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第十一話『皇帝の子』

休日にコツコツかけたので投稿します。


追記、別小説という形で十一話までに出てきた地名の位置関係を地図としてまとめました。https://ncode.syosetu.com/n2058hh/1/




 物心付いた頃から私は兄が嫌いだった。

正妻の子であり皇帝の第一子というそれだけの理由で、次の皇帝が約束されている八ヶ月

しか違わない兄、エンフィールの事が。

 兄は正妻・・・つまり皇后陛下に似た顔立ちであった事もあり、父はいつも兄を側に置き、執務の合間には玉座に置いてやることも平然としていた。

しかし、私が玉座へ触ろうとするとそれだけで怒鳴られた。

 殴られる事は流石に無かったが、その時に思い知らされたのだ。

私は兄の臣下となる将来しかないのだと。

理不尽さと屈辱、そして兄への嫉妬からあの時の私は大いに泣いて、母を責めた。

 父が私を見てくれないのは、母が私を兄よりも後に産んだ所為だと。

そんな私の慟哭に母は涙を流し、その光景を見ていた母の侍女の一人は周囲さえ予想していなかった行動に出た。

 リルメリア皇后陛下の死去と兄の体質悪化を招いて、後に皇后毒殺事件と呼ばれる事態を引き起こしたのである。

皇后が毒で死に、兄が重体となったと知らされた時、私は五歳ながらも彼女達の不幸を悦んだ。

これで兄が死ねば次期皇帝は私、母も晴れて皇后となれるだろうと臆面もなく喜び、一月以上も床に伏せた兄の死を心待ちにしていた。

 しかし、待っていたのは残酷な現実だった。

 捜査によって件の侍女の犯行が明るみになると、主である母の責任問題が勃発。

母は皇妃の身分こそ喪失しなかったが、地方の離宮へと強制転居を命じられ、私は父の側近が派遣した侍女や従者によって監視されるようになった。

そして兄は体質が弱くなったが一命をとりとめた。

結果として事件によって私の立場は、寧ろ更に危うくなったのだ。

 それでも私は諦めなかった。

兄は皇后に似てはいるが取り柄はそれだけ。

 知力も凡庸で体力は剣すらも持てない程だ。

しかし、私は違う。

知能も筋力も鍛えれば鍛えるほどに向上した。

騎士として剣術試合に臨めば同年代の貴族子女と比較しても五指に入る程の腕前。

魔法術の扱いでも魔術局長のブレイド=ル=スパロウ侯爵に一目置かれるようになった。

 そして政治の分野でも首席宰相のクッガ=ル=フォトレス公爵が、私に見解を求める程にまで評価される。

しかし、それでも私の皇位継承権は第三位止まりであった。

 皇族の皇位継承権は皇帝の一存で決定する。

しかし、そうでない場合は基本的に出生順だ。

但し、皇后の子である場合そちらの出生順が優先される。

つまり、第一子であるエンフィールが第一位ではあるが、同じく皇后が産んだ妹のメルアリアの方が私よりも継承権が上位に来るのだ。

 だからこそ私は研鑽を重ね、病弱で気弱な性格のエンフィールや、北の隣国の王太子との婚約が内定したメルアリアを差し置いて、宮中貴族達の中に次の皇帝に相応しいと主張する一派を形成させることに成功した。

しかし、父は・・・皇帝陛下はそれでも私を皇太子にしようとは決してしなかった。

 父にとって皇后リルメリアはそれほどまでに深く愛した妻であり、側室である私や他の弟妹の母達は、有力貴族達の権益拡大の為にあてがわれた女でしかなかったのである。

 十六歳で成人した際に、婚約者として父の側近であるパルジャン方伯の娘との婚約を命じられたのも、その前年に成人の義を終えた兄に対して私が何か危害を加えないか懸念しての命令だったのだ。

