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第三話『気力覚醒』

現時点では四話を書き始めたばっかりです。

 オッス、オラ皇孫。

そんな事言ったとしても、どの皇孫だよというツッコミが入ることもあるかもしれない。

 産まれてから四年と半年が過ぎた。

色々な言葉を喋ったり、ハイハイからつかまり立ちを経て歩き回る事が出来たりといった赤子特有のイベントを乗り越え、俺は侍女を伴って育児室から出歩いたり、庭を見て回ったりお絵かきをしたりと公務に参加しない日は気ままな幼児ライフを満喫している傍ら、書庫へ行って色々な事を学んだり、皇族や貴族には必須のマナーや、これまた皇族や貴族の嗜みである魔術について学んだりしていた。

 そんな四年間半の中で、親父の腹違いの弟である第二皇子の『フォンジット』に娘が、第三皇子の『ディゼリオ』に息子が、ひと月違いで誕生した。

俺からしてみれば父方の従妹と従弟になるこの二人も、当然ながら俺の祖父である皇帝の孫であるのだから皇孫という身分になる。

つまりはこの国には今の所、皇孫が三人いるので俺だけが皇孫と名乗っていいわけではなくなったのだ。

 但し、この第二皇孫と第三皇孫の扱いは、俺と同格ではない。

側室が産んだ皇子の更に側室が産んだ子供である為に、皇位継承法に基づいた自動的な順位付けではかなり下位になり、更に生後三ヶ月位に俺がやったお披露目会のような数々の儀式は催されない。

これは順当に行けばそのうち確実に皇帝に即位する親父や俺と違って、あの二人には成人と前後して臣籍降嫁や臣籍降下で貴族にされてしまう運命が待ち構えているからだ。

 まあ、もしかしたらあるかもしれない。

俺や親父が事故や戦争で死んだり、親父が皇帝の怒りを買って廃嫡されたりするようなことになれば機会が巡ってくるかもしれない。

あるいは、あの第二皇子共が親父と俺に対して陰謀を仕掛けてくる事も有り得なくはない。

 そうなった場合、貧弱で凡庸な親父に対抗する術があるのかがとても不安になるので、俺は今日も書庫や宮廷魔術師達の元へ通い、自身の力を得ようとしているのである。

 ただ、四歳児の俺には魔術の習得はまだまだ早すぎるらしく、宮廷魔術師達は研究の合間に魔術理論の本の解説や、実際の発動の様子などを見せてくれるに留まっていた。

 宮廷魔術師の一人、ファム宮中伯は難しい用語を難しいまま俺に解説するので、彼女の上官や俺の侍女達は掻い摘んで教えるように要請したが、前世からの年齢を加算すれば三十七歳を超えた俺には、予習の成果も会って難なく解説が理解できた。

 そこでわかったことなのだが、実は魔法と魔術は使うものによって分類されているということだ。

 まず、魔法というモノは、この世界に満遍なく存在する魔力と呼ばれる存在を、特殊な呼吸法で体内に取り込んで凝縮し、脳内で術式を組み込んで制御と構築を行い、体外に放出することによって様々な効果を様々な場所に発揮させる現象の事だという。

手を翳して火を放ったり、ケガを治したり、あるいは海水から塩分を取り出したりと効果を発揮できる現象。

それが魔法。

別名として神々の奇跡の模倣。

 但し、欠点や、不可能なことも多い。

特殊な呼吸法を訓練で習得するにも、魔力の効果の構築にもある程度の時間も必要で、凝縮した魔力の制御に体力を激しく消費するのだ。

体内へ魔力を取り込めば取り込むほどに、その制御と効果の構築が難しくなり、体外へ放出した瞬間に魔力は空気と同化して効果がなくなる。

 更に、効果が大きい魔法を使おうとすればする程に、必要な魔力も多くなる。

竈の薪に点ける種火用の火と、街を焼き尽くすほどの大火炎ならば、後者の方が魔力は多く必要で、ちょっとした切り傷の治癒と、切断された腕の縫合ならば、後者の方が圧倒的に多く必要だ。

