話 森の娘として
あの夜から数日後、森に再び不穏な気配が漂った。
村の外れに立つと、遠くの道から馬蹄の音が響いてくる。
私は覚悟を決め、小さな短剣を腰に差し込んだ。武器として頼りになるものではない。けれど、心を決めるための印だった。
やがて現れたのは、前回よりも多くの騎士を率いた使者だった。旗には王家の紋章がはためき、その威圧感に村人たちがざわめく。
「再度命ずる! 元婚約者エリナ・フォン・ルークは、王都へ出頭せよ!」
文官の声が冷たく響く。
私は一歩進み出て、森の入り口に立った。
「私は戻りません。王都に縛られる私ではもうないから」
「強情を張るな!」
騎士たちが剣に手をかけたその瞬間――森全体が轟音を上げた。
木々がしなり、枝葉が大きく揺れる。
まるで大地そのものが意志を持ったかのように、精霊の光が無数に溢れ出した。
「な、なんだこれは……!」
騎士たちはたじろぎ、剣を抜く手を止める。
その光は私の周囲に集まり、柔らかな輝きとなって渦を巻いた。
足元の草花が一斉に咲き誇り、空気が温かく震える。
私は胸に手を当て、声を放った。
「森よ、精霊たちよ――私に力を!」
光が一際強く輝いた瞬間、騎士たちの馬が怯えて嘶き、隊列が乱れた。
文官は青ざめ、必死に叫ぶ。
「退け! 退けぇ!」
混乱のまま、彼らは撤退していった。
静けさが戻った森で、村人たちの歓声が響く。
「エリナ様だ! 精霊と共に立たれた!」
「もう、王都に奪わせはしない!」
私は膝から力が抜け、その場に座り込んだ。
涙が頬を伝う。けれどそれは恐怖の涙ではなく、安堵と決意の涙だった。
ミアが駆け寄り、手を握ってくれる。
「エリナ様……もう、大丈夫です」
「ええ。もう戻る場所は決まっているわ。ここが、私の居場所」
数日後、森の畑には豊かな実りが広がった。
子どもたちが笑いながら走り回り、村人たちが歌を口ずさむ。
私は小屋の前に立ち、その光景を見守っていた。
婚約破棄されたあの日、全てを失ったと思っていた。
けれど――失った先に、新しい世界が待っていたのだ。
精霊に守られ、村に支えられ、私はようやく自分の足で生きている。
「エリナ様、森の娘!」
子どもたちが呼びかけてくる。
私は笑い、手を振り返した。
森の風が頬を撫で、光が葉の隙間から差し込む。
その温もりに包まれながら、私は静かに心の中で誓った。
「もう二度と、誰かに生き方を決められたりはしない。私は、自由に――この森で、皆と共に生きていく」
こうして、私の物語は婚約破棄で終わるのではなく、
新しい人生の始まりとして刻まれた。
短いですが、これで
『婚約破棄されたので、自由気ままに生きようと思います』は
完結となります。
また何か物語が浮かんだら色んな作品を書いていきますので
応援よろしくお願い致します
終わり