己の研鑽を積み、時が過ぎて兄が死去することだけを私は夢想していた。

 そう。

あの頃の私にはまだ可能性があったのだ。

しかし四年前の九月、そんな私の希望は一人の赤子によって打ち砕かれた。

前年に兄と結婚した辺境伯の娘が父の初孫を産んだことによって、私の皇位継承順位は更に下になる。

 しかし、そんな事は些細なことだ。

フィローザインと名付けられた甥は、父から兄以上の愛情を受ける。

父のその変わりようは、それまで溺愛していたエンフィールすらも飽きたかのような、露骨な愛情の移り変わりに思えた。

産まれてから僅か三日で侯爵領を与えられた事が、その証拠だ。

 いくら皇帝の子や孫であっても、成人もしないうちに領邦を与えられる事は、帝国の前身である三王国の歴史を紐解いても見当たらない。

それほどまでに父は甥を溺愛しているのだと、これは誰の目から見ても明らかであった。

 そんな彼は、つい一ヶ月程前に何者かの手引で城内に侵入した平民に酸を掛けられて怪我を負った事により、四歳児とは思えない程の知能と魔法術をも凌ぐ力を得たという。

 最初にそんな話を聞いた時、私はにわかに信じられずに居た。

魔法の基礎さえ習っていない幼児が、その力で光線魔術のような力を行使して下手人の脚を消し飛ばしたというのだから。

 しかし事件の十日後、黒幕と思われるシーザー=ル=エクシアン公爵を討つ誅伐軍の司令官として出立する日、私は父と相対する彼の姿を見て、報告の通りだったと確信した。

見た目は確かに顔の左側が痛々しい以外は四歳児ではあったが、成人男性のようにハキハキと応答するその態度に、私は確信した。

 次の皇帝は彼だと。

四歳でありながらあのような態度で、しかも自ら黒幕を討とうする姿勢は、他の皇族では武人気質のメルアリア以外にはみられない。

何故ならば、誅伐軍に参加しようとした皇族は他には居なかったのだから。

 「ようやく諦める気になったのですか?」

 フィローザインの出立を共に見送って自室に戻り、正妻エレフィーナは私の思考を読んだかのように口を開いた。

 互いの父に命じられるままに、愛情の無いままに結婚した筈で、私は彼女に全く関心を寄せずいたが、それでも彼女は私の事をよく観察していたのだろう。

 「・・・・・・兄上が羨ましいな。」

 父の愛情も、皇后の子という立場も、理解のある同母妹も、優秀な後継も、ありとあらゆる欲しい物を持っている兄が、本当に羨ましく、だからこそ嫌いであった。

 

 

 

 「フザケルナ!!

何故僕達が拘束されなければならないんだ!!」

 フィローザインが誅伐軍の司令官として出立し一ヶ月が過ぎたある日、私は剣術稽古の為に練兵場へと向かう最中だった

若い男の叫ぶような怒鳴り声が聞こえ、何事かと従者達と共に庭園へと足を向けると、庭園にある四阿で男女やその侍女達が警備兵に取り囲まれている光景を目にした。

直前まで茶を飲んでいたらしい四阿の中の二人は、第四皇子のディガルドとその正妻のカサンチアだ。

 兄弟の中で一番背が高いディガルドは、我々には後ろ姿しか見えないが、声や体格でよく分かる。

 「・・・ディガルド殿下、並びに妃殿下。

一昨日、妃殿下の父君フィサリス卿がエクシアン卿に内通し、フィローザイン皇孫殿下滞在中のタリナ都市伯へ侵攻し、誅伐軍を急襲したとの報が入りましてございます。」

警備兵を率いていた中年の男は異母弟の言葉に、事務的に答えた。

 「まさか、あのガタン=ル=フィサリス卿がそんな事を画策していたとはな・・・。」

 男の言葉を耳にして私の従者の幾人かも、ディガルド達の侍女達と同様に動揺していた。

二人の護衛を任されている騎士達は、戸惑って互いに顔を合わせている。

 「お父様が!?」

 「そんな・・・馬鹿な!?」

 果たして、カサンチアとディガルドの動揺はどちらなのだろうか?

フィサリスがフィローザインを殺そうとした事を有り得ないと思ったのか?