人間の肺活量には限度がある。

それ故に魔力が多く、必要な効果の大きい魔法にも限度があり、制御に必要な体力も必要なので、限度があるのだ。

 魔術は簡単に言えば、魔法を技術によって発展させたモノといえばいい。

基本的な魔力の流れは魔法と変わらないが、魔力の制御と効果の構築を術式が組み込まれたデバイスに代行させているものなのである。

これによって魔法では難しかった効果の安定した制御が可能となった。

 術者はただ単に呼吸によって集めて凝縮した魔力を、脳内で術式を組み込まずにデバイスへ流し込めば、様々な効果を発揮できるというわけだ。。

効果はデバイスから放たれる場合もあれば、術者の手などから放たれるものなど、デバイスによってその発生源は様々で、デバイスの形も様々である。

 俺の育児係の侍女の一人は様々な指輪を所持していて、その指輪を付け換えることによって、暖炉に火を着けたり、照明を灯したり、夏には涼しい風を起こしたりしてくれている。

やはり効果の大きいものは術式が複雑なので、それを組み込むデバイスも大きくなるし、必要な魔力量も多くなるなど、魔法と同じ欠点もある。

火や光の指輪は普通の指輪と同じサイズではあるが、涼風用の指輪はその倍の太さのある指サックのような形をしているので、魔術師達の説明も簡単に理解できた。

魔法よりも習得期間は短いが、効果はデバイス一つに付き一つしか付与できず、デバイスそのものは希少な結晶を元に特殊な製法で作られているので、どうしても高価にならざるを得ないらしい。

俺の侍女の持つ照明用の指輪は一番安いものだが、この国の農民の一ヶ月分の平均収入に匹敵する値段で、宮廷魔術師や帝国軍術師部隊に戦時配備される雷撃用の杖は三年分もの収入に相当するのだという。

 因みに、魔術を発動時に何かを言うのは精神的なスイッチであって、言わなくても発動できるんだそうな。

 「ていこくがつよいのは、まじゅつのけんきゅうがさかんだからなんだね。」

 「そのとおりでございますよ、皇孫殿下。」

 俺が褒め称えると、ファム宮中伯は調子に乗った。

確かに、このアルムザクス帝国が覇権国家になった要因の一つに配備するデバイスの高性能さやその研究の成果によるものもあるが、他の兵科や用兵術にも要因はあり、魔術師のお陰だけとは言えない。

宮中伯としては、自分達のさらなる地位向上や予算の増額をお願いしたいところなのだろうか、それを俺に言うのはお門違いと行ったところだ。

 

 

 

 まあ、そんなわけで魔法や魔術の習得をするには俺は幼すぎると却下されたが、これが駄目なら騎士や兵士が用いる剣や武器等の修行も同じ理由で却下される筈だ。

俺は大人しく肉体の成長を待つことにして、次は歴史や政治を学ぼうと、侍女を伴い書庫へ向かおうとした。

 「ああ!!

これシミが付いているわ!!」

 そんな折、両親の部屋の近くを通った時に、廊下まで響く母の声が聞こえた。

 「あいかわらず、ははうえはうるさいなぁ~。」

 開いていたドアから中の様子を見ると、お気に入りの白いドレスを持った母が、洗濯担当の侍女を叱っている光景が見える。

 この母は俺の前世の母親以上に、短気で嫉妬深くプライドの高い女であった。

侍女の些細なミスでも機嫌を悪くするし、夫である親父が自分の話を僅かでも聞き漏らそうものなら態度が悪くなる。

まだ生後半年頃に侍女達が愚痴を零していたが、晩餐会で第五皇子妃が着けていたネックレスが自分より高価そうだったからという理由で、皇子の廃嫡を親父経由で皇帝に具申しようとしたらしい。

しかも、これでも出産前よりも性格が丸くなったらしいと侍女たちが話していて驚いた。

 そんな俺付きの侍女達総勢五人のうち四人は、元々嫁いできたばかりの俺の母に仕えていた侍女たちだったので、今も母専属の侍女たちに同情を抱かずにはいられないらしい。

 あの女の腹から産まれた身として言うのも何だが、親父は何故あんな癇癪持ちの女を正妻としたのかと、疑問に思う。

次期皇后や後の皇帝の母としては相応しくないような気もするが、それとも何か俺の知らない皇后としての器があるのだろうか?