それともその謀略に夫婦で加担していると露見した事か。

 「詳細な取り調べが済むまで、お二人と侍女の皆様は、離れ屋にて拘束せよと、これは皇帝陛下からの勅命で御座います。」

 「そんな・・・父上が!?」

 「お父様は・・・お父様はどうなさったの!?」

 警備兵を率いている宮中伯に詰め寄る夫婦を余所に、周囲の侍女達は抵抗する暇すら無く縄の付いた手枷を警備兵に嵌められていく。

実に手際の良い訓練された所作は、彼等が精鋭であることを示していた。

 「くっ!」

 「大人しくしろ、ディガルド。」

 「次兄上(あにうえ)!!」

 諦め悪く、ディガルドが腰の剣に手を伸ばした所で、様子を見ていた私は思わず焦って口が出た。

隠れていたわけではない。

ディガルド達の数十歩後方に我々が居たので、夫婦達が気付かなかっただけの話。

 振り向いたディガルドは、私に助けを求めるように視線を向けてきた。

 「スロネン宮中伯がそこにいる意味がわからないのか?

既に報告の裏付けは取れていて、お前を何が何でも拘束するという事だ。」

 諦めも悪いが兄上と同じ位の察しの悪さも際立つディガルドに、私は思わず溜息を吐いた。

成人して四年も経ち先月二十歳になったというのに、状況把握が出来ないのだ。

 警備兵を率いている中年の男は、ウオルズ=ル=スロネン宮中伯。

城中警備担当の騎士の中でも、際立って拘束魔術を得意とする男だ。

宮廷魔術士ではないが、拘束魔術の実力だけならば、魔術局長のブレイド=ル=スパロウ侯爵や、帝国最強の魔術師と謳われるゾルファ=ル=グション侯爵も凌ぐ。

 父がそんな騎士をワザワザ寄越したという事は、ディガルドの逃走や城内に手助けする者がいるかも知れないと警戒しての事だ。

 その証拠に男は宮中伯の分際で、第二皇子の私に会釈もしない。

私がディガルドの逃走の手助けをするかもしれない。

そう懸念しての態度だと理解できる。

 「次兄上、お助けください!!」

 「何故だ?

私には関わりの無い事だ。」

 私は宮中伯に見せるようにワザと冷淡な素振りを見せた。

 「次兄上はわからないのですか!?

このままでは、エンフィールが皇帝になってしまいますよ!?」

 私に軽くあしらわれてすぐに焦燥したディガルドは、本音を叫んでしまった。

以前からそうではないかと推察していたが、やはりそうだったと得心が行く。

 ディガルドは兄上の事を愚兄と考えていたのである。

確かにその通り愚兄だ。

 幼い頃の毒殺未遂で虚弱体質になったが、基本的に優柔不断で意志薄弱。

何かを自分で決めたことはなく、いつも他者の保護を必要としている。

取り柄といえば女受けする顔と絵画の才能だが、皇城から出て平民と交流した際に、女を孕ませるという失態を犯した。

これを愚兄と呼ばずになんと呼ぼうか。

 しかし、頭の中の思考や陰口ならまだしも、ディガルドは兄上を公然と呼び捨てにするような強気の性格で、これまで幾度も父や生母殿に叱られていた。

そういう意味では、これもまた愚弟と呼んで差し支えない。

 「エンフィールの如き愚者が皇帝になれば、この国は終わりです!

次兄上こそが皇帝になるべきです。」

 必死で助かりたいのだろう。

愚者ながらも一応思考して口を動かしているようで、私を担ぎ上げて助勢してもらおうと企んでいるのだ。

あからさまに解ってしまうのが、悲しい。

 根拠なく自信過剰で、自分こそが皇帝になる筈だと主張していて、皇族に近しい貴族達はそれを知っているのだ。。

帝国での強大な権力目当てでカサンチアの父は担ぎ上げやすいと思ったのであろう。

そして親類と共に、我々皇位継承権の上の者達を排除しようと企んでいた。

 皇位継承者の排除に最も有効的な手段は当然暗殺であるが、他に手段が無いわけではない。

例えば、兄嫁の実家であるシュピーゲル家の様に、債権を保有して幾つもの有力な貴族の支持を獲得する方法。

更に例えば、血筋の怪しい平民の者や、反帝国を標榜する国の貴族と親しくさせ、品位を失墜させる方法。

そして、違法行為を誘発させて皇帝の怒りを買わせ、廃嫡させる方法。

上位者の追い落としだけならば、血生臭い手段に頼らずとも方法は幾つもある。

 私も兄上の廃嫡を企んで幾つか画策した事もあったが、兄がシュピーゲル家の娘と婚約した頃からは、難易度があがり実行できていない。

 「『領内で私が秘密裏に“汚泥”の原料となるテーダ草を栽培している』という噂を、お前が流している事に私が気付かなかったと?」

 手枷を拒否しようと抵抗していたディガルドは、私の言葉で動きを止めた。

 「な・・・なんの事を?」

 「とぼけなくても、調べは付いている。

おそらく、父上も御存知の筈だからな。

私はお前を排除する理由すらあれど、守ってやる義理などない。」

 そう言うと、後はスロネン宮中伯達に任せて私と従者達は歩き出した。

 「くっ!!

離せ貴様ら・・・。

待ってください次兄上!!

それは誤解で・・・。」

 見苦しいモノだ。

尚も警備兵達に抵抗しているディガルドの声が耳障りなので、私はつい本来は言おうと思わなかった事も口走ってしまった。

 「因みにフィサリス侯爵が皇孫殿下の殺害を計画していると通報したのは、ガベイラ都市伯だ。」

 と、主犯の従弟ではあるが実はフィサリス家を憎悪している男の名を挙げて、私は再び本来の目的地である練兵場へと向かった。

 

 

 

 _____________________________________

 

 

 

 帝都アルムの東隣にあるシルクミス湖。

 この湖の東端から流れていくノスリヴ川は、我が甥にして筆頭皇孫のフィローザインが名目上の領主であるレオタルドス侯爵領を横断すると、様々な領邦の境界線を兼ねて更に東に流れて行く。

そして四つ隣の我が領邦、ビスチェ辺境伯領で一度南に曲がると、次の南隣の領邦で再び東へと方向を変えて、最後は父帝の領邦の一つラシュガ侯爵領の大半を占めるラシュガ湖へと流れ込む。

 そしてその川を沿うように作られた街道がポルクス街道である。

一月程前に皇帝である父から、反旗を翻したエクシアン公爵の本拠地であるベビドゥール公爵領へと進軍するように勅命を受けた我は、騎士や兵士や魔道士など総勢二五〇〇人の家臣を引き連れ、誅伐軍第三軍として本拠としている領邦を発った。

確かにビスチェ辺境伯領は本拠と言って差し支えない筈ではあるが、実際の統治は殆ど父の家臣達を代官として委任し、我は騎士として帝国各地で暗躍している敵性国家の私掠団を叩いて回っていた為に、成人してから約三年間の内に五ヶ月もあそこには居なかった。

 そしてこの軍務を最後に、我はもう二度とここに戻ってこない筈だ。

 あと四ヶ月で我は二十歳になる。

二十になると我は皇帝の娘として、北の隣国パルカル王国の王太子に嫁ぐ事になっているからだ。

 帝国と王国が友好条約を締結したのは三三四年前。

はっきり覚えているのは、フィローザインが産まれる少し前に締結三三〇周年の式典があったからで、更にその十年前の三二〇周年の時の締結記念式典で条約の内容を修正して、当時六歳だった我と王太子の婚約が決まったからであった。

王太子ゼットール=リ=アルテミアスとは、帝国の式典などで幾度か面識があり、互いの君主経由での文通をやり取りしているが、それでも知らない地に嫁ぐのは不安が心を支配する。

 また、女の子らしく園芸を趣味として刺繍が得意な一つ上の異母姉と比べられる事や、虚弱で剣もまともに持てない同母兄と同一視される事を嫌い、結果として我は剣術や魔術などに傾向し、帝国の姫には相応しくない男のような振る舞いをする女騎士として成長していった。