産まれてから今まで、母の怒り声を聞く度にこの疑問が湧き上がる。

ふと、毎年恒例の年賀の儀式で会う母方の祖父母を思い出す。

 ジャッパ辺境伯領領主。

 それが母方の祖父の地位だ。

辺境伯の通り、隣国との国境である帝国最西端の領地を治める地方貴族だが、七十年ほど前からその隣国との関係は良好で、領都は交易で栄えているという。

 地理と経済を学ぶついでに、貴族の情勢を調べる為という名目で、幾人かの中堅文官を捕まえて訊いた事があった。

 「へーかじゃないほうのぼくのおじいちゃんてどんなひと?」

 そう訊けば、流石に筆頭皇孫の俺の頼みを蔑ろにする訳にもいかず、若干言葉を濁しながらもいくらか答えてくれたことがあった。

 それによると、潤沢な資産を元手に同格の伯爵だけでなく、侯爵や公爵にも金を貸しているので、貴族社会で確実に勢力を伸ばしているとのことだ。

 まあ、そこまで情報があればすんなりと理解できる。

要するに辺境伯であるシュピーゲル家は第一皇子の妻としてマシュリリアを複数の有力貴族に推薦させたということなんだろうな。

皇帝の外戚の地位を得て国政への介入を画策するなんて、俺の前世の世界でも古今東西よくあった話だ。

いやまあ、まさか自分がその利用される皇帝として産まれるとは、思ってもみなかったが。

 だが、いかにも成金とした肥満中年のシュピーゲル辺境伯の風貌を思い出し、そんな事を画策しそうだと納得してしまった。

自分の祖父だというのに俺も酷い孫だと、心の中で笑う。

 おっと、マシュリリアのイライラを収めてしまわねばなるまい。

 「ははうえおこらないで。」

 俺は少し泣きそうな顔で部屋へと入っていく。

 「えっ!

・・・だ、大丈夫よ、怒ってないわよ~。」

 と、俺の姿を見かけた母は、笑顔を見せて猫撫で声で俺へと駆け寄った。

 母の癇癪が向かない人間は二人いる。

息子である俺と、舅である皇帝だ。

皇帝の不興を買えば最悪の場合、夫が廃嫡されて次期皇帝になれない。

また、俺から嫌われれば、外戚としての権威も無駄になるかもしれない。

だからこそ、俺と祖父には面と向かって悪い態度を取らない。

勿論皇后や皇太后の座も欲しているだろうが、この女は実父の野望の為に親父と結婚したのだと十分に理解できた。

そうなるとやはり疑問なのが、親父はなんでこの女を妻として迎えたのかという事だ。

 後で身をもって俺は知る事になるのだが、しかしその尽きない疑問への解答は思いもよらない所から出てくることになる。

そして、俺は生涯の敵を認識することになった。

 

 

 

 「やっぱりあんたは相応しくない・・・。」

 低い声で唸る女。

その女は、侍女の格好で小さな瓶を持って中庭に面した廊下に立っていた。

見かけない侍女だと思ったが、そもそも俺は城の一部分しか知らないのだから、別段気にしてもいなかった。

中庭に行こうとした母と俺と侍女達。

そこにその女は立っていた。

 フラフラと足元の覚束ないその女は、身綺麗なメイド服に反して顔色はあまり良くなかった。

 「あんたなんかが、なんでバイツ様の!!」

 「ひっ!」

 突如叫んだ女は透明な瓶をこちらに向かって、いや母に向かって投げつけた。

しかし、母はその瓶を手で払い除けた。

とっさのことで仕方がなかったとも言えるが、その瓶は俺に命中した

 「がぁああああああ!!」

 母が右手で払い除けたその瓶は俺の左肩に命中して破裂し、俺の左肩と顔の左側へと瓶の中にあった液体が浴びせられる。

 痛い!!