 「裁縫や刺繍の出来は相変わらず駄目だけど、舞踏(おどり)は良く出来てるわね。」

 ポルクス街道を一ヶ月ほど進軍し、我らの軍はこの領邦で三日の休暇に入る事となった。

ここはジレー方伯領の領都ジレクスの中央にある領主城。

領主謁見の大広間で、私は異母姉のティアリスに舞踏の出来を披露していた。

休暇は軍務に関してのみで、王太子の婚約者である我はこんなときでも王妃教育を受けなければならない。

 「剣の稽古や実践で体は鍛えているからな。」

 「・・・その口調は王妃としては失格よ。」

 褒められて得意気になっていると、呆れた溜息と共に姉は我の口調を窘めた。

 「おっと・・・そ、そうですわね・・・。」

 昨日まで軍の司令官として行軍をしていた所為か、それとも舞踏の成果を姉に見せていた所為か、我の口調は戦時のそれと変わっていなかった。

 実に難しいものだ。

幼少期に筋力増強魔術を覚えて、成人男性と剣術の稽古をするようになると、次第に剣を握っていると男のような振る舞いを覚えてしまっていた。

特に、師として仰いだブレイド老師やカリス将軍、現在も我の副官として共に行軍しているディフォルティータ方伯の影響は、目に見えていて出ているらしい。

 無論、普段は侍女達や行儀作法の講師方と接しているので、皇女としての振る舞いは出来ているのだが、成人少し前から実戦経験の為に騎士として軍務に赴く事になると舞の練習や狩り等の戦闘時以外での体を動かす場合でも、男のような言葉遣いがどうしても出てきてしまうのだった。

 「ふぅ・・・大いに不安ですわ。

やはり今からでも、メルアリアの婚姻の儀に同伴することを、お父様にお願いしようかしら。」

 姉は、あからさまな溜息を吐くと頭を抱えた。

 「それは流石に無理ですよ姉上。

来年の年明け早々に輿入れです。

その頃には姉上のお腹も随分目立つでしょうし、パルカルの一月はまだまだ厳冬期です。

もし流産にでもなったらそれこそ、方伯や父上に申し訳が立たなくなります。」

 我は、椅子に座る姉の腹へと視線を移す。

 そう。

 一昨年に臣籍降嫁し、このジレー方伯領と二つの城伯領を治めるデーンドロン方伯へと嫁いだ我が異母姉ティアリスは、現在妊娠三ヶ月なのである。

来年一月の私の誕生日頃には七ヶ月目に入るが、その頃の妊婦に慣れない寒さを味合わせる事は、誰もが危険視する筈だ。

勿論、私も。

 ただ、だからと言って我の振る舞いに姉は不安を隠せないらしい。

 「姉妹がもう一人くらいいればよかったのだけれど・・・。」

 姉が天井を仰ぎ見た。

 「確かに・・・父上の子は、男が五人に女が二人ですからね・・・。」

 我のお目付け役にもう一人くらい皇帝の娘が居て、名代として同行してくれれば、姉の心配はなかったかもしれないが、居ないものは仕方がない。

そもそも我の将来の王妃として受けた教育の成果が、芳しくないと評価されてしまうことが原因ではあるのだ。

 こうしてはいられないな。

姉の不安を払拭する為にも、我はこの戦いが終わった後に、王妃教育に集中せねば。

 「殿下、急報です!!」

 そんな我の決意の直後、広間の扉が勢いよく開かれて、二人の男が入ってきた。

 一人は鎧姿の頭皮の薄い中年男。

もう一人は濃紺の詰襟姿の金髪の青年。

 「如何した、ヘラクス。」

 何か書簡を持つ頭皮の薄い中年の方へと、視線を移した。

この男は我の筆頭従者であるヘラクス=ル=ディフォルティータ方伯で、隣の金髪の青年はここの領主であるサイガル=ル=デーンドロン方伯だ。

 「帝都より早馬が到着。

フィローザイン皇孫殿下が、タリナ都市伯領都で、賊に襲撃されたとの事です。」

 明らかに慌てているヘラクスは、そそくさとそれでいて恭しく私に書簡を差し出した。

 書簡は二通。

複写したブレイド=ル=スパロウ侯爵から皇帝へ向けた報告書と、皇帝からの指令書だった。

 「・・・・・・!!」

 「・・・これは!?」

 侯爵からの報告書では敵はエクシアンだけでなく、それに同調した貴族もいる事と、フィローザインの本軍の道程変更が記されていた。

 我と共にそれを読んでいた姉は思わず驚愕の声を挙げる。

第四皇子ディガルドは、一言で表現するならば口先だけの男。

勉学も武術も魔法術も兄弟の中では特に秀でていないが、自己顕示欲だけは一人前以上で、自身の手柄を針小棒大に語る悪癖を持ち合わせ、事ある毎に自分が次の皇帝に相応しいと従者等に語っているが、しかし実力で奪い取ろうとする度胸など無い男であった。

 だからこそ、反旗を翻したエクシアンと妻の実家を経由して手を組んで大胆な事をするとは思えなかったのである。

 「既に家臣に命じて小官の軍も編成させております。」

 報告書から目を外してそれを読む私に、先に陛下からの指令を読んでいた姉の夫が頭を垂れて告げた。

それには、デーンドロン軍二千人を我が軍に加えて進軍する旨が記されている。

 「よろしいのですか義兄上(あにうえ)?」

 「皇女を妻に頂戴した貴族の、心底からの本懐で御座います殿下。」

 デーンドロン家の軍を二千人はかなりの負担であるが、サイガル殿はそれに不満を抱くわけではなく、寧ろ喜んでいるようだった。

 「それに・・・妻にカッコいい処も見せたく思います。」

 頭を垂れた後、サイガルは姉へと顔を向けて笑いかけた。

真面目ながらも本心を恥ずかしげもなく言う。

この男のそういった所が好きだと、姉が惚気けていた事をふと思い出した。

 「おお、その心意気やよし!」

 皇族への忠義っぷりに大いに満足して頷いたヘラクスが、青年の背中をバシンと叩く。

 我のお目付け役兼副官であるこのヘラクス。

 背はかなり大きく、帝国貴族の成人男性の平均程度のサイガル殿よりも頭三つ分は大きく、更に筋力もかなりある方なので、気軽にバシバシと叩くが、叩かれた方はその度に足元をふらつかせる。

 サイガル殿も若いとはいえ、帝国領主貴族。

かなり鍛えている方なのであるが、それを子供の様に扱っていた。

 「・・・ふむ・・・。

では義兄上の軍、大いに宛にさせて頂きます。」

 私が不敵に笑うと、二人の男は豪快に笑って応え、各所へ新しい指令を伝えに部屋を出た。

 

 

 

 「・・・。」

 「・・・・・・あの子が心配かしら?」

 二人の男を見送った直後の、強張った顔を姉は見過ごさない。

 「スパロウ侯爵の報告では、六千人も居た兵士が四百程度しか生存出来ていない。

これで幼子を心配出来ない程、我は非情にはなれません・・・。」

 更に報告を読み続けると、本人も襲撃を受けて脚を刺された上にあちこちに打撲を負っているらしかった。

 皇孫とはいえまだ四歳。

襲撃者の容赦のない所業に、私の心の中は憤怒の炎が燃え上がっていた。

 いや、怒りは襲撃者やエクシアンだけではない。

兄にも向けている。

 「情けないぞ兄上・・・。」

 そう。

今回の誅伐軍に、彼の父エンフィール第一皇子は参加してないのだ。

理由はわからなくもない。

 兄嫁のマシュリリアの所為だろう。

あの女は、他人が自分の思い通りにならないと不機嫌になる。

特に普段から自分の意見に従う者が、他者の意見に従う事を決して許さない。

ワガママの極みだ。

しかし、それが何だというのだろうか。

幼い自分の息子が戦場に出ているというのに、自分が安全な帝都にいる事を恥とは思わないのだろうか?