焼けるような痛みに、俺は大声で叫び右手で左肩を抑えた。

 「あああああああ!!」

 しかし、服に染み込んだ液体に触れてそこも焼け爛れて痛みでまた声を出す。

駄目だ、冷静な判断が出来ない。

 慌てて母や周囲の侍女達が俺へと駆け寄り、魔術師侍女の数人が治癒の魔術を俺にかけようとした。

 しかし、それの後からはよく覚えていない。

ただ、俺の左腕にいつの間にか灯った熱。

その熱を、俺自身があの女に向けて撃った所だけは、はっきりと覚えていた。

 

 

 

 いつの間にか意識を失っていた俺が目を覚ましたのは、その日の夜になってからだ。

侍女達が俺にかけられた薬品を洗い流し、治療を受けた俺の顔左半分と左肩周辺と右手には包帯が巻かれていた。

 「おお、フィロ!!」

 「フィローザイン、目を覚ましたか!!」

 ベッドの側には親父と祖父。

周辺には二人の従者達や俺の侍女達が控えていた。

その後ろ、正確には部屋の隅にいる母は心配そうに俺の様子を伺っているが、何処か様子がおかしい。

まるで凶暴な猛獣を見ているように怯えていて、それは周りに控えている母やその侍女達も同じ様に俺は思えた。

 俺の体は命に別状はなく、体の機能も同じく健康体と何ら変わりはなかった。

かけられた液体は強酸性の薬品だったが、入っていた瓶が割れやすい飴細工だった影響で、酸が薄れていたらしい。

服を触った右手は比較的軽症だったが、肩と顔の左・・・特に瞼から左頬にかけてはかなり焼け爛れてしまっていた。

 回復魔法術には致命的な欠点がある。

打ち身や擦り傷や切り傷、骨折といった明らかな肉体の異常には効果を発揮して再生を促せるが、火傷や薬品による皮膚の変質には効果がないのだ。

 「・・・・・・・・・。」

 手鏡を覗く。

前世の世界一美しい顔立ちには及ばないが、それでも世界で十指に数えられるであろうその美しい顔立ちは、今や包帯まみれ。

 「申し訳ございません殿下・・・。」

 俺の治療を担当した宮廷筆頭魔術師のスパロウ侯爵が、悔しそうに声を絞り出した。

魔術の限界と無力さにさいなまれているようであった。

 「殿下、申し訳ございません!!」

 「殿下、どの様な罰でもお受けいたします。

どうか私めに罰を!!」

 「私の顔の皮を剥いでくださいませ!!」

 「私も!!」

 「私もお願いいたします!!」

 侯爵の声を皮切りに、俺の侍女たちが体を震わせながら俺の足元へと駆け寄り次々と土下座してきた。

俺の顔に火傷が出来たことに、強い自責の念が芽生えているようだ。

 「お前たちの誰にも責任はない。」

 舌っ足らずな幼児言葉ではなく、成人男性の様な口調で出た言葉に、侍女や周囲の者達は驚いて目を見開く。

俺も、自分の思った言葉がそのとおりに出ていることに驚いているが、今は錯乱気味に泣いている侍女たちに言葉を向けるほうが先だ。

 「もう一度言う。

お前たちの誰の所為でもない。

この場にいる者で責任のある者は、父上と母上だ。」

 俺のはっきりとした物言いに、エンフィールとマシュリリアの肩がビクリと震えた。

 「フィロ!!」

 「フィローザイン!!」

 名指しされた二人が思わず立ち上がる。

 「あの女の言葉!!

俺はまだはっきりと覚えていますよ!!」

 俺に怯えながら二人はそれでも、自分達に何の謂れがあるのかと反論しようとした。

しかし俺は怒りの念を言葉に乗せて、更に続けた。

 「!」

 「私が何故あなたに怒られればならないの!」

 俺の言葉に納得した親父は、歯軋りをしながら座るが、俺の言葉がよほど腹に据えかねたのであろうか、つかつかと俺の元へとやってきた母。

甘やかされて育てられた者特有の、怒声への反発による怒りが、俺に向けられて来た。

 「お前の払った瓶がフィロに当たって割れたんだぞ。

詫びの言葉すらないのか!!」

 親父が怒声を母に向ける。

病弱で貧弱でそれ故に気弱な臆病者のエンフィールが怒っている姿も、母にそれを向けている姿を見たことも、これが初めてだった。

産まれてからずっと頼りない父親だと思っていたが、このときばかりは雀の涙ほどだが見直した。

 「・・・っ!」

 苦虫を噛み潰した様な表情というのはこういうものなんだろうよ。

やりどころのない怒りを抱いた母は、踵を返すと早足でこの部屋から出ていき、侍女達は戸惑いながらそれに続いた。

あの愚母のことなどは、正直今はどうでもいい。

それよりも俺は、俺の顔に酸をかけたあの女の言葉をもう一度頭の中で反芻した。

そしてある予測が成り立った。

 ああ。

今まで分解できなかった難解な知恵の輪を外したようなこの高揚感。

そう。

前世で何故俺が嫌われ者なのかが、判明した時と同じ言葉で表せないほどの爽快感に、俺は脳内麻薬が激しく分泌された感覚を噛み締めて理解した。

 そして認識した。

敵だ。

俺の顔に酸をかけたのは、あの女にけしかけた黒幕の更に黒幕がいる。

それこそは俺が倒さ無くてはならない敵なのだ。

 

 

 