キーキーと喚いて癇癪を起こすマシュリリアを、気弱な兄が必死に宥めている光景が容易に想像できた。

 「大丈夫。

きっと、大丈夫。」

 姉ティアリスは、我に笑いかけるとそっと頭を撫でた。

 幼い頃と同じだった。

我が兄の情けない姿を見て、様々な感情で頭が一杯になり目に涙を浮かべると、こうやって姉が慰めてくれた。

 物心付いた頃からこうであったが、我が戦闘術に傾向して涙を見せなくなると、自然に回数は減っていったのである。

 そして六年ぶりくらいにしてもらったからか、気恥ずかしくなる。

 姉の言葉には根拠など無い。

しかし、それでもどこか納得できるような気持ちになれるのだから不思議だ。

 こういう事が包容力というのであろう。

 「少しは落ち着いたかしら・・・。」

我の怒りが、姉に対する気恥ずかしさに変わっていくと、私は頷いた。

 「私達は私達で出来ることをしましょう。」

 「ああ。

姉上の言うとおりだ。」

 我を慰めていた母性混じりの微笑みで励ましてくれた姉に、我は戦時の顔となり頷いた。

 

 

 

 _____________________________________

 

 

 

 ツイード監獄は、帝都アルムの南西にあるツイード区にある。

帝都には平民用の監獄が五ヶ所あるが、ここだけは特別な監獄だ。

ここは貴族に危害を加えた平民が収監される監獄で、囚人たちは例外無く禁固刑の裁きを受けた者達である。

禁固刑というのはとても辛い刑で、革製の貞操帯を付けられ、寝食と用足し以外はずっと椅子に座る事しか出来ない。

何も出来ないという刑ほど辛い刑罰は、死刑よりも辛い刑と言う者もいるので、時折自殺する者も出る。

 以上が、平民用監獄を統括しているオデュッセウス宮中伯から受けた説明だ。

帝国の第一皇子である私が何故ここに居るのかというと、ここに投獄されたとある女性に会いに来たからだ。

 「面会時間は三十分となっております。」

 看守長に念を押されると、私は彼女の居る部屋へと案内された。

その部屋だけは、他の囚人とは違い普通の平民が使う宿屋のような造りになっていた。

 「皇孫殿下から丁重に扱うように命じられましたので、この様にさせていただいて御座います。」

 看守長は、この部屋を見回す私を見て口を開いた。

私が愛している女性に対する、息子なりの気遣いなのだろうか?

 「久しぶりだね、アメリア。」

 「・・・・・・。」

 「アメリア=ガラル!!

殿下の言葉に答えないか!!」

 部屋の寝台で横になっている彼女に申し訳無さそうに声をかけるが、彼女が私の言葉に何も返さなかった為か、私が同行を許した従者頭のゼクロム=ル=ゼース城伯が声を荒げた。

彼は私がバイツ=ゲレットという偽名で市井を見て回っていた時に、時折出資者の一人を装って同行してくれていた為に、彼女と面識がある。

だから話がわかると思って連れてきたのだが、どうやら裏目に出てしまった。

 「・・・・・・。」

 「きさ。」

 「ゼクロム、済まないが二人きりにしてくれ。」

 少しだけこちらへと目を動かしたが、直ぐに視線を逸したアメリアの態度に怒りを覚えたゼクロムが彼女へと詰め寄ろうとするが、私は咄嗟にそれを手で遮りコレよりも前へと出た。

 「殿下、危険です。」

 「大丈夫だ。

ここには武器なんてなにもないし、アメリアはこの様子だ。」

 アメリアは右脚が無い・・・正確には右太腿から下が無く、切断面は包帯が巻かれている。

フィローザインが気力という未知の力に覚醒して、彼女の脚を吹き飛ばしたからだ。

 万全に動けないと、この監獄の看守達も判断しているのだろう。

寝台に括り付けられているわけではないのもそういった理由の筈だ。

 「・・・・・・わかりました。

扉の直ぐ側に控えております・・・。」

 城伯は部屋を見回し、私の言う通り武器になりそうなものが無いと確信して、不服そうに部屋から出ていった。

 「済まなかった。」

 扉をアレが閉じた瞬間、私は寝台の側へと駆け寄ってすぐさま膝を折って頭を垂れた。

 「・・・。」

 「解っているとも。

全て私が悪い。

君がここから出られるように、父上に掛け合うと誓うよ。」

 「貴方にそんな事を誓われても迷惑なだけよ!!」

 アメリアの激昂した声が響いた。

 「えっ?」

 「貴方に何が出来るっていうのよ!