 「・・・・・・皇帝陛下、お願いが御座います。」

 「う、うむ、なんだフィローザイン。」

 ベッドから頭を垂れる俺に、祖父は戸惑いながらも声を返した。

 「下手人の女は、俺が裁きを下したいのです。

申し訳ありませんが、罪人として扱うのは当然ですが、取り調べも丁重にしていただけませんか?」

 「う、うむ、分かった。

貴公の望むとおりにしよう。

・・・おい、聞いたな。」

 頷いた祖父帝は、近くにいる側近に支持を出した。

同じく戸惑う男がすぐさま立ち上がって、部屋の直ぐ外にいた兵士へと向かい何やら話している。

あの女を取り調べている役人達への連絡役として向かわせたのだろう。

 「ありがとうございます、皇帝陛下。

重ねてのお願いですが、あの女の素性などの情報も、私にいただければ良いのですが。」

 「相分かった。

この件に関しては、全て貴公の要望を叶えよう。

・・・・・・しかしフィロよ、家臣がいると言っても、今は公の前ではないのだ。

皇帝などと堅苦しく呼ばないでくれ。

お前たちにそう言われると、溝がある様で少し悲しくなるぞ。」

 俺の口調に未だ戸惑いを隠せない祖父は、困り顔のまま少し笑った。

確かにそのとおりだなと、俺は納得する。

 「そうですね、おじい様。」

 この老人は、確かにこの国の皇帝である。

だが、俺の祖父であるのもまた事実なのだ。

どうやら、顔を傷つけられた屈辱と、俺の心配をしているような態度ではない母の態度に、俺は怒りを覚え興奮していたようだ。

祖父の宥めるような口調に答えるように、少し冷静になろうとゆっくりと深呼吸をした。

 「それと・・・母を責めないでやってくれ。

お前が・・・お前が教わっていない筈の魔術を使ったので、怯えているんだ。」

 「・・・父上がそうまでいうのなら、今日はもう責めません。」

 父が辿々しく優しい口調で俺に諭そうとした。

こうやって、俺に何かを乞うのは初めてかもしれない。

今日は、親父殿を見直す事が多いなぁ~。

 そして、教わっていない筈の魔術という言葉に、俺は疑問を持つ。

あの時、俺は確かに胸に宿った熱を左手に移し、それをあの女に向けて突き出したような事は覚えている。

しかし、それ以外のことは痛覚の所為もあって殆ど覚えていないのだ。

 「お言葉ですが、皇子殿下。

確かに、皇孫殿下が下手人の片脚を吹き飛ばした攻撃。

あれは、『閃光魔術ナックルビーム』に似てはいますが、魔法でも魔術でもないと私は愚考いたします。」

 「私も同じ意見でございます。

あの様に叫ばれていたご様子では、魔力を取り込むことは出来ません。

魔術を学んだ人間ならば誰しも分かることです。」

 俺付きの侍女の中でも特に魔術仕事を率先して行っている二人が、親父の言葉を否定した。

彼女達の言う通りで、確かに魔法や魔術の肝心要は魔力を体内に取り込む呼吸だ。

あの時の俺のように一心不乱に叫んでいては取り込む為に呼吸をすることなど出来ない。

そんな呼吸をした覚えもなければ、制御の仕方も習っておらず、デバイスも持っていないので、出来るわけがないのだ。

 「ふむ・・・。」

 その言葉に祖父が筆頭魔術師へと視線を移す。。

 「・・・おそらく・・・これは私の推察でしかないのですが・・・おそらく、フィローザイン殿下は魔力を使う魔法を行使したのではなく、気力を用いた闘法を用いたのではないのでしょうか?」

 少し考えたスパロウ侯爵が、口を開く。

流石は魔力の知識において国内では並ぶものなしと称えられた魔法博士。

心あたりがあるらしい。

 しかし、気力?闘法?初めて聞いた言葉らしく、親父も側近や侍女たちもなんじゃいそりゃぁといった表情を浮かべた。

俺も皆と同じだ。

そして侯爵は俺や皆の疑問に答えてくれた。

 気力とは人間や他の生物が持つ生命のエネルギーだという。

誰もが確かに持っているが魔力の様に操作や制御が出来ない為に、魔法や魔術の様に何らかの効果を及ぼす事が出来ないらしい。

 しかし、数兆人に一人の割合で産まれながらにして、あるいは何らかの出来事がきっかけで気力の制御が可能になる人間が現れるらしい。

実際のところは帝国筆頭宮廷魔術師のスパロウ侯爵も、気力に関してはその程度しか知らず、世界各国の魔術師が個人で研究を続けているに過ぎないが、とある魔術師は、気力とは魔力を取り込んだ人間が脳内で構築する術式そのものではないのかと、仮説付けている。

 闘法とは、分かりやすく言うならば、気力を使った魔法。

気力を使って自身の身体能力を向上させたり、気力を武器に纏わせて様々な効果を発揮させたり、俺がやったように気力を攻撃エネルギーにして敵を倒す術である。

研究が進まず、過去の気力使いは全て戦闘に用いていた為に、闘法と呼ばれているとのことであった。

 「・・・・・・闘法か。

そういえばかつての戦争で、闘法使いと戦ったことがあったな。

あれは強敵だった。」

 侯爵の講釈(ミルジュ・ル・ミルズ)に一人だけ納得していた祖父が、笑みを浮かべながら頷いた。

 「四十八年前のコルセリア王国侵略戦争の王都逆侵略戦でしたね。

お懐かしゅうございます。

王国戦士長で、確か名前は・・・フォロン=ゴラーフだったと思いましたが・・・。」

 僅かに目を閉じた侯爵が祖父の頷きにつられて頷いた。

 「そうじゃ。

そのゴラーフという槍男が、見事な闘法使いでな。

正に一騎当千という言葉の見本のような男で、千数百人の兵士が奴一人に葬られてしまったのじゃ。」

 血湧き肉躍る戦争の話で、祖父とその幼馴染である侯爵は懐古の状から自然と笑みを浮かべる。

俺も何度か祖父が若い頃に参戦した戦争の話を聞かされる。

年寄りが昔の話を若人に聞かせたがるのは、世界が違えど同じということだ。

しかしジイさんよ、家臣が死んだ話で笑うのはどうかと思うぞい。

 「そのようなことがあったのですか。」

 「お前は全く興味がないからと言ってワシが戦の話をすると決まって部屋を出て、絵ばっかり描いてたじゃろうが、この芸術家気取りめ!」

 親父の言葉に、祖父は語気を荒げた。

 「えっ、絵を馬鹿にしないでください・・・。」

 俺のいるベッドを挟んで、祖父が激しく親父へと人差し指を向けると、今にも消えそうな声で反論した。

我が親父ながら情けない態度だなぁもう。

二十五歳にもなって、父親に堂々とした態度が取れないのはどうしたもんかね。

俺が親父の頃には酒呑んで暴れる親父に蹴りを入れて気絶させたりしたもんだぞ。

ん?なんか変な言葉だな。

まあそんな事はどうでもいい。。

 「俺は父上の風景画好きですけどね。」

 と、この情けないながらもしっかりと自己主張する俺の親父へのフォローを入れておこう。

まあ、本心ではある。

芸術的なセンスはないから俺自身は素人目だが、絵画制作を趣味とする親父は『バイツ=ゲレット』という偽名でコンクールに出展して幾度も大賞に輝いた実績もあり、芸術好きな貴族達が大枚をはたいて購入する事もあった。

このまま正体を知られなければ、謎の画家として後世に語られるレベルだ。

 「ワシも馬鹿にはしとらん!

そんな事は、そんな事ではないが今はどうでもいい。」

 話を逸らした張本人が再び気力と闘法の強さの話へと戻そうとする。

 「まあ兎に角、奴は強かった。

最初にワシと共に戦っていた騎士や歩兵はあっけなく全員殺され、ワシは一歩間違えば死ぬかもしれん即死の槍捌きをある時は凌ぎ、ある時は逃げながら、ブレイド率いる術師部隊の到着を待った。」

 と、隣のスパロウ侯爵に親指を向けた。

そういえばこの人そういう名前だったな。

 話は掻い摘んで言うと、その闘法使いは遠距離でも対抗してきたのだという。

王都を制圧した術師部隊との防御なしの砲撃戦に移行し、その撃ち合いで術師三百人が・・・結局、闘法使い一人の首を刎ねるのに、二千人近くの犠牲を払ってしまったという。

 「闘法が使えるという事は、そのくらい凄いということなのだ。

まあ、軍の総大将たる皇帝が、最高戦力を兼ねるというのは軍としてはいかがなものかとは思うが、・・・お前が闘法を極めるのであれば千人の騎士以上に匹敵する可能性があるということになる!」

 そう言うと、祖父は俺の頭を撫でる。

 「・・・・・・。」

 大きく息を吐いて、しばらく目を瞑り思考を始めた。

 俺は前世の記憶を持っている。

辛いことばかりが目立つ悲惨な人生。

最後は母親に殺された俺の哀れな人生。

だからこそ、前世の悲惨な人生を経て、文字通り生まれ変わった今生だからこそ、俺は良い人生にしたいと思った。

皇孫という一見安泰に見えて、様々な陰謀に巻き込まれる可能性の高い身分に産まれてしまった事は、嘆くしかない。

父親も母親も正直に言うと頼りない。

 だからこそ幼いながらも、自分の身を護る術を探した。

そして初めて実害が俺に及んだ今日。

そこで俺は認識してしまった。

この国、いやこの世界全体に蔓延っている筈のその敵を。

 そして俺には力が芽生えた。

有り難いことに、どんな障害でも乗り越えられそうな力。

もう自衛の為だけではない。

あの敵を倒すために、俺は強くなると決めたのだ。

 「そうですね。

俺は最強の皇帝になります。」

 決意した。

そう、決意したのである。


起承転結の起はここでおしまい。


次回の投稿は11月末の予定です。


ぶっちゃけ勢いで書いたので細かい整合性とかなかったり、全然設定がないものとかあります。

五~七話までに登場させる予定のヒロインの名前すら思いついてない・・・・・・。


誤字脱字を修正したりしました。

あと、貴族の命名法則を変更し、加えて表記法を正しくしました。

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