絵の才能以外何もなくて、一人で生きることも出来ない貴方が!?」

 そこまで正直な事を言われて、私は戸惑いの声すら挙げられなかった。

 「貴方が何も言わずに借家から出てったあの日から!

体が弱いクセに考えるより先に動く貴方が何処かで行き倒れていると思って!

まだ帝都に貴方が居る筈だと思ってあちこち探し回って!

雨に濡れても、仕事放り出してでも、熱出ても貴方を探して!

・・・・・・だから赤ちゃん流産(なが)しちゃったのよ・・・。」

 「・・・・・・。

本当に済まない・・・。」

 大粒の涙拭うこともせずに堰を切ったように叫ぶ彼女に、私は謝罪の言葉を口に出すことしか出来ないで居た。

 「謝っても許さないし・・・許してもらおうとは思わないわ・・・。

私が皇孫殿下に取り返しのつかない事をしてしまった事実は、許される事じゃないもの・・・。」

 「だ、大丈夫だ。

息子には私から頼んでおく。

それに、君を唆した反逆者を討伐する為に、今進軍してるんだ。」

 そうだ。

 フィローザインは自分の顔を焼いたアメリアに、こんなに破格な対応をしている。

アメリアに対して怒りの感情を向けていない事は明らかだ。

だからこそ、父である私の頼みを聞いてくれる筈。

私はそう確信して明るい声を挙げたが、アメリアの反応は薄い。

何故なのだろうか?

 「私があの御方の顔を焼いて、ここに来たのは三日後の昼過ぎだった・・・。

色々なことを知らせてくれたし、黒幕を倒しに行くことも聞いたわよ・・・。

でも貴方は、一ヶ月経ってようやく会いに来たよね・・・。」

 その答えに、私は驚いて目を見開いた。

事件の三日後なんてまだフィローザイン自身が、包帯まみれの時だ。

それなのにここまで足を運ぶなんて、決断が早い。

 「貴方と違って・・・フィローザイン殿下は素晴らしい御方ね・・・。

自分の息子が戦場に行くって言うのに、お城で奥さんに媚びを売ることしか出来ない貴方なんかとは大違いよ!!」

 「そんな・・・、そこまで言うのかい・・・。」

 「・・・流産(なが)れた赤ちゃんを自分の兄か姉だと言ってくれる。

『次に会う時までに名前を付けてあげてくれ』なんて言ってくれる子供が、・・・あんなに立派な子供を放ったらかしする貴方なんかに・・・何が出来るっていうのよ。

 私に対する怒りを顕にしたアメリアの迫力に、私は思わず一歩後ろに下がってしまった。

その光景を見た彼女は、即座に笑った。

 何がおかしいのだろうか?

愛しいアメリアは、もしかして様々な罪悪感で心が壊れかけているのだろうか?

 「貴方にはもう何も求めない・・・。

顔も見たくないわ・・・・・・出てって頂戴。」

 息を整えて冷たく言い放ったその言葉に、私は少しだけ躊躇いながら部屋を後にする。

 

 

 

 「情けない男ね・・・。」

 去り際に彼女が呟くように言った言葉が、私の耳に残って離れないでいた。

 

 

 

 


今回の視点の三人は、今後も重要な立ち位置になる予定のキャラなので、ここいらで入れておこうと思って入れておきました。


最後辺りにフィローザイン視点も入れようと思ったけど、サブタイと矛盾するので見送りです。


公爵領で戦をするまで今年中に書きたいなぁ・・・。


2021/10/27五話と六話の誤字脱字等を修正しました。

2021/10/28地図を作ったのでそれに合わせる形で色々と細かい調整をしました。

